16巻1号
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小学校低学年クラスにおける授業内コミュニケーション:参加構造の転換をもたらす「みんな」の導入の意味(磯村陸子・町田利章・無藤 隆)
本稿の目的は,低学年期の子どもにとって授業内で一対多のコミュニケーションを行うことが持つ意味を明らかにすることである。本稿では各場面で一対多の対話が導入され成立していくミクロな過程の記述によりそれを行う。具体的には,討論を主とした道徳授業において,教師が発言者に対し修正を行う場面に注目し,修正によりその場のやりとりがどのように方向づけられていくのか,また子どもがそれに対しどう反応するのかについて考察を行った。教師が発言者に対し行った修正は,以下のようなものであった:(1)発話の宛先の修正,(2)「聞こえ」の修正,(3)「見え」の修正。それぞれの修正場面における,教師と子どもの言語的・非言語的振舞いの詳細な観察から,修正場面が,やりとりに「みんな」という聞き手の存在を導入することで,一対一から一対多へとその場の参加構造を転換させるきっかけとして機能していること,また教師はそれを言語的・非言語的振舞いにより行っていること,一方子どもにとってそのような転換に対応することが,しばしば困難である様子が示された。
【キー・ワード】教室内コミュニケーション,教室全体での対話,発話の宛先,「みんな」,身体的振舞い
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親になることにともなう夫婦関係の変化(小野寺敦子)
68組の夫婦に縦断研究(子どもの誕生前,親になって2年後,3年後)をおこない親になることによって夫婦関係がどのように変化していくかについて検討した。夫婦関係は「親密性」「頑固」「我慢」「冷静」の4因子からなる尺度によって明らかにした。その結果,親密性は親になって2年後に男女ともに顕著に低くなるが,2年後と3年後の間には大きな変化はなかった。このことから,夫婦間の親密な感情は親になって2年の間に下がるが,3年を経過するとその下がったレベルのまま安定し推移していくことが明らかになった。しかし妻の「頑固」得点は母親になると著しく高くなっており,妻は母親になると夫に頑固になる傾向が認められた。さらに夫の「我慢」得点は3期にわたって常に妻よりも高かった。これは夫が妻の顔色をうかがって妻に不快なことがあっても我慢してしまう傾向があることを示している。最後に「親密性」が低下するのに関連する要因について重回帰分析を用いて検討した。その結果,夫の場合は妻自身のイライラ度合いが強いことと夫の労働時間が長いことが親密さを低下させていた。一方の妻の場合は夫の育児参加が少ないことや子どもが育てにくいことが夫への親密性を低める要因としてかかわっていた。
【キー・ワード】夫婦関係,親密性,我慢,父親の育児参加,親になること
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部活動への取り組みが中学生の学校生活への満足感をどのように高めるか:学業コンピテンスの影響を考慮した潜在成長曲線モデルから(角谷 詩織)
本研究の目的は,学業に対する自信が学校生活に対する意識に強く影響を与えるとされている中学生において,部活動で主体的・積極的に活動するなかで達成感を得ていくことが,どの程度中学生の学校生活への満足感を高めうるのかを検討することである。関東地方の公立中学校1〜3年生を対象に1999年7月〜2001年2月の間,毎年2回,計4回の質問紙調査を実施した。そのうち,全調査の有効回答者となった中学1年生131名を分析対象とした。潜在成長曲線モデルによる分析の結果,以下の点が示された。各時期での『部活動での積極性』が高いほど,その時期の『学業コンピテンス』や『学校生活への満足感』が高かった。また,第1回調査の『部活動での積極性』が高いと,その後,『学校生活満足感』がより大きく伸びる可能性が示された。ただし,『部活動での積極性』の伸びを規定する要因には,それまでの『学業コンピテンス』や『学校生活満足感』が含まれた。これらの結果から,部活動で積極的に活動できていることは,その時点での中学生の学校生活への満足感の高さと関連するだけでなく,学校生活への満足感を時期を追って高めることにつながる可能性が示唆された。さらに,これは,学業コンピテンスの高さやその変化を考慮したうえでも成り立つことが示された。
【キー・ワード】中学生,部活動,学校生活満足感,学業コンピテンス,潜在成長曲線モデル
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幼児期における心の理論発達の個人差,感情理解発達の個人差,及び仲間との相互作用の関連(森野 美央)
本研究では,幼児期における心の理論発達の個人差,感情理解発達の個人差,及び仲間との相互作用の関連を検討した。年少,年中,年長児144名には,心の理論課題,感情理解課題を行い,保育士には,担当児の社会的スキルと人気に関する評定を依頼した。その結果,月齢や言語能力が同程度である場合,心の理論が発達している者ほど感情理解も発達している傾向にあることが確認された。学年ごとの分析の結果,この傾向は,特に年中や年長でみられることが確認され,年長では,心の理論が発達している者ほど社会的スキルも高いという傾向が確認された。また,有意傾向であったものの,年中では,心の理論が発達している者ほど社会的スキルも高いという傾向が確認され,年長では,心の理論が発達している者ほど人気もあるという傾向が確認された。このような傾向は,感情理解が発達している者にはみられなかった。本研究の結果から,心的状態の理解の発達は単一なものではなく,心の理論発達と感情理解発達の異なった側面が存在する可能性や心の理論発達の個人差と仲間との相互作用の関連が学年によって異なる可能性が示唆された。
【キー・ワード】心の理論,感情理解,個人差,仲間との相互作用,幼児
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乳児期における自己主張性の発達と母親の対処行動の変容:食事場面における生後5ヶ月から15ヶ月までの縦断研究(川田 学・塚田−城みちる・川田暁子)
乳児期の自己主張性の発達を検討するために, 8組の母子の食事場面を,生後5ヶ月から15ヶ月まで縦断的に観察した。特に,子どもの「母親に食べさせる」という役割交替の出現と自己主張・反抗行動との関連,子どもの自己主張性の発達に伴う母親の対処行動の変化に注目して分析を行った。結果,@自食行動が優勢になる生後10ヶ月前後に役割交替が生じること,A役割交替を基準にして,その前後で受動的摂食の拒否の割合を比較すると顕著な増加が認められること,B母親の介入に対する子どもの不満が高まる時期に,母親の介入量が減少していくこと,C同時に,子どもの一貫した要求行動が見られるようになる11ヶ月頃から,母親が子どもの失敗の責任を,子ども自身に帰属するような言動を始めることが示唆された。最後に,役割交替の発達的意義として,自他の情動的体験の差別化を生じさせ,自己主張性を促進するコミュニケーション構造であることが議論された。
【キー・ワード】自己主張性,役割交替,社会情動的発達,養育者−子ども間システム,食事場面
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青年期の社会的スキル改善意欲に関する検討(久木山健一)
本研究では,青年期の社会的スキル改善意欲の高さに関連のある要因の検討,および社会的スキル改善意欲と社会的スキル改善の間の関連の検討を行った。研究1では,大学生401名を対象に社会的スキル,社会的スキル改善意欲,自己形成意識,自尊感情,対人志向性,友人関係形態の理想と現実の測定を質問紙により行った。その結果,社会的スキル改善意欲は,自己形成意識,対人志向性と正の関係があり,社会的スキル,自尊感情と負の関係があることがみいだされた。また,友人関係形態の理想と現実が一致していない者は,そうでない者に比べて社会的スキル改善意欲が高いことがみいだされた。研究2では,研究1の調査協力者のうち253名を対象に期間をおいて調査を行い,社会的スキル改善意欲,先行する性格特性,友人関係形態の変化と社会的スキル改善の関連の検討を行った。因子分析の結果,社会的スキルの下位分類として,「関係開始スキル」「関係調整スキル」「内的O藤処理スキル」がみいだされた。「関係開始スキル」および「内的O藤処理スキル」に関しては,該当する社会的スキル改善意欲と社会的スキル改善の間に正の関連がみられ,社会的スキル改善意欲を持つことによる社会的スキル改善が可能であることが示唆された。「関係調整スキル」に関しては関連がみられず,社会的スキル改善意欲を持つだけでは社会的スキル改善が困難であることが示唆された。
【キー・ワード】社会的スキル改善,社会的スキル改善意欲,青年期,因子分析,社会性の発達
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保護者における児童虐待の認知の特徴と発達心理学的要因の検討(中嶋みどり)
本研究の主な目的は,保育園に通わせている保護者169名,児童相談所職員68名,保育士71名を対象に,児童虐待の認知について,(1)専門家群と比較することによって,保護者群の特徴を明らかにし,(2)保護者群においては,個人要因(被虐待経験,育児環境,年齢)の高低と虐待認知の差を検討した。その結果,保護者は,児童相談所職員に比べて,即座に子どもに大きなケガや有害な影響をもたらさない行為は,虐待とみなす程度が低いこと,日常的な世話に関わる行為は虐待と認知しやすいことが示された。児童相談所職員は,児童虐待防止等に関する法律の定義に準拠した認知をしており,即座に子どもに大きなケガや有害な影響をもたらさない行為を有意に高く「虐待」とみなした。保育士は,保護者と似た捉え方であった。保護者の個人要因と虐待認知の関係において,臨床群の先行研究で扱われた個人要因(被虐待経験,育児環境,年齢)は,虐待認知に影響を及ぼさなかった。今後は保護者群の虐待認知に影響を及ぼす要因を新たに検討する必要がある。
【キー・ワード】虐待の認知,被虐待経験,親,児童相談所職員,保育士
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ダウン症児の早期療育と母親の養育態度(藤永 保・品川玲子・渡辺千歳・荻原美文・佐々木丈夫・堀 敦)
ダウン症児の早期療育は近年急速に普及し,その効果についても高い経験的心証が得られている。しかし,療育の種目や組み合わせ,実施順序,教育適期,効果の持続性などについては,必ずしも充分な検討が行われているとはいえない。また,我々の今までの研究結果から,医師のダウン症告知のあり方と養育者の受け止め方,母親の性格・態度,ダウン症児の性格傾向などが,療育方針ひいてはその効果にもかなり大きな影響を与えることが示された。本研究は,ダウン症児の母親への質問紙調査により,上述した早期療育効果の複雑な様相を多少とも解きほぐすことを目指した。調査対象者は,ダウン症児152人(男子84名,女子68名,平均年齢11.41歳)の母親であった。調査項目は,医師の告知のあり方,早期働きかけの種別・方法・実施時期,言葉と数の発達状況,ダウン症児の性格,母親の性格・療育態度などから成り, 3〜5件法により回答を求めた。結果として,告知のあり方は,近年改善されてきたが当初の母親の精神的動揺は変わらないこと,早期療育については働きかけの多様化と早期化が進んでいること,言葉と数の習得は加齢とともに着実に上昇すること,言葉や数の学習への直接的働きかけはその達成度と必ずしも一対一には対応せず,むしろ歩行や自立習慣などの日常的働きかけが広い分野の発達に寄与するらしいこと,叱るよりはほめるといった動機づけ的側面の影響が大きいことなどが示された。
【キー・ワード】ダウン症,早期療育,告知,言葉と数の発達,母親の性格・態度
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母親の情動共感性及び情緒応答性と育児困難感との関連(小原 倫子)
本研究の目的は,母親の情動共感性と情緒応答性が,育児困難感にどのように関連するのかについて検討することである。0歳児を持つ母親78名と1歳児を持つ母親40名を対象に,育児困難感と情動共感性について質問紙調査を行った。また,情緒応答性の把握について,日本版IFEEL Picturesを実施した。日本版IFEEL Picturesとは,30枚の乳児の表情写真を母親に呈示し,その写真を通して,母親が乳児の感情をどう読み取るかという反応特徴から,母親の情緒応答性を把握するツールである。その結果,母親の情動共感性及び情緒応答性と,育児困難感との関連は,子どもの年齢により異なることが示された。0歳児を持つ母親の育児困難感には,母親の情動共感性が関連しており,1歳児を持つ母親の育児困難感には,母親の情緒応答性が関連していることが示された。母親の育児困難感は,母親としての経験を重ねるにつれて,母親要因である情動共感性よりも,母子相互作用から生じる情緒応答性が関連要因となる可能性が考えられた。
【キー・ワード】育児困難感,情緒応答性,情動共感性,日本版IFEEL Pictures
16巻2号
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構造的一貫性に着目したナラティヴ分析:高齢者の人生転機の語りに基づく方法論的検討(野村 晴夫)
本研究では,高齢者の人生転機の語りに基づき,構造的一貫性に着目したナラティヴ分析の方法論的検討を目的とした。一高齢女性の転機の語りを材料として,まず,Habermas & Bluck(2000)の提起した,ライフストーリーにおける時間的・因果的・主題的一貫性の分析枠組みに依拠し,高齢者の語りを分析するための下位カテゴリーを抽出した。その後,理論的な推測を考慮しつつ,当初の分析枠組みを検討することによって,新たに語りの状況要因を加味した状況的一貫性の分析枠組みを付加し,同様にその下位カテゴリーを抽出した。その結果,故人や神仏等の超越的他者に起因する因果的一貫性や,聞き手との相互性を考慮した状況的一貫性等,物語様のさまざまな構造を把捉し得る分析カテゴリーが,見出された。そして,最終的に得た分析カテゴリーを用いて,調査対象者の転機の語りを分析し,転機に付与された意味づけを考察した。本研究の試みから,仮説的分析枠組みに基づく分析カテゴリーを用いることによって,高齢者の転機の語りの構造的一貫性を具体的に分析する方途が示唆された。
【キー・ワード】高齢者,老年期,ナラティヴ,転機,ライフストーリー
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幼児を持つ母親の「母性愛」信奉傾向と養育状況における感情制御不全(江上 園子)
母親の「母性愛」を信奉する傾向がポジティヴな結果をもたらすだけではなく,子どもの発達水準の認知という要因との交絡によっては養育場面でネガティヴに転化するという可能性を実証した。研究Tでは,この「『母性愛』信奉傾向」を「社会文化的通念である伝統的性役割観に基づいた母親役割を信じそれに従って養育を実践する傾向」と定義し,「『母性愛』信奉傾向尺度」を作成し,信頼性・妥当性についての検討を行った。研究Uでは,この尺度を用いて,「母性愛」信奉傾向が高く子どもの発達水準を低いものであると認知している母親の場合は,怒りの感情制御が困難になるという仮説の検証を行った。その結果,「母性愛」信奉傾向と子どもの発達水準との交互作用が怒りの感情制御に影響することを一部で明らかにした。つまり,子どもの発達水準が高い場合は「母性愛」信奉傾向の高さはポジティヴに作用するが,発達水準が低い場合はポジティヴに作用せず,むしろネガティヴな影響を与えうることが示唆された。したがって本研究は,ポジティヴ/ネガティヴの二分法的に議論されがちな「母性愛」を両方の可能性を秘めたものとして解釈し,「母性愛」を「両刃の剣」であると結論した。
【キー・ワード】「母性愛」信奉傾向,発達水準,感情制御,「両刃の剣」
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幼児における配分方略の選択:皿1枚あたりの数の変化に着目して(山名 裕子)
本研究での目的は,均等配分方略の選択が皿1枚あたりのチップの数によって変化するかどうかを検討することである。配分するチップが4個から20個,配分先の皿の枚数が2,3,4枚の組み合わせによって9課題が設定され,就学前の幼児160名がチップをお皿に分けるという配分課題に参加した。その結果,配分するチップの数が少ない課題では,3歳の幼児でも8割が正しく配分ができること,また3,4歳では配分するチップの個数が多くなるほど正答者数が少なくなるが,6歳ではどのような課題でも8割の幼児が正しく配分できるようになることが示された。選択された方略の分析から,高度なユニット(unit)方略が5,6歳で多く選択されるような課題があることも示された。このユニット方略とは,配分する前に,皿1枚あたりの数を何らかのレベルで把握し,一巡(1回通り)でチップを配分する皿に分けていく方略と定義される(山名,2002)。ユニット方略のように皿1枚あたりのチップを配分前に把握できていなくても,一巡目に配分していくチップの数がバラバラではなく,1個,あるいは2個以上のまとまりを形成しながら配分していくことが示唆された。このような皿1枚あたりの数を検討づけるような,見積もりという点がわり算につながるようなインフォーマル算数の知識の視点として,重要なことが示唆された。
【キー・ワード】受理配分方略,ユニット(単位)方略,インフォーマル算数,幼児期
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J.COSS第三版を通してみた幼児期から児童期における日本語文法理解の発達(中川 佳子・小山 高正・須賀 哲夫)
本研究では,日本語文法理解における発達の順序性とその獲得時期を検討するために,幼児期から児童期における文法能力を評価した。日本語を母語とする3歳から12歳までの390人の被検児を対象に日本語文法テスト(J.COSS1)2): JWU3), Japanese test for Comprehension of Syntax and Semantics)を用いて横断的調査を行った結果,以下のような可能性が示唆された。(1) 尺度分析の再現率が信頼できる範囲であったことから,20項目の発達の順序性は通過率に伴い段階状であった。また,複雑性という視点から,構成要素数・視点の置き方・語順方略と助詞方略・文の構造・接続助詞という機能について発達の順序性を分析した。(2) 通過率が50%という操作的定義にもとづき文法20項目の獲得時期が示された。この獲得時期は,手続きの違いにより多少異なる項目もあったが,従来の研究とほぼ同様の時期が示された。(3) 誤反応分析から日本語母語児がどのように文を誤って解釈しているかが示され,日本語文法理解の発達的変化が明らかになった。
【キー・ワード】 日本語文法発達,受動的文法, 子どもの言語発達, 横断的調査
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乳幼児表情写真(IFEEL Pictures)を用いた母親の情緒応答性の測定:子どもの性差・人数・年齢が与える影響(長屋佐和子)
0〜24ヶ月児の母親(120名)を対象として,自身の子どもの性別・数・年齢が乳幼児表情写真(IFEEL Pictures)に対する情緒読み取り傾向に与える影響について検討した。その結果,(1)情緒読み取りには子どもの性差の影響が認められ,息子をもつ母親に比べて娘をもつ母親のほうが受動的な情緒(「恥」・「注意」)の読み取りが多い,(2)子どもが1人の場合は息子をもつ母親のほうが「不満」に注意を払う傾向があり,子どもが複数の場合は娘をもつ母親のほうが受動的情緒(「恥」・「注意」)の読み取りが多い,(3)子どもの数にかかわらず,息子をもつ母親は子どもの年齢が高くなるほど「自己主張」および肯定的情緒を多く読み取る傾向があるが,娘の場合にはそのような関係が見られない,(4)子どもが複数の場合,息子との関係では,子どもの年齢が高くなると「対象希求」が増加,「我慢」が減少する傾向がある,などの所見が得られた。従来の観察研究によれば,母親は息子との間に肯定的な関係性を維持する傾向があるのに対し,娘との間では多様な情緒による相互作用が行われる,とされてきた。本研究の所見から,母子の行動上の特徴だけでなく,母親側の認知側面においても同様の傾向が確認された。このように母親の認知面に注目することによって,今後さらに母子相互作用の様相が明らかになると同時に,その所見の臨床場面への応用が可能になると思われる。
【キー・ワード】情緒応答性,IFEEL Pictures,母子関係,性差,同胞葛藤
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幼児の誠実な謝罪に他者感情推測が及ぼす影響(中川 美和・山崎 晃)
謝罪には誠実な謝罪と道具的謝罪がある。誠実な謝罪には,違反に対する責任の受容と被害者に対する罪悪感の認識が必要とされる。研究1では,5,6歳児を対象として,謝罪する際に責任を受容し罪悪感を認識するかを確認することによって,誠実な謝罪の出現時期を明らかにした。その結果,6歳児では,ほとんどの者が謝罪する際に責任を受容し罪悪感を認識すると回答したのに対し,5歳児ではほとんどの者が責任は受容すると回答したものの,罪悪感を認識すると回答した者は約半数に留まった。このことから,ほとんどの子において誠実な謝罪の必要条件が整うのは6歳児になってからであることが示された。続いて研究2では,5歳児を対象として,被害者の感情を推測させることが加害者における被害者に対する罪悪感を高めるかを明らかにすることによって,他者感情推測が誠実な謝罪に与える影響を検討した。その結果,5歳児であっても,被害者の抱くネガティブな感情を推測することによって,謝罪する際違反に対する責任を受容するだけでなく被害者に対して罪悪感を認識すると回答した者が多くなった。つまり,被害者の感情を推測することによって,責任の受容と罪悪感の認識という誠実な謝罪に必要な2つの条件が満たされることから,他者感情推測は誠実な謝罪を促す要因であることが示された。
【キー・ワード】誠実な謝罪,他者感情推測,責任,罪悪感,幼児
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児童期前半における生活時間構造の階層化と時間処理方略の発達(丸山真名美)
幼児は自分自身が表出した顔の表情についてどのぐらい正確に理解しているのか,という問題を明らかにするため,幼児自身が表出した顔の表情写真をその幼児本人に呈示する自己表情認知課題を行い,パフォーマンスの発達的変化を検討した。3歳から6歳までの幼児58名を対象に,線画やイラストなどによる表情図や他者の表情写真による表情刺激と,あらかじめ言語指示によって撮影した自分自身の表情写真を呈示した。その結果,年少の幼児でも表情図や他者写真の表情に対する基本的な意味理解と識別は可能であったが,自分自身の表情については必ずしも正確には理解しておらず,こうしたコンピテンスは3歳以後ゆっくりと徐々に獲得されていくことが示された。また自分自身の表情については「怒っている」表情が最も理解しやすいことが明らかとなり,表情図や他者写真による表情認知課題とは異なることが示唆された。また自分自身の表情の理解には線画による表情図の理解と最も相関が高く,このことから自己表情の理解は表情の表象的イメージの獲得と関連があることが示唆された。
【キー・ワード】表情,情動的コンピテンス,自己/他者,幼児,情動発達
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幼児の鬼ごっこ場面における仲間意識の発達(田中 浩司)
幼児期の子ども達が,オニ役割・コ役割それぞれの役割を意識して鬼ごっこ遊びを行うようになる過程について,発達的に検討した。実験は,4歳児15名,5歳児18名,6歳児12名を対象とし,仲の良い同年齢児3名に,実験者1名を加えた4名で鬼ごっこ遊びが行われた。その結果,4歳児ではオニ役割からコ役割,およびコ役割からオニ役割への役割交代が困難である場合が多く,5・6歳児ではこれらの役割交代が可能である場合が多いことが明らかとなった。オニ役割において,4歳児は複数の仲間を追いかけることは少なかった。また,6歳児は,捕まえようとする対象を変えながら,複数のコ役割を追いかけていた。コ役割においては,4歳児,5歳児は,6歳児と比べて,コ同士が接近した逃げ方をしていた。この結果から,子ども達は加齢に伴い,オニ役割において集団全体を追いかけるコとして意識するようになり,複数のコ役割を追いかけるようになることが示唆された。また,コ役割において子ども達は,加齢に伴いオニとコとの関係を意識しながら,他の仲間と距離をとって逃げるようになることが示唆された。以上の結果から,実際の鬼ごっこ遊びで見られる仲間集団に向けられた意識が考察された。
【キー・ワード】鬼ごっこ遊び,ルール遊び,仲間関係,幼児期の遊びの発達
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幼児の対人場面における自己調整機能の発達:実験課題と仮想課題を用いた自己抑制行動と自己主張行動の検討(鈴木亜由美)
本研究では,幼児の自己調整機能の自己抑制的側面と自己主張的側面に注目し,実験課題と仮想課題の2つを用いて,両課題における反応の関連とその発達的変化を検討したものである。4〜6歳児101名を対象として,魅力的なおもちゃに対する誘惑抵抗状況を自己抑制状況,「後でこのおもちゃで遊ぼうね」という約束を忘れ去られてしまう状況を自己主張状況と設定し,それらの状況での被験児の行動を観察した。また,その状況下で自己抑制するか自己主張するかという認知が実際の行動に及ぼす影響を調べるために,仮想的な対人葛藤状況における反応を同時に測定した。その結果,仮想課題では年齢とともに状況に一致した反応を選択する子どもが増加するのに対し,実験課題で状況に一致した行動をとる被験児の数には年齢差が見られなかった。また,仮想課題と実験課題で一貫して状況に一致した反応を示す子どもは自己抑制状況では年齢とともに増加する傾向が見られたものの,自己主張状況では年齢差が見られないことがわかった。自己主張状況では仮想課題で状況に一致した反応を選択する被験児でさえも,実験課題では実際に自己主張することが難しいという可能性が示唆された。
【キー・ワード】自己調整機能,自己抑制,自己主張,幼児
16巻3号
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国際結婚の日本人妻の名のりの選択に見られる文化的アイデンティティの構築:戦略としての位置取り(矢吹 理恵)
日本人が国際結婚をする場合,結婚後の戸籍上の氏を夫婦同姓,別姓のうちから選択することが民法上可能である。さらに,同一人物が日本にいる時とアメリカにいる時で名のりを一致させる必要がない。このような選択的な状況のもとでは,名のりは個人の文化的アイデンティティを表す指標の一つであると考えられる。本研究では,日米間の国際結婚の夫婦の日本人妻が結婚後に選択する名のりの形態とそれにかかわる要因,そして名のりに付与された「意味」を,対象者のライフヒストリーの文脈において明らかにするために,在日の夫アメリカ人・妻日本人夫婦20組に対して質問紙および面接調査を行った。その結果,妻の名のりには自分の「日本姓」,夫の「アメリカ姓」,両方をつなげた「混合姓」の三つの形態が見られることがわかった。妻の名のりの選択は,日本とアメリカにおいて各自が置かれた状況によって自己の社会的な利益を最大化するための「戦略」 (Bourdieu, 1979/1990) として機能していた。名のりの使い分けに見られるアイデンティティの選択は,個人や集団の文化的アイデンティティは永続的なものとして存在しているのではなく,変異するものであるというHall (1997/1998) の「位置取り(positioning)」として位置付けられた。
【キー・ワード】夫アメリカ人・妻日本人夫婦,文化的アイデンティティ,文化実践,戦略,位置取り
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家族成員による夫婦間葛藤の認知と子どもの家族機能評価との関連:中学生とその家族を対象に(川島亜紀子)
本研究は,夫婦間葛藤の認知と子どもの家族機能評価との関連について検討することを目的として実施された。中学生とその家族を対象に質問紙調査を実施し,子どもの家族機能評価(「家族内コミュニケーション」「家族に対する評価」「家族の凝集性」)と,両親・子どもの場面想定法による夫婦間葛藤の認知(原因帰属)を測定した。両親の夫婦間葛藤認知は,因子分析によって「子どもへの帰属」,「内的原因帰属」,「外的原因帰属」に分類された。また,これらとは別に,夫婦間葛藤の際の夫婦関係の深刻さを示すものとして「関係性帰属」の項目を追加した。子どもについても同様に「内的原因帰属」「外的原因帰属」「関係性帰属」を用意した。欠損値のない131組に対し,両親の夫婦間葛藤認知と子どもの夫婦間葛藤認知・家族機能評価の相関関係からモデルを作成し検討したところ,子どもの性別に限らず,母親による夫婦間葛藤の外的原因帰属は子どもによる関係性帰属に関連していた。子どもの夫婦間葛藤認知と家族機能評価との関連は性別によって異なり,父親による夫婦間葛藤の内的原因帰属と男子の「家族に対する評価」との間に関連が見られた。また,両親の夫婦間葛藤の原因帰属パターンが子どもの「家族に対する評価」に与える影響は,子どもの性別によって異なり,同性の親による内的要因優位な原因帰属パターンが子どもの高い「家族に対する評価」と関連することが明らかになった。
【キー・ワード】夫婦間葛藤,家族機能,夫婦間帰属,子どもの両親間葛藤認知
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就学前後の子どもの「ほめ」の好みが動機づけに与える影響(青木 直子)
ほめることに関する研究の多くは,ほめ手側の視点から行われてきた。だが,ほめられる側の「ほめ」に対する認識・感情を取り上げた研究は少ない。そこで,研究1では就学前後の子どもがほめられたと思うエピソードや,ポジティブに受け止めた「ほめ」について調査を行った。ほめられたエピソードと達成場面での「ほめ」は,就学前後での変化がみられなかった。お手伝い場面では,就学前児は“すごい・上手”といった賞賛の「ほめ」,1年生は“ありがとう”という愛情・感情の「ほめ」を多く報告するという発達差がみられた。次に,お手伝い場面を設定し,“ありがとう”“上手”という「ほめ」を用いた実験を行った。実験は,子どもが実験者のお手伝いをし,実験者から“ありがとう”,“上手”,うなずくという3通りの反応のいずれか1つを受け,その後の自由時間中にこなしたお手伝いの作業量を検討するものであった。実験の結果,就学前児は“上手”,1年生は“ありがとう”という「ほめ」を受けた群の方が,自由時間での作業量が多いことが示された。
【キー・ワード】フィードバック, 社会的承認, ほめ, 動機づけ
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死別経験による人格的発達とケア体験との関連(渡邉 照美・岡本 祐子)
死別経験による人格的発達が起こり得るのかを明らかにするために,死別経験のあるもの424名と死別経験のないもの40名を対象に,質問紙調査を行った。その結果,死別経験による人格的発達得点において,死別経験あり群が死別経験なし群よりも高い得点を示したことから,死別経験による人格的発達が起こることが明らかとなった。そこで,死別経験のあるもののみ424名を対象とし,死別経験による人格的発達の具体的な構造と,死別経験による人格的発達と関連のある要因を明らかにするための検討を行った。その際,ケア体験との関連を取り上げた。死別経験による人格的発達の構造として,「自己感覚の拡大」,「死への恐怖の克服」,「死への関心・死の意味」が見出された。また,死別経験による人格的発達に関連する要因として「性別」,「年齢」,「続柄」,「死別経験時の対象者の年齢」,「死別納得感」,「ケアの頻度」,「ケア満足感」が認められた。死別経験による人格的発達と実際にどのようなケアを行ったかというケア体験との関連においては,ケア体験得点の高い群は,得点の低い群よりも,死別経験による人格的発達得点が有意に高かったことから,その関連が認められた。以上より,死別経験による人格的発達とケアとの関連が示唆された。
【キー・ワード】死別,人格的発達,ケア,ストレス,死
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高機能自閉症児は健常児と異なる「心の理論」をもつのか:「誤った信念」課題とその言語的理由付けにおける健常児との比較(別府 哲・野村 香代)
Baron-Cohen et al. (1985) 以後,通常4歳で通過する「誤った信念」課題に, MA(Mental Age)4歳の自閉症児が通過できないことが多くの研究で追試されてきた。一方,Happe (1995) は,自閉症児も言語性MAが9歳2か月になると「誤った信念」課題を通過することを示した。本研究は,自閉症児が「誤った信念」課題を通過して「心の理論」を形成するのは,遅滞なのか,あるいは質的に違う内容を形成しているのかを検討することを目的とする。「誤った信念」課題であるサリーとアン課題を改変したものを通常通りに回答を求めると共に,なぜそちらを選択したかの言語的理由付けを行わせた。対象者は健常児が3〜6歳60名,WISC−Vでの言語指数が70以上の高機能自閉症児29名 (小学校1〜6年生) である。健常児は,「誤った信念」課題に誤答するレベル (水準0),それは正答するが言語的理由付けができないレベル(水準1),課題に正答しかつ言語的理由付けもできるレベル(水準2)の順序で発達的に移行することが明らかにされた。それに対し,高機能自閉症児は水準0と水準2は存在したが水準1のものが1名もみられなかった。これは,健常児が言語的理由付けを伴わない直感的な「心の理論」を発達的前提に,その後,言語的理由付けを伴う「心の理論」を形成するのに対し,高機能自閉症児は直感的な「心の理論」を欠いたまま言語的理由付けによる「心の理論」を形成するという,質的な特異性を持つことが示唆された。
【キー・ワード】高機能自閉症児,心の理論,誤信念課題,直感的心理化
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高齢者の生活において外出が持つ意味と価値:在宅高齢者の外出に同行して(松本光太郎)
本研究では,在宅高齢者の外出時に著者自身同行し,ともに歩きながら,彼/彼女にとっての外出の意味と価値を明らかにすることを課題とした。これまでの高齢者研究においては,行為主体のある断面を切り取った構成概念間による機能論的な現象説明が常であった。本論では,日々の何気ない行為にこそ高齢者の生活において大切な日常性が潜んでいると考え,外出時の進行中の行為そのものに注目をした。具体的には,11人の在宅高齢者と一緒に歩く同行調査を行い,調査協力者の外出時における行為を記述した。結果では,外出時の行為について記述された具体的なエピソードを検討し,1)外出前の準備,2)様々な事物とのかかわり(もの,場所,環境,状況の中の人,自身の身体)という外出時における行為形式を見出した。そして,外出時に起こっていることとして,1)見たり,聞いたり,感じたりする行為/体験が連なっていく様態を「出会い」 (Reed,1996a/2000) の連続として理解し,2)「今ここ」の出会いには過去の経験等が入り込んでおり,出会いを取り囲む機制を理解するために「包含」という言葉を提示した。最後に,外出時において様々な資源との出会い,つまり包含の連なっていく過程を,高齢者の日々の生活における外出することの意味と価値として結論づけた。
【キー・ワード】在宅高齢者,外出,同行調査,行為,体験
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青年にとって仲間とは何か:対人関係における位置づけと友だち・親友との比較から(難波久美子)
青年期後期の仲間概念を24名の青年への直接面接を通して探索的に検討した。研究1では,調査協力者に現在の対人関係を表す単語を親密さの順に図示するよう求めた。そして,その単語の書かれた位置と,その単語がどのような関係性の規模であるのかによって対人関係を整理した。また,各調査協力者に対し,対人関係を表す単語が並べられた図中に,仲間と捉える範囲を示すよう求めた。親密さと関係性の規模によって対人関係を整理し,仲間と捉える範囲を併せて検討したことで,仲間は親友に次ぐ親しさであること,互いを認識できる複数の規模での関係であることが明らかとなった。研究2では,児童期の仲間関係と現在の仲間関係の比較,友だち・親友と仲間関係の比較によって,仲間関係の説明を求めた。その結果,青年期後期の仲間関係は,児童期や青年期前期・中期の仲間関係とは区別されていた。また,仲間の説明からは,研究1と対応する親密さや関係性の規模に関する報告がみられた。さらに対人関係を整理する枠組みとして,目的・行動の共有が導出された。そこで,親密さと,目的・行動の共有という2軸によって,仲間,友だち,親友を布置し,仲間を他の関係から分離する指標として目的・行動の共有が有効であることを確認した。
【キー・ワード】仲間,目的・行動の共有,友人関係,青年期後期の対人関係
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親子関係・友人関係・セルフコントロールから検討した中学生の非行傾向行為の規定要因および抑止要因(小保方晶子・無藤 隆)
中学生1623名を対象に質問紙調査を行い,中学生の非行傾向行為の規定要因および抑止要因について検討を行った。まず,規定要因について,逸脱した友人の存在,親子関係,友人関係,セルフコントロールから検討を行った。その結果,中学生の非行傾向行為には,逸脱した友人がいることの影響が強いことが示された。また,規定要因は,学年,性によって差があることが示され,学年が低い方が,親子関係が非行傾向行為に影響を与えており,学年があがるとセルフコントロールの影響が増加することが示された。次に,抑止要因は,非行に影響を与えるものとして逸脱した友人の存在があげられていることから,非行傾向行為をしている友人の存在があるかないかを分類して検討を行った。その結果,友人が非行傾向行為をしていても自分はしていない子どもの抑止要因として,セルフコントロールが高いこと,親子関係が親密であることが示された。
【キー・ワード】非行傾向行為,中学生,親子関係,友人関係,セルフコントロール
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巡回相談はどのように障害児統合保育を支援するか:発達臨床コンサルテーションの支援モデル(浜谷 直人)
発達臨床を専門とする多くの心理学研究者が障害児保育への巡回相談を行っている。本研究は,1つのタイプの巡回相談の特徴,支援機能,支援の構造を分析し,障害児保育への巡回相談の支援モデルを明示化した。米国のスクールコンサルテーションと比較して,この巡回相談は以下の4点の特徴をもつことを明らかにした。(1)保育者を介して子どもに心理的なサービスを支給するという間接支援の形式をとる。(2)相談員と保育者の共同的関係を重視する。(3)子どもの発達に関するアセスメントを重視する。(4)保育者が実行可能な助言を行う。保育者の巡回相談に関する自由記述をもとに27項目からなる質問紙を新たに作成した。保育者による評価(N=241)を因子分析した結果,この巡回相談が,保育方針の作成,障害などの理解,保育意欲,保育成果の評価,協力連携,クラスの他児への保育,という6つの支援機能をもつことが明らかになった。1つの典型的な巡回相談事例の分析を行い,この巡回相談には次のような構造があることが示された。保育者が保育の状態が適切かどうかを判断するときにアセスメントが参照され,保育方針を作成するときに助言が参照される。最後に,巡回相談はいかに障害児保育を支援するかについて巡回相談員の専門性の観点から考察を行った。
【キー・ワード】巡回相談,インクルージョン,障害児保育,コンサルテーション,発達臨床