発達心理学研究第9巻(1998年) 第3号
◆自閉症児における他者への教示言語行動の獲得と般化(井上雅彦:兵庫教育大学)
自閉症児について,機能的な教示言語行動の獲得とその般化について検討した。実験1では,2名の自閉症児について,パズル片が足りないで困っているという課題場面を設定し,他者に対する教示言語行動が自発するか否か,またその成立条件について検討がなされた。その結果,言語モデルによるプロンプトとフェイディングアウトにより,教示が可能となり,その行動は,パズルプレイヤーの困難状況,自らの解決情報の保有という2つ変数によって制御されうる機能的な行動として成立していくことが示された。実験2においては,実験1で成立した教示言語行動が他の状況でも般化するか否か評価された。その結果,本研究に参加した自閉症児について他者の行動や自らの解決情報の保有の有無という複雑な社会的文脈においてそれらを弁別し,教示言語行動を自発することが可能であることが示され,それらの弁別性を促進するためには,行動自発の手がかりとなる刺激と結果に対して明確な視覚的言語的フィードバックを行うことが有効であることが示された。また,実験の結果から機能的教示言語行動の成立条件,般化のための条件について,複雑な社会的刺激の弁別と社会的強化の成立という視点から考察された。
◆異なった意見をもつ児童間で行われる話し合い過程の発達的検討(倉盛美穂子:広島大学・高橋登:大阪教育大学)
本研究は,小学校の児童が,道徳判断課題について,自分と異なる意見を持っている児童と話し合う時,どのような発話を行い,どのようにして結論にいたるのか,又,そこに発達的な違いがみられるかについて検討することを目的とした。意見の異なるペアをつくるために,1年生,3年生,5年生の被験者に,事前に道徳判断課題のプリテストを行わせた。そして,意見の異なる者どうしをペアにし,意見を1つにまとめるように教示し,話し合いを行わせた。その結果,1年生は,理由を述べる発話は少なく,理由の道徳発達レベルは低く,互いに理由を述べる前に結論が得られてしまうという特徴がみられた。一方,3・5年生は,互いに理由を述べ,しかも高低両方のレベルの理由をあげ,互いに意見を出し合った後で,多くの新規な理由を出した側に結論が収束した。つまり,1年生から3年生にかけては,理由の数,特に,高いレベルの理由が増えるといった量的な変化に伴って,話し合い過程が結論先行型から説明先行型になるというように,質的な変化がみられた。また,3年生から5年生にかけては,同じ説明先行型の話し合いスタイルの中でも,意見を主張するという種類の発話量だけが量的に変化することが示された。
◆四則演算の処理:成人に老人を加えての検討(石原 治・権藤恭之・中里克治・下仲順子:東京都老人総合研究所・厳島行雄:日本大学)
四則演算の数操作の処理について検討することを第1の目的とした。四則演算の加齢の影響について検討することを第2の目的とした。被験者には成人と老人の18名ずつを用いた。答えた正数となりかつ四則演算に共通して用いることがれきる,一桁の数の組み合わせを刺激とした。組み合わせた数が同じ条件(同数問題)とそれ以外の条件(非同数問題)の2つに分けた。さらに,組み合わせた2つの数を単に加算し,その数の大きさによって大小2つの条件に分けて平均反応時間を求めた。主な結果は以下の通りであった。(a)非同数問題,同数問題いずれの条件においても,加減乗除すべてにおいて老人群の方が成人群より反応時間が長かった。(b)成人群の非同数問題については,加算と乗算のみで問題の大きさの効果が得られた。しかしながら,それらの条件を除いては,加減乗除の4条件が異なっても反応時間に顕著な差はみられなかった。(c)老人群の非同数問題については,加算,減算,乗算で問題の大きさの効果が得られたが,除算では問題の小さい方が大きい方より長かった。さらに,加減乗除の4条件では,反応時間に顕著な差がみられた。以上の結果から,成人の四則演算では,同じ処理を仮定することが可能であった。また,加齢の影響によって処理が遅くなることが示唆されたが,その影響は四則演算すべてに一様ではなかった。
◆保育園の食事場面における幼児の席とり行動:ヨコに座ると何かいいことあるの?(外山紀子:お茶の水女子大学)
保育園の2歳児・4歳児クラスの食事場面を観察し,子ども達がどのようにして席を決めるのかを分析した結果,以下のことが示された。第1に,4歳児の方が2歳児に比べて,自分または他者の着席位置に関して身体的・言語的行為による意見表面をより多く行っていた。第2に,2歳児よりも4歳児も,対面あるいは斜めに相対する位置関係(タテの位置関係)よりも,隣合わせあるいは直角に並ぶ位置関係(ヨコの位置関係)を好んだ。第3に,2歳児については,相互交渉の頻繁さと着席位置の間に関連がみられた。すなわち,タテよりもヨコの位置関係において,より多くの相互交渉が生起し展開していた。第4に,2歳児は身体接触や目前にある事物への注目から相互交渉を始めることが多く,4歳児は目前の事物に縛られない話題から始めることが多かった。第5に,2歳児の場合,身体接触や事物への注目をきっかけとした相互交渉はタテの位置関係よりも,ヨコの位置関係において頻繁にみられた。以上の結果に基づき,食事場面における着席位置の好みと,社会的相互交渉との関連性を議論した。
◆幼児は園生活の多様性をどのようにとらえているのか:一般的出来事表象の形成と出来事の多様性(藤崎春代:帝京大学)
本研究では,1日および1週間単位での日課が異なる2園(幼稚園と保育園)に所属する4・5歳クラス児に対して,園生活の流れについて個別面接調査を行い,多様な出来事についてどのような一般的出来事表象(GER)を形成しているのかについて検討した。すべての子どもに,「いつも幼稚園では何をするか?」と園生活全体の流れを聞く質問を行うとともに,園の一部の子どもには「今日は何をしたのか?」,残りの子どもには「*曜日は何をするか?」という質問を行った。分析の結果,まず,行為を述べる際に主語無しで現在形表現をしており,時間的順序も一定であるなど,幼児が園生活GERを形成していることが確認された。しかしながら,幼稚園児の特徴として,子どもが共通に述べる行為数は少なく,これは幼稚園生活において生活習慣的活動が少ないことによると思われた。多様性の表象の仕方については,GERとしてではなくエピソード的に記憶する,多様性を園生活GERの変化項としてとらえる,条件により園生活GERを形成し分ける,の3タイプが検討された。
◆乳児における規準喃語の出現とリズミカルな運動の発達的関連(江尻桂子:お茶の水女子大学)
従来より,音声発達期の乳児において,規準喃語の出現とリズミカルな運動のピーク期のあいだに発達的同時性が見られることが示唆されている。本研究ではこの現象についてより詳細に検討するため,乳児5名の月齢6〜11カ月の縦断的観察データをもとに,リズミカルな運動の質的分析を行った。また,これらの運動と発生との同期的関連を調べ,先の研究で議論された音声とリズミカルな運動の同期現象のメカニズムについて検討した。分析の結果,喃語の出現とリズミカルな運動のあいだに発達的同時性が見られることが実証された。ただし,音を産出しないリズミカルな運動(e.g.,上下に手が揺れる)は喃語出現期をピークに減少してゆくのに対し,音を産出する運動(e.g.,玩具を打ちつける)は喃語出現以降,増加することが明らかとなった。
また,これらの運動と音声の同期性を見ると,特に,音を産出しないリズミカルな運動において同期する割合が高いことが明らかとなった。この運動が,乳児によって,より非目的的に行われるものであると想定すると,喃語出現期に見られる音声とリズミカルな運動の同期現象は,乳児によって意識的に行われる行動というよりもむしろ,彼らの音声生成や身体運動のコントロール機能がまだ未成熟なものであるために生じるものなのではないかと推測される。