発達心理学研究第9巻(1998年)  第2号    



◆独立的自己と相互依存的自己に関する8歳児女子の日独比較(小林亮)
本研究は,独立的自己と相互依存的自己という自己概念の構造に関して日独間にどのような文化差が見られるかを,女子8歳児(日本:N=20;ドイツ:N=30)との個別面接を通じて明らかにしようとした。面接は,自己,親友,教師の3者それぞれについての記述と,自己と重要な他者(親友,教師)との比較,同一化について行われた。結果として見られた文化差は以下の通りであった:1)自己記述,他者記述のいずれにおいても,日本人児童はドイツ人児童よりも関係志向的発言の比率が高く,ドイツ人児童の発言は日本人児童に比べ,より個人志向的傾向が強かった。2)教師との比較において,日本人児童の方が自己との共通点を強調する傾向がドイツ人児童よりも強かった。この文化差は親友との比較に関しては見られなかった。3)ドイツ人児童の方が,他者との同一化に対して,日本人児童に比べ,より否定的な態度を示した。これらの結果は,日本人児童がより相互依存的自己を,ドイツ人児童はより独立的自己を有するという仮説を支持するものであった。日独それぞれの文化的意味体系における他者概念の対象特殊性および各指標の心理社会的意味に関し,より多次元的な研究を進める必要性が指摘された。

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◆幼児はどんな手紙を書いているのか?:幼稚園で書かれた手紙の分析(横山真貴子・秋田喜代美・無藤隆・安見克夫)本研究では,保育の中に埋め込まれた読み書き活動として,幼稚園で行われる「手紙を書く」活動を取り上げ,1幼稚園で園児らが7カ月間に書いた手紙1082通を収集し,コミュニケーション手段という観点から手紙の形式と内容を分析した。具体的には「誰にどのような内容の手紙を書き,書かれた手紙はどのようにやりとりされているのか」について,収集した手紙全体の分析(分析1)と手紙をよく書く幼児とあまり書かない幼児の手紙の分析(分析2)から,全体的発達傾向と個人差を検討した。主な結果は次の通りである。第一に,幼児は主に園の友だちに宛てた手紙を書いており,手紙の大半には,やりとりに不可欠な宛名と差出人が明記されていた。このことから,幼児は園での手紙の形式的特徴を理解していることが示された。第二に,全体的には絵のみの手紙が多く,コミュニケーションを図ることよりも,幼児はまず手紙を書き送るという行為自体に動機づけられて手紙を書き,「特定の誰かに自分が描いた作品を送るもの」として手紙を捉えていることが示唆された。特にこの傾向は年中児で顕著であった。だが第三に,年長児になると相手とのやりとりを期待する伝達や質問等の内容が書かれ始め,手紙を書くことの捉え方が発達的に変化することが示された。また第四に,手紙を書くことに興味を持つ時期が子どもによって異なり,手紙が書ける園環境が常時準備されていることの有益性が指摘された。

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◆子どもにおける2つの時間の論理的比較判断の難しさ(Lan,Woei-Chen・松田文子)CRTディスプレイ上を2つの自動車が同方向に走るのを見て,「どちらが長い時間走ったか,あるいは同じだったか」という判断を,「時間=終了時刻−始まりの時刻」の知識を用いて論理的に行うことは,子どもにはなかなか難しい。その難しさの原因を明らかにするため,運動のない事態や位置のずれのない事態で,この論理を学習させ,それを運動事態に適用するということを,幼稚園年長組から6年生までの73人の子どもに試みた。主な結果は次の通りである。(1)ほとんどの幼稚園児は,運動や空間的要因といった妨害要因がないときでさえ,その知識を2つの時間の比較のために論理的に操作することはできない。またその論理を教えられても理解できない。(2)小学2年生は,最も単純な事態ではそのような知識を論理的に操作できる者が5割を越えるが,空間的要因や運動が目立つときは,それらによって判断してしまうようである。
学習によっても,両要因を共に克服することは大変難しい。(3)小学4年生では単純な事態において大多数の者が論理的操作が可能であるが,妨害要因の効果は相変わらず大きい。すなわちその論理が適用可能な課題であると気づかない。しかし学習によってよく克服可能である。ただその定着や転移可能性は低い。(4)小学6年生では,学習効果の定着や転移可能性の点で,4年生よりかなり改善が見られる。

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◆父親になる意識の形成過程(小野寺敦子・青木紀久代・小山真弓)はじめて父親になる男性がどのような心理的過程を経て父親になっていくのか,そして親になる以前からいだいていた「親になる意識」は,実際,父親になってからのわが子に対する養育態度とどのように関連しているのかを中心に検討を行った。まず,父親になる夫に特徴的だったのは,一家を支えていくのは自分であるという責任感と自分はよい父親になれるという自信の強さであった。そして次に父親になる意識として「制約感」「人間的成長・分身感」「生まれてくる子どもの心配・不安」「父親になる実感・心の準備」「父親になる喜び」「父親になる自信」の6因子が明らかになった。親和性と自立性が共に高い男性は,親になる意識のこれらの側面の内,「父親になる実感・心の準備」
「父親になる自信」が高いが「制約感」が低く,父親になることに肯定的な傾向がみられた。また,これらの「親になる意識」が実際に父親になってからの養育態度にどのように関連しているかを検討した。すると,「制約感」が高かった男性は,親になってから子どもと一緒に遊ぶのが苦手である,子どもの気持ちをうまく理解できないと感じており,父親としての自信も低い傾向がみられた。さらにこれらの男性は,自分の感情の変化や自己に対する関心が高い傾向が明らかになった。

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◆幼児の自己制御機能:乳児期と幼児期の気質との関連(水野里恵・本城秀次)幼児の自己制御機能の2側面(自己主張・自己抑制)の個人差を検討した。第一子の男児75名・女児75名の乳児期(平均月齢11.5ケ月)の気質・幼児期(平均年齢3歳7ケ月)の気質・子どもの葛藤体験・母親のしつけ方略・幼児期(平均年齢4歳1ケ月)の自己制御機能を質問紙調査によって調査した。子どもが友達に対して示す自己主張的自己制御機能は初めての人物や新しい事態に積極的で順応性のある気質的行動特徴を持つ子どもの方が発達していた。自己抑制的自己制御機能は順応性がありささいなことで機嫌が悪くならない子どもの方が発達していた。また,自己主張側面・自己抑制側面双方が高い自己制御高群(25人)は,気質的に扱いやすい子どもであり,母親の説明的しつけ方略を多く受けていた。質問紙調査の被調査者のうちの男児20名・女児20名の実験的観察の結果,実際に自己主張的行動をとる子どもは幼児期において新しい事態に積極的な気質的行動特徴をもっていること,乳児期に扱いやすい子どもであることが明らかになった。これらの結果は,自己制御機能が行動規準の内面化の過程とその行動規準に従って行動を統制する過程との2つの過程からなるとする見解から議論された。

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◆絵本場面における母子会話:ラベリングに関する発話連鎖の分析(村瀬俊樹・マユーあき・小椋たみ子・山下由紀恵・Dale,Philip)
本研究は,絵本場面の母子会話におけるラベリングに関して,子の参加の仕方と母親の援助について,発話連鎖の分析によって検討したものである。
10,12,15,18,21,24,27カ月児とその母親66組を横断的に観察した。3冊の絵本を
介しての母子の会話を5分間観察した。その結果,年長児は,母親の慣用的ラベリングを受けずに慣用的ラベリングを遂行するようになることが明らかとなった。年長児は,母親の情報請求に対して慣用的ラベリングで答えるようにもなった。母親の側も,子の月齢の増大とともに,より能動的な役割を子に対して要求していた。母親は年長児に対して情報請求でエピソードを開始していた。
また,母親は,年長児の慣用的ラベリングに対しては,精緻化情報の提供・請求で応答するようになった。これらの結果から,絵本場面での母子によるラベリングにおいて,子は月齢の増大とともに母親からの援助が少ないもとでのラベリングの遂行者となり,米国の母親よりも情緒志向的であるといわれる日本の母親も,子の月齢の増大とともに足場作りの度合を弱め,より複雑な会話構造へ子の慣用的ラベリングを組み込むという教授方略をとることが明らかになった。

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