発達心理学研究第9巻(1998年)  第1号    

◆「ちょっと気になる子ども」の集団への参加過程に関する関係論的分析(刑部育子)
本研究の目的は,保育園における4歳児の「ちょっと気になる子ども」の長期にわたる集団への参加過程を関係論的に分析したものである。関係論的視点,その中でもとくにLave & Wenger (1991)による「正統的周辺参加」論では,アイデンティティの形成過程を共同体への十全的参加者となることとする。Lave & Wengerは,アイデンティティの変化を長期にわたる他者との生きた関係の中で捉え,また実践の共同体の徐々なる参加を通した一として捉える。本研究では,1993年4月から1993年12月までビデオ観察を週1回の割合で行い,保育者との関わり,他の子どもとの関わりを通した対象児のアイデンティティの変化を分析し,記述した。その結果,「ちょっと気になる子ども」が気にならなくなっていく過程で起きていたことは,その子ども個人の知的能力やスキルの獲得といった変化というよりも,共同体全体の変容によることが明らかになった。

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◆短大入学時の環境移行:気分の原因帰属を手がかりとしたモデル構築の試み
(川野健治・佐藤達哉・友田貴子)
本研究の目的は,短大入学時の環境移行について日常的言語(Heider,1958)としての気分とその原因帰属を手がかりに記述しモデル化することである。1991年の5月から7月にかけて,毎週金曜日の4時間目にVisual Analog Mood Scaleの記入とその気分の原因を尋ねた。これらのデータは,有機体発達論的システム論的アプローチ(ワップナー,1992)を前提として,多元的志向性の変化の過程を語ったものとして分析された。記述は主に以下の4点からなる。(1)短大への移行過程は,混乱期,移行作業期,課題期からなる。(2)短大への移行には4つのタイプ,すなわち乖離型,受け身型,積極型,独自型が見られる。(3)時間の多元的志向性についてのデータは,先の結果を支持する。(4)調査期間中の欠席についてのデータも同様に,先の結果を支持する。これらの記述をもとにして,移行過程の順序性と内的な「生活空間」を仮定し,4つの主な作業仮説をもつ移行過程のモデルを示した。

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◆幼児の手あそびにおけるパフォーマンスの年齢による変化(遠藤 晶)
手あそびは手や身体を動かす歌のあそびで,歌詞を表現する動きや,リズムを表す動きを歌を歌いながら行うものである。保育の中でて遊びは,頻繁に活用されてきた。保育者と一緒に手あそびをするという日常行為の中に,認知とパフォーマンスの発達を促す重要なシステムが機能していると推測される。パフォーマンスというのは遂行行動のことであり,すでに学習されている行動を実体に移し動作として表すことで,外にあらわれた単なる行動や行為を示すものではなく知的な側面を含む活動である。知っている手あそびの刺激が与えられたときに,幼児が提示された手あそびに対して,知覚的認知をコントロールし幼児自身で手あそびを生み出したパフォーマンスを「手あそびのパフォーマンス」と定義し,幼児の年齢ごとにどのように変化するのかを調べた。既に知っている手あそびとして『げんこつやまのたぬきさん』の刺激が与えられた。幼児のパフォーマンスについて検討した結果,「動きの再生度」では,2歳児と5歳児で差が見られ,「動きの順序性」は,1歳児から3歳児の間に高まるが3歳児から5歳児にかけて差はなくなり,「リズムの再生度」は2歳児から3歳児の間にリズムに合うことが示された。手あそびは,リズムに併せて身体を動かしたり歌うことを獲得する幼児期に,動きや歌の模倣を促し,さらに幼児が自発的にあそびの発展を楽しむことを促すものである事が示唆された。

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◆青年期における基本的信頼感と時間的展望(谷 冬彦)
本研究は,Eriksonの漸成発達理論の観点から,青年期における基本的信頼感と時間的展望の関連について検討した。基本的信頼感尺度,絶望感尺度,時間的展望体験尺度の漸項目について因子分析を行った結果,「絶望−希望」因子,「基本的信頼・時間的連続性」因子,「現在・未来の確実性」因子,「対人的信頼感」因子の4因子が抽出された。「基本的信頼・時間的連続性」因子が抽出されたことによって,基本的信頼感と過去から現在までの自己の時間的連続性とが密接に関わるという仮説が支持された。また,対人的信頼感は,基本的信頼感に比べ,時間的展望との関わりが低かった。このことは,対人的信頼感と基本的信頼感とは概念的に異なるという仮説を支持するものであった。さらに,「基本的信頼・時間的連続性」は「絶望感」と「未来の確実性」に影響を与えるだろうという仮説を検証するために,共分散構造分析を行った。その結果,「基本的信頼・時間的連続性」は「絶望感」に影響を与え,さらに,「絶望感」は「未来の確実性」と相互に影響を与え合っているという構造があることが明らかになった。これらの結果は,漸成発達理論を支持するものであるとともに,青年期における基本的信頼感と時間的展望の関連構造を明らかにするものであった。

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◆青年期におけるアイデンティティの形成:関係性の観点からのとらえ直し(杉村 和美)
本論文は,青年の身近な対人的文脈に焦点を当てて,そこでの他者との関係性の観点から,青年期におけるアイデンティティの形成をとらえ直すことを目的とした。青年期のアイデンティティ形成や他のいくつかの研究領域について文献のレビューを行い,まず,本論文が関係性を重視する背景を整理した。次に,アイデンティティそのものについての考え方を,関係性の観点からとらえ直した。このとらえ直しは,以下の3つの側面に分けることができる。(a)自己と他者との関係のあり方がアイデンティティであるというパラダイムを持つ必要がある。(b)アイデンティティ形成は,自己の視点に気づき,他者の視点を内在化すると同時に,そこで生じる両者の視点の食い違いを相互調整によって解決するプロセスであると言うことができる。このことから,アイデンティティ形成の実際の作業である「探求」は,人生の重要な選択を決定するために,他者を考慮したり,利用したり,他者と交渉することにより問題解決していくことであると定義できる。(c)このプロセスの根底には,青年期の社会的認知能力の発達が想定できる。さらに,以上のとらえ直しに基づいて,このような関係性を重視するアプローチにおける今後の研究課題を提起した。

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◆乳幼児の子どもの気質・母親の分離不安と後の育児ストレスとの関連:第一子を対象にした乳幼児期の縦断研究(水野里恵)
254名の第一子の乳幼児期の縦断的研究の結果,乳児期の子どもの気質的扱いにくさと母親が子どもに対して感じる分離不安が,その子どもが幼児期に達した時の母親の育児ストレスと関連があることが明らかになった。幼児期に気質診断類型でdifficultになる子どもは,easyになる子どもに比較して,乳児期に新しい情況に消極的で順応性が低い子どもであった。そして,difficultの子どもを持つ母親は,easyの子どもを持つ母親に比較して,育児ストレスを強く感じていた。乳児期と幼児期の気質次元に対する正準相関分析および乳幼児期の正準変数得点と母親の育児ストレスとの相関分析の結果から,乳児期に世話がしにくく順応性が悪い子どもは,幼児期に活動性が高く順応性が悪く持続性がない子どもになる傾向があり,それらの子どもの母親の育児ストレスは高いことが明らかになった。乳児期に子どもに対する分離不安が高い母親は,分離不安が低い母親に比較して,伝統的母親役割観を強く持ち,子どもを預けての外出を控える傾向にあり,幼児期に育児ストレスが強かった。

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