発達心理学研究 第8巻第1号 1997年4月
原著
小中学生における空間能力と性的ステレオタイプ諸変数との関連性
(竹内謙彰:愛知教育大学)
本研究の目的は,@空間能力と性的ステレオタイプ変数との間の関連に,男女で異なる傾向性がみられるかどうかの検討,Aアメリカにおける先行研究でみられた性的にステレオタイプなパーソナリティ諸変数と空間能力との間の関連が,アメリカとは文化の異なる日本の青年にも見られるかどうかの検討,B成熟の自己評価の指標と空間能力との関連の検討,の3点であった。上記の目的に関連して,2種の空間能力課題,性的にステレオタイプ化されたパーソナリティー尺度,及び空間活動尺度を測度とし,小学校4年生,6年生および中学校2年生を被験者として,調査が行われ,空間能力と他の諸変数との関連が検討された。得られた主要な結果は以下の通りである。@男子では2つの空間能力ともに,性的ステレオタイプ変数との関連がみられたが,女子では空間能力の典型性の低い課題しか性的ステレオタイプとの関連を示さなかった。A男性性が高いこと及び女性性が低いことと空間能力の高さが結びつくという傾向は,アメリカにおける先行研究と一致するものであった。特に女子に関しては,空間能力と有意な関連を持つ尺度として,Newcombeらの研究と 共通する2つの尺度(Nashの尺度及びPAQ(F))があることが指摘された。B成熟の自己評定と空間能力との間には有意な関連がみられなかった。
(冨安浩樹:広島大学)
本研究の目的は,大学生における進路決定自己効力と進路決定行動との関連を調べることであった。研究1では,Taylor,&Betz(1983)の研究を参考にし,大学生用進路決定自己効力尺度日本語版(CDMSE-U:J)を構成した。371人の被験者に対して,CDMSE-U:J,一般性セルフ・エフィカシー尺度(GSES)(坂野・東篠,1986),および,進路決定行動に関する10の質問項目を実施した。因子分析を行い,5因子を抽出した。折半法による信頼性係数は.97だった。併存的妥当性に関しては,CDMSE-U:JとGSESとの間の相関が有意であった(r=.46,p<.01)。 構成概念妥当性に関しては,CDMSE-U:Jと9の進路決定行動との間に有意な関連がみられた。研究2では,87人の被験者に対して,大学4年の5月にCDMSE-U:Jを,大学4年の12月に実際の進路決定行動を問う質問項目を実施した。その結果,CDMSE-U:Jの全体得点と7の実際の進路決定行動と有意な関連がみられた。
(土田宣明:立命館大学)
本研究では,老年期の抑制機能の問題を実験的に検討した。実験方法として,ルリヤの行動調節の課題を応用し,反応を抑えることが必要な場面を実験的に採点する方法を用いた。条件間での誤反応数と反応潜時の違いから,老年期の抑制機能の特徴について考察した。まず,実験1の結果からつぎのようなことが推察された。1)老年期の抑制機能は一様に衰退するわけではないこと。今回の実験からは,青年期と比較しても,老年期の抑制機能の衰退を示す結果は得られなかった。2)しかし,老年期では反応を抑制する影響が,逆に反応を起こす(始動する)ことに波及しやすいこと。老年期では,青年期と比べ,反応の抑制が必要な条件で,別の刺激への反応の始動が遅れる傾向がみられた。実験2でも,実験1での問題を補い,実験1での推察を確認する実験を行った。実験の結果,実験2でも,実験1での推察を裏付ける結果を得た。以上の結果を先行研究の結果と比較しながら,老年期の抑制機能の問題について,総合的に考察した。
(宇良千秋:白百合女子大学・矢冨直美:東京都老人総合研究所)
本研究では高齢者に笑いを誘う刺激を提示し,その間に起こった笑いの表出度(頻度・持続時間・強度)に対する年齢と認知能力の影響について検討を行った。サンプルは高齢者福祉センターに通う60歳以上の男女54名であった。実験は個別に行った。被験者に対して7を誘発する2つのビデオ刺激を提示し,その間の被験者の表情をビデオカメラで撮影した。被験者はそれぞれの刺激に対して感じたおもしろさの強度を評定した。さらに,認知能力を測定するテストとして絵画配列課題を施行した。2名の研究者が独立に笑いの表情の判別および表出度の測定を行った。分析の結果,認知能力によって笑いの表出度に有意な差はみられなかった。しかし,刺激の種類によって笑いの表出度に有意な年齢差がみられ,場面展開の速い刺激において前期高齢者より後期高齢者の笑いの表出度が小さかった。また,笑いの表情が表出されているにもかかわらずおもしろいと感じなかった者や,逆に,笑いの表情が表出されていないのにおもしろいと感じた者が相当数おり,表出と主観的情動経 験との間に有意な相関はみられなかった。表出の傾向として,約半数の被験者の表出強度が口角や頬がわずかに動く程度のごく弱いものであったこと,いったん表出された笑いが消失されずに保持される者が少なくなかったことが示された。
(高橋登:大阪教育大学)
幼児期の子ども達が好んで行うことば遊びのひとつであるしりとりについて,それが可能になる要因,および音韻意識やかな文字の読みの習得との関係について3つの実験を通じて検討した。その結果以下のことが明らかになった。第一に,しりとりがひとりで出来るようになるためには単語の語尾音を抽出したり,その音を語頭音に持つ単語を検索したり,といった種類の音韻意識が必要であり,しかも音に基づく単語の検索とは単に語彙が豊富であることを意味するのではなく,いわば心的な辞書の再編成を伴うものである(実験1・2)。第二に,しりとりと文字の読み,あるレベル以上の音韻意識との間には相互に密接な関係がある(実験3)。第三に,しりとりを単独で正しく答えて行くことができない,つまり,それを可能にするだけの充分な音韻意識を持っていない子ども達でも周囲の大人の援助があればその遊びの活動に参加することは十分に可能である(実験3)。従って,子ども達はことば遊びの活動に最初は周辺的に参加して行く中で音韻意識が高まって行き,それを支えとして文字の読みを習得する,といった過程をたどるのではないかと考えられた。
(瀬戸淳子:中央大学・秦野悦子:川村学園女子大学)
乳幼児健康診断で把握された精神遅滞時の就学までの追跡資料をもとに,研究1では幼児期における精神遅滞時のDQ推移について分析した。その結果,幼児期のDQ推移は「上昇型」「平坦型」「起伏型」「下降型」の4つの型に分類された。その中で「平坦型」の子どもは41%で,それ以外の59%の子どもはDQが15以上変動していた。また,DQの変動は2歳から5歳にかけてみられ,下降は2歳以降,上昇については3歳以降顕著であった。研究2では研究1で明らかにされたDQに急激な変動に注目し,DQ急上昇や急下降の要因について検討した。その結果,発達が停滞しやすい発達年齢(DA)水準,逆に急速な発達がみられやすい発達年齢(DA)水 準の存在が指摘された。また,養育環境の改善もDQの変動と関連している可能性が指摘された。