発達心理学研究第34巻(2023年)


34巻1号


◆岡村恵里子・岡崎 慎治・大六 一志:相手に赦されると,自閉スペクトラム症児童生徒の罪悪感は低下するか?:非意図的加害場面における道徳的感情と行動の実験的検討

 自閉スペクトラム症(ASD)及び典型発達(TD)において,行為の受け手の赦しが行い手の道徳的感情と行動に与える影響を調べた。児童期後期以降のASD群15人,TD群35人を対象として,非意図的に加害が生じる場面のシナリオを提示し,受け手が赦すまたは赦さない場面において,行い手の罪悪感及び償い行動にかけるコストの評定を求めた。その結果,両群ともに受け手の赦しに関わらず,罪悪感が強く喚起されていた。また,両群ともに受け手に赦された時よりも赦されなかった時に,償い行動にかけるコストが大きくなった。ただし,ASD群の方が文脈によって償い行動にかけるコストの差が大きいことが示された。この結果から,両群の児童生徒は非意図的加害場面で罪悪感を持ち,償い行動が動機づけられることは共通しているものの,ASD児童生徒の方が償い行動を選択する際に,受け手にとっての結果の重要さなどの文脈情報をより考慮して行動選択を行う可能性が示された。

【キーワード】自閉スペクトラム症,非意図的加害,罪悪感,赦し,償い行動

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◆永井 祐也・金澤 忠博:母親の育児ストレス軽減に果たす自閉スペクトラム症児の共同注意の役割

 自閉スペクトラム症(ASD)児の母親の育児ストレスは,高い水準を示すことが知られている。本研究の目的は,母親の育児ストレスに影響する要因として,ASD児の社会コミュニケーションの初期症状である共同注意の発達に着目して検討することであった。ASDの診断のある幼児30名,未診断でASD症状が顕著な幼児が14名,ASD症状がみられない幼児13名とそれぞれの母親計57組が参加した。児のASD症状,共同注意の発達,不適応行動,母親の育児ストレスを評定し,それらの関連を分析した。その結果,児の共同注意の発達の遅れがASD症状の強さを媒介して,母親の育児ストレスに影響している関係にあることが示された。また,児の母親の育児ストレスと強く関連する児の不適応行動の評価点を共変量に投入しても,児の共同注意の発達の遅れがASD症状の強さを媒介して母親の育児ストレスに影響する関係は変化せず,この関連の頑健性が確認された。ASD児の共同注意の発達を支援することは,ASD児の後の発達や適応だけでなく,母親の精神的健康をも支える可能性が示唆された。

【キーワード】自閉スペクトラム症,母親,育児ストレス,共同注意,不適応行動

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◆山内 星子・杉岡 正典・鈴木 健一・松本真理子:青年期の自閉症スペクトラム特性と心理的適応との関連:生活上の困難とソーシャルサポートを媒介変数として

 本研究の目的は,青年期の自閉症スペクトラム特性(以下,ASD特性)が心理的適応に影響を与えるプロセスを検討することであった。媒介変数として生活上の困難とソーシャルサポートを想定し,3つの媒介プロセスを検討した。すなわち,ASD特性が生活上の困難をもたらすことで心理的適応を低めるプロセス,ASD特性がソーシャルサポートを減少させることで心理的適応を低めるプロセス,ASD特性によって減少したソーシャルサポートが生活上の困難を生じさせ,心理的適応を低めるプロセスの3つである。大学生2034名から得られたデータを共分散構造分析によって分析した結果,ASD特性から心理的適応への効果の大部分は,生活上の困難またはソーシャルサポートによって媒介されていた。心理的適応の中でも,自尊感情,抑うつ,不安では生活上の困難を媒介とした効果が最も大きかった。生活上の困難は,本人の主観的な困難感を示すものであり,ASD特性そのものが心理的適応の低下をもたらすのではなく,生活環境などとの相互作用によって生じる本人の主観的な困難の認知が心理的適応の低下をもたらしていた。一方で,人生満足度では,ソーシャルサポートのみを媒介した効果が最も大きかった。ASD特性によって減少したソーシャルサポートが,人生満足度の低下をもたらしたことが示唆された。

【キーワード】自閉症スペクトラム,青年期,心理的適応,生活上の困難,ソーシャルサポート

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◆田中  駿・郷間安美子・井上 和久・牛山 道雄・清水 里美・落合 利佳・池田 友美・加藤 寿宏・郷間 英世:幼児の初期の概念形成:なぞなぞ課題の作成から

 本研究は,3,4歳の幼児でも答えることが可能な,物の見た目や特徴を問うなぞなぞ課題を作成し,概念形成や発達を評価する課題としての正答率及び達成可能な年齢について検討した。課題は動物,果物,車,乗り物,家にあるものの5つとし,各課題につき3,4項目作成した。研究1では3歳から6歳の幼児を対象とし,項目の正答率を比較した。その結果,正答率は3歳から6歳にかけて上昇していた。研究2ではなぞなぞが発達検査の課題として使用可能か検討するために,動物,乗り物,家にある物を課題として再編して,研究1から3項目ずつ選択し,3項目中2項目正答すればその課題を通過とした。新たに3歳から6歳の幼児を対象としてなぞなぞを実施し,課題の通過率と50%通過年齢を算出した。その結果,動物,乗り物,家にある物はそれぞれ難易度が違い,50%通過年齢については乗り物が45.7月,家にある物は53.8月であった。本研究で作成したなぞなぞは,4歳頃の言葉の発達を評価する課題として使用することができ,伝えられた特徴からイメージする力はその頃に発達することが示唆された。

【キーワード】幼児,概念形成,なぞなぞ,言葉遊び

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34巻2号


◆伊藤 恵子・安田 哲也・池田まさみ・小林 春美・高田 栄子:自閉スペクトラム症特性における語用論的情報の活用:心情推測課題を用いた検討

 ASD児者13名とTD児者12名を対象に,母子の相互作用場面の映像を用い,ASD特性の連続体上での語用論的情報活用の特徴とその関連要因を検討した。結果,心情推測課題での肯定心情選択数においてASD・TD両群に差は認められず,診断の有無によるカテゴリー的捉え方では,両群の多様性を把握できなかった可能性がある。一方,心情推測の手がかりに着目すると,ASD群の約6割は単一の手がかりのみを使用しており,TD群は1名を除き,複数の手がかりを使用していた。ただし4割弱のASD群も複数の手がかりを使用しており,ASD・TD群の多様性及び方略の違いが明らかとなった。この多様性に着目し,参加者全員を単一・複数手がかり群に分けた。この手がかりパターンは,生活年齢,抽象語理解検査及び表情識別課題の正答率には関連がなかった。一方,心情推測課題での注視点は,単一手がかり群が複数手がかり群よりも,目領域への注視頻度が低かった。AQ総合得点及び下位尺度の社会的スキル,コミュニケーション,想像力の各得点では,単一手がかり群は複数手がかり群に比べ,得点が高かった。以上から,語用論的情報活用でのASD特性との関連が示唆された。日常場面では,話者の心情推測時の手がかりとしての情報の統合がASD特性の程度によって異なることをASD・TD双方が認め合い,個々の特性を長所として活かせるような配慮や支援が欠かせない。

【キーワード】閉スペクトラム症特性,多様性,語用論的情報の活用,視線,表情

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◆久保 瑶子:先天性心疾患の青年における心理的自立の特徴:「依存」と「自律」からみた一般青年との違い

 医療現場では,先天性心疾患(以下,CHD)の青年が親に依存する傾向が問題視されてきた。しかし,親に依存しながら自律的に意思決定するCHD青年もいる。そこで本研究では,依存と自律の2側面から,CHD青年の心理的自立の特徴を検討した。CHD青年と一般青年に質問紙調査を行い,依存,自律,心理適応(自尊感情,親を頼った後の感情)を評定させた。さらに,CHD青年には疾患の主観的重症度も評定させた。依存と自律の2側面から心理的自立を類型した結果,主観的重症度が低いCHD青年は,一般青年や主観的重症度が高いCHD青年よりも「依存高自律高型」が多かった。また,重回帰分析の結果,疾患の有無や主観的重症度にかかわらず,依存は親を頼った後の「自己成長感」,「気持ちの安定」,自律は「自尊感情」,親を頼った後の「自己成長感」,「気持ちの安定」,「成長阻害感」と有意に関連した。本研究の結果,CHD青年の自律は一般青年と同程度に発達していた。この知見は,医療者が捉えるCHD青年像とCHD青年の心理的特徴の間にあるギャップの低減に寄与する。今後,医療者は親への依存の有無よりも,青年の自律を重視した自立支援を行うことが重要である。
【インパクト】
 親への依存傾向が問題視されてきた先天性心疾患(以下,CHD)のある青年の心理的自立の特徴について,親への依存と自律(自己決定)の2側面から検討した。その結果,親に依存しながら自律するCHD青年がいること,また特に自律の側面が心理適応において重要であることを実証した。CHD青年の自立に向けて,医療関係者が一般的に考える課題(依存)以外にも,重要な要因(自律)が存在することを示した。

【キーワード】先天性心疾患,青年の発達,心理的自立,依存,自律

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◆二村 郁美・島  義弘:幼児による互恵行動の理解

 本研究は,互恵性に従う行動と互恵性に反する行動を幼児がどのように認識しているかを明らかにすることを目的とした。研究参加者は,4-6歳児65名であった。二者間相互作用場面を用いて,「相互作用相手が行為者を助けたか否か」と「行為者が相互作用相手を助けたか否か」の組み合わせによる4条件において,行為者に対する特性評価を求めた。その結果,相互作用相手を助けた行為者への評価については,以前に相互作用相手が行為者を助けていた場合と助けていなかった場合とで差がみられなかった。一方,相互作用相手を助けなかった行為者については,以前に相互作用相手が行為者を助けていた場合に,助けていなかった場合よりも低く評価された。本研究の結果,幼児が援助行動の不実行について評価する際には,相互作用相手の行動についての文脈情報を利用して互恵性に基づく判断を行うことが明らかになった。また,互恵性について一定の理解を持っている幼児であっても,場面に応じて,互恵性を利用した判断をする場合とそうでない場合があることが示唆された。
【インパクト】
 互恵性は社会の協力システムの維持・促進に関わるメカニズムであり,その発達は進化的にも重要なテーマとして着目されている。先行研究では,幼児期における互恵性の理解について,矛盾して見える知見が提出されていた。本研究では,これらの知見を統合的に解釈可能な枠組みを提案し,幼児による互恵性の理解の様相を明らかにした。

【キーワード】互恵性,援助行動,幼児,文脈

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◆坂上 裕子:時間的拡張自己に関する家庭での会話:幼児の母親への質問紙調査から

 時間的拡張自己に関わる家庭での会話の内容が,子どもの年齢とともにどのように変化するのかを検討するため,幼稚園児の母親526人を対象に質問紙調査を行った。母親には,時間的拡張自己に関する15種類の内容を提示し,各内容の会話を子どもが家庭でどのくらいの頻度で経験しているのかを評定するよう,求めた。因子分析の結果,会話の内容として,「園や家庭での出来事」「乳児期の自己」「未来の自己」「家族の過去や未来」の4つの因子が抽出された。会話の頻度の分析より,「園や家庭での出来事」と「乳児期の自己」に関しては年少の頃から,「未来の自己」に関しては年中の頃から,「家族の過去・未来」に関しては年長の頃から,一定以上の割合や頻度で会話の中で取り上げられていることが分かった。また,「乳児期の自己」に関する会話は年長児よりも年中児で,「未来の自己」や「園や家庭での出来事」に関する会話は年少児・年中児よりも年長児で,「家族の過去や未来」に関する会話は年少児よりも年長児で,より頻繁に行われていることが明らかになった。以上の結果より,子どもが年少から年長の時期にかけて,家庭での会話の中で取り上げられる内容には時間的な面や人物の面で拡がりがみられるようになり,時間的拡張自己の発達に符合する形で会話の内容が変化することが示唆された。

【キーワード】時間的拡張自己,幼児,家庭での会話,質問紙調査

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34巻3号


◆前川圭一郎・荻野 昌秀・田中 善大:中学校における学年規模ポジティブ行動支援の効果:ODRを基にした生徒指導記録を用いたデータに基づく意思決定の実践

 本研究では,中学校において学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)の第1層支援に加えて,データに基づく学年規模ポジティブ行動支援(GWPBS)を1年生に対して実施し,その効果を検討した。GWPBSを効果的に実施するために,米国の管理職への規律指導に関する照会(Office Discipline Referral: ODR)を基にした生徒指導記録の件数のデータを用いて支援に関する意思決定を行った。GWPBSとしてキャンペーン形式の第1層支援に加えて第2層支援を実施した。GWPBSの効果を検討するために,生徒指導記録件数の測定に加えて,生徒の適応・不適応に関する質問紙尺度を実施した。GWPBSを実施した結果,対象学年(1年生)の生徒指導記録件数が減少し,特にSWPBSのみでは十分な減少が見られなかった標的行動に十分な減少が見られた。質問紙尺度については,GWPBSの対象学年において,他の学年では見られなかった不適応の指標の改善が確認された。結果から,本研究で実施したデータに基づくGWPBSが,対象学年の生徒の不適切な行動の減少と,それに伴う主観的な不適応の改善に効果があったことが示された。
【インパクト】
 本研究は,米国の学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)で標準的に実施されているデータに基づく意思決定を含む形での学年規模ポジティブ行動支援(GWPBS)の実践を日本の学校において実施し,その効果を検証したものである。日本の学校におけるデータに基づくGWPBSに関する実践研究は,これまでに例のないものであり,本研究の結果は,今後日本におけるSWPBSの普及,発展にとって重要なものである。

【キーワード】学年規模ポジティブ行動支援(GWPBS),学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS),生徒指導記録,管理職への規律指導に関する照会(ODR),データに基づく意思決定

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◆野々宮京子・村山 恭朗:地域で勤務する保育士/保健師が実施したペアレント・プログラムの効果検証

 児童虐待など,養育の問題が注目されている。不適切な養育は子どもの心理社会不適応と関連するため,不適切な養育の抑止および適切な養育の促進は重要な課題である。さらに,児童福祉法では,各自治体や児童発達支援機関等における養育支援が求められており,地域社会において養育支援を充実させる意義は高い。一方で,国内にはエビデンスが確立している養育支援プログラムはあるが,地域社会の養育支援者が実施した当該プログラムの効果検証はあまり報告されていない。そこで,本研究は地域で養育支援に携わる保育士/保健師が実施した養育支援プログラム(ペアレント・プログラム)の効果の検証を行った。2つの自治体で実施された同プログラムに参加した母親12名(35.92±3.55歳)を調査対象とした。プログラム前後での母親のメンタルヘルス,養育行動,および実子の行動の評価を比較したところ,いずれも肯定的な変化を示した。具体的には,メンタルヘルスは高い効果量(η2p=0.30),肯定的養育は中程度以上(g=0.55),否定的養育(g=0.49)と実子の「困難さ」(g=0.45)は中程度弱の効果量を示した。これらは,高度な専門的知識等を持つ専門家が同プログラムを実施した先行知見と類似することから,高度な専門的知識等を持たない地域の養育支援者が実施する場合でも,同プログラムは養育支援として有効であることが示唆される。
【インパクト】
 本研究では,臨床心理学や特別支援教育学など,高度な専門的知識/技能を有さない保健師や保育士によって実施されたペアレント・プログラムであっても,専門家が実施したプログラムと同程度の効果を示すことが明らかとなった。この結果から,高度な専門的知識/技能を有する養育支援者がいない自治体/機関であっても,ペアレント・プログラムを活用することで,効果的な養育支援を地域で展開できることが示唆される。

【キーワード】養育支援,ペアレント・プログラム,養育行動,母親のメンタルヘルス

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◆前川麻依子・片桐 正敏:聴覚障害幼児との相互交渉の発達プロセス:意図理解を促す働き掛けと二者の関係発達

 聴覚障害幼児への発達支援では,手話や残存聴力を用いた早期からの言語支援のみならず,相互交渉を豊かにする関係発達支援が重要である。しかし多くの場合,十分な相互交渉の機会が得られにくく,言語コミュニケーションスキルの発達に大きな影響を及ぼす。本研究では,特別支援学校(聾学校)幼稚部に通う幼児1名と指導教員である第1著者との関係初期における相互交渉の様子を8か月に渡って記録した。相互交渉維持のために幼児からの応答をどう引き出すかについて,発話内容と非言語的サインに着目し,必要に応じて数値化して分析した。その結果,関係初期の頃にAから応答が得られた発話は模倣の促しや受け止めが多かった。それ以降は指導教員との間主観的な関わりによる関係発達や非言語的サインによる応答の合図や発話意図の理解の促しなどによって,質問などの発話に対してもAからの応答が増え,相互交渉に発展が見られた。聴覚障害幼児との関係初期において,間主観的な関わりによる二者の関係発達が相互交渉の発達プロセスに影響を及ぼし,その過程で「特定の身近な他者」となった大人による子どもの発達しつつある水準に沿った相互交渉の可能性があることを示した。
【インパクト】
 本研究は,聴覚障害幼児に対して手話や残存聴力を用いた早期からの言語支援に加え,相互交渉を豊かにする関係発達支援について,幼児の応答を引き出す関わりについて検討したものである。関わり手の発話内容と非言語的サインに着目し,幼児の応答タイプを分析することで,効果的な関わり方を検討した研究は,本邦でも極めて報告が少ない。加えて,質的な分析も加えることで,関係発達支援に必要な支援者の関わりについて示唆を与えるものである。聴覚障害幼児との関係初期において,間主観的な関わりによる二者の関係発達が相互交渉の発達プロセス影響について示した本論は極めて稀少な研究と言える。

【キーワード】聴覚障害,相互交渉,非言語的サイン,特定の身近な他者,間主観性

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◆砂川 芽吹・山田 美穂:自閉スペクトラムのある女の子の親子支援プログラム:試行実践と課題

 自閉スペクトラム(Autism Spectrum: AS)のある女の子は,特に思春期に関係性の難しさに加えて,「からだ」に関して特有の困難や不自由さを経験する。本実践論文の目的は,思春期のASのある女の子を対象とした親子支援プログラム「あまなつ茶ぁむ」の初年度(2021年度)の試行実践1事例について,特に「身体の内部の感覚や感情への気づきと表現」および「対人関係やコミュニケーションの理解」において参加者が示した困難とそれに対するサポートを検討し,今後の実践へのヒントを得ることである。小学校2年生のASのある女の子とその母親に対して,全4回のオンライン個別セッションを実施した。各セッションの開始前後に,身体の内部の状態について,描画およびチェックリストによって評価した。またセッション中の発言について,その内容を分析した。実践を通して,参加者は身体の内部の感覚や感情を正確に気づいて表現することの難しさがあると考えられた。また,参加者の状況への対処方法の特徴が示された。あまなつ茶ぁむの特長である,「こころ」と「からだ」の両側面への心理教育的なアプローチや,スタッフと参加者の双方向のコミュニケーションによる体験の共有が,本実践の目的にどの程度合致していたのか,また今後の実践計画にどのように活用できるかという点について考察した。
【インパクト】
 ASのある女の子は,特に思春期以降,対人関係だけではなく広く「からだ」に関する特有の困難を経験することが示されている。しかしながら,ASのある子どもを対象とした支援や情報は男の子を中心としており,女の子特有のテーマが扱われることが少ない。本実践論文では,ASのある思春期以前の女の子を対象とし,こころとからだの両方の側面からアプローチを行い,今後の実践への示唆を得た。

【キーワード】自閉スペクトラム,女の子,からだ,思春期,親子支援プログラム

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◆鈴木 則夫:認知症疾患診断のための心理学的評価の実際:MMSEの五角形模写課題を取り上げて

 認知症疾患診断のための心理学的評価としてMini-Mental State Examination(MMSE)の重なった五角形模写課題に焦点をあてた。レビー小体病(DLB)において疾患の進行に伴い,図形を極端に小さく描く症例を供覧し,アルツハイマー病(AD)21例とDLB 22例にCaffarra et al.(2013)のQualitative scoring MMSE pentagon test(QSPT)と模写図形の面積測定を行った。結果,DLB群はAD群に比べて角の数や重なり方といった基本的なゲシュタルトの誤りが有意に多く,模写図形を有意に小さく描く傾向が認められた。基本的なゲシュタルトを誤ることは視覚性注意や視覚認知と,模写図形を小さく描く傾向はパーキンソン症候群に多くみられる小字症(micro graphia)と関連する可能性が示唆された。
【インパクト】
 本研究は高齢期という発達段階にかかわる心理職の業務として最も頻度の高い認知症のアセスメントにおいて,認知症スクリーニング検査結果解釈に焦点を当てた。認知症疾患診断において重要な指標となる視覚構成能力を測る図形模写において,DLBをADと比較した場合の特徴を明らかにし,疾患診断に役立つ知見を得た。

【キーワード】認知症,Mini-Mental State Examination(MMSE),図形模写

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◆青木 雄一・吉井 勘人:特別支援学校における自閉スペクトラム症児の意図理解から意図共有への発達向上アプローチ:協同活動,役割反転模倣,三項関係への能動的参加に着目して

 特別支援学校に在籍する精神年齢3歳台の意図理解が成立している自閉スペクトラム症(ASD)児1名を対象として,共同行為ルーティンの支援を介して意図理解から意図共有の段階へと発達するか,その発達可能性を検討した。意図共有を【協同活動】,【役割反転模倣】,【三項関係への能動的参加】の3つから成る機能であると定義し,その内の【協同活動】と【三項関係への能動的参加】の向上を目的として,それぞれ共同行為ルーティン(テーブルクロスかけ,帰りの会)による支援を行った。また,支援の効果を評価するために支援開始前及び終了後に初期社会的認知のアセスメントを行った。その結果,【協同活動】に関しては,対象児AはASDの仲間Bと目標とプランを共有して,テーブルクロスを一緒にかける行為が可能となり,場面般化も確認された。【三項関係への能動的参加】については,帰りの会の場面において,<社会的相互作用の始発>と<叙述の表出>の発話数が増加し,事後評価では<社会的相互作用の始発>の場面般化が認められた。支援終了後のアセスメントでは,直接支援していない【役割反転模倣】の課題を達成した。加えて,課題の中で,テスターの顔の参照が生起するようになった。以上から,ASD児における意図理解から意図共有の芽生えへと至るプロセスが見いだされた。その要因として<目標とプランの共有>,ルーティンの役割を中心に考察した。
【インパクト】
 本研究は,実験室の指導でなく特別支援学校の生活文脈の中で,複数場面において共同行為ルーティンによる支援を行い,ASD児の意図共有の発達を検討した初めての試みである。意図共有の発達は,支援実施前後における半構造化場面での評価と,日常生活でのエピソード記録による多角的な評価を行った。その結果,意図共有の芽生えへと至る発達プロセスが見出され,ASD児の生活文脈での共同行為ルーティンの意義を考察した。

【キーワード】自閉スペクトラム症児,意図共有,初期社会的認知,共同行為ルーティン

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◆山寺 葵葉・吉井 勘人:ASD児の対人的葛藤場面における対処方略の獲得過程:「課題解決」スクリプトとコミック会話を組み合わせた支援を通して

 本研究ではスクリプトとコミック会話を組み合わせて支援し,小学校に在籍するASD児(以下,本児)が対人的葛藤場面で他者の心的状態を想定して対処方略を考え言語化して表現できるようになるのかを検討した。「課題解決」スクリプトは,演者2人が学校生活で予測される二者間(例:加害児と被害児)の対人的葛藤場面の劇を演じる。それに対し本児が二者の心的状態と対人的葛藤の課題の解決方法を考え言語化して表現する。本児の考えた解決方法を演者が実演し,本児はそれを見るといった一連の行動系列である。支援期では二者の心的状態を想定するための視覚援助としてコミック会話を用いた。その結果,主に加害児役の心的状態への言及が増加した。また,課題解決のための対処方略数が増加した。対処方略の種類では,他者の心的状態を考慮した,「受容的」と「互恵的」の対処方略が増加し,「一方向的」が減少した。さらに本児の参加する遊び場面で実際に対人的葛藤の課題が発生する般化測定では,「受容的」と「互恵的」な対処方略を使用することが確認された。学校生活では(支援期後半),下校時に本児が仲間から嫌な話を聞かされた際に,話を逸らす互恵的な対処方略をとったことが確認された。これらの達成要因の一つとして,スクリプトとコミック会話が効果的な影響を与えたと考えられる。
【インパクト】
 本研究は,ASD児に対して対人的葛藤場面での対処法略の獲得を促すことを目的として,スクリプト支援にコミック会話を組み合わせた初めての支援実践である。支援の効果として,他者の心的状態を想定した上での対処方略数と対処方略の種類の増加が認められた。本支援方法は,高度な専門的知識やスキルを有していなくても実施可能であるため,療育機関や学校などの様々な支援現場で活用できる可能性がある。

【キーワード】ASD,スクリプト,コミック会話,対人的葛藤場面における対処方略

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◆野上 慶子・谷口 あや・山根 隆宏:発達障害児の不安症状軽減のための家族認知行動療法の有効性と母親の介入前の不安症状との関連:混合研究法による検討

 近年の国外の研究では,発達障害児の不安症状に対する家族認知行動療法(FCBT)の有効性を検討するにあたり,子どもの不安症状と親の不安症状との関連が注目されている。本研究では,混合研究法により質的および量的なデータを統合し,介入前の母親の不安症状の程度がFCBTの有効性に及ぼす影響と,介入による個々の参加者の気付きや状態・行動の変化について検討した。子どもの不安症状軽減のためのFCBTプログラムに参加した6〜12歳の発達障害児をもつ母親を,不安低群(n=19)と不安高群(n=5)に二分し群間の相違を検討した。量的分析では,プログラムの取り組み方や,養育態度,養育ストレス,子どもの不安症状における介入の有効性等で有意な群間差はなかったが,親の不安症状の変化で相違がみられた。一方,質的分析により,介入期間中の気付きや行動,状態の変化の側面で両群間の相違が示された。また量的と質的な分析結果を統合し,介入前の不安症状の程度による介入中の経験の相違を詳細に示した。最後に,介入前の母親の不安症状の程度に応じた,発達障害児の不安症状への介入方法が考察された。
【インパクト】
 発達障害児の不安症状への介入時に,母親の不安症状にも直接的な介入が加えられた結果,介入前の不安症状が高い母親でもプログラムの取り組みが進んだため,両群において,親自身や子どもに対する介入の効果が得られた。また,混合研究法を用い,質的および量的データを統合したことで,発達障害児の不安症状への介入方法における母親の不安の程度に応じた実践方法が示唆された。

【キーワード】発達障害児,不安症状,家族認知行動療法,母親の不安症状

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◆直原 康光・登藤 直弥・荒牧美佐子・塩ア 尚美・久保 尊洋・安藤 智子:幼児期後期から児童期後期の外在化・内在化問題,向社会的行動の経時的な相互関係:8年間の縦断データを用いた交差遅延効果モデルによる発達カスケードの検討

 本研究の目的は,幼児期後期(3歳)から児童期後期(10歳)にかけて,子どもの外在化問題,内在化問題,向社会的行動の間にどのような経時的相互関係が認められるかを発達カスケードの枠組みに基づき,検討を行うことであった。妊娠期から10年間継続している縦断調査において,子どもが3歳–10歳時の8年間に調査協力が得られた母親210名が回答した子どもの行動評価を用いて,交差遅延効果モデルによる分析を行った。その結果,母親の抑うつを統制しても,すべての時点の外在化問題が向社会的行動に負の効果を及ぼしていた。また,7歳の外在化問題は,8歳の内在化問題に正の効果を及ぼし,9歳の向社会的行動は,10歳の外在化問題に負の効果を及ぼしていた。以上の結果は,発達カスケードを裏付けるものであるとともに,幼児期から児童期においては年齢を問わず外在化問題に介入することが重要であることや,児童期前期の子どもの外在化問題や向社会的行動への介入がその後の子どもの行動上の問題を抑制する上で重要であることが示唆された。
【インパクト】
 本研究は,発達精神病理学の領域で実証研究が積み重ねられている発達カスケードの枠組みに基づき,8年間の縦断調査の結果を交差遅延効果モデルを用いて,子どもの行動の経時的相互関係の検討を行った日本で初めての試みである。全時点で外在化問題が向社会的行動を低下させることや,児童期前期から後期にかけて外在化問題→内在化問題→向社会的行動→外在化問題と子どもの行動上の問題同士が関連している可能性が示唆された。

【キーワード】外在化問題,内在化問題,向社会的行動,発達カスケード,交差遅延効果モデル

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◆山村 麻予・中谷 素之:児童期における表出的・非表出的向社会的行動に関する認知:発達的視点から

 本研究は,これまで向社会的行動の研究で取り上げられづらかった「様子を見守る」「待つ」といった能動的ではない行動を「非表出的向社会的行動」として取り上げ,その認知について,児童を対象に検討したものである。具体的には,同一場面において生起する向社会的行動のうち,表出的行動と非表出的行動に対する評価が,発達的にどのように異なるかを質問紙調査にて検討した。予備調査から抽出された4場面を用い,小学校4年生と6年生を対象に,提示された行動が向社会的であるかの判断を調査した。その結果,向社会的行動であるかの評価には学年差は検出されず,表出的な行動が非表出的な行動に比べて向社会的だと評価された。児童期を通し,直接的な援助行動が生起している場合がより向社会的であると判断されることが明らかになった。さらに,学年と行動種別の交互作用が有意となり,非表出的行動に対する向社会的評価は,小学校6年生が4年生よりも高かった。これにより,行動が顕在的でない場合に,その向社会的意図を認知する能力に発達差がみられることが明らかとなった。

【キーワード】向社会的行動,非表出的行動,児童期

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◆大久保圭介・遠藤 利彦・野澤 祥子:乳幼児期の子どものデジタルメディア使用時間と睡眠,および情緒や行動の問題の縦断的関連

 本研究は,子どもが0歳から3歳までの各時点のテレビ・DVDおよびスマートフォンの使用時間と,子どもが4歳時点の就寝時刻,起床時刻,SDQ指標の縦断的な関連を検討した。5時点で得られた合計1678名の母親データ(平均年齢=37.11)を分析に使用し,各時点の使用時間カテゴリーとの関連,連続変数と見做した際の偏相関,4時点の変化軌跡クラスとの関連を検討した。基本的に,有意な関連が見られた点は,全て使用時間が長いほど,遅い就寝時刻と起床時刻,ネガティブなSDQ得点と関連していた。本研究の特徴的な結果の1つは,4歳時点の睡眠指標に対して,0,1歳時点のテレビ・DVDではなく,スマートフォン使用時間の影響が見られた点である。この結果は,子どもへの影響という点について,テレビ・DVDとスマートフォンの違いを示唆する。SDQに関して,向社会的行動得点意外の4つの下位尺度は,テレビ・DVDとスマートフォンの使用時間となんらかの関連を示した。本研究は,デジタルメディアの使用が日本の乳幼児期の子どもに与える影響に関する萌芽的な研究であり,実践的・政策的に重要な知見を提供した。
【インパクト】
 本研究では,5時点の縦断データを用いて,0歳から3歳までの各年齢におけるデジタルメディアの使用時間が,子どもの睡眠時間や情緒,行動的な問題への影響を示した点において,極めて高い実践的・政策的な価値を有すると考えられる。デジタルメディアの使用が低年齢化している現在において,本研究は,日本の乳幼児期の子どものデジタルメディアの使用時間に関する有用な知見を提供することができた。

【キーワード】デジタルメディア,テレビ,スマートフォン,乳幼児,縦断データ

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◆山崎奈津江:児童期の娘に発達特性を感じながら子育てをする母親の心情:同性である母と娘の関係に着目して

 本研究は,明確な診断はされていないが娘に発達特性を感じながら子育てをしている母親の心情について,同性である母と娘との関係に着目しながら明らかにすることを目的とした。小学1年生の娘に発達特性を感じている母親を対象に半構造化インタビュー調査を実施し,関与・観察的に行った語りを基に分析した。その結果,発達特性の視点からの子育てにおける心情として,発達特性がある娘を育てにくいと思わず,娘の行動に合わせることが「めんどくさかった」とする,【自分軸の視点】が見出された。そして,娘の発達特性の理解が進むことで母親は,これまで自分が見てきた娘とは違う視点で娘を見ることができるようになっていった。母娘の同性の視点からの心情として,自分が経験してきた女子同士の関わりの難しさや面倒くささがフィルターとなり,【特性がありつつ女子】【特性プラス女子】な発達特性のある娘に対して,女子の複雑な友達関係を前に,ソーシャルスキルを事前に身に着けておくための先手を打つ支援を行っていた。さらに,娘と自分とを同一視していた視点から客観視できるようになった母親は,これまで自分と一体化していた娘が母親からはがれだし,「個」として立体的に娘が浮かび上がることで,母親と娘が相互主体的になっていくという関係性の変化が見てとれた。
【インパクト】
 本研究はこれまで十分に検討されてこなかった発達特性がある女児の母親の心情を見出し,母親が自己理解していく認識の変化を明らかにした。具体的には娘の育てにくさを自分軸と捉えていたこと,ソーシャル・サポートに対する落胆から安心感への変化,娘の特性の理解に伴い相互主体的に変化していく母親と娘との関係性の変容である。ここから,娘に発達特性を感じながら育てている母親のソーシャル・サポートニーズが示唆された。

【キーワード】発達特性,母親,同性の娘,自己理解,相互主体性

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34巻4号


◆岡南 愛梨:ニュー・マテリアリズムから見た1歳児のいざこざ:玩具と子どもと保育者の内的活動に着目して

 本研究では,1歳児クラスで生じたいざこざの出来事について,子どもたちと保育者の行為がニュー・マテリアリズムの視点からどのように捉えられるのかを明らかにする。認定こども園における参与観察のビデオデータに記録されたひとつの出来事について,Lenz Taguchi(2010)の「内的活動の教育学」を理論的枠組みとして微視的に分析した。その結果,子ども同士の叫び合いの状況が,以下のように見えてきた。子どもたちは,それぞれ物と一緒に生成変化する(becoming-with)状態にあり,場に表出された不快感は子ども個人から出てきたものではなく,玩具や「ばっぱー!」という音などとの絡み合いにて生じたものとして捉えられた。保育者の行為と発話は,身体的な働きかけや周りの状況の変化を巧みに使いながら,子どもを取り巻くアレンジメントを組み替えていると考えられた。保育者は,子どものことを援助が必要な未熟な存在としてではなく,ポジティブな差異を生み出す存在として見ていることが示唆された。

【キーワード】保育,1歳児,いざこざ,内的活動,ニュー・マテリアリズム

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◆伊藤  崇:フラットな音と遮断される回路:子どもとデジタル技術の関係をどう記述するか

 遍在するデジタル技術と子どもはどのような関係にあるのか。本論はこの問いに対し,Latourらによるアクターネットワーク理論に基づいた関係の記述の仕方を提案することで答えようとするものである。アクターネットワーク理論では人間やモノの連関として現象を記述しようとする。この方法論に基づき,ある家庭内で撮影された映像の観察から得られたデジタル技術使用実践の分析が行われた。家庭内に導入された音声操作可能なシーリングライトをめぐって形成された,子どもを含む家族による生活実践は,人間の声と環境音とを等しく(フラットに)扱う音声認識技術とそれへの対処として電子回路への給電を「遮断」する人間の協働として記述された。その記述において,照明の点灯という実践の連関に含まれる子どもやその声,スイッチやシーリングライトは,新しい意味を互いに付与していた。最後に,アクターネットワーク理論に基づいて子どもとデジタル技術との関係を記述することの発達心理学的な意義について議論した。

【キーワード】アクターネットワーク理論,デジタル技術,音声認識技術,家庭,観察法

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◆岸野 麻衣:幼小移行期における子どもの学習はどのように転換していくのか:小学1年生の授業における学習過程にあらわれるエージェンシー

 幼小接続においては,幼児期の育ちを活かした連続性のある学習を展開していく重要性が提起され,さまざまな実践が提案されてきた。一方で,幼小移行期は,子どもにとっては大きな学習の転換の起こる時期でもある。小学校入学前後の実践例の蓄積に留まらず,子どもの学習プロセスでどのようなことが起こっていくのかを検討することが必要である。そこで本研究では,学習の転換には,身体的空間,言語・文字的空間,記号・数式的空間での相互作用が関わると考え,教室の物や人との相互関係の中でどのようなやり取りが起こり,エージェンシーがあらわれていくのかを検討した。小学1年生の1学級において12か月間のフィールドワークを行い,物と人の相互関係を質的に分析した。その結果,1)身体的空間でのやり取りが言語・文字的空間でのやり取りへ転換されていくプロセス,2)身体的空間と行き来しながら言語・文字的空間でのやり取りがなされていくプロセス,3)言語・文字的空間や身体的空間と行き来しながら記号・数式的空間でやり取りがなされていくプロセスが見られた。子どもたちは,身体的空間,言語・文字的空間,記号・数式的空間を行き来しながら,脱文脈化した論理的抽象的な思考に向かっていくことが示唆された。これらのエージェンシーがあらわれていく過程では,さまざまな物や人のエージェンシーや場の構造が相互に関わり合っていた。

【キーワード】幼小移行期,幼小接続,エージェンシー,小学1年生

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◆川床 靖子:発達研究の可能性を広げるエージェンシー概念の導入:手織り伝承グループの活動から

 女性の手織り伝承グループ,ゆうづる会は,松阪木綿の伝統的手織り技術を次の世代に伝える役割を担おうとする強い意思,エージェンシーを活動と共に育んできた。松阪木綿に関わるモノや事や人,並びに,他のコミュニティーとの相互交渉を通して,ゆうづる会員は自らのエージェンシーを複合的なものに作り変えていった。本稿は,エスノグラフィックな調査に基づき,ゆうづる会員と会員を取り巻く社会技術的アレンジメントとの異種混淆のインタラクションを通して,会員のエージェンシーがどのように集合的に形づくられ,変化したのかを詳述する。多様な人間エージェンシーは,社会技術的アレンジメントの再編と活動の展開による絶え間ない作り直しのダイナミクスの中でよりよく捉えることができる。本研究は,発達研究の分野にエージェンシー概念及び社会技術的アレンジメント概念を導入することによって,対象事例における活動内容とそれを取り巻く人,モノ,装置の働きを豊かに描出し分析することが可能になることを示すものである。

【キーワード】松阪木綿,手織り伝承グループ,エージェンシー,社会技術的アレンジメント

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◆城間 祥子:総合的な学習の時間におけるエージェンシーの集合的達成:多様なアクターとともに作り続ける学習環境としての子ども文楽

 本研究では,小学校の総合的な学習の時間に行われている文楽学習の活動を対象に,主体的な学習を成立させる要件について検討する。まず,文楽学習の活動の1年間の流れと初年度の活動立ち上げのプロセスを記述する。学校内外の多様な人々(教職員,技芸員,卒業生,保護者,地域の人,文楽関係者など)が子ども文楽を支えていることを示す。次に,外部講師である技芸員が,どのように子ども文楽と自らを結びつけているのかを明らかにする。文楽を取り巻く社会的状況とインタビューでの語りから,技芸員の重層的で複合的なエージェンシーが見いだされた。最後に,学校教育を取り巻く社会的状況を踏まえ,子ども文楽を結節点として多様な人,モノ,制度がつながりあうことで,子どもたちが文楽を学習するというエージェンシーが集合的に達成されていることを確認する。そして,生徒エージェンシーを育むには,学習者がエージェンシーを発揮できる環境を,学習者と共同で作り出していくことが必要であることを論じる。

【キーワード】生徒エージェンシー,ハイブリッド・コレクティヴ,交換形態,伝統文化教育,アウトリーチ

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◆川野 健治:復興における郷土芸能と不在のアレンジメント

 本研究は,復興における文化の役割を明らかにするために,社会物質性アプローチの観点から行った事例研究である。東日本大震災に見舞われたコミュニティにおいて,文化的なもの・ことが人や他のものと関係していくプロセスを観察することで,復興過程において人にはどのようなエージェンシーが現れるのかを把握し,レジリエンスにおける文化の役割を評価しようとした。岩手県大槌町臼澤集落の郷土芸能鹿子踊について,3つの研究報告を2次資料として分析したところ,(1)伝統芸能を担ってきた文化装置,あるいは人とモノのアレンジメントが,そのまま避難所運営に転用されたこと,またその避難所が郷土芸能を披露し避難者や集落の住民を力づける背景となったこと,(2)祭りが広く外部との関係主体性を導いたこと,(3)「不在のアレンジメント」が集合的なエージェンシーを底支えしたのではないかという3点が議論された。

【キーワード】東日本大震災,郷土芸能,祭り,関係主体性,不在のアレンジメント

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◆東海林麗香:社会物質的アプローチから教員の発達を考える:学級担任制と教員人事異動に焦点を当てて

 「チームとしての学校」が求められるようになって久しいが,今なお,教員の「個業化」「孤業化」は課題として残り続けている。この状況は,教員の健やかな発達を難しくさせている。本稿では社会物質性アプローチを援用し,人・モノ・制度の布置である「アレンジメント」という観点から,このような課題状況を打破する手がかりを示すことを試みる。まず,アレンジメントを可視化するために,教師を教員(教育職員)として捉え直すこととした。その上で,「個業化」「孤業化」と関連するディスコースとして,学級担任に関するディスコースと,人事異動に関するディスコースを取り上げ,どのような制度,設備・備品等がそれらに関わるのかについて検討した。検討に当たっては,政府統計や行政機関による文書,また教育経営学等の心理学以外の分野における先行研究を主な資料とした。結論として,「学校教育における基本的な単位が学級であること」「教員のキャリアが学級担任として開始される可能性が高いこと」,「人事異動の仕組みが見えないこと」による「年単位で業務が規定されることによる職務の不確定性」「異動を前提としていないように見える職場環境」がこれらのディスコースのエージェンシーを顕現化させるアクターとなり,「個業化」「孤業化」という課題状況が再生産され続けていることを示した。

【キーワード】教員,学級担任,人事異動,教育制度,学校設備

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◆北本 遼太・広瀬 拓海:アレンジメント再編成の連続的展開を追うこと:社会物質性アプローチに基づく介入研究の提案

 現代社会では,グローバル化の進展に伴ってそれまでの標準が崩れ,ニーズの多様化や変化の加速が進んでいる。このような時代の発達の困難に応答するためには,人,モノ,制度を自明なものとせず,それらを「アレンジメントの効果」として捉えて丁寧に記述する社会物質性アプローチの観点が有効である。本論では,このアプローチに基づいた介入研究の方法論を具体的な事例とともに提案した。地域若者サポートステーションへの介入のプロセス(研究I)だけでなく,その介入を論文としてまとめたことで生じた実践(研究II)までを視野に入れて,アレンジメントの展開プロセスをアリのように地道に追った。この結果,介入から多くの支援利用者が離れたことや,当初の想定とは異なる人物の変化など,介入によって生じる複雑で多様な変化が捉えられた。これらの変化は,困難を効率良く解決するものではないが,より良い状態に向かう次の変化を起こす契機になり得るものであることが指摘された。

【キーワード】社会物質性アプローチ,介入研究,アレンジメントの再編成,グローバル化,若者就労支援

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◆谷口 あや・野上 慶子・山根 隆宏:父母の養育スタイルと幼児の自己制御および問題行動の関連:父母ペアデータを用いた検討

 本研究の目的は,第一に父母ペアデータを用いて,父母個人の養育スタイル(以下,個人レベル)と父母双方の養育スタイル(以下,二者関係レベル)が子どもの問題行動や自己制御の発達とどのように関連するかを検討すること,第二に父母の養育スタイルの組み合わせの類型化を行い,父母の養育スタイルの組み合わせと問題行動および自己制御の関連を探索的に検討することであった。マルチレベル構造方程式モデリングの結果から,個人レベルと二者関係レベルでは自己制御と問題行動の場合で関連する養育スタイルが異なることが示された。肯定的働きかけについては,個人レベルでは自己制御の全ての下位尺度と関連していたのに対し,二者関係レベルでは関連がみられなかった。この点について,クラスター分析の結果から,自己主張と自己抑制に対しては,父親の肯定的働きかけと,母親の叱責,育てにくさが重要な要因となることが示唆された。個人レベルと二者関係レベルの結果が異なることから,父母の養育スタイルと子どもの発達の関連については,個人の役割と父母という集団の役割が異なる可能性が考えられる。
【インパクト】
 本研究のインパクトとして,父母ペアの縦断データを用いてマルチレベル構造方程式モデリングを行うことによって,養育スタイルと子どもの問題行動および自己制御の関連を個人レベル,二者関係レベルでそれぞれ実証的に示した点である。さらに,父母の養育スタイルの組み合わせを検討することで,単に変数間の関係を示しただけではなく,父母の相補性のある養育スタイルの可能性についても示唆した。

【キーワード】養育スタイル,問題行動,自己制御,ペアデータ

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◆荒木友希子:保育者のワーク・エンゲイジメントと職務ストレッサーおよび特性的コーピング・スタイルとの関連

 本研究は,保育者のワーク・エンゲイジメントと職務ストレッサーおよび特性的コーピング・スタイルとの関連について横断的に検討をおこなうことを目的とした。270名の保育者を対象に質問紙調査を実施した。保育者の経験年数などの属性を統制して重回帰分析をおこなった結果,子ども対応・理解のストレス,給与待遇のストレス,および,諦めコーピングがワーク・エンゲイジメントと負の関連があることが示された。また,問題解決コーピングと子ども対応・理解のストレス,および,問題解決コーピングと保育所方針とのズレによるストレスとの交互作用項がそれぞれ有意であった。特に,問題解決コーピング得点の低い人では,子ども理解ストレスとワーク・エンゲイジメントとの関連はみられなかったが,問題解決コーピング得点の高い人では,子ども理解ストレスとワーク・エンゲイジメントとの間に有意な負の関連がみられた。子ども理解ストレスという職務ストレッサーを強く認知している保育者の場合,問題解決コーピングを用いてもワーク・エンゲイジメントは高くならず,保育者にとって問題解決コーピングが必ずしも適応的なコーピング・スタイルとはいえない可能性が示唆された。
【インパクト】
 保育者が仕事に対して熱意を持っていきいきと働くには保育現場の問題にどのように対処すればよいのか,調査によって分析した。その結果,子ども理解の困難さや給与待遇への不満を感じている保育者はワーク・エンゲイジメントが低かった。特に,保育者が子ども理解に困難を感じる場合,個人でどのような対処をしても役に立たなかったことが示唆された。保育者個人だけではなく,組織としての対応が望まれる。

【キーワード】ワーク・エンゲイジメント,保育者,職務ストレッサー,コーピング・スタイル

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