発達心理学研究第34巻(2023年)


34巻1号


◆岡村恵里子・岡崎 慎治・大六 一志:相手に赦されると,自閉スペクトラム症児童生徒の罪悪感は低下するか?:非意図的加害場面における道徳的感情と行動の実験的検討

 自閉スペクトラム症(ASD)及び典型発達(TD)において,行為の受け手の赦しが行い手の道徳的感情と行動に与える影響を調べた。児童期後期以降のASD群15人,TD群35人を対象として,非意図的に加害が生じる場面のシナリオを提示し,受け手が赦すまたは赦さない場面において,行い手の罪悪感及び償い行動にかけるコストの評定を求めた。その結果,両群ともに受け手の赦しに関わらず,罪悪感が強く喚起されていた。また,両群ともに受け手に赦された時よりも赦されなかった時に,償い行動にかけるコストが大きくなった。ただし,ASD群の方が文脈によって償い行動にかけるコストの差が大きいことが示された。この結果から,両群の児童生徒は非意図的加害場面で罪悪感を持ち,償い行動が動機づけられることは共通しているものの,ASD児童生徒の方が償い行動を選択する際に,受け手にとっての結果の重要さなどの文脈情報をより考慮して行動選択を行う可能性が示された。

【キーワード】自閉スペクトラム症,非意図的加害,罪悪感,赦し,償い行動

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◆永井 祐也・金澤 忠博:母親の育児ストレス軽減に果たす自閉スペクトラム症児の共同注意の役割

 自閉スペクトラム症(ASD)児の母親の育児ストレスは,高い水準を示すことが知られている。本研究の目的は,母親の育児ストレスに影響する要因として,ASD児の社会コミュニケーションの初期症状である共同注意の発達に着目して検討することであった。ASDの診断のある幼児30名,未診断でASD症状が顕著な幼児が14名,ASD症状がみられない幼児13名とそれぞれの母親計57組が参加した。児のASD症状,共同注意の発達,不適応行動,母親の育児ストレスを評定し,それらの関連を分析した。その結果,児の共同注意の発達の遅れがASD症状の強さを媒介して,母親の育児ストレスに影響している関係にあることが示された。また,児の母親の育児ストレスと強く関連する児の不適応行動の評価点を共変量に投入しても,児の共同注意の発達の遅れがASD症状の強さを媒介して母親の育児ストレスに影響する関係は変化せず,この関連の頑健性が確認された。ASD児の共同注意の発達を支援することは,ASD児の後の発達や適応だけでなく,母親の精神的健康をも支える可能性が示唆された。

【キーワード】自閉スペクトラム症,母親,育児ストレス,共同注意,不適応行動

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◆山内 星子・杉岡 正典・鈴木 健一・松本真理子:青年期の自閉症スペクトラム特性と心理的適応との関連:生活上の困難とソーシャルサポートを媒介変数として

 本研究の目的は,青年期の自閉症スペクトラム特性(以下,ASD特性)が心理的適応に影響を与えるプロセスを検討することであった。媒介変数として生活上の困難とソーシャルサポートを想定し,3つの媒介プロセスを検討した。すなわち,ASD特性が生活上の困難をもたらすことで心理的適応を低めるプロセス,ASD特性がソーシャルサポートを減少させることで心理的適応を低めるプロセス,ASD特性によって減少したソーシャルサポートが生活上の困難を生じさせ,心理的適応を低めるプロセスの3つである。大学生2034名から得られたデータを共分散構造分析によって分析した結果,ASD特性から心理的適応への効果の大部分は,生活上の困難またはソーシャルサポートによって媒介されていた。心理的適応の中でも,自尊感情,抑うつ,不安では生活上の困難を媒介とした効果が最も大きかった。生活上の困難は,本人の主観的な困難感を示すものであり,ASD特性そのものが心理的適応の低下をもたらすのではなく,生活環境などとの相互作用によって生じる本人の主観的な困難の認知が心理的適応の低下をもたらしていた。一方で,人生満足度では,ソーシャルサポートのみを媒介した効果が最も大きかった。ASD特性によって減少したソーシャルサポートが,人生満足度の低下をもたらしたことが示唆された。

【キーワード】自閉症スペクトラム,青年期,心理的適応,生活上の困難,ソーシャルサポート

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◆田中  駿・郷間安美子・井上 和久・牛山 道雄・清水 里美・落合 利佳・池田 友美・加藤 寿宏・郷間 英世:幼児の初期の概念形成:なぞなぞ課題の作成から

 本研究は,3,4歳の幼児でも答えることが可能な,物の見た目や特徴を問うなぞなぞ課題を作成し,概念形成や発達を評価する課題としての正答率及び達成可能な年齢について検討した。課題は動物,果物,車,乗り物,家にあるものの5つとし,各課題につき3,4項目作成した。研究1では3歳から6歳の幼児を対象とし,項目の正答率を比較した。その結果,正答率は3歳から6歳にかけて上昇していた。研究2ではなぞなぞが発達検査の課題として使用可能か検討するために,動物,乗り物,家にある物を課題として再編して,研究1から3項目ずつ選択し,3項目中2項目正答すればその課題を通過とした。新たに3歳から6歳の幼児を対象としてなぞなぞを実施し,課題の通過率と50%通過年齢を算出した。その結果,動物,乗り物,家にある物はそれぞれ難易度が違い,50%通過年齢については乗り物が45.7月,家にある物は53.8月であった。本研究で作成したなぞなぞは,4歳頃の言葉の発達を評価する課題として使用することができ,伝えられた特徴からイメージする力はその頃に発達することが示唆された。

【キーワード】幼児,概念形成,なぞなぞ,言葉遊び

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