発達心理学研究第32巻(2021年)


32巻1号


◆植田 瑞穂・桂田恵美子:1〜3歳児における正の共感の発達:状況的要因の検討を踏まえた負の共感との比較

本研究は,他者のポジティブ感情に対する共感である正の共感について,幼児期における感情的・認知的・行動的反応の発達過程を明らかにし,負の共感と比較検討すること,正および負の共感的反応の生起に対する状況的要因の効果を検討することを目的とした。1〜3歳の幼児120名を対象として,実験者と母親の演技による共感課題を実施し,反応を観察した。共感課題には,共感対象者がポジティブな感情を示す正の共感課題とネガティブな感情を示す負の共感課題が2種類ずつあり,それぞれ共感対象者の感情が生じた原因が子どもにとって明確な課題と不明確な課題を設定した。その結果,原因が明確な負の共感課題における子ども自身の苦痛や恐怖は年齢と共に減少するのに対し,原因の明確な正の共感課題における子ども自身のポジティブ感情は年齢と共に増加した。一方,正の共感課題において状況を理解しようとする言動は発達による増加が見られにくく,相手を称賛するような反応も観察されにくかった。これらの結果から,正の共感の感情的反応の発達には共感対象者との共通経験が影響する可能性や,認知的・行動的反応の生起には状況への対処の必要性が関わる可能性が議論された。

【キーワード】正の共感,負の共感,幼児期,状況的要因,横断的研究

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◆小山 里織・森山 雅子・小林佐知子・小原 倫子:わが子の泣きに対する父親の認知プロセスの分析:育児期初期における発達の様相についての質的研究

本研究の第1の目的は子どもの泣きを父親が解釈するまでの認知プロセスについて,「知覚」「状況」「解釈」のカテゴリー(小山・森山・小林・小原・西野,2020)を用いてそれらがどのようなプロセスで働くのか経時的に記述すると同時に各カテゴリーの配列にはどのようなパターンがあるかについて探索的に検討をすることであった。そして目的1で明らかとなった認知プロセスのパターンに基づいて,それらの発達の様相を明らかにすることを第2の目的とした。対象は10組の夫婦で子どもはすべて第一子であった。父親の泣きの認知プロセスは消去法的認知プロセス,反復的認知プロセス,解釈先行的認知プロセス,ルーチン的認知プロセス,試行錯誤的認知プロセス,認知処理なしの6つに分類された。認知処理なし以外の認知プロセスは,いずれもカテゴリーの配列は異なるが「知覚」や「状況」から泣きを「解釈」するものであった。各認知プロセスの特徴として,消去法的認知プロセスと反復的認知プロセスは2ヵ月に多く,解釈先行的認知プロセスとルーチン的認知プロセス,試行錯誤的認知プロセスは4ヵ月に多い傾向があった。さらに4ヵ月の父母在室において父親はスムーズに泣きを解釈するが,父在母不在では試行錯誤して解釈する傾向があった。これらの結果から2ヵ月から4ヵ月にかけて泣きに対する父親の認知プロセスの様相が変化すること,その変化に母親の役割が重要となることが示唆された。

【キーワード】父親,泣きの認知プロセス,ジョイント・インタビュー

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◆滝吉美知香・田中 真理:典型発達者における自閉スペクトラム症理解と自己肯定意識との関連:自閉スペクトラム症者とのグループワーク実践をとおした変容

 本研究では,典型発達(TD)者における自閉スペクトラム症(ASD)理解と自己肯定意識との関連を検討した。研究Iでは,大学生189名を対象にASD理解と自己肯定意識を調査した結果,ASDの障害特性のひとつであるコミュニケーションの苦手さに対する理解が高いほど,TD者自身が他者との関係のとり方に対し敏感に自分自身を評価することが示された。他者との関係に積極的な自分を肯定的に評価するか,閉鎖的な自分を否定的に評価するかについて,TD者のパーソナリティ要因と絡めて考察した。研究IIでは,ASD者とともに心理劇的ロールプレイングを行うグループワークに約1年間参加した高校生TD者9名を対象に,ASD理解と自己肯定意識との関連の変化を検討した。その結果,活動後にASD理解得点が低下し,ASD理解の下位領域と相関する自己肯定意識の下位領域にも変化が示された。具体的には,ASD特性としてのコミュニケーションの苦手さに高い理解を示しながら自分自身の他者との関係のとり方を肯定的にとらえていた対象者が,活動をとおして,ASD者のコミュニケーションの苦手さを環境要因や個人の多様性に結びつけ多元的にとらえ,自分自身の他者との関係性のとり方にも類似点があると理解するようになったことがうかがわれた。そのような変化の背景について,対象者が実際に示した活動での様子や発言の内容と併せて考察した。

【キーワード】自閉スペクトラム症,障害理解,自己肯定意識,グループワーク

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◆木村美奈子・加藤 義信:写真のショートケーキは舐めたら甘いか?:4〜5歳児の写真の表象性理解の発達

本研究は,幼児期における写真の表象性理解の発達プロセスを探る一環として,写真には視覚以外の感覚属性も備わっていると4–5歳の子どもがみなしているか否かを調べた。実験1では,味覚,触覚,嗅覚,聴覚の4つの感覚モダリティに対応する実物(ショートケーキ,サボテン,バラ,鈴)とその写真を用意し,実物と同じ感覚属性がそれぞれの写真刺激に対しても感じられるか否か(例:鈴の写真は振れば音がするか否か)を尋ねた。実験2では特に色彩の効果に焦点を当てて,ショートケーキ(味覚)とチクチクボール(触覚)のカラー写真とモノクロ写真に対して,実験1と同様の質問を4–5歳児に行った。その結果,実験1では感覚モダリティの違いによって影響を受けるものの,4歳児には未だ写真の図像対象について,その感覚属性の実在視傾向が見られるが,5歳児になるとその傾向が克服されつつあることが明らかになった。この年齢差については,実験2でも同様に認められ,高い再現性があった。実験2ではまた,図像対象の種類にかかわらず,カラー写真の方がモノクロ写真に比べて感覚属性の実在視傾向を有意に高めることがわかった。これまで,写真がその指示対象からは行為レベルで発達的には早くから弁別されることはわかっていたが,一方で4歳児であっても,写真の図像対象の感覚属性を実在視する傾向があるという事実に,本研究は改めて光をあてることができた。

【キーワード】表象理解,幼児,写真,属性実在論

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