発達心理学研究第32巻(2021年)


32巻1号


◆植田 瑞穂・桂田恵美子:1〜3歳児における正の共感の発達:状況的要因の検討を踏まえた負の共感との比較

本研究は,他者のポジティブ感情に対する共感である正の共感について,幼児期における感情的・認知的・行動的反応の発達過程を明らかにし,負の共感と比較検討すること,正および負の共感的反応の生起に対する状況的要因の効果を検討することを目的とした。1〜3歳の幼児120名を対象として,実験者と母親の演技による共感課題を実施し,反応を観察した。共感課題には,共感対象者がポジティブな感情を示す正の共感課題とネガティブな感情を示す負の共感課題が2種類ずつあり,それぞれ共感対象者の感情が生じた原因が子どもにとって明確な課題と不明確な課題を設定した。その結果,原因が明確な負の共感課題における子ども自身の苦痛や恐怖は年齢と共に減少するのに対し,原因の明確な正の共感課題における子ども自身のポジティブ感情は年齢と共に増加した。一方,正の共感課題において状況を理解しようとする言動は発達による増加が見られにくく,相手を称賛するような反応も観察されにくかった。これらの結果から,正の共感の感情的反応の発達には共感対象者との共通経験が影響する可能性や,認知的・行動的反応の生起には状況への対処の必要性が関わる可能性が議論された。

【キーワード】正の共感,負の共感,幼児期,状況的要因,横断的研究

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◆小山 里織・森山 雅子・小林佐知子・小原 倫子:わが子の泣きに対する父親の認知プロセスの分析:育児期初期における発達の様相についての質的研究

本研究の第1の目的は子どもの泣きを父親が解釈するまでの認知プロセスについて,「知覚」「状況」「解釈」のカテゴリー(小山・森山・小林・小原・西野,2020)を用いてそれらがどのようなプロセスで働くのか経時的に記述すると同時に各カテゴリーの配列にはどのようなパターンがあるかについて探索的に検討をすることであった。そして目的1で明らかとなった認知プロセスのパターンに基づいて,それらの発達の様相を明らかにすることを第2の目的とした。対象は10組の夫婦で子どもはすべて第一子であった。父親の泣きの認知プロセスは消去法的認知プロセス,反復的認知プロセス,解釈先行的認知プロセス,ルーチン的認知プロセス,試行錯誤的認知プロセス,認知処理なしの6つに分類された。認知処理なし以外の認知プロセスは,いずれもカテゴリーの配列は異なるが「知覚」や「状況」から泣きを「解釈」するものであった。各認知プロセスの特徴として,消去法的認知プロセスと反復的認知プロセスは2ヵ月に多く,解釈先行的認知プロセスとルーチン的認知プロセス,試行錯誤的認知プロセスは4ヵ月に多い傾向があった。さらに4ヵ月の父母在室において父親はスムーズに泣きを解釈するが,父在母不在では試行錯誤して解釈する傾向があった。これらの結果から2ヵ月から4ヵ月にかけて泣きに対する父親の認知プロセスの様相が変化すること,その変化に母親の役割が重要となることが示唆された。

【キーワード】父親,泣きの認知プロセス,ジョイント・インタビュー

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◆滝吉美知香・田中 真理:典型発達者における自閉スペクトラム症理解と自己肯定意識との関連:自閉スペクトラム症者とのグループワーク実践をとおした変容

 本研究では,典型発達(TD)者における自閉スペクトラム症(ASD)理解と自己肯定意識との関連を検討した。研究Iでは,大学生189名を対象にASD理解と自己肯定意識を調査した結果,ASDの障害特性のひとつであるコミュニケーションの苦手さに対する理解が高いほど,TD者自身が他者との関係のとり方に対し敏感に自分自身を評価することが示された。他者との関係に積極的な自分を肯定的に評価するか,閉鎖的な自分を否定的に評価するかについて,TD者のパーソナリティ要因と絡めて考察した。研究IIでは,ASD者とともに心理劇的ロールプレイングを行うグループワークに約1年間参加した高校生TD者9名を対象に,ASD理解と自己肯定意識との関連の変化を検討した。その結果,活動後にASD理解得点が低下し,ASD理解の下位領域と相関する自己肯定意識の下位領域にも変化が示された。具体的には,ASD特性としてのコミュニケーションの苦手さに高い理解を示しながら自分自身の他者との関係のとり方を肯定的にとらえていた対象者が,活動をとおして,ASD者のコミュニケーションの苦手さを環境要因や個人の多様性に結びつけ多元的にとらえ,自分自身の他者との関係性のとり方にも類似点があると理解するようになったことがうかがわれた。そのような変化の背景について,対象者が実際に示した活動での様子や発言の内容と併せて考察した。

【キーワード】自閉スペクトラム症,障害理解,自己肯定意識,グループワーク

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◆木村美奈子・加藤 義信:写真のショートケーキは舐めたら甘いか?:4〜5歳児の写真の表象性理解の発達

本研究は,幼児期における写真の表象性理解の発達プロセスを探る一環として,写真には視覚以外の感覚属性も備わっていると4–5歳の子どもがみなしているか否かを調べた。実験1では,味覚,触覚,嗅覚,聴覚の4つの感覚モダリティに対応する実物(ショートケーキ,サボテン,バラ,鈴)とその写真を用意し,実物と同じ感覚属性がそれぞれの写真刺激に対しても感じられるか否か(例:鈴の写真は振れば音がするか否か)を尋ねた。実験2では特に色彩の効果に焦点を当てて,ショートケーキ(味覚)とチクチクボール(触覚)のカラー写真とモノクロ写真に対して,実験1と同様の質問を4–5歳児に行った。その結果,実験1では感覚モダリティの違いによって影響を受けるものの,4歳児には未だ写真の図像対象について,その感覚属性の実在視傾向が見られるが,5歳児になるとその傾向が克服されつつあることが明らかになった。この年齢差については,実験2でも同様に認められ,高い再現性があった。実験2ではまた,図像対象の種類にかかわらず,カラー写真の方がモノクロ写真に比べて感覚属性の実在視傾向を有意に高めることがわかった。これまで,写真がその指示対象からは行為レベルで発達的には早くから弁別されることはわかっていたが,一方で4歳児であっても,写真の図像対象の感覚属性を実在視する傾向があるという事実に,本研究は改めて光をあてることができた。

【キーワード】表象理解,幼児,写真,属性実在論

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32巻2号


◆直原 康光・坂野 剛崇・安藤 智子:子どもと同居する母親が体験する面会交流の継続プロセス

 本研究の目的は,別居・離婚後に子どもと同居する母親が面会交流を継続していくプロセスを明らかにすることであった。6か月から8年以内に別居または離婚し,面会交流を継続していた10名の母親の語りを修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)により分析を行った。分析の結果,母親たちは,<「子どものため」になるか自信のもてない一方で「子どものため」に面会交流を開始>し,<「父親役割」への期待とあきらめの間で揺れながら面会交流を継続>していた。そのプロセスには,<面会交流への不安>と<子どもが離れていかない安心感>との間の揺れや<面会交流が子どものためになることを実感>と<元夫の不誠実な態度が子どものためになるのか疑問>との揺れが認められた。また,これらのプロセスには,離婚後の余裕のなさ,周囲のサポートなどが影響を与えていた。そして,母親たちが感じている困難さ,面会交流を継続できている要因について考察を行った。

【キーワード】面会交流,離婚,同居親,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ

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◆大野 愛哉・田中 真理:自閉スペクトラム症者の“かわいい”の認知:ベビースキーマへの視線に着目して

 本研究の目的は自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder;ASD)者の“かわいい”認知に対するベビースキーマ(Baby schema;BS)の影響および“かわいい”認知が視線に与える影響を検討することであった。4〜45歳のASD者22名,3〜48歳の定型発達(TD)者25名(最終分析;ASD16名,TD24名)に対し,BS度が5段階の顔刺激へのかわいさ評定(5件法)を求め,その際の視線を計測した。結果,主に以下3点が認められた。@かわいさ評定:ASDの有無・BS度を独立変数,かわいさ評定を従属変数とする2要因分散分析の結果,ASD者はBS度がかわいさ評定に影響を与えなかった。A視線:ASDの有無・Area Of Interest(興味関心領域;AOI)を独立変数,注視時間を従属変数とする2要因分散分析の結果,ASD者はTD者に比べ目の注視時間が短かった。Bかわいさ評定が視線に与える影響:ASDの有無・かわいさ評定別AOIを独立変数,注視時間を従属変数とする2要因分散分析の結果,ASD者はかわいさを高く評定した刺激の目の注視時間が有意に長かった。以上よりASD者はBS顔刺激を呈示された際,刺激を“かわいい”と評定した際には刺激の目付近を注視する可能性が示唆され,学習における注視の促しなどASD者支援における“かわいい”の適用可能性の基礎となる知見が得られた。

【キーワード】自閉スペクトラム症,かわいい,ベビースキーマ,視線,アイトラッキング

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◆浜田  恵・伊藤 大幸・村山 恭朗・香取みずほ・柳 伸哉・中島 卓裕・明翫 光宜・辻井 正次:一般小中学生における性別違和感と心理社会的不適応の関連:性別違和感尺度のカットオフ値の設定

 本研究の目的は,既存の性別違和感尺度を短縮してカットオフ値を設定し,一般小中学生において性別違和感と心理社会的不適応の関連を検証することであった。性別違和感を主訴とするジェンダー外来通院者58名と,小学4年生から中学3年生までの5,221名の一般小中学生から得た大規模データを用いて検討を行った。患者群には子どもの頃を想起して回答を求めた。その結果,性別違和感尺度得点の20点をカットオフ値として妥当と判断した。カットオフ値以上の者は,小学生では,男子0.82%,女子2.02%,中学生では,男子0.60%,女子3.27%だった。さらに,性別違和感が高い者の心理社会的不適応の特徴を明らかにするため,抑うつ,攻撃性,友人関係,食行動異常,自傷行為,非行について,設定したカットオフ値より高い得点を示した小中学生とそうでない者を比較した。その結果,友人関係と食行動異常には交互作用が見られ,性別違和感の高い男子ほど不適応の程度が高かった。その他の項目については性別違和感の高い者がそうでない者よりも不適応の程度が高かった。これら心理社会的不適応が性別違和感のある本人だけの問題ではなく,周囲の対応や関わりが影響している可能性について考察した。

【キーワード】性別違和感,小中学生,心理社会的不適応

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◆伊藤 大幸・浜田  恵・村山 恭朗・柳 伸哉・明翫 光宜・辻井 正次:小中学生の自由時間の活動が心理社会的適応に及ぼす影響に関する縦断的検証

 本研究では,自由時間における多様な活動(学習,読書,外遊び,テレビ,ゲーム,携帯電話)が,小中学生の心理社会的適応,具体的には,学業面(学業成績)および情緒・行動面(向社会的行動,友人関係,抑うつ,攻撃性)にどのような影響をもたらすかを,5408名の小中学生から得られた大規模な縦断データ(男子2729名,女子2679名)に基づいて体系的に検証した。因果関係の検証に用いた2つのモデル(遅延効果モデルと同時効果モデル)の結果はほぼ一致しており,(1)学業面に対しては学習,読書が肯定的な効果を持つ一方で,外遊びが否定的な効果を持つこと,(2)情緒・行動面に対しては,外遊び,学習が肯定的な効果を持つ一方で,読書,ゲーム(単独プレイ)が否定的な効果を持つことが示された。こうした結果から,学業面の発達には屋内での認知処理を伴う活動,情緒・行動面の発達には友人や親などの他者との相互作用を伴う活動が寄与することが示唆された。これらの結果は欧米の研究知見とは必ずしも一致しておらず,わが国の社会文化的特徴を色濃く反映したものであると考えられる。

【キーワード】自由時間の活動,遊び,心理社会的適応,学業成績,縦断研究

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32巻3号


◆神崎 真実・鈴木 華子:不登校経験者が高校を経由して進路選択に至るプロセス:複線径路等至性モデリングによる学校経験の理解

  本研究の目的は,複線径路等至性モデリング(TEM)を用いて,不登校経験者が高校を経由して進路選択に至るプロセスを明らかにすることである。中学校までに不登校を経験した高校3年生4名に,インタビューを行った。TEMによる分析の結果,協力者は,(1)統制できない状況に直面した結果として不登校になったこと,(2)統制感を得る契機となったのは,小説やオンラインゲーム,エッセイ等との出会いであったこと,(3)その後は高校へ入学し,自然と友人ができる経験をして,(4)学内の関係性を頼りに,これまでの学校生活や自己を変える挑戦をしたこと,そして(5)挑戦する中で進路選択の時期が訪れ,やりたいこと,進みたい場所,なりたい自分についての展望をもって進路を選択したことが分かった。結果をふまえ,統制感を得る契機としてのシンボリックリソース(小説やオンラインゲーム等)の可能性,進路選択における自己基準志向体験(これまでの学校生活や自己を変える挑戦)の重要性について論じた。

【キーワード】不登校,進路選択,複線径路等至性モデリング,シンボリックリソース

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◆新井 素子:自傷行為の複数の過程:青年期にある大学生の語りの分析

 自傷行為に対する援助のためには,行為の過程やそれに関わる要因について知ることが有用である。本研究では,自傷行為の体験者である青年期の大学生・大学院生の語りを分析して行為の過程やそれに関わる要因を知ることとした。22名の協力者に対して自傷行為の体験を半構造化インタビューにより調査し,得られたデータを修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチにより分析した。その結果,行為の開始からその帰結に至るまでの自傷行為の過程は,皮膚に現れた違和感を取り除く「除去型」と自分の身体を侵襲的に毀損する「侵襲型」の二系列に整理することができると考えられた。二つの過程には主に次の点で違いがあった。侵襲型の行為とは異なり,除去型ではエスカレーションが認められにくかった。除去型では侵襲型の行為に比べ,その行為に対して親子間の葛藤が結び付けられる傾向が見られた。除去型よりも侵襲型の方が代替手段による制御がしやすかった。もっとも,除去型から侵襲型に移行する場合もあるが,二つの過程は相対的には独立しているため,どちらかの系列の自傷行為を止めても他系列の行為は止めない可能性に留意すべきことが示唆された。除去型と侵襲型とでは,身体疎隔化の生じ方に違いがあると推察された。以上から,自傷行為への援助に当たっては,行為の過程やこれに関連する要因に応じた支援をすることが役に立つと考えられた。

【キーワード】自傷行為,過程,青年期,質的研究

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◆楠見 友輔・津  梓・佐藤 義竹:知的障害生徒が教室談話に参加する過程:社会文化的アプローチから

 本研究の目的は,社会文化的アプローチの観点から知的障害生徒の授業参加の特徴を捉え直すことにある。筆者らは,自立活動の授業において軽度知的障害のある生徒に司会の役割を付与し,電子黒板を用いて支援を行った。5回の授業における2名の対象生徒と他者との相互行為をビデオカメラで記録し,対象生徒の教室談話における参加の仕方についての変化,生徒自身の行為の自覚,他者による行為の意味づけに注目して教室談話分析を行った。分析の結果,対象生徒が教室談話を主導するようになる過程で,環境に含まれる要素や他者との関係の変化が生じていたこと,対象生徒の司会者としての自覚が生じていたこと,対象生徒が聞き手の生徒から司会者としての承認を受けていたことが明らかにされた。これらの結果から,知的障害生徒の参加を個人的な指標に注目して評価するのではなく,授業参加をダイナミックな過程として捉えることで,知的障害生徒の多様な発達の筋道を肯定的に捉えることが可能となることが示唆された。

【キーワード】知的障害,社会文化的アプローチ,教室談話分析,参加,電子黒板

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◆井口亜希子・田原  敬・原島 恒夫:聴覚障害幼児における指文字の読み習得と音韻意識の発達:指文字と平仮名との比較

 聴覚障害幼児は,音声言語と手指言語の2つの言語環境下にて養育されることが多く,指文字を補助的に使用することにより,音声言語の語彙獲得等を促す効果が期待されている。指文字とは,各文字に対応した手形であり,この手形を連続して表出することで単語を空間上に綴る。本研究では,特別支援学校(聴覚障害)幼稚部に在籍する聴覚障害幼児の指文字の1字読み習得過程について,平仮名1字読みとの比較,また音韻意識の発達との関連性を検討するため,年少・年中・年長児に対して横断的比較および,同一年度内3期にわたる調査から縦断的比較を行った。その結果,聴覚障害幼児の指文字の清音の1字読みは,平仮名と同様に年少時期の後半に読字数が増加し,年中時期におおむね完成することが示された。ただし,年少児群では平仮名が読めるようになる前に指文字の読みが始まる幼児が多く,指文字は発声に併せて口元近くで手形を表出するため,手形―文字音の対応関係の学習が平仮名に比べて容易である可能性が考えられた。また,指文字の読みは,音韻意識課題が可能になる前に始まる幼児が多かったことが,平仮名の読みとは異なる特徴であった。したがって,聴覚障害幼児の中には指文字を通して,文字音の学習が進み,その中で音韻意識の発達が促され,短い音節の単語の分解課題が可能になる時期において,指文字・平仮名ともに1字読みの習得が促進される事例が多く存在すると考えられた。

【キーワード】聴覚障害児,指文字,平仮名,音韻意識

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31巻4号


◆天野 大樹:養育行動の発現に関する脳内神経回路とその調節機構

 生まれて間もない幼若動物は養育行動の無い状態では生き延びることが出来ない。また虐待やネグレクトといった不適切な養育行動を受けることで精神疾患の罹患率や重篤度が上昇する。養育行動を司る最も重要な脳部位は内側視索前野であることは知られているものの,内側視索前野は養育行動以外にも性行動や睡眠,体温調節など様々な本能行動に寄与しており,どのようにして行動選択がなされているのか,子供に対する攻撃に寄与する脳部位との関係はどのようになっているのかなど不明な点が多いのが現状である。またライフステージや外部環境によって脳がどのような影響を受けるのかについても考える必要がある。近年では遺伝子操作技術が向上し,自由行動下の特定の細胞の活動パターンの観察や神経細胞の機能操作時における行動実験が広く行われている。本稿では養育行動だけでなく子供への攻撃に影響を与える脳機能や神経回路の機能について最新の知見を紹介する。また内分泌系や薬剤によって行動や脳機能がどのように変化するか薬学研究者の観点から明らかにしようとする取り組みについて紹介したい。
【キーワード】養育行動,神経回路,内分泌,攻撃行動

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◆松永 倫子:ヒトの養育行動を支える神経生理学的基盤と母親の表情知覚の個人差

 ヒトの乳児は生まれて間もない頃から,表情の変化や発声,身体の動きといった情動シグナルを養育者に発信し,身体状態や欲求を伝える。乳児によるシグナルは,養育者の注意をひきつけ,養育行動を促進する。ヒトの養育者が敏感かつ適切に養育行動を行うためには,(1)乳児の非言語シグナルから乳児の情動状態や欲求を読み取ること,(2)自分自身の情動を制御しながら行動すること,がともに求められる。本稿では,養育行動を支える神経生理学的基盤に着目し,養育行動に関わる脳の神経ネットワーク(i.e., 親性脳)とオキシトシンホルモンに関する研究を概観する。親性に関する脳―身体―心の働きは,母親のみならず父親も妊娠期からみられはじめ,産後の経験によって変容していく。私たちは,養育経験による母親の身体や表情知覚の変容とその個人差を生み出す要因について検討を重ねてきた。また,父親にかんしても,妊娠期からはじまる親性脳発達の萌芽とその個人差について研究を進めている。これまで得た最新データに基づきながら,親性発達の統合的理解と現場における支援の可能性について議論したい。
【キーワード】親性発達,養育行動,親性脳,オキシトシンホルモン,表情知覚

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◆田中友香理:「親性脳」から探る個別型親性発達の支援に向けて

 ヒトは共同養育という形質を取って進化してきた。しかし,共同養育は実質的に崩壊し,その結果生じた孤立育児や,それに伴う母親の心身の不調は,育児に対する心身の負担感を増大させている。こうした育児に対する心身の負担感は,少子化の一因となっている。孤立育児を解消し,養育者の育児に対する負担感を軽減させるためには,育児の主体者である親の心的特性についての理解を深め,真に必要な育児支援策を社会に実装していくことが課題である。これまで,行動観察や内観報告によって親の心的特性が「親性」として定義され,親性の発達過程やそれに影響する要因などが検討されてきた。他方,親性発達の個人差を早期から評価し,孤立育児に陥る可能性の高い家庭を検出するという点では課題が残されてきた。これに対して,近年の神経生理学的研究から,親性発達の基盤となる脳の情報処理システム(i.e., 親性脳)がわかりつつある。本論では,親性の定義を踏まえ,親性脳の発達と個人差,親性脳とうつやストレスとの関係について論じる。さらに,親性脳に関する基礎研究の知見に基づき,父親の親性発達を促す個別型教育への応用可能性について論じる。
【キーワード】親性,親性脳,個人差,個別型支援,父親

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◆藤澤 隆史・島田 浩二・友田 明美:ヒト親性の脳機能と機能不全への介入

 養育行動は生命の存続において重要なプロセスであり,種を超えて幅広く観察される向社会行動の中で最も重要なものの一つである。本論文では,ヒトにおける親性に焦点を当て,これまでの養育行動に関連する脳イメージング研究によって明らかにされてきた知見を概説することでヒト親性の神経基盤について検討する。まず,養育機能が健常な場合の脳機能について検討するために,げっ歯類を対象とした研究における養育行動の神経・内分泌基盤に関する基本的知見に触れた後,ヒトにおいて特徴的である大脳皮質ネットワークの養育行動に対する関与について,脳イメージング研究によって明らかにされてきた知見に基づきながら検討する。次に,養育機能が低下している際の脳機能について検討するために,養育ストレスが親性の脳機能に及ぼす影響について,筆者らが行った脳機能イメージング研究を交えて概説し,また養育失調に対する心理的介入が行動や脳機能の改善にもたらす効果について検討する。さらに養育準備期にある青年期の脳機能について検討するために,青年期における乳幼児との継続的接触経験が親性の脳機能に及ぼす影響に関する研究について概説する。最後に,近年の脳科学研究の進展に基づいた養育者支援の今後の展望について提案する。
【キーワード】親性,養育行動,脳機能イメージング

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◆大澤 直樹:歩行開始期から幼児期にかけての親の養育行動の多面性とそれを生み出す心的機能

 基本的生活習慣の補助と自立に向けた支援が必要とされる乳児期後半から歩行開始期,幼児期にかけては,子どもの世話や社会化など,養育を担う親の役割は多面的になる。本稿では,世話に着目した実践研究と社会化に着目した基礎研究の両面から先行研究のレビューを行った。前半では,基本的生活習慣(食事・排泄・睡眠・着脱衣・清潔)における子どもの自立過程と親による補助・自立支援行動の時系列的関連を概観した。各基本的生活習慣について子どもの自立が進む期間は,親は保護・統制・足場かけなど多面的な関わりを行っていることが示された。後半では,親の役割の多面性に着目する基礎研究として,社会化の「領域固有性アプローチ」ならびに養育行動に対する親の動機づけに関わる「目標制御モデル」を概観し,実践的観点から両者の関連を検討した。親の養育行動を支援するためには,様々な場面で必要となる自己制御の多様性を重視し,個々に効果的な親の役割を提案する研究が必要である。
【キーワード】養育行動,基本的生活習慣,社会化,領域固有性,自己制御

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◆中島 卓裕・伊藤 大幸・明翫 光宜・柳 伸哉・村山 恭朗・浜田  恵・香取みずほ・辻井 正次:自閉スペクトラム症特性と休み時間の遊びおよびメンタルヘルスの関連:一般小中学生における検証

 本研究の目的は,抑うつや攻撃性などの情緒・行動的問題が顕在化しやすい児童・青年期(小学4年生から中学3年生)において,自閉スペクトラム症特性と二次障害的な心理社会的適応(向社会的行動,抑うつ,不安および攻撃性)を媒介する変数としての休み時間の役割を検討することであった。小学4年生から中学3年生までの通常学級に所属する5,366組の一般小中学生及び保護者から得た大規模データを用いて検討を行った。パス解析の結果,ASD特性が高いほど休み時間に非対人的な遊びをして過ごしていることが多いことが明らかとなった。また,ASD特性と心理社会的適応の関連を媒介変数の休み時間がどの程度説明するかを推定した結果,休み時間の遊びを介した間接効果は,全間接効果(休み時間+友人関係)の2〜6割,総合効果(直接効果+間接効果)の2〜4割程度に及ぶことが示された。休み時間の遊びは,友人関係の下位要素の一つと見なすことができるが,向社会的行動では間接効果の65%,抑うつでは46%,攻撃性では26%を説明したことから,友人関係における休み時間の重要性の高さが示唆された。
【キーワード】自閉スペクトラム症特性,休み時間,小中学生,心理社会的不適応

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◆寺坂 明子・稲田 尚子・下田 芳幸:小学生を対象としたアンガーマネジメント・プログラムの有効性:学級での実践に向けた小集団での予備的検討

 本研究では,小学生を対象としたユニバーサルな予防的教育としてのアンガーマネジメント・プログラム『いかりやわらかレッスン』(全5回・1回45分)の有効性を予備的に検討するため,小グループでの実践を行った。異なる2つの地域において募集した小学3〜6年生計25名を対象とし,プログラムの内容理解度,児童の自己回答および保護者評定による怒りや攻撃性のプログラム前後での変化,1ヶ月後のスキル使用頻度の3つの点から,妥当性と有効性とを検討した。その結果,内容理解度とスキル使用頻度から本プログラムの内容が小学3〜6年生を対象としたものとして概ね妥当であること,児童の自己評定と保護者評定による攻撃性の得点において一部減少が認められたことから,本プログラムが小学生の攻撃性に対して一定の有効性をもつ可能性が示唆された。また,児童の自己評定による攻撃的行動の得点においては実施グループ間で変化に違いが見られ,事前に高い値を示していたグループで減少が認められた。プログラム内容の理解度とこれらの測定値との相関は,敵意との間でのみ有意であった。今後は,対象者の人数を増やすとともに,通常学級における実践を通して,ユニバーサルな教育プログラムとしての有効性の検討を行うことが求められる。
【キーワード】アンガーマネジメント,小学生,ユニバーサル,予防的教育,有効性

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◆中間 玲子・杉村 和美・畑野  快・溝上 慎一・都筑  学:青年期におけるアイデンティティ発達の初期過程:児童期後期から青年期中期を対象とした検討

青年期のアイデンティティ発達が本格的に達成に向かって変化するのは成人期初期以降であるという見解が共有されつつある。だが,青年期の早い段階にアイデンティティ探求への端緒が開かれる可能性は否定できない。そこで本研究は,アイデンティティ発達の様相を中学校以前の段階からとらえ,アイデンティティ発達の初期における特徴を明らかにすること,アイデンティティ発達に関連する自己意識の様相について明らかにすることを目的とした。対象は小学6年生から高校3年生までの2,092名であった。多次元アイデンティティ発達尺度(DIDS-J)を用いて,下位尺度得点の学年ごとの差およびアイデンティティ地位の人数の差を検討したところ,DIDS-Jの各得点は中1時点で急激に落ち込み,その後得点が上昇していくこと,アイデンティティ地位は小6では達成地位が多数であるが中1において無問題化型拡散地位が多い状態となり,その後,拡散型拡散地位,モラトリアム地位が多くなるという変化がみられることが明らかにされた。また,DIDS-Jと自己意識特性との相関分析の結果,DIDS-J得点と私的自己意識得点との有意な正の関連が示された。これより,アイデンティティ発達は中学校段階から青年期課題として本格的に展開され始め,学年とともに発達の程度が進んだ状態が優勢になること,それは,特に私的自己意識の高さとの関連において進むことが明らかにされた。
【キーワード】アイデンティティ発達,アイデンティティ地位,自己意識特性,青年期前期

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