発達心理学研究第29巻(2018年)


29巻1号


◆小川 基・高木 秀明:母親から子どもへのゆるしのプロセスとその特徴:青年期の子どもとその母親を対象とした質的研究

母子関係におけるゆるしについては,これまで古澤平作による阿闍世コンプレックス理論などを中心に精神分析的な考察が深められてきた一方で,実証的には十分に検討されてこなかった。本研究では,母親から子どもへのゆるしのプロセスを明らかにすることを目的とし,調査,分析を行った。具体的には,母親10名に対して「母親が子どもをゆるすプロセス」について,またその子どもである青年12名に対して「子どもが母親からゆるされるプロセス」についてのインタビュー調査を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した。その結果,双方において4段階のゆるす/ゆるされるプロセスモデルが生成された。これらの結果より,母親は子どもからの傷つき・困らされ体験後も,自らの親としての機能を維持しようと努めること,また,それが結果的に子ども側のゆるされた実感につながっていることが明らかとなった。同時に,ゆるす側としての母親とゆるされる側としての子どもとの間に生じうる認識のずれや,それに伴う母子関係における臨床的問題について考察を行った。
【キーワード】ゆるし,母子関係,阿闍世コンプレックス,M-GTA

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◆高崎 文子:「ほめへの態度」の発達的変化とその関連要因の検討

他者をほめることが効果的であるとは限らない原因のひとつに,ほめられる側とほめる側のほめのとらえ方のズレがあると考えられる。本研究ではほめの機能や効果のとらえ方の個人差を「ほめへの態度」としてとらえ,その発達的変化と態度形成要因について検討することを目的とした。
中学生,高校生,大学生,成人の計1058名を対象に,ほめへの態度とほめ/ほめられ経験に関する質問紙調査を行った。その結果,「ほめへの態度」は年齢とともに「承認重視」「用い方重視」の態度が強くなり,「基準重視」「表出躊躇」の態度が弱くなることが明らかになった。また「ほめへの態度」形成に影響を与えるほめ/ほめられ経験について検討した結果,ほめられた経験の量よりも,どのようにほめられたかという経験の質から直接影響を受けることが明らかになった。また,ほめた経験は,その頻度がコミュニケーション効果を媒介して態度形成に影響を与えることが明らかになった。
【キーワード】ほめ,ほめへの態度,ほめ/ほめられ経験

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◆長岡 千賀:発達障害についての記述方法が資料の読み手の態度に及ぼす影響

発達障害に関する啓発資料がさまざまな団体によって作成されているが,その読後の印象は資料によって異なるように見受けられる。本研究の目的は,資料上のいかなる記述方法が,発達障害児者との交流に対する読み手の態度に影響するかを特定することである。実験に先立ち既存の啓発資料を分析し,その結果から,本実験の刺激では具体性の高低と関わりの記述の有無の2要因を操作することを決定した。実験ではまず,実験参加者は,発達障害様の特徴を持たない学生(以降「普通学生」)に対する交流抵抗感を回答した。次に実験参加者は,4種類の資料のうちの1つを読んだ後(被験者間要因),発達障害様の特徴を持つ学生(以降「特徴的学生」)に対する交流抵抗感を回答した。回答に不備のない218名分の回答を分析した。混合モデル分析の結果から,第1に,具体性が高い資料の読み手ほど特徴的学生と一緒に何かをする場面で抵抗感が低いこと,第2に,関わりに関する記述があっても特徴的学生に対する交流抵抗感は高まらないことが示された。また,結果は,特徴的学生との本音で付き合う場面では男性の方が女性よりも交流抵抗感が低いこと,普通学生に対する交流抵抗感が低い者ほど特徴的学生に対する交流抵抗感も低いこと,しかしその傾向には性差があることも示した。結果について社会心理学的知見を踏まえながら考察し,さらには,発達障害に関する資料作成の指針を提案した。
【キーワード】発達障害,態度,ステレオタイプ,具体性

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◆蒲谷 槙介:歩行開始期乳児の不従順行動に対する母親の調律的応答:歩行不可期における応答との一貫性

近年,アタッチメント安定型の母親が乳児のネガティブ情動表出に対して行いやすい共感的反応の一種である「調律的応答」へ着目する向きが高まっている。これに関して蒲谷(2013)は,生後7ヶ月の乳児のネガティブ情動表出に対してアタッチメント安定傾向の母親が「ポジティブ表情を伴った心境言及」を行いやすいことを見出した。本研究では40組の新たな母子サンプルを対象に,歩行開始期乳児(14ヶ月齢児)の不従順行動(片付け場面においておもちゃを新たに箱から出す等)によって生じる母子間葛藤状況においても,アタッチメント安定傾向の母親が調律的応答を行うのかどうかが縦断的に検討された。乳児の情動表出に対する母親の表情変化および発声発話による反応を,対象児が8ヶ月齢時,14ヶ月齢時に観察した。回帰分析の結果,歩行開始期の乳児(生後14ヶ月)の怒り情動および不従順行動を伴う母子間葛藤状況において,アタッチメント安定傾向の母親は「無表情のままの心境言及」をしやすいことが示された。またこの傾向は,歩行不可期の乳児(生後8ヶ月)のネガティブ情動表出に対する母親の応答と縦断的に一貫しており,アタッチメントスタイルが安定的な母親は継続的に子どものネガティブ情動を共感的に言語化できることが示唆された。
【キーワード】調律的応答,アタッチメント,歩行開始期乳児,縦断的観察

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29巻2号


◆森澤 亮介・吉井 勘人・長崎  勤:自閉スペクトラム症児への協同活動発達支援:パートナーの役割遂行に対する情報提供と要求の習得を通して

本研究では自閉スペクトラム症(ASD)児を対象に,「情報提供」と「要求」の習得を促すことにより,必要に応じて他者に支援を行う相互支援を円滑にし,協同活動を成立させることができるのかを検討した。ASD児とパートナーの二人で1つのパズルを完成させるゲームにおいて,中断条件を設定し「情報提供」「要求」の習得を促した。その結果,「要求」「情報提供」が生起し,パズルゲームのルールの中で,パートナーが必要としている時に,パートナーにとって必要な手助けを行うことができるようになった。またパズルを完成させる目標を達成した際にはパートナーと喜び合おうとする「情動共有」も生起し,協同活動が成立することが示唆された。さらに日常生活場面においても,教員との協同活動が成立したり,クラスメートへの援助行動が,生起する様子が観察されたりした。以上のことからASD児においても「情報提供」と「要求」の習得を通して,「情動共有」を促し,協同活動を成立させることができるようになることが示唆された。
【キーワード】自閉スペクトラム症,協同活動,情報提供,要求

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◆瓜生 淑子:児童・生徒の慢性的な心身の不調感・不快感の実態とその要因について:小・中学生の大規模調査から

小・中学生約3,000人に対して慢性的な心身の不調感・不快感を質問紙法で尋ね,因子分析によって「疲労感」「集中不全感」「イライラ感」「抑うつ感」の4因子を得た。そこから,1)4因子の関係性については,「疲労感」が他の3因子に影響を与え,加えて,学業にかかわる因子と解釈された「集中不全感」も,「イライラ感」「抑うつ感」に影響を与えているというモデルが採択された。2)その「疲労感」には,睡眠時間や朝食摂取状況などから合成された「生活実態」変数が説明変数となるモデルを示し,短眠化などの生活習慣上の問題が規定しているとした。3)因子に対応する4つの下位尺度得点について3要因(学校種・性・家庭の文化階層)の分散分析を行うと,いずれの得点も概ね,中学生・女子の方が高かった。しかし家庭階層については交互作用があり,心身の健康に及ぼす階層の影響は小中学生で異なるという二面性が指摘された。小学生では家庭階層下位群の生活習慣の問題が疲労感を高め,そのことが心身の不調感・不快感全体に結びついていると解釈された。これに対し,中学生では家庭階層上位群の不調感・不快感の下位尺度得点が上昇し,階層差が有意ではなくなった。家庭階層上位群の中学生の場合,高い学業達成期待に起因する心的負荷や勉強時間の増大による生活時間の圧迫が,「疲労感」や「集中不全感」を上昇させ小学生で見られていた家庭階層差を消失させると解釈された。
【キーワード】小中学生,心身の不調感・不快感,家庭の文化階層,生活習慣,学業達成期待

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◆西尾 千尋・工藤 和俊・佐々木正人:乳児の歩き出しの生態学的検討:独立歩行の発達と生活環境の資源

乳児が一歩目を踏み出すプロセスを明らかにするために,乳児3名について家庭で観察を行った。独立歩行開始から1ヶ月以内の自発的な歩行を対象に,歩き出す前の姿勢,手による姿勢制御の有無,一歩目のステップの種類,物の運搬の有無の4つの変数を用いて歩き出すプロセスを分析した。まず乳児ごとに歩き出すプロセスを分析したところ,立位から正面に足を踏み出すだけではなく,ツイストして一歩目から方向転換をする,物を拾い立ち上がりながら一歩目を踏み出すなど多様なプロセスが現れた。最も頻繁に用いたステップの種類はそれぞれ異なり,各乳児に特徴があった。さらに,それぞれの部屋において,乳児が歩き出した場所と歩き出しのプロセスの関係について検討したところ,歩き出す前に進行方向と同じ方向を向いているのかどうか,その際に姿勢を保持するのに利用出来る家具があるのかどうかにより足を踏み出す方法が制約されていることが示唆された。歩行という運動の発達を,個体とそれを取り巻く部屋という環境から成る一つのシステムに現れるタスクとして捉えられることについて考察した。
【キーワード】歩行発達,歩き出すプロセス,姿勢,自然観察,生活環境

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◆柳岡 開地・津田 彩乃・西村 知沙:3歳児のスクリプト獲得過程:“朝の用意”場面の短期的縦断観察を通して

本研究では,3歳児がある行為系列を繰り返し経験するなかでスクリプトを獲得する過程を縦断的観察により明らかにすることを目的とした。特に,スクリプトの特徴である,入れ替わることのない不変順序と入れ替わりが可能な可変順序の区別と,行為系列の階層化に着目した。研究1では,新入園児12名が朝の用意に取り組む様子を2ヶ月間観察した。結果,約1ヶ月半でほとんどの子どもが不変順序,可変順序ともに園で教わった一定の順序で行為系列を実施していたが,約2ヶ月の時点では行為間の順序が可変的な場合,園で教わったのとは異なる順序で行為を実施する子どもが複数みられるようになった。研究2では,新入園児と学齢は同じものの前年度から通園している既入園児10名を対象に観察したところ,研究1と同様に可変順序の行為間のみ園で教わった順序で行為を実施しないものが複数いた。また,研究1・2を通して,予め園の先生により朝の用意系列をいくつかの行為のまとまりに分けてもらったところ,その行為グループ間の順序は園で教わった通り実施するのに対し,グループ内の行為間では可変順序の学習が進む傾向がみられた。以上より,園で教えられた順序通り行為系列を実施するようになった後,形成された行為グループに基づいて行為間の順序が不変か可変かを学習するというスクリプトの獲得過程が示唆された。
【キーワード】スクリプト,行為の順序,幼児,朝の用意,観察法

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29巻3号


◆佐藤 佑貴・金澤潤一郎:母親のADHD症状と養育スタイルの関連:感情調節困難に注目して

本研究の目的は,わが国と海外では異なる養育スタイルを示すという結果に基づき,母親のADHD症状と養育スタイルの関連性について,感情調節困難の媒介効果を明らかにすることであった。ADHD症状には連続性が仮定されており誰もが持っている特性であることが指摘されているため,幼稚園,小学校に通う子どもをもつ母親179名を対象とした。媒介分析の結果,母親のADHD症状は感情調節をより困難にすることにつながり,その結果として肯定的働きかけが減少し,叱責が増えるという結果が示された。また,感情調節困難の下位因子ごとにおける母親のADHD症状と養育スタイルの媒介分析を実施した結果,肯定的働きかけと叱責では関連する要因が異なることが明らかになった。ADHD症状のある母親への支援ではペアレントトレーニングを単独で実施するのではなく,ADHDへの対処法を追加したペアレントトレーニングの実施が推奨されている。本研究の結果から,感情調節困難が養育スタイルと関連することが明らかになったため,ペアレントトレーニングに追加するADHDへの対処法の1つとして感情調節困難の改善が考えられる。
【キーワード】養育スタイル,母親,ADHD,感情調節困難

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◆赤木 真弓:母娘関係が娘のアイデンティティ形成と精神的健康に与える影響:母娘関係尺度の作成を通して

本研究では,大学生の女子を対象とし,母娘関係と娘のアイデンティティ形成,精神的健康との関連について検討した。母親と娘の関係性を多角的に検証するための尺度を作成し,その下位尺度を用いてクラスタ分析を行った結果,「反発群」「親密群」「自立群」「葛藤従属群」に類型化された。得られた類型について,分離と結合,および精神的健康の視点で分析した結果,「自立群」が健康な分離タイプ,「反発群」が不健康な分離タイプ,「親密群」が健康な結合タイプ,「葛藤従属群」が不健康な結合タイプとなった。さらに,アイデンティティ達成が高かったのは「親密群」と「自立群」で,どちらも母親からの押し付け,母親への劣等感が低かった。逆に,アイデンティティ達成が低かったのは「反発群」と「葛藤従属群」で,どちらも母親からの押し付け,母親への劣等感が高かった。以上のことから,娘のアイデンティティ形成および精神的健康にとって重要なのは,母親との分離か結合か,ということではなく,母親からの押し付けや母親への劣等感を感じない母娘関係であることがあきらかになった。
【キーワード】母娘関係,アイデンティティ,精神的健康,青年期,分離・結合

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◆浜名 真以:幼児による被害場面における状況評価と感情強度の評価:被害者が自己である場合と他者である場合の比較

幼児期を通して,子どもは特定の状況でどのような感情を経験するかを理解する感情推論の能力を発達させていく。先行研究から,幼児は感情の経験主体が他者である場合よりも自己である場合の方が,ネガティブな状況に対してポジティブな感情を推論することが示されている。本研究では被害場面を取り上げ,他者条件(被害者が他者である場合)に比べ自己条件(被害者が自己である場合)の方が,状況の解釈において幼児がより楽観的な評価をするか,ネガティブな状況において推論するネガティブ感情の強度をより低く評価するかを検討した。参加者は4歳から6歳の幼児56名であった。自己条件と他者条件のストーリーを聞かせ,それぞれについて加害者の敵意,被害者にとっての困難度,被害者の復元能力,被害者が経験するネガティブ感情の強度を評価させた。分析の結果,先に自己条件,その後で他者条件について尋ねた場合,他者条件に比べて自己条件において,幼児は加害者の意図を好意的に評価することが明らかとなった。さらに,他者条件に比べて自己条件において,被害者にとっての困難度をより低く評価すること,被害者の復元能力をより高く評価すること,その状況で被害者が経験する感情強度をより低く評価することも明らかとなった。これらの結果から,幼児期の状況の評価と感情推論の関連が示唆された。
【キーワード】幼児,感情,敵意,意図,能力

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◆中田龍三郎・久保(川合)南海子・岡ノ谷一夫・川合 伸幸:高齢者は渋滞時に攻撃性が高まる:運転シミュレーターと近赤外線分光法(NIRS)を用いた研究

怒りを構成する要素である接近の動機づけが高まると,前頭部の脳活動に左優勢の不均衡状態が生じる。この不均衡状態は怒りの原因に対処可能な場合に顕著になる。これらの知見は主に脳波を指標とした研究で示されてきた。本研究では近赤外線分光法(NIRS)を用いて,脳活動に左優勢の不均衡状態が生じるのか高齢者と若齢者を対象に検討した。ドライビングシミュレータを運転中に渋滞する状況に遭遇した際の脳血流に含まれる酸化ヘモグロビン量(oxy-Hb)を測定したところ,高齢者では左右前頭前野背側部で左優勢の不均衡状態が顕著に認められたが,若齢者では認められなかった。自動的に渋滞状況と同じ速度にまで減速する条件では高齢者と若齢者の両者の脳活動に左優勢の不均衡状態は認められなかった。この結果はNIRSでも接近の動機づけの高まりと相関した脳活動の不均衡状態を測定可能であることを示しており,高齢者は思う通りに走行できないという不快な状況(渋滞条件)において,明確な妨害要因の存在が接近の動機づけ(攻撃性)を高めると示唆される。接近の動機づけ(攻撃性)には成人から高齢者まで生涯発達的変化が生じており,その結果として高齢者は若齢者よりも運転状況でより強い怒りを生じさせる可能性がある。
【キーワード】怒り,接近動機づけ,近赤外線分光法(NIRS),高齢者,ドライビングシミュレータ

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29巻4号


◆林 美里:日本の比較認知発達研究を世界に発信する:異文化のはざまで

ヒトの子どもの認知発達を研究する際に,進化的に近縁なヒト以外の霊長類と比べるという比較認知発達の知見が有益な示唆を与えてくれる。日本の霊長類学では,初期から研究成果を国際的に発信することが重要視されており,筆者は主にチンパンジーを対象として,物の操作という非言語的な指標を用いた一連の比較認知発達研究の成果について,国際的に発信してきた。道具使用の基盤となる定位操作に着目して,チンパンジーとヒトの子どもを直接比較した結果,両種で類似した認知発達過程が見られる課題があることがわかった。しかし,社会的な文脈が含まれる課題ではヒトの子どもの優位性が示され,課題の特性によって異なる結果が得られた。認知発達にかんする基礎的なデータが比較的少ないチンパンジー以外の大型類人猿にも対象を拡大し,物の操作以外にも研究内容の幅を広げている。また,認知発達の基盤となる母子関係などについても研究を展開している。究極の異文化としてのチンパンジーという対象を,フィールド調査も含めた手法から研究する中で感じた,比較認知発達の成果を国際的に発信するために必要なことや今後の課題などについて考察した。
【キーワード】比較認知発達,チンパンジー,定位操作,母子関係

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◆鹿子木康弘・奥村 優子:国際的競争の中で乳児研究を行う:その意義と課題

研究を国際的に発信する意義を考えたとき,それは個人によって異なり,さまざまな動機や理由が存在するかもしれない。ある研究者にとっては,日本の子どもの独自性を主張する機会であったり,他の研究者にとっては,文化比較研究の発表の機会であったりするのかもしれない。しかし,筆者らは,日本という独自性を意識するというより,欧米の研究者と同様に,そして彼らと肩を並べるつもりで,普遍的な発達の現象を見つけ出したいという単純な動機によって,自身の研究を国際誌に発表してきた。本論文では,まず筆者らが国際誌に投稿してきた乳児研究を概観する。具体的には,発達早期の社会的認知発達,特に他者の行為理解のメカニズム,道徳・向社会性の発達,社会的学習といったテーマに関する実証実験を紹介する。そして,それらの研究を国際誌に発表する中で感じた,筆者なりの国際競争の中で研究を行う意義やその課題について考察し,日本の発達心理学の行く末を考えてみたい。
【キーワード】乳児,社会的認知,他者理解,道徳,社会的学習

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◆溝川 藍:「日本の発達心理学」の発信:社会的文脈の中の子ども探究

本稿では,心的状態の理解と対人コミュニケーションの発達に関する筆者の研究を総括した上で,日本から世界に発達心理学を発信することの意義について考察した。はじめに,「見かけの感情と本当の感情の理解」をテーマに,見かけの泣きの理解の発達過程,並びに見かけの泣きの理解と心の理論の関連について検討した研究を概観した。次に,「他者評価に対する反応」をテーマに,幼児期における他者からの批判的評価に対する反応と心の理論の関連,並びに日本とイタリアの子どもの反応の差異について検討した研究を概観した。これらの研究知見の振り返りと再考察を通じて,子どもの心的状態の理解と対人コミュニケーションの発達を捉える際に,彼らがおかれている社会的文脈に目を向けることの重要性と,欧米のパラダイムの中では捉えきれない日本の子どもの発達の姿が示された。以上を踏まえて,日本独自の着眼点で子どもの発達を明らかにし,その知見を世界に発信することの意義を論じた。
【キーワード】日本の子ども,心の理論,感情,社会的文脈,文化

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◆藤井 貴之・高岸 治人:子どもの利他行動の発達:日本から発達研究を発信する意義と展望

近年,日本国内における発達研究の国際化が進んでおり,国際誌に日本発の英語論文が掲載されることも多くなってきた。しかし,学術論文を国際誌へ投稿することは,現在の心理学業界において最も優先される選択肢であるとは必ずしもいえないのが現状である。そのような中で,著者らは従来の発達心理学の枠を越えた,学際的なアプローチによってその成果を国際的な場で発表し続けてきた。本稿では,著者らがこれまで行ってきた,子どもを対象にした利他行動における他者の監視の効果に関する発達研究をまず紹介するとともに,日本発の発達研究をするにあたり,著者らが何故このテーマを選んだかについて述べる。最後に研究を国際的に発信する意義と今後の日本における発達心理学の展望について著者らの考えを記す。
【キーワード】利他行動,監視,未就学児

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◆伊藤 哲司:世界に向けた研究対話の展望:「適応」概念の越境を通して考える

本論の目的は,世界に向けた研究対話をいかにひらいていくかについて考察することである。そのためにまず,「適応」という概念の越境について取りあげた。適応を「学問分野・ジャンル」,「国・地域」,そして「時代・時間」の3つの軸に沿って越境させてみたときに,どのような適応の像が浮かんでくるのかについての検討を行った。そこでは発達心理学などのなかで使われている概念を,多面的に検討しなおすフレームワークが示される。そのような概念的・理論的な検討を通して,適応のあらたな捉えなおしを試みた。その結果,適応には主体問題があり,自明の概念ではまったくないこと,人間自身が変わることなのか,外的な事柄(物理的・社会的環境)が変わることなのかという両方を適応は含意しうること,ある国・地域である時代・時間に暮らしているだけでは見えてこない適応のかたちがあることが明らかになった。最後に,このような試みが世界に向けた研究対話を内包していることを指摘し,発達心理学などの研究成果をいかに世界に向けて対話的にひらいていくことができるかについて考察した。
【キーワード】研究対話,越境,適応,フレームワーク,主体問題

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◆則松 宏子:日本の発達心理学研究の独自性

本稿では日本の発達心理学研究を世界へ発信する意義について考え,そのための具体案を提示する。具体的には,これまでの「発達心理学研究」誌を中心に日本の発達心理学者による研究の特徴とその独自性について整理する。まず第一に,方法論的な面での日本の発達心理学研究の独自の強い点を概観する。量的・質的両アプローチの発展や,縦断研究の割合,さらに個人差をどう扱うかに関する議論などが挙げられる。第二に,研究テーマの独自性についていくつかの例を取り上げ紹介する。発達研究で取り上げられる日本という土壌での活動や行動指標のユニークさを挙げる。第三に,比較文化心理学的視点から日本の発達研究の独自性と有益性を整理し,時代・歴史的変遷も含め議論する。これらの背後には,日本の発達研究者の認識論がかかわっていることが示唆される。最後に,日本の発達研究の世界への発信を容易にするための具体的提案をまとめる。
【キーワード】日本の発達心理学研究,視点のユニークさ,方法論的特徴,研究者の文化の影響,発達に関する認識論

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◆平小百合:発達研究における海外情報発信と潜在的・顕在的課題についての考察

日本の発達研究の国際化と国際貢献については,以前からの課題であった。本研究では,2017年度発達心理学会で開催された3つのシンポジウム「海外情報発信の飛躍」;「日本発信の可能性」;「発達心理学を世界に発信する―若手研究者の挑戦」の内容を踏まえ,発達研究の海外発信について,以下の3つの観点から考察する。
第一の観点では,海外発信と「発達研究の文化依存性」について,発達研究の欧米(特に英語圏)からのパラダイムの輸入,研究と学位システムの制度化,国際比較研究の意義(意味ある国際比較とは)から考察する。第二の観点では,発達研究の「日本発海外発信の現状と学問的動向」について,近年の多様な分野の研究者による質の高い発達研究の事例を基に研究の学際化・細分化・国際化を考える。第三の観点は,今後の「さらなる躍進」のために,発達心理学会と学会誌「発達心理学研究」の役割と可能性を検討し,国際化への研究者支援として何が可能かを考えてみたい。最後に,海外発信を目指す研究者が見落としがちな研究の根底にあるべきものについて触れたい。
【キーワード】文化依存性,学際的研究,国際共同研究,海外発信,研究支援

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◆岐部智恵子:父親の抑うつの家族関係への影響:幼児期に着目した縦断的検討

本研究は父親の抑うつの家族内伝達メカニズムを見出した先行研究(岐部,2016b)を発展させ,要因間の因果を仮定し父親の抑うつの影響性を推定することを目的とした。首都圏の幼稚園(12園)に通う年少児(3歳)を対象とした第1回調査の後,子どもが年長児(5歳)になった時点で第2回調査を実施し,両調査に参加し父親と母親の両方から回答を得られた135家庭のデータを分析した。交差遅延効果モデルによる因果の検討の結果,父親の抑うつの高さが2年後の父親評価による父子関係,及び夫評価による夫婦関係にネガティブな影響を及ぼしていることが明らかになった。これらはいずれも父親評定による変数であったことから,抑うつ症状による心理的機能状態への影響が父親自身の家族関係の認識に反映されたものであることが示された。個人の心理臨床的問題としての父親の抑うつを家族システムの中で捉え,家族関係への影響も視野に包括的に検討していく意義が確認された。
【キーワード】父親の抑うつ,父子関係,夫婦関係,幼児期,関係性認識への影響

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◆角南なおみ:ADHD傾向がみられる子どもとの関わりにおいて生じる教師の困難感のプロセスとその特徴:教師の語りによる質的研究

通常学級における発達障害児に関する研究は多数行われているが,ADHDを対象に教育実践の内実を教師の語りから明らかにした研究は今のところ見当たらない。そこで,本研究はADHD傾向がみられる子どもに対象を絞り,通常学級での関わりにおいて生じる教師の困難感のプロセスとその特徴を明らかにすることを目的とする。通常学級担任16名を対象に半構造化面接を行い,得られた29事例のデータをグラウンデッド・セオリー・アプローチにより分析した結果,8カテゴリーグループと仮説モデルを生成した。【通常の対応における困難場面】の後【個別対応】を行うがうまくいかない場合【教師の悩み】が生じ,その後,子どもの行動や認知に関する【特性理解】と良さや内面に焦点を当てた【子ども理解】による[子どもの多面的理解]が行われていた。それを契機に,状態を分析し教師自身の関わりを模索する中で子どもの認知の再構成が生じる【対応の再検討】と,その過程で【個別対応】とともに【学級での関与】がなされていた。考察では,教師の関わりについて,直接的関わりとしての【個別対応】,環境への配慮としての【学級での関与】,新たな関わりの契機としての[子どもの多面的理解]の3観点から教育的示唆を提示した。最後に,教師に生じる悩みの意義を検討した。今後の課題として,サンプリングの水準,モデルの精緻化,通常学級以外での連携構造の検討等の問題が挙げられた。
【キーワード】通常学級,ADHD傾向,教師の困難感,関わり,質的研究

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◆村上 祐介・澤江 幸則:動作の変動性を指標とした自閉症スペクトラム障害児の運動発達の様相:
多重時間スケールにもとづく縦断的検討


本研究では,ダイナミック・システムズ・アプローチにおける多重時間スケールの議論のもと,1名の自閉症スペクトラム障害(ASD)児の跳躍動作を縦断的に分析し,様々な課題や環境の中でどのように動作の変動が生じているのかを明らかにすることを目的とした。1年1ヵ月の期間で合計129回の跳躍動作を確認することができ,それらの動作は大小の変動を繰り返していることが示された。動作の変動は,安定した状態と不安定な状態を行き来する様子を表しており,特に不安定な状態は,安定した新たな状態への探索的プロセスとして運動発達上重要な局面であると捉えられる。そして,それらの動作の変動が生じる背景には,課題に対する適応の仕方が鍵を握る要因であり,とりわけASDの認知特性から,課題に対する注意の向け方が関係していると示唆された。最後に,動作の変動の様相をアトラクター・ランドスケープとして図示し,多様な発達の軌跡を描く子どもを対象とした運動発達研究の今後の方向性について検討した。
【キーワード】微視的スケール,課題の制約,不安定性,動作の変動性

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