発達心理学研究第22巻(2011年)   


22巻1号

◆ 多田 幸子・杉村伸一郎:幼児における布置参照枠の利用:模型空間での再定位課題による検討

布置参照枠は,抽象的で柔軟な空間表象を形成するための空間的参照枠として,近年注目されつつある。本研究では,布置参照枠の利用の発達を,探索がどの参照枠に基づいたものであるかを正確に推定できるように設定を工夫した再定位課題を用いて検討した。4歳児18名,5歳児29名,6歳児28名に,長方形の箱の四隅の1つに対象を隠すのを見せた後,定位を喪失させ,先ほどの対象を探し出させる課題を4試行実施した。その結果,4-5歳児は布置参照枠を十分に利用することができず,誤った探索は環境参照枠に基づいたものが多いこと,4-5歳児では試行によって異なる参照枠を利用する者が多いが,6歳児になると布置参照枠の利用の一貫性が高くなること,その一方で,6歳児でも厳密に布置参照枠に基づいた探索を行っていないこと,が明らかになった。以上の知見から,布置参照枠の利用は4-5歳から徐々に可能になるが,それが洗練されるのは6歳以降であると考えられた。
【キー・ワード】参照枠,空間定位,空間認知,認知発達,幼児

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◆ 志波 泰子:視覚表象が幼児の次元変化カード分類課題に及ぼす妨害的効果

幼児期の実行機能を測る課題として,次元変化カード分類課題(DCCS課題)が広く用いられている。DCCS課題では,色と形の2次元で描かれた2種類のカードを指示された次元で分類し,ターゲットカードを備えた2個のトレイのどちらかに入れなければならない。幼児は,先行段階では教示に従ってカードを正しく分類できるが,後行段階では以前の分類に固執して失敗する。このような幼児の困難の原因については,論争中であるが,幼児は実行機能の注意の抑制が未熟なために,彼らの視覚表象的イメージ記憶が妨害的効果を与える場合があると考えられた。本論文では,DCCS課題で,幼児はターゲットカードと分類カード上の図形を対連合的に学習して,後の学習が生じずに固執を起こして失敗するが,視覚表象の影響が避けられればカードを分類できることを検証した。20人の3歳児と20人の4歳児が,DCCS課題でターゲットカードがないときは,カード間の対連合学習が生じず,新次元に従ってカードを分類できること,さらに,ターゲットカードがあり対連合学習が生じても,視覚表象的イメージ記憶に干渉して,これらを忘却させれば,幼児はカードを分類できるという2つの仮説の調査に参加した。実験統制上の限界はあるが,彼らはどちらの場合も課題に成功できたといえた。さらにDCCS課題と心の理論課題および言語能力との関連性についても調査を行い,これらの結果について議論がなされている。
【キー・ワード】実行機能,次元変化カード分類課題,幼児,視覚表象,対連合学習

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◆ 野澤 祥子:1〜2 歳の子ども同士のやりとりにおける自己主張の発達的変化

1〜2歳の仲間同士における自己主張の発達的変化を明らかにすることを目的とし,保育所の1歳児クラスを対象として約1年間の縦断的な観察を行った。分析には,誕生月を説明変数とした潜在曲線モデルを用い,発声や発話の声の情動的トーンにも焦点を当てて検討を行った。その結果,多くのカテゴリにおいて,その初期量や変化率が誕生月の違いによって異なること,すなわち,観察開始時の月齢によってその後に辿る発達的変化のパターンが多岐に亘ることが示唆された。次に,この結果に基づきつつ,個々の子どもの発達的軌跡を参照し,その共通性から発達的傾向を検討した。その結果,自己主張がなされる場合,1歳前半には発声による主張が特徴的にみられること,2歳前後にかけて不快情動の表出を示す行動が増加し,その後は減少すること,2歳後半にかけて情動や行動を制御した発話や交渉的表現など,よりスキルフルな自己主張が増加することが示唆された。自己主張の発達を検討する際に,声のトーンを含む情動的側面に着目することや,個々の子どもの発達的変化を考慮することの重要性が考察された。
【キー・ワード】仲間関係,自己主張,情動表出,縦断的研究,潜在曲線モデル

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◆ 溝川  藍:4, 5 歳児における嘘泣きの向社会的行動を引き出す機能の認識

感情表出の機能の理解は,社会的適応とも関連する重要な発達課題の1つである。溝川(2009)のインタビュー調査からは,嘘泣きと本当の泣きを区別できる幼児の約4割が「嘘泣きの表出者に対して向社会的行動を取る」と語ることが報告されている。しかし,幼児が嘘泣きのどのような側面に注目して「他者の向社会的行動を導く」と判断するのかは明らかになっていない。本研究では,4歳児28名と5歳児32名を対象に個別実験を行い,仮想場面の主人公(表出者)と他者(受け手)の間に被害―加害関係がある状況と被害―加害関係の無い状況で,主人公が嘘泣きと本当の泣きを表出する場面をそれぞれ提示し,「主人公は本当に泣いているか」,「主人公の感情」,「他者の感情」,「他者の行動」について尋ねた。嘘泣きと本当の泣きを区別できた子どもの回答の分析から,4歳児は被害無し状況よりも被害有り状況で,嘘泣きが他者の向社会的行動を導くと判断することが示された。5歳児では,被害有り状況では嘘泣きの表出者に悲しみ感情を帰属した者ほど,被害無し状況では嘘泣きの受け手に共感的感情を帰属した者ほど,向社会的行動判断をしていた。本当の泣きに対しては,年齢や被害の有無にかかわらず,大半が向社会的行動判断をしていた。結果から,嘘泣きが向社会的行動を導くとの判断をする際に,4歳児は状況における被害の有無を考慮し,5歳児は表出者や受け手の感情を考慮することが示唆された。
【キー・ワード】嘘泣き,感情理解,向社会的行動,幼児

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◆ 吉田真理子:幼児における未来の自己の状態についての予測:未来の不確実性への気づきと「心配」

本研究は,実験とインタビューを通して,幼児における未来の自己の状態を予測する能力を調べた。特に,「起こるかもしれない」未来の自己の状態を予測しはじめる時期を特定するため,実験では,不確実に生起しうる未来で必要となるアイテムを前もって準備するか否か,インタビューでは,実際の未来の行事に対して自覚的に心配を抱いているか否かを検討した。対象児は幼児36名(3歳児11名,4歳児12名,5歳児13名)であった。その結果,(1) 4歳頃から不確実に生起しうる未来に必要なアイテムを準備するようになること,(2) 4歳頃から未来の行事に対して心配があると答えるようになること,(3)アイテムの準備と心配の有無には関連がみられること,(4) 未来の複数の可能性を予測する際にはそれらの生起確率を考慮する必要があることが明らかとなった。以上の結果から,子どもは4歳頃から,未来の自己の状態を,複数の可能性があるものとして予測するようになることが示唆された。
【キー・ワード】未来,自己,不確実性,時間的拡張自己,メンタルタイムトラベル

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◆ 菊池 知美・松本 聡子・菅原ますみ:幼稚園・保育所に対する両親の期待:年中時から年長時への縦断的変化

本研究の目的は,幼児期の子どもを育てている両親が子どもの通う幼稚園・保育所に対し,就学に向けて期待をどの程度抱き,どのように変化していくのか,また,年中時の期待等は年長時の期待をどのように予測するのか,その特徴を見出すことであった。対象は,父親280人と母親321人で,年中(4歳)時から年長(5歳)時に渡る縦断的調査である。結果,父親の場合,子どもが就学に向かうと授業態度への期待が,母親の場合は,授業態度への期待,および基本的生活習慣への期待が高まることが示された。さらに,年長時の期待を基準変数とし,子どもの行動特徴・性別を含めた年中時の期待を説明変数とした重回帰分析を行ったところ,母親は子どもが男児であると学習・授業態度への期待に影響があることが示された。また,父親は年中時の子どもを「多動」行動であると認識し,同様に,母親は不安な様子や涙ぐむ等の「情緒」行動を認識すると,年長時の学習の期待に影響があることが示された。よって,子どもの行動を親がどのように認識するかが幼稚園や保育所に対する期待の形成に反映する可能性が示唆された。
【キー・ワード】両親の期待,幼稚園と保育所,就学,子どもの行動特徴,縦断的調査

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◆ 伊藤  崇:集団保育における年少児の着席行動の時系列分析:「お誕生会」の準備過程を対象として

集団的な保育活動において一斉に着席する活動は,そこに参加する幼児自身によってどのように達成されているのだろうか。この問いに関し,保育所の3〜4歳児(年少児)クラスを対象として,自由に遊ぶ活動が終了してから,全員が着席し「お誕生会」が始まるまでの準備過程を,年少児が保育所に参入した直後の3ヶ月間に渡って検討した。「お誕生会」の映像をビデオで記録し,それが開始される直前の過程で年少児と保育者の行った発話およびイスへの着席行動を分析したところ,以下のことが明らかとなった。集団レベルで見ると,4月から6月にかけて起きた変化として,「お誕生会」の開始までに要する時間が短くなった。この変化は,少なくとも2つの変化によって生じていた。第一に,4月にはなかなか着席しなかった幼児が6月にはすぐに座れるようになること,第二に,4月には座ったり立ち上がったりを繰り返していた幼児が,6月には一度座った席から離れなくなったことであった。以上の結果から,一斉に着席する活動が,ただ単に「座ること」ではなく「立たずに座り続けること」によって実現されていたことが明らかとなった。この結果に関して,立つという行動が集団の中でもつ意味の変化という観点から検討した。
【キー・ワード】集団保育,着席行動,一対多の参加構造,時系列分析,姿勢変動

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◆ 榊原 久直:自閉症児と特定の他者とのあいだにおける関係障碍の発達的変容:相互主体的な関係の発達とその様相

対人関係障碍を中核とする自閉症児は生得的な障碍ゆえに後天的に対人関係の中で形成される障碍「関係障碍」を有しているとされる。そのため自閉症児への関係支援は対人関係の障碍の軽減や他機能の発達だけでなく,障碍特性そのものの軽減にも有効であると考えられる。本研究では関係支援の基盤となるべく,対人関係の障碍の顕著な自閉症児A児(CA10:5〜11:11)に対し,養育者以外の他者(関与者)が特定二者となることを目指して関与する中で,これまで看過されていた関与者を含めた,両者によって形成される関係性の発達的変容の内実を明らかにした。結果は以下の通りである。① A児から関与者に対する関与は,下位のレベルへと揺れ動きながらも『不特定の第三者』,『気を許す特定二者』,『自ら求める特定二者』,『愛着対象』へと推移した。②関与者からA児に対する関与は,『対象児優先の養護的な関与』,『関与者主導のプレイフルな関与』,『愛着関係によって促される養育的な関与』,へと重層化した。③ A児と関与者の関係発達において関与の質的変容にはズレが存在し,「関係性の同時的・連続的変化」,「関係性の安定的・累積的変化」,「関係性の連鎖的変化」の3つの相互作用が抽出された。④自閉症児と関与者の関係性の共変容過程は,自閉症特有の要因を有しながらも,乳児と養育者との相互主体的な関係の初期発達と同じ過程を踏みなおすことが推察された。
【キー・ワード】自閉症,関係障碍,関係発達,相互主体性−間主観性,愛着

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◆ 上野 将紀・奥住 秀之:またぐかくぐるかという行為の判断の発達的変化

本研究は,4〜15歳の子ども及び成人における眼前のロープを通り抜ける際の「またぐ」か「くぐる」かの行為の選択について,障害物の物理的な高さと下肢長との関係の年齢変化を検討することを目的とした。実験参加者は4〜15歳児128名,成人18名である。実験参加者は,2本のバーに水平に結ばれたロープを,またぐかくぐるかのどちらかの方法で通り抜けた。またぐ高さの最大値を転換点,またいで身体がロープに触れなかった高さの最大値を成功点と定義し,それぞれを下肢長で除して(基準化して)転換比と成功比を求めた。結果は以下の通りである。転換比も成功比も7歳以降で成人とほぼ同じとなり,それは約0.7〜0.8であった。4〜6歳においては,成功比,転換比とも,成人値よりも有意に小さかった。性差については,転換比は女性より男性で高いが,成功比に差はなかった。以上から,またぐかくぐるかの行為の判断は自己の下肢長とまたぎ越す事物の物理量との関係で選択されていること,7歳以降ですでに成人と同程度にまでその判断が可能になること,4〜6歳では成人よりも低い高さで行為を転換させるが,それは自らの下肢長や運動能力の知覚と関係している可能性があること,女性の転換比の小ささはリスク回避という特性に関係していることなどが示唆された。
【キー・ワード】身体スケール知覚,行為,発達的変化,性差,またぎとくぐり

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◆ 郷式  徹:幼児期における意識的な視覚的注意反応に対する他者の視線方向の影響:手がかりパラダイムによる実験と計算理論的モデルによるコンピュータ・シミュレーションを用いて

本研究では,保育園年少児と年中児(3〜5歳)を対象に他者の視線方向による標的刺激への定位反応への影響を調べた。さらに,そうした影響の発達的な変化を構成論的アプローチによりモデル化し,コンピュータ・シミュレーションによって検討した。対象者自身の視線を測定指標とした場合,他者の視線方向の影響は新生児期から見られる。しかし,本研究では手がかりパラダイムを用いることで,行動を指標とした場合,標的刺激への定位に関して,年中児では視線方向の影響が見られたが,年少児では見られないという実験データを得た。この結果は3〜5歳の間に視線方向の影響が生じない状態から生じる状態への移行が見られることを示している。そこで,その移行の原因を年齢とともに漸増する注意の移動の縮小と4歳半ころに生じる注意の範囲の急激な拡大の発達的変化と想定した計算論的なモデルを構成した。このモデルについてコンピュータ・シミュレーションを行ったところ,実験データとほぼ同様のデータが示され,想定した計算理論的モデルの妥当性が示唆された。
【キー・ワード】視線の影響,構成論的アプローチ,3〜5歳児,手がかりパラダイム

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◆ 奈田 哲也・丸野 俊一:他者との協同構成によって獲得された知はいかに安定しているか

本研究の目的は,「自分とは異なる他者の考えを聞き,双方の考えを比較・検討することで自分の考えを捉え直す(自己省察する)という一連の過程を繰り返し体験していく中で,異なる考えの有効性や新たな解決方略を発見し,最終的には,単独で有効方略を実行できるようになる」という,奈田・丸野(2009)が構築した知の内面化過程モデルから示される知識構成の展開の様相の妥当性を確かめることであった。そのため,小学校3年生を対象に,協同活動セッション前後に加え,4ヶ月後にもテスト課題を与えるとともに,テスト課題を解く際に,協同活動セッションで得た知識内容によって解きやすさが異なるような場面がでてくるように設定し,知識改善の結果が,単なる既有知識の精緻化ではなく,新たな知の構成によるものであるのか否かを検討した。また,協同活動セッションでは,“他者の異なる考えを聞く”と“自己省察を行う”といった2側面の有無の組み合わせから成る4条件を設けた。その結果,他者から提示される異なる考えを踏まえ,それに自己省察を加えるという2条件の組み合わせを行った条件においてのみ,新たな知を構成しておかなければ解きにくい場面であっても,遅延テスト課題まで知識改善の程度が維持されており,奈田・丸野(2009)に基づく知識構成過程の妥当性が示された。
【キー・ワード】内面化過程,知識獲得,自己省察,協同問題解決,遅延

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◆ 浅川 淳司・杉村伸一郎:幼児期における計算能力と手指の巧緻性の特異的関係

本研究では,幼児68名を対象に計算能力と手指の巧緻性の特異的な関係について検討した。具体的には,まず,手指の巧緻性に加えて走る,投げる,跳ぶなどの運動能力も測定し,計算能力との関係の強さを比較した。次に,手指の巧緻性が他の認知能力と比べて計算能力と強く関係しているかを明らかにするために,言語能力を取り上げ手指の巧緻性との関係の強さを計算能力と比較した。さらに,言語能力に対応する運動能力としてリズム運動を設定し,認知能力に関係すると考えられる手指の巧緻性とリズム運動という運動能力間で,計算能力との関係の強さを比較した。重回帰分析の結果,全体ならびに年中児と年長児に分けた場合でも,計算能力に最も強く影響を与えていたのは手指の巧緻性であった。また,言語能力にはリズム運動が強く影響を与えており,手指の巧緻性は関係していなかった。以上の結果から,計算能力は運動能力の中でも特に手指の巧緻性と強く関係し,手指の巧緻性は言語能力よりも計算能力と強く関係することが明らかとなった。これらの知見に関して,脳の局在論と表象の機能論の観点から論じた。
【キー・ワード】計算能力,手指の巧緻性,語い,リズム運動,幼児

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◆ 福山 寛志・明和 政子:1歳児における叙述の指さしと他者との共有経験理解との関連

ヒトは,1歳頃から関心ある対象へ指さしを行うようになる。この行動は「叙述の指さし」と呼ばれ,欲しい対象を求める「要求の指さし」とは区別される。叙述の指さしは,他者の注意を対象へ向けさせ,関心,経験を共有するための行動と考えられてきた。しかし,他者が関心,経験を共有できる存在であることを理解した上で,乳児は叙述の指さしを行っているのだろうか。こうした点を明らかにするため,本研究は,1歳前半(34名),1歳後半(28名)の児を対象に,指さし行動の生起および他者との共有経験の理解度との関連を調べた。乳児と向かい合った実験者の視野外に対象(ターゲット)を提示し,それを目撃した乳児の指さし行動を記録した。他の2つの対象(ディストラクタ)は,通常のインタラクションの中で両者に共有された。最後に3つの刺激すべてを乳児に提示し,1つを自由に選択させた。1歳後半児の多くは,乳児が指さした対象に実験者が注意を向けた時点で指さしを止めた。1歳前半児は,実験者が対象に注意を向けても指さしを継続する傾向にあった。また,実験者の注意に応じて指さしを止めた児は,他者と特別な経験として共有していたターゲットをディストラクタよりも多く選択した。他者との共有経験の理解とその行動表出との発達的関連について議論した。
【キー・ワード】乳児,叙述の指さし,共有経験,共同注意

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◆ 高田 利武:相互独立性・相互協調性の発達的変化:青年期を中心とした縦断的検討

文化的自己観が内面化された結果と考えられる相互協調性と相互独立性の発達的変化について,児童後期から若年成人期を対象とした二つの縦断資料を通じて検討された。文化的自己観尺度(高田ほか,1996)への反応で,相互協調性については(1)児童後期から青年前期での低下,(2)青年前期から青年中・後期での上昇,(3)青年後期から若年成人期での低下,という横断資料(高田,1999)で認められた傾向が追認された。更に,相互協調性の水準はある発達的時期から次時期へと順次影響する一方,時期を越えた影響は見られないことが,構造方程式モデルによる分析により示された。それに対して,相互独立性については,横断資料とは異なり児童後期から青年後期,および青年後期から若年成人期にかけて変化は認められなかった。調査対象者のもつ固有の偏りがその背景にあるとともに,日本文化で優勢ではない相互独立性の意味内容が発達的に変化する可能性が示唆された。これらの結果は,尺度のみに依拠した研究の限界はあるものの,自己再構成の時期である青年期に日本文化で優勢な相互協調的自己観が主体的に内面化される,という仮説を裏づけるものと理解された。
【キー・ワード】相互独立性,相互協調性,縦断的検討,青年期,日本文化

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◆ 川田  学:他者の食べるレモンはいかにして酸っぱいか?:乳児期における擬似酸味反応の発達的検討

乳児期における他者理解のひとつの形式とされる同一化(identification)について検討するため,擬似酸味反応(virtual acid responses)と呼ばれる現象について実験的に検討した。擬似酸味反応とは,例えば,他者が梅干を食べようとしているところを見るだけで,(他者が酸っぱそうな顔をしていないのに)自分が酸っぱそうな顔になってしまうといった現象で,久保田(1981)によって6か月児の一事例が報告されていた。本研究には,43名の乳児(生後5か月〜14か月の乳児をyounger群[5〜9か月]22名,older群[9〜14か月]21名に分割)が実験に参加した。材料にレモンを用い,事前にレモンを食する経験をした乳児(Le群)とそうでない群(N-Le群)に分け,両群に対して実験者が真顔のままレモンを食する場面を呈示した。最終的に9個の行動カテゴリを抽出した。主要な結果として,(1)Le群> N-Le群でより多くの行動カテゴリの生起が見られること,(2)顔をしかめたり,口唇の動きが活発になるなどの典型的な擬似酸味反応はLe-younger群で多く見られるが,Le-older群では手のばしや発声のような外作用系の活動が多いこと,(3)他者が真顔のままレモンを食す場面を呈示されたLe群と,他者がいかにも酸っぱそうな表情でレモンを食す場面を呈示されたN-Le群では,反応が変わらないかむしろLe群においてより活発であった。以上の結果に基づき,生後1年目後半の乳児の意図理解や三項関係の発達と関連づけて議論した。
【キー・ワード】擬似酸味反応,同一化,乳児,他者理解,三項関係

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◆ 溝川  藍・子安 増生:5,6歳児における誤信念及び隠された感情の理解と園での社会的相互作用の関連

本研究では,5,6歳児102名を対象に,心的状態の理解と園での社会的相互作用の関連について検討した。心的状態の理解については,幼児を対象に個別に誤信念課題及び隠された感情課題を実施し,社会的相互作用については,各児のクラス担任を対象に,担当児の園での行動に関する質問紙調査を実施した。社会的相互作用の尺度項目について因子分析を行なった結果,「同情・共感」因子,「仲間関係」因子,「仲間からの受容」因子の3因子に分かれることが示された。月齢,性別,言語能力を統制した偏相関分析の結果,一次の誤信念の理解は,「同情・共感」因子及び「仲間からの受容」因子との間に有意な正の偏相関があることが示された。さらに,一次の誤信念の理解度別に,月齢,性別,言語能力を統制した偏相関分析を行なった結果,一次の誤信念の理解度高群においては,隠された感情の理解は社会的相互作用と関連しなかったのに対して,一次の誤信念の理解度低群においては,隠された感情の理解と「同情・共感」因子及び「仲間関係」因子の間に有意な負の偏相関が認められた。これらの結果から,誤信念の理解が5,6歳児の円滑な社会的相互作用の構築の基盤となっていることが示された。また誤信念の理解が未発達な子どもにおいては,隠された感情の理解は必ずしも社会的相互作用の発達にポジティブな影響をもたらさないことが示唆された。
【キー・ワード】心の理論,隠された感情の理解,社会的相互作用,幼児

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◆ 松岡 弥玲・岡田  涼・谷  伊織・大西 将史・中島 俊思・辻井 正次:養育スタイル尺度の作成:発達的変化とADHD 傾向との関連から

本研究では,発達臨床場面における介入や支援における養育スタイルの変化を捉えるための尺度を作成し,養育スタイルの発達的変化とADHD傾向との関連について検討した。ペアレント・トレーニングや発達障害児の親支援の経験をもつ複数の臨床心理士と小児科医師によって,養育スタイルを測定する項目が作成された。単一市内の公立保育園,小学校,中学校に通う子どもの保護者に対する全数調査を行い,7,000名以上の保護者からデータを得た。因子分析の結果,「肯定的働きかけ」「相談・つきそい」「叱責」「育てにくさ」「対応の難しさ」の5下位尺度からなる養育スタイル尺度が作成された。ADHD傾向との関連を検討したところ,肯定的働きかけと相談・つきそいは負の関連,叱責,育てにくさ,対応の難しさは正の関連を示した。また,子どもの年齢による養育スタイルの変化を検討したところ,肯定的働きかけ以外は年齢にともなって非線形に減少していく傾向がみられた。本研究で作成された尺度の発達臨床場面における使用について論じた。
【キー・ワード】養育スタイル,臨床的介入,ペアレント・トレーニング,ADHD傾向,発達的変化

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◆ 渡邊ひとみ・内山伊知郎:独身勤労女性のライフコース選択と生活領域からみたアイデンティティとの関連

本研究では,独身勤労女性152 名を対象とし,出産後に計画している仕事とのかかわり方(継続型,一時離職型,退職型,未確定型の4つのライフコース)とアイデンティティとの関連を検討した。価値が置かれている生活領域でのアイデンティティは,個全体としてのアイデンティティに大きく影響するといわれることから,「家庭(実家)」,「余暇活動」,「職場」,「習い事」,「友人関係」の5領域を用い,重視している生活領域とその重要性の程度,そしてアイデンティティとの関連の中でライフコースの差異を検討した。その結果,「職場」領域ではなく「家庭」領域にライフコースによる差がみられた。退職型および一時離職型女性は継続型女性よりも「家庭」領域を重視していたことから,就業を継続する女性の増加という社会的変化には,職場を最重視する女性の増加ではなく,実家を最重視する女性の割合低下が関連している可能性が示唆された。各生活領域でのアイデンティティに関しては,ライフコースによる大きな差はみられなかった。最後に,ライフコース選択の違いには「家庭」や「職場」におけるアイデンティティがその領域の重要性の程度と関係しながら影響を及ぼしており,生活領域特有の要因を考慮に入れたアイデンティティ研究の重要性が示された。
【キー・ワード】独身勤労女性,アイデンティティ,生活領域,ライフコース

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◆ 郷式 徹・渡邉 静代:5歳児と成人を対象とした瞬間的な個数の把握(サビタイジング)に対する言語処理の干渉

少数の物の個数を把握する場合,一つずつ数える(counting)他に,瞬間的に個数を捉えるサビタイジング(subitizing)を用いることがある。サビタイジングは視空間的な知覚処理過程として考えられることが多いが,一方で言語的な処理過程に干渉されることが示されている。本研究ではサビタイジングと言語的な処理過程との関係について検討することを目的とした。実験1では5歳児24名を対象に,実験2では成人16名を対象に,サビタイジング時に言語的な処理過程を必要とする二重課題として無関連言語音を聴覚提示した。また,サビタイジングの対象として無意味な図形によって構成された刺激と有意味な図形によって構成された刺激を用いて,数に関わらない意味処理がサビタイジングに干渉するかを検討した。その結果,幼児では無関連言語音の言語的な処理か有意味刺激の意味処理のいずれかのみでサビタイジングに干渉が生じた。一方,成人では両方そろったときにだけ干渉が生じた。これはサビタイジングと無関連言語音の処理および意味処理が並列に行われるとともに,サビタイジングに割り当てられる処理容量には限界があることと成人では5歳児に比べて処理容量が大きいために生じると解釈された。
【キー・ワード】個数の把握,サビタイジング,5歳児,言語処理,無関連言語音効果

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◆ 滝吉美知香・田中 真理:思春期・青年期の広汎性発達障害者における自己理解

本研究は,思春期・青年期における広汎性発達障害(以下,PDD)者が自己をどのように理解しているのかを明らかにすることを目的とする。22名のPDD 者と880名の定型発達者を対象に,自己理解質問(Damon & Hart, 1988)を実施し,得られた回答を自己理解分類モデル( SUMPP)に基づき,領域,対人性タイプ,肯否の3つの側面において分類した。その結果,(1)PDD者は,他者との相互的な関係を通して自己を否定的に理解し,他者の存在や影響を全く考慮せずに自己を肯定的に理解する傾向にあること,(2)PDD者は,「行動スタイル」の領域における自己理解が多く,その中でも障害特性としてのこだわりに関連する「注意関心」の領域がPDD者にとって自己評価を高く保つために重要な領域であること,(3)PDD者は,自己から他者あるいは他者から自己へのどちらか一方向的な関係のなかで自己を理解することが多く,Wing(1997/1998)の提唱する受動群や積極奇異群との関連が示唆されること,(4)社会的な情勢や事件への言及がPDD者の自己理解において重要である場合があることなどが明らかにされた。
【キー・ワード】広汎性発達障害,自己理解,思春期,青年期

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◆ 中道 圭人:幼児の反事実的推論に因果関係の領域が及ぼす影響

幼児の反事実的推論に因果関係の領域が及ぼす影響を検討した。実験1では3〜5歳児(N =74)を対象に反事実課題を実施した。反事実課題では,幼児に初期状態⇒原因事象⇒結果状態からなる因果関係を含んだ物語を提示し,その因果関係の原因事象が異なっていたら結果状態がどのように変化するかを尋ねた。因果関係には3つの領域(物理・心理・生物)があった。その結果,年少児より年中児・年長児で,物理的領域より生物的領域で,その2領域より心理的領域で推論遂行が良いことが示された。実験2では3〜5歳児(N=30)を対象に結果選択課題を実施した。結果選択課題では,3領域それぞれに関して,ある原因事象を提示し,その結果状態がどのようになるかを尋ねた。その結果,結果選択に関して領域による遂行差は見られず,反事実的推論の領域による遂行の違いが実験1で用いた因果関係に対する理解の違いに起因するのではないことが示された。これらの結果は,反事実的推論能力が4〜5歳頃に向上すること,その能力には領域に関する何らかの制約が影響している可能性を示唆している。
【キー・ワード】幼児,反事実,推論,領域,因果関係

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◆ 篠原 郁子:母親のmind-mindednessと子どもの信念・感情理解の発達:生後5年間の縦断調査

母親が乳児の心の世界に目を向け,乳児を心を持った一人の人間として捉えるという特徴(mindmindedness:MM)について,後の子どもの発達との関連を検討した。子どもが生後6ヵ月時に測定された母親のMMの高さが,その後,3歳時と4歳時の子どもの欲求・信念理解,感情理解を促進するのかを縦断的に分析した。高いMMを持つ母親の子どもは,4歳時点において感情理解に優れ,同時に,一般語彙の理解も高いことが示された。また,母親のMMの高さは,生後6ヵ月時に観察された母親による子どもの内的状態への言及頻度の高さを介して,子どもの感情および語彙理解を促進するという影響プロセスが見出された。一方,3歳時の欲求理解能力,および,4歳時の誤信念理解能力について, 母親のMMの単純な高さではなく,MM得点の中位群に属する母親の子どもの成績が最も優れることが見出された。母親のMMは,子どもの心の理解発達について側面ごとに異なる影響を持つことが示唆された。欲求や信念理解の発達に中程度のMMが寄与していた点について,その理由と影響プロセスを検討するという課題が示された。
【キー・ワード】mind-mindedness,欲求・信念理解, 感情理解,母子関係,縦断研究

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◆ 長M 成未・高井 直美:物の取り合い場面における幼児の自己調整機能の発達

本研究では,就学前期における自己調整機能の発達を,自己主張,自己抑制,自他調整の3側面から検討することを目的とした。3歳から5歳の幼児120名を対象に,仮想課題を用いて,自分が遊んでいた玩具が取られてしまう自己先取場面,他児が遊んでいる玩具で遊びたくなる他者先取場面,他児と同時に玩具を見つける対等場面の3場面を想定させ,自分ならばどのようにするか,口頭と選択肢で回答を求めた。その結果,口頭回答については,対等場面で,5歳児に自他調整の回答が多く見られたが,3歳児では自他調整の回答は少なかった。5歳児では,先行,後行,順番など,自分も相手も交互に物が使えるように自他関係を調整する回答が多く出現しており,この時期に自他調整の方略が発達することが示唆された。また4歳児,5歳児の口頭回答では,他者先取場面において,依頼という方法で自己主張が多く見られ,対等場面に比べても自己主張は増加していることから,場面の違いに応じた自己主張をしていることがわかった。一方,3歳児の口頭回答では,特に他者先取場面で無反応が多く見られ,先に物を保有する他者には,対処法を見出せない様子が窺えた。最後に,選択回答については,自己先取場面において,行動的主張の回答が,3歳児で多く見られ,5歳児において少ないことが示された。
【キー・ワード】就学前期,自己調整機能,自己主張,自己抑制,自他調整

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◆ 山本 尚樹:乳児期における寝返り動作獲得過程の縦断的観察

本研究は,神経学的な要因から論じられてきた乳児の寝返り動作の獲得を,個人の運動特性や知覚との関係などを考慮に入れた近年の行動発達研究の観点から捉えなおすことを目的とした。寝返り動作を乳児が初めて獲得する環境への方向定位の自発的な転換と位置づけ,その獲得過程の縦断的な観察を2名の乳児の日常の活動を撮影した映像資料から行った。対象児は脚部を活発に動かし,視線の方向と一致しない乱雑な体幹の回旋運動が増加する時期をともに経ていたが,一方の乳児はその脚部の動作に頸の伸展動作が伴うようになっていった。他方の乳児には脚部の動作の発達的変化は認められなかったが,上体に始まり視線の方向と一致した体幹の回旋運動を多く行っており,この回旋運動を徐々に大きなものへと変化させていた。こうした動作の発達的変化を経つつも,寝返り動作の獲得時期に対象児は視線と方向を一致させつつ体幹を大きく回旋させるようになっていたことが確認された。また寝返りを行う際の動作の構成は各対象児で異なり,獲得時期の体幹の回旋運動に頻繁に観察された動作パターンから対象児は寝返りを行っていることが確認された。以上の結果から,乳児の寝返り動作の獲得過程は環境への方向定位と自己の身体動作の関わり方のダイナミックな探索過程であることが示唆された。
【キー・ワード】乳児期,寝返り動作,方向定位,縦断的観察

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◆ 寺川志奈子・田丸 敏高・石田 開・小林 勝年・小枝 達也:5,6歳児のピア関係の成熟度が分配行動に及ぼす効果:「保育的観察」によるグループにおける社会的相互交渉プロセスの検討

5,6歳児が,4人のグループで均等分配できない15個の飴を分配するという,対人葛藤が生起しやすい場面においてどのような行動をとるか,分配場面に至るまでに遊びを通して形成されてきたグループのピア関係の質との関連において検討することを目的として,「保育的観察」という約45分間の保育的な遊びのプログラムを設定した。保育的観察は,初めて出会う同性同年齢の4人が,保育リーダーのもと,親子遊び,親子分離,子ども4人だけの自由場面1,保育リーダーによって組織された遊び(あぶくたった),再び子どもだけの自由場面2,子どもどうしによる飴の分配を経験するという一連の過程からなる。グループの遊びの質的分析から,自由場面1から2にかけて,4人の遊びが成立しにくい状態から,5歳児は「同調的遊び」へ,6歳児は「テーマを共有した,役割分担のあるルール遊び」へと,4人がいっしょに,より組織化した遊びに参加するようになるという時系列的変化が明らかになった。すなわち,遊びを通してグループのピア関係の成熟度が高まっていくプロセスが捉えられた。また,飴の分配に関しては,6歳児では,自由場面2においてピアとして高い成熟度を示したグループの方が,そうでないグループに比べて,均等分配できない数の飴の分配という対人葛藤が生起しやすい場面において,グループ全体を意識した相互交渉による問題解決を図ろうとすることが明らかになった。
【キー・ワード】 幼児,社会性,仲間関係,遊び,分配行動

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◆ 三好 昭子:有能感の生成と,その後のアイデンティティに基づいた生産性についての伝記資料による比較分析:谷崎潤一郎と芥川龍之介の伝記資料を用いて

本研究では,Eriksonの漸成発達理論における第W段階の活力(virtue)である有能感(competence)について両極端な2つの事例から,有能感の生成要因を明らかにし,有能感がアイデンティティに基づいた生産性にどのように影響するのかを示した。明治時代の東京で,学童期から抜群の学業成績を収め,若くして小説家としての地位を確立した作家谷崎潤一郎と芥川龍之介の有能感の様相が対照的だったことを示し,同じような経歴を重ねながら,どうして有能感の様相が対照的であったのかという観点から比較分析を行った。谷崎の場合は無条件に愛され,寛大にしつけられた結果,第W段階以前の活力を基盤とした確固たる有能感が生成された。それに対して芥川の場合は,①相互調整的でない養育環境と②支配的なしつけを受け,初期の活力の生成が阻害され,早熟な良心が形成された。その結果,芥川は③主導性を発揮することができず,目的性が過度に制限され,有能感の生成が妨げられたことを明らかにした。そして谷崎は作家としてのアイデンティティに基づいた生産性を発揮し続けたが,作家としてのアイデンティティを主体的に選択しえなかった芥川は,義務感によって生産に従事し続けたことを示した。さらに初期の発達段階における活力の生成を阻害されると,どんな才能・能力に恵まれても自分の才能・能力が何に適しているのかを見出すことができなくなる可能性を指摘した。
【キー・ワード】有能感,E.H.Erikson,谷崎潤一郎,芥川龍之介,伝記分析

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◆ 寺坂 明子:児童期・思春期における怒りの多次元的特徴

怒りには複数の側面があり,攻撃的な行動の背景には慢性的な怒りが存在することが知られている。本研究では,児童期・思春期における怒りについて,慢性的な怒りを含めた多次元的な構造とその特徴を検討した。慢性的な怒りについては認知的側面である敵意と情緒的側面であるいらだちから捉え,怒りの多次元的測定にはMultidimensional School Anger Inventory のうち怒り体験と怒り表出も併せて用いた。研究1では小学5・6年生を対象に調査を行い,怒りの多次元的特徴と妥当性を検討した。研究2では研究1と同集団に対する追跡調査(中学2・3年時)を行い,怒りの多次元構造と発達的変化を検討した。調査の結果から,いずれの時期においても慢性的な怒りを含めた怒りの多次元構造が示され,慢性的な怒りが破壊的表出と関連しやすいことが示唆された。また,積極的対処以外の怒りの各側面で小学生時よりも中学生時で高いことが示された。変数間の関連,教師による行動評定との関連からは,男女で表出の在り方が異なると考えられた。
【キー・ワード】怒り,攻撃性,児童期,思春期

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◆ 大鐘 啓伸:母子通園施設を利用した母親の心理状態:支援過程において障害児を持つ母親の表出された気持ちから

障害児の早期療育に合わせてその子どもの母親に,子どもとの関係性や障害受容を促進するよう支援していくことが必要である。特に,母子通園施設は,障害告知後の支援として初期にあたるため,母親の心理状態を踏まえた支援を行うことが課題となる。そこで,本研究では,母子通園施設を利用した母親の気持ちから,支援の過程で変化する母親の心理状態を検討することとした。まず,母子通園施設を利用した52名の母親の手記から,入園時7項目,通園中5項目,卒園時5項目に母親の気持ちを分類評定した。次に,その結果について数量化III類およびクラスター分析を行ったところ,〈自責解放〉,〈育児困難感〉,〈関係発達的育児希求〉,〈育児効力感希求〉の4つのカテゴリーが抽出された。このうち,3つの時期と関連がなかった〈自責解放〉については,支援よって変化していった過程を2つの事例から検討した。それらのことから,支援の過程において,母親は子育てや障害に関して様々な葛藤を抱いていたが,第三者からのサポートを感じ,子どもへの共感性を促進させていった。また,母親の心理状態には,母親の養育観と障害認知に関する障害観が相互作用していることが推測された。そのことを踏まえて子どもと母親の双方の気持ちに共感し,母親がサポートを受けている気持ちを持てるように支援する必要があると考えられた。
【キー・ワード】母子通園施設,母親支援,養育観,障害観,第三者のサポート

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◆ 河本 英夫:発達論の難題

発達には,それぞれの局面で経験そのものの再編が含まれる。そうした経験そのものの再編を含むような変化を考察するさいには,経験の組織化がどのような仕組みで起きているのか,またそのことは能力の開発形成の誘導を行う発達障害児の治療で,どのような介入の仕方を可能にするのかという問にかかわることになる。発達にかかわる議論では,いくつか難題が生じる。発達段階論は,図式的な発達論の派生的な問題である。そうした難題に関連して,1.で三点に絞って考察している。第一に「発達するシステムそれ自体」に,観察をどのように届かせるのかにかかわり,第二に発達というとき,「何の発達か」という問にかかわり,第三に発達の段階そのものは,どのような仕組みで成立するかにかかわっている。それらの検討を受けて,2.では,脳神経系の事実から,発達論の基礎となる構造論的な論理を設定している。また発達という生成プロセスをどのように捉えるかを考察した。これは発達障害の治療では,決定的な治療介入の変更を示唆する。
【キー・ワード】システムそれ自体,能力,抑制,神経システム

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◆ 多賀厳太郎:脳と行動の初期発達

胎児期から乳児期の脳の発達に焦点を当て,脳のマクロな構造とネットワーク形成に関する解剖学的変化,脳が生成する自発活動と刺激誘発活動の変化,脳の機能的活動の変化について,近年の脳科学研究でわかってきた知見を俯瞰する。それを基に,乳児期の行動発達の動的な変化を理解するための,脳の発達に関する3つの基本原理を提案する。(1)胎児期の脳では,まず自発活動が生成され,自己組織的に神経ネットワークが形成された後で,外界からの刺激によって誘発される活動が生じ,さらに神経ネットワークが変化する。(2)脳の機能的活動は,特定の機能に関連しない一般的な活動を生じた後で,特定の機能発現に専門化した特殊な活動に分化する。(3)脳ではリアルタイムから長期的な時間にわたる変化まで,多重な時間スケールでの活動の変化が生じるが,異なる時間スケールの間の相互作用機構を通じて,構造と機能とが共に発達する。このように脳の発達は極めて動的な変化であり,段階的に見える行動の発達も,脳,身体,環境の相互作用から生じる創発的な過程であると考えられる。
【キー・ワード】脳,自発活動,機能分化,多重時間スケール

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◆ 佐々木正人:包囲する段差と行為の発達
乳幼児が屋内で出会う複数の段差が行為に与えることについて縦断的に観察した。観察した段差は,ベビー布団と床との縁,床上の建具突起,浴室や洗面所への境界にある段差,ベッド,ソファー,父親の膝,子ども用イス,階段であった。各段差はユニークな性質をもつことを,乳児の行為の柔軟性が示した。素材,高さ,形状,周囲のレイアウトの中での位置などから,各段差の意味について考察した。42の事例からこの時期の段差にまつわる行為を記号化し,それを一枚の図に表示した(Figure 23)。段差と行為からもたらされる系は,「落下」,「繋留」,「飛越」に大別できることが明らかになった(Figure 24)。3種の系を発達の図にマッピングして(Figure 25)考察した。これらの段差に包囲されることが,移動を開始するまでの0歳児の行為の発達に多様性と制約をもたらすことが示された。
【キー・ワード】乳児,段差,落下,行為の柔軟性,環境―行為系

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◆ 中垣  啓:ピアジェ発達段階論の意義と射程

本論文の目的は,ピアジェの発達段階論の紹介と解説を通して,認知発達において発達段階を設定することの意義と射程とを明らかにすることであった。まず,ピアジェの知能の発達段階は主体の判断,推論を規定する実在的枠組みである知的操作の発達に基づいて設定されたものであり,知的操作は順序性,統合性,全体構造,構造化,均衡化という5つの段階基準を満たす,認知機能の中でも特権的な領域であることを指摘した。次に,形式的操作期の知的新しさがこの時期の知的操作の全体構造から如何に説明されるか,具体的操作期の全体構造から形式的操作期の全体構造が如何に構築されるかを明らかにすることを通して,形式的操作の全体構造がもつ心理的意味を探った。最後に,ピアジェ発達段階論の意義と射程を理解する一助として,発達心理学の古典的問題である発達の連続性・不連続性の問題,最近の認知発達理論の一大潮流である理論説が提起する認知発達の領域固有性・領域普遍性の問題,そしてこの特集号の編集責任者から提起された形式的操作期の一般性・普遍性の問題を議論した。
【キー・ワード】発達段階,ピアジェ理論,知的操作,形式的操作,全体構造

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◆ 赤木 和重:障害研究における発達段階論の意義:自閉症スペクトラム障害をめぐって

本稿の目的は,障害研究における発達段階の意義を再検討することであった。定型発達児と同様の発達段階を想定しにくい自閉症スペクトラム障害を対象とした。第一に,田中昌人らによる「可逆操作の高次化における階層―段階理論」をとりあげ,障害領域における発達段階論の特徴を検討した。第二に,発達段階論に代わって台頭し,障害特性論の象徴でもある「心の理論」障害仮説を検討した。「心の理論」障害仮説は,領域普遍・質的変化という発達段階の中核的な構成概念を否定したところで構成されていることを述べた。第三に,「心の理論」障害仮説を批判する形で出されてきた知見を紹介し,自閉症の障害を説明する際には,機能連関・発達連関という視点が重要であることを指摘した。以上をふまえ,機能連関・発達連関を想定した場合,実践のあり方がどのように変容しうるのかを検討した。具体的には,ある障害がみられる能力のみを支援するのではなく,その障害を生起させている発達連関・機能連関に働きかける支援がありうることを提起した。
【キー・ワード】発達段階,自閉症スペクトラム障害,「心の理論」,機能連関,発達連関

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◆ 高木光太郎:L.S. Vygotsky による発達の年齢時期区分論の特徴と現代的意義

「年齢の問題」(Vygotsky, 2002a)における年齢時期区分論は年齢時期ごとの発達的特徴を個体的な水準に定位し,また文化普遍的な現象として記述するオーソドックスな形式をとっている。これは心的過程の歴史的,文化的,社会的起源と発達の文化的多様性を強調し,個体的な水準ではなく相互行為的な水準での現象の解明をめざす現代的なVygotsky理論の理解とは矛盾するようにも見える。しかしVygotsky(2002a)の理論構成を検討してみると,個体的な水準に位置づく人格と,その外部の社会的環境をそれぞれ異なる内的な構造と展開の論理をもつシステムとして捉え,それらの部分的な接続から人格と社会的環境の双方向的な変化が生じるとする「閉じつつも開かれた」システムを想定していること,人格と社会的環境の普遍的な関係の様式が,文化的多様性を排除するのではなく,それに対する制約として機能しうることが確認できる。Vygotsky(2002a)の年齢時期区分論のこのような枠組みは,個体的な水準と歴史的,文化的,社会的水準の関係や,文化的多様性と普遍性の関係をめぐる現代の理論的探求にも重要な示唆を与えるものである。
【キー・ワード】Vygotsky,年齢時期区分,人格,社会的環境

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◆ 上野 直樹:野火的活動におけるオブジェクト中心の社会性と交換形態

この論文では,ソフトウェアにおけるオープンソースを中心に野火的活動における社会的なつながりのあり方を「オブジェクト中心の社会性」および有形,無形の資源の「交換形態」に焦点を当てて明らかにする。また,こうした作業を行った上で,学習を見る観点の再定式化を試みる。ここで言う野火的な活動とは,分散的でローカルな活動やコミュニティが,野火のように,同時に至る所に形成され,ひろがり,相互につながって行く活動をさしている。野火的な活動は,Wikipediaの編集やLinux開発の例に見られるように,制度的な組織や地域コミュニティを超えて多くの人々が協調して何かを生み出すピアプロダクションという形で行われている。しかし,野火的な活動は,インターネットに限定されるものではなく,例えば,赤十字,スケートボーディングや地域における街づくりのための市民活動といったものの中にも見いだすことができる。また,「オブジェクト中心の社会性」とは, 社会的ネットワークは,人々だけから構成されているのではなく,むしろ,共有するオブジェクトによって媒介されたものだという理論的観点である。
【キー・ワード】野火的活動,オブジェクト中心の社会性,交換形態,オープンソース,学習

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◆ 渡辺 恒夫:パーソナリティの段階発達説:第二の誕生とは何か

内面から見られた人格(パーソナリティ)である自己の発達に焦点を当て,人格発達の著しい質的転換点とみなされてきた第二の誕生の謎に肉薄する。Rousseau以来,第二の誕生は思春期の到来の時期に想定されてきたが,青年期静穏説の台頭によって最近は影が薄い。2節では,自己の発達について考察すべく,代表的な自己発達理論として,Neisserの5つの自己説を検討し,私秘的自己のみが未解明にとどまっていることを見出した。次にDamonとHartの自己理解発達モデルを検討し,自己の各側面間の発達的ズレ(デカラージュ)という知見を得た。3節では,古典的青年心理学で第二の誕生として論じられた自我体験と,その日本における研究の進展を紹介し,4節で,第二の誕生の秘められた核は自我体験であり,その奥には私秘的自己と,概念的自己など他の自己との間の矛盾の気づきがあるという仮説を提示した。5節では,私秘的自己の起源をメンタルタイムトラヴェルによる自己の二重化に求めるアイデアと,自己理解と他者理解の間のデカラージュを克服しようとする運動そのものが新たに矛盾を生じるという,生涯発達の構想が提示された。6節では,第二の誕生のテーマを再び見出すため,一人称的方法による人格発達研究の復権が唱えられた。
【キー・ワード】自己の発達,第二の誕生,私秘的自己,自我体験,一人称的発達心理学

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◆ やまだようこ:「発達」と「発達段階」を問う:生涯発達とナラティヴ論の視点から

「発達心理学」は,かつての「児童心理学」のように特定の対象や領域をさすのではなく,心理現象を時間的な発生・変化プロセスからとらえる学問になった。しかし成人になるまでを研究対象とし,発達初期に焦点をおいていた。「生涯発達心理学」では,成人以降の発達へと時間軸を拡張し,人間をとらえる「ものの見方」を根本的に変化させた。人間発達はいつの年齢でも起こる可塑的で多次元的であるという見方や,社会・文化・歴史的文脈のなかに埋め込まれており,具体的な人間の発達プロセスは,それらとの相互作用を抜きに研究できないという文脈主義的な見方が不可欠になった。しかし,このような「ものの見方」の変化にもかかわらず,生涯発達心理学においても,「何歳で何ができるか」という問い方は変わらず,横軸に年齢をとり,縦軸に個人の能力レベルをとり,上昇と下降を数量化する図式は保持されたままであった。ナラティヴ理論から,発達理論のマスター・ナラティヴを批判的に問い返すと,根底には「個人主義」「線形・進歩主義の人生観」「座標軸と数量的尺度化」「一方向にすすむ不可逆的時間」などの概念があると考えられる。本論では,「文脈主義」「人生の意味づけを重視する人生観」「質的ナラティヴによる記述」「サイクルする時間概念」にもとづく,「生成的ライフサイクルモデル(GLCM)」を提案し,新しい発達観の可能性を提示した。
【キー・ワード】発達理論,ナラティヴ,ライフサイクル,文脈主義,時間

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