発達心理学研究第19巻(2008年)   


19巻1号

「ベイズ型くじびき課題」における推論様式の発達(伊藤 朋子)

本研究では,ベイズ型推論課題解決の発達過程を,確率量化,すなわち課題を確率的に解決する際の知的操作の水準の違いという観点から分析することを目的とし,構造を維持しつつも内容を単純化した「ベイズ型くじびき課題」を用いて,確率量化の水準を発達的に明らかにできるような調査を行った。その結果,(1)中学生の多くは確率の1次的量化(中垣, 1989)のみ可能な水準にあるが,大学生は概ね2次的量化が可能な水準にあること,(2)基準率無視(Kahneman & Tversky, 1973)の代わりに尤度無視が多数出現し,基準率無視が課題内容に依存する反応であること,(3)人は必ずしも代表性ヒューリスティック(Tversky & Kahneman, 1974)などを用いて課題解決をしているのではなく,大学生でも,3次的量化を必要とするベイズ型推論課題の構造そのものの把握に難しさがあること,すなわちコンピテンスに問題があることが示された。
【キー・ワード】確率量化,コンピテンス,知的操作,基準率無視,ベイズ型推論

19巻の目次に戻る


乳児期の伏臥位リーチングの発達にみられる姿勢と運動の機能的入れ子化(山崎 寛恵)

一名の乳児の日常場面における伏臥位でのリーチングを約5〜8ヶ月齢にわたって縦断的に観察した。伏臥位でリーチングを行う時,乳児は上肢で対象物に対する頭部の視覚的定位を維持するために上体を支持することと,対象物に接触することの2つの機能を達成しなければならない。乳児はこれらの機能を同時にどのように達成しているのか,またその達成方法はどのように発達的に推移するのかを明らかにするため,観察されたリーチングを機能的観点から「上体支持有り」,「一時上体支持有り」,「上体支持無し」の3種に分類し,その出現推移を量的に分析した。その結果,上体を支持しながらリーチングするパターンから,上体を支持することなくリーチングするパターンへの移行が見られたが,リーチング成功率とリーチング時に上肢が担う機能変化との関係は示されなかった。量的分析で明らかにならなかった複雑な様相を,全身の協調の質的記述によって検討した。得られた結果は,乳児が対象物への到達を可能にするために身体各部位を機能的に協調させていることを示すとともに,リーチング発達が身体を不安定にすることによって新しい姿勢調整を獲得する過程であることを示唆する。
【キー・ワード】乳児初期,リーチング,姿勢,運動,不安定性

19巻の目次に戻る


幼稚園から小学校への移行に関する子どもと生態環境の相互調節過程の分析:移行期に問題行動が生じやすい子どもの追跡調査(菊池 知美)

本研究は,幼稚園から小学校へ入学する際,子どもたちがどのようなプロセスを経て移行をしていくのかその実態を描き出すことを目的とする。方法には Super & Harkness (1986)による「発達的ニッチ理論」を援用し,子どもを能動的な存在として環境と相互に調節し合う関係に注目した。また,「発達的ニッチ理論」を学校文化に沿うように再定義し,「学校発達的ニッチ」と名付けてその相互調節過程を幼小移行過程と捉えて分析をした。対象はA幼稚園とB小学校とし,両者は同地域内に立地していたことから5人の子どもたちを追い続けることができた。観察は小学校入学の4月を中心に9ヶ月間,週1回の割合で行い,さらにインタビューを年長組と1年生の担任教師,両者を移行した子どもたちの母親に実施した。その結果,子どもたちと学校発達的ニッチ間において相互調節の仕方が異なる点や子どもによる相互調節に対する積極性の差異が問題を生じやすくする点として見出された。また,学校発達的ニッチの3要素に影響を与える生態環境の中に今後の幼小移行における課題の一部が明らかになった。
【キー・ワード】幼小移行,発達的ニッチ,相互調節,学校文化

19巻の目次に戻る


幼児における知識の提供と非提供の使い分けが可能になる発達的プロセスの検討:行為抑制との関連(瀬野 由衣)

本研究では,相手によって知識の提供と非提供を使い分けられるようになる発達的プロセスを検討した。105名の幼稚園児(3〜6歳児)を対象に,隠し合いゲームを実施し,ゲームの流れの中で協力場面,競争場面を設定した。どちらの場面でも,子どもは宝物の隠し場所を見たが,協力相手,競争相手はそれを見なかった。協力相手に正しい知識を提供すれば,宝物は子どもの宝箱に入った。一方,敵である競争相手に正しい知識を提供すると,宝物は競争相手に取られてしまった。いずれの場面でも,協力相手,競争相手は,まず,子どもに「知ってるかな?」と尋ねた。その後,子どもが知識を提供しなかった場合は,「教えて」と尋ね,知識伝達を促した。その結果,年少児(3歳児)では,両場面で,「知ってるかな?」と質問された時点で隠し場所を指す,即時性の強い反応が最も多くみられ,この反応は年齢の上昇と共に減少した。一方,正答である競争相手には知識を提供せず,協力相手のみに知識を提供するという使い分けは,年齢の上昇と共に可能になった。さらに,上記の課題で知識の提供と非提供を使い分けられる子どもは,既知の対象に対する行為抑制が必要な実行機能課題(葛藤課題)の成績もよかった。以上から,相手によって知識の提供と非提供を使い分ける能力の発達に,既知の対象に対する行為抑制の発達が関連することが示唆された。
【キー・ワード】協力,競争,知識の提供と非提供,就学前児,行為抑制

19巻の目次に戻る


外部情報のソースモニタリング能力に関する発達的研究(近藤 綾)

本研究では,外部情報のソースモニタリング能力について幼児と成人を対象とした発達的検討を行った。第1実験では,まず学習として男性と女性の2つの音声刺激で単語を聞かせた。その2分後のテスト時では,再認テストとソースモニタリングテストを行った。ソースモニタリングテストでは,単語を“男性の声だけで聞いた”,“女性の声だけで聞いた”,“男性と女性の両方の声で聞いた”,“どちらの声でも聞かなかった”,の4つの項目から判断させた。その結果,幼児は成人と比較してソースモニタリングテストの成績が悪く,中でも“両方に共通する情報(両方の声で聞いた)”という判断項目の成績が最も悪かった。よって第2実験では,“両方に共通する情報”という判断項目に対する成績が悪かった原因として提示する刺激の類似性に注目した。第1実験で用いた2つの刺激は音声と音声の区別という類似性の高い刺激であると考えられた。従って単語が両方に提示されたことにより気付きやすくするため,第2実験では提示する2つの刺激を類似性の低い刺激,つまり画像刺激と音声刺激,に変更して第1実験と同様の方法で検討を行った。しかし結果は第1実験と同様であり,本研究において幼児はソースモニタリング能力が十分に発達しておらず,中でも2つの情報源の両方から情報が発信されたと判断することが困難であるということが明らかとなった。
【キー・ワード】ソースモニタリング, 幼児, 記憶の発達, 認知発達

19巻の目次に戻る


中学生の教師に対する信頼感と学校適応感との関連(中井 大介・庄司 一子)

本研究の目的は,学校教育における教師と生徒の信頼関係の重要性と,思春期における特定の他者との信頼関係の重要性を踏まえ,中学生の教師に対する信頼感と学校適応感との関連を実証的に検討することであった。中学生457名を対象に調査を実施し,「生徒の教師に対する信頼感尺度」と「学校生活適応感尺度」との関連を検討した。その結果,(1)生徒の教師に対する信頼感は,生徒の「教師関係」における適応だけではなく,「学習意欲」「進路意識」「規則への態度」「特別活動への態度」といった,その他の学校適応感の側面にも影響を及ぼすこと,(2)各学年によって,生徒の教師に対する信頼感が各学校適応感に与える影響が異なり,1年生では教師に対する「安心感」が一貫して生徒の学校適応感に影響を与えていること,(3)一方,2年生,3年生では「安心感」に加えて,「不信」や「役割遂行評価」が生徒の学校適応感に影響を与えるようになること,(4)各学年とも,生徒の教師に対する信頼感の中でも,教師に対する「安心感」が最も多くの学校適応感に影響を及ぼしていること,(5)「信頼型」「役割優位型」「不信優位型」「アンビバレント型」といった生徒の教師に対する信頼感の類型によって生徒の学校適応感が異なること,といった点が示唆された。
【キー・ワード】信頼感,教師,中学生,学校適応感,教師-生徒関係

19巻の目次に戻る


19巻2号


児童養護施設における青年期前期の子どもの愛着状態と心的外傷性症状(出野美那子)

本研究では,児童養護施設で生活する中学生を対象とし,青年期前期における特性としての愛着状態と心的外傷性症状の関連を検討した。対象は調査への協力が得られた児童養護施設10施設で生活する中学生146名であった。階層的重回帰分析の結果,男子より女子の方が心的外傷性症状は強く,両価性の愛着特性が心的外傷性症状を強めることが明らかとなった。このことから,愛着の両価性が心的外傷性症状を強める方向に影響することが明らかとなり,女子の方が心的外傷体験に曝されやすいか症状が強く表出される傾向にあることが示唆された。また男女別に行った分析結果から,男子においては,年齢が大きいほど,両価性得点が高いほど心的外傷性症状が強く,入所年齢が低いほど心的外傷性症状は強い有意傾向が見出された。女子においては,両価性得点が高く,回避性得点が高いほど心的外傷性症状が強いことが見出された。これらの結果は先行研究を支持するものであり,さらに青年期前期において愛着システムが活性化される過程と,愛着システムが心的外傷性症状へ及ぼす影響に,性差の存在する可能性が示唆された。
【キー・ワード】青年期前期,愛着,心的外傷,児童養護施設,性差

19巻の目次に戻る


育児への負担感・不安感・肯定感とその関連要因の違い:未就学児を持つ母親を対象に(荒牧美佐子・無藤 隆)

本研究の目的は,未就学児を持つ母親の抱く育児への否定的・肯定的感情とその関連要因について明らかにすることである。子どもを首都圏の幼稚園・保育所に通わせる母親に質問紙調査を行い,有効であった733名の回答に基づいて分析を行った。育児への否定的・肯定的感情に関する項目として,住田・中田(1999)の尺度を用い,確認的因子分析を行った結果,育児への「負担感」「育て方/育ちへの不安感」「肯定感」とに分かれることが確認された。そして,各々の関連要因について分析を行った結果,主に以下のことが明らかになった:@「負担感」は,末子の年齢が高いほど高く,夫や園の先生・友人らのサポートが多いほど低い。また,幼稚園群の方が保育所群よりも,専業主婦の方が有職者よりも高い傾向が見られる。A「育ちへの不安感」は男児を持つ母親で高い傾向にあり,「育て方への不安感」は夫からのサポートが多いほど低い。「育て方/育ちへの不安感」ともに情報サポートが多いほど高い。B「肯定感」は,夫や園の先生・友人らのサポートが多いほど高い。以上,「負担感」「育て方/育ちへの不安感」「肯定感」の関連要因は一部重複しつつも,それぞれに違いがあることが確認された。
【キー・ワード】育児への負担感,育児への不安感,育児への肯定感,ソーシャル・サポート,幼児を持つ母親

19巻の目次に戻る


谷崎潤一郎の否定的アイデンティティ選択についての分析(三好 昭子)

Erikson(1968/1998)はアイデンティティ拡散の諸相のひとつとして「否定的アイデンティティ」(negative identity)を挙げ,全体主義的に否定的アイデンティティを選択するにいたる誘因として1.アイデンティティの危機,2.エディプス的な危機,3.信頼の危機を指摘している。本研究では否定的アイデンティティを選択した一つの典型例として作家谷崎潤一郎を取り上げ,全体主義的に否定的アイデンティティを選択する心理力動・メカニズムについて伝記資料を用いて示した。谷崎は青年期に至り創作家を志したものの,依然として何物にもなれないという葛藤状況が続いた。1.自らが選んだものに忠誠を尽くすにあたり感じる罪悪感,2.エディプス的な潜在的罪悪感,3.自身の存在にかかわるような罪悪感というように,当時の谷崎には全体主義への変化の誘因が存在しており,それらの罪悪感を否認しつつ主導性を発揮するために,谷崎は全体主義的に否定的アイデンティティを選択したと解釈することができる。また否定的アイデンティティという概念を導入することにより,谷崎の青年期における作家活動および私生活を一貫した内的世界として把握することができ,不良少年の文学・悪魔主義と評される作品を生み出しつつ放浪生活に身を投じ親不孝を繰り返した谷崎の行動,態度,感情をより深く理解することができたと考えられる。
【キー・ワード】否定的アイデンティティ,E.H.Erikson,アイデンティティの危機,罪悪感,谷崎潤一郎

19巻の目次に戻る


「個」と「関係性」からみた青年期におけるアイデンティティ:対人関係の特徴の分析(山田 みき・岡本 祐子)

本研究では,近年重要な視点として取り上げられている「個」としてのアイデンティティと「関係性」に基づくアイデンティティから青年理解を試みた。研究Tでは,大学生175名を対象にして,先行研究を参考に「個」と「関係性」の視点を含む新たなアイデンティティ尺度を作成した。因子分析の結果,3因子15項目からなる「個」としてのアイデンティティ尺度と,3因子13項目からなる「関係性」に基づくアイデンティティ尺度が構成された。しかし,「個」としてのアイデンティティと「関係性」に基づくアイデンティティとを完全に分離することは難しいことが示された。研究Uでは,大学生295名を対象にして,作成した2つの尺度の妥当性と信頼性を検討した。作成した尺度を用いてクラスタ分析を行ったところ,4つのクラスタが抽出された。その後,対象者のうち20名を対象にして,対人関係に関する質問項目からなる半構造化面接を行い,4クラスタの実際の対人関係に見られる相違を検討した。結果の整理にはKJ法を用い,最終的に各クラスタ3〜5個のカテゴリーが抽出された。それらを比較・検討した結果,青年期のアイデンティティにおける「個」の側面は,自他の融合感の少なさと幅広い他者との関係を求める傾向として表れること,「関係性」の側面は,他者を自己とは独立した存在として認識し,親密な関係を築くことができる傾向として表れることが明らかになった。
【キー・ワード】「個」としてのアイデンティティ,「関係性」に基づくアイデンティティ,青年期,対人関係,大学生

19巻の目次に戻る


歩行開始期における親子システムの変容プロセス:母親のもつ枠組みと子どもの反抗・自己主張との関係(高濱 裕子・渡辺 利子・坂上 裕子・高辻 千恵・野澤 祥子)

歩行開始期の子どもをもつ母親の行動=思考=感情システムにおける変化を,子どもの反抗・自己主張と母親のもつ枠組みとの関係から検討した。対象は3組の母子で,子どもは全て第一子であった。目的は面接調査(21か月齢〜36か月齢)を通して,親子システムに出現する変化のプロセスを時系列に記述することであった。子どもの反抗・自己主張の強まりとともに,母親はそれらを統制しようとした。反抗・自己主張のピーク時には統制は困難となり,母親の心理的負荷は増大した。やがて子どもの発達的変化(言語発達,基本的生活習慣の確立)や子どもの言動の意味の読み取りの熟達化,社会的資源の活用によって心理的負荷が軽減され,母親は新たな行動をとるようになった。事例ごとに問題は異なるが,システムの変化のパターンには共通性がみられた。すなわち,当初は不明確であった母親の枠組みが明確化し,反抗・自己主張のピーク時には複数の枠組みが絡みあって母親を締めつけた。母親の心理的負荷の軽減と枠組みのゆるみとは連動し,その結果問題から焦点をずらすことや子どもの言動を異なる側面からとらえることが可能となった。これらは母親の行動=思考=感情システムの再組織化プロセスとして考察され,母親のもつ枠組みと日本の文化的特徴との関係も議論された。
【キー・ワード】歩行開始期,反抗と自己主張,母親のもつ枠組み,親子システム,縦断研究

19巻の目次に戻る


日本の中高年男性の失業における困難さ:会社および社会との繋がりに注目して(高橋 美保)

本研究は,平成不況下でリストラに遭った日本の中高年男性を対象に,なぜ彼らの失業が困難になるのかを検討することを目的とした。1990年代後半以降に非自発的失業を経験した10名の中高年男性を対象に2度にわたって半構造化面接による面接調査を実施し,さらに失業経験者を対象とするグループインタビューを行い,累計26のデータを収集した。本研究では,現在は失業状態を脱した中高年男性のレトロスペクティブな語りを元に,当事者の目線からその体験を理解することを試みた。特に,日本では就業時における会社および社会との繋がりに特異性があると考え,分析に際しては“会社および社会との繋がり”に注目した。修正版M-GTAを用いて質的分析を行った結果,大きく3つのステージ(「T. 会社への没入と喪失」「U.社会からの度重なる疎外体験」「V.社会との多面的な繋がりの構築」)からなる失業体験過程の仮説モデルが生成された。仮説モデルを元に,失業の困難が生じる要因として,以下の4つを指摘した。@会社との繋がりの強さ,A会社生活の喪失,B社会からの排除と孤立,C社会との繋がりの段階的喪失。最後に,失業の困難の体験がその後の生活に及ぼした影響についても考察した。
【キー・ワード】失業,困難,中高年男性,中高年者,体験過程

19巻の目次に戻る


中年期の時間的展望と精神的健康との関連:40歳代,50歳代,60歳代の年代別による検討(日潟 淳子・岡本 祐子)

中年期は人生の後半へと向かい,老いや自己の有限性の自覚など負の要因に直面する時期であるとされ,臨床的な問題もこのような状況の変化によって過去から未来への連続した自己の展望が持てないことによるものが多い。本研究では中年期を対象に,どのように自己の過去・現在・未来を展望し,現在の自己を意味づけているのかということに注目し,精神的健康との関連から,中年期の時間的展望の様相を,量的な側面と質的な側面からとらえた。その結果,40歳代では未来志向であり,50歳代に現在志向への転換が見られることが示された。精神的健康との関連では,40歳代では現在の充実感,50歳代では過去の受容と現在の充実感,60歳代では,現在の充実感と,未来への希望が,精神的健康と関連することが示唆された。それらの様相を,半構造化面接による語りから質的に分析した結果,中年期の身体的心理的変化の気づきや受容に伴って,40歳代では過去を土台としてとらえ,50歳代では未来を志向する中で過去の出来事に対する必然感が生じ,それに続く現在として現在の出来事に深くコミットし,60歳代では,作り上げたものとしての自己を受容し,それを表現する場としての未来を志向していることが示された。
【キー・ワード】時間的展望,精神的健康,中年期,時間的志向性

19巻の目次に戻る


ビデオ映像の表象性理解は幼児にとってなぜ困難か?:写真理解との比較による検討(木村美奈子)

本研究は5,6歳児を対象に,映像と現実との相互作用の可能性の認識を指標として,ビデオ映像と写真の表象性理解の発達プロセスを探ることを目的としている。そのためまず,先行研究を踏まえて,実在視から表象性理解へと至る3段階の発達モデルを提起し,そのモデルの妥当性を実験的に検討した。実験では,映像の人物が息(風)を吹いたらモニターの前に置いた紙人形が倒れるか否か,また,子どもが指示対象についての質問と誤解している可能性を考慮して,モニター画面に注意を向けさせ,そこから「風」が出てくるのか否かの二種類の質問を行った。なお,現実と映像の相互作用を仲介する物質としては,可視的でない「風」の他に,実体感のある「ボール」を使用し,その違いの効果についても調べた。その結果,子どもは,写真ではしばしば質問を指示対象について尋ねられていると誤解して誤答する場合があるが,ビデオでは映像について尋ねられていると理解していても,実在視的な反応が現れることが明らかになった。しかし発話を分析すると,この子どもたちは,映像を実物と間違えているわけではなく,表象であると十分に理解できているわけでもない移行段階に位置づくことが明らかになり,表象性理解の3段階モデルの妥当性が示唆された。なお,仲介物質の違いについては結果に違いは見られず,現象の違いにかかわらず,ビデオ映像の表象性理解は幼児期後期まで困難であることが示された。
【キー・ワード】ビデオ映像理解,写真,幼児期,表象性理解,認知発達

19巻の目次に戻る


幼児における「心の理論」と実行機能の関連性:ワーキングメモリと葛藤抑制を中心に(小川 絢子・子安 増生)

幼児が他者の誤った信念を理解するためには,実行機能の発達が必要不可欠であることが,最近の「心の理論」研究から明らかにされてきている(Carlson & Moses, 2001; Perner & Lang, 1999)。実行機能の中でも,ワーキングメモリと葛藤抑制の機能が「心の理論」と特に関連することが示されている。しかしながら,日本において実行機能と「心の理論」の関連を検討した研究はほとんどみられない。本研究の目的は,実行機能と「心の理論」が,日本の幼児において関連するのかどうかを検討し,関連があるのであれば,実行機能の下位機能のうち何が「心の理論」と関連するのかを,因子分析を用いて下位機能の因子間の関連性および独立性を考慮した上で検討することであった。3歳から6歳児70名を対象に,「心の理論」2課題,実行機能6課題,および語彙理解テストを実施した。その結果,年齢と語彙理解テストの成績を統制しても,ワーキングメモリ課題の成績と「心の理論」課題の成績との間に有意な相関がみられた。加えて,ワーキングメモリと葛藤抑制の因子間相関は非常に高かった。これらの結果から,幼児期においては,葛藤抑制の機能の多くはワーキングメモリによって説明される可能性があり,1つの課題状況に対して,自己視点を抑制し,他者視点を活性化するといった操作を可能にするワーキングメモリ容量が,誤った信念の理解に必要であることが示唆された。
【キー・ワード】心の理論,実行機能,ワーキングメモリ,葛藤抑制,検証的因子分析

19巻の目次に戻る


統合学童保育の巡回相談に求められる支援ニーズ:都内のある自治体における学童保育指導員への質問紙調査から(三山 岳)

本研究は統合学童保育における巡回相談の支援ニーズの把握を目的として,支援内容の整理およびその構造化を行った。ニーズ概念を理論的に再検討し,felt needsやnormative needsを反映させるための予備調査を行って,33項目からなる質問紙を作成した。102名の学童保育指導員による回答を分析した結果,「ニーズの切実さ」の観点から@基礎的ニーズ,A要配慮ニーズ,B要改善ニーズという3種類のニーズの存在が示された。また巡回相談の支援内容は@専門領域間での連携,A保育力量の形成,B保護者との協力連携,C障害児に対応した保育,Dアセスメントと報告という5つの領域に整理された。さらに3種類のニーズと5つの支援領域を関連づけることで,各領域ごとの支援ニーズ特性が明らかとなった。このようにニーズ概念を整理し,支援ニーズ特性を把握することで,保育現場の多様なニーズが整理され,巡回相談において迅速かつ有効な支援が可能になることが指摘された。
【キー・ワード】巡回相談,放課後児童クラブ,統合学童保育,支援ニーズ

19巻の目次に戻る


19巻3号


児童期における見かけの泣きの理解の発達:二次的誤信念の理解との関連の検討(溝川 藍・子安 増生)

見かけの泣きが,それを見た他者に誤信念を抱かせうることの理解は,いつ・どのように発達するのだろうか。本研究は,二次的誤信念の理解の獲得との関連から,その理解の発達について検証を行った。Mizokawa & Koyasu (2007) からは,人が本当は泣いているように見えても,本当は泣いていない場合があることの理解は,6歳児にはできるが,4歳児にはできないことが示されている。しかし,6歳児は見かけの泣きが他者に誤信念を抱かせる(泣いていると思い込ませる)可能性についての理解を示さなかった。本研究では,525名の児童を対象に,「泣き課題」(Mizokawa & Koyasu, 2007)と「二次的誤信念課題」(林, 2002)を含む質問紙調査を行った。全ての課題は4コマのイラストとともに提示された。泣き課題は,2つの見かけの泣き課題と1つの本当の泣き課題から成り,どの課題でも主人公は泣いているように見えるというものであった。各課題の後で,子どもは,「主人公は,本当に泣いているか。」及び「他者は,主人公が本当に泣いていると思うか。」について尋ねられた。結果は,1年生から4年生にかけて,見かけの泣きが生む他者の誤信念の理解が進むことを示した。さらに,この理解と二次的誤信念課題の正誤との間に,有意な偏相関が得られた。本研究から,二次的誤信念の理解は,他者の情動理解の重要な認知的基盤であることが示された。
【キー・ワード】見かけの泣き,情動理解,二次的誤信念,児童期

19巻の目次に戻る


幼児のふりにおける対象の知識と行為との関係の理解(杉本 直子)

ふりが,ふりをする人の持つ心的表象(ふりをしたいという欲求,ふりの対象やプランに関する知識や思考や信念)に基づいて行われることを幼児は理解しているのだろうか。本研究では,様々な心的表象の中でもふりの対象の知識に焦点化し,検討を行った。実験1では,ふりの対象の知識の有無と行為との関係の理解を検討した。5-6歳児は,参加児にとって未知の対象を知っている他者はそのふりをできるが,知らない他者はふりをすることができないと答えた。一方,3-4歳児は,自分にとって未知の対象を知っている他者もまた,ふりをすることができないと答えた。実験2では,ふりの対象に関する知識内容(正しい知識か誤った知識)と行為との関係の理解を検討した。5-6歳児は,他者がふりの対象に関する知識内容(たとえそれが誤った知識であるとしても)に基づいて,そのふりをすること理解していたが,3-4歳児はそうではなかった。2つの実験結果から,5-6歳児はふりにおける対象に関する知識と行為との関係を理解していることが示された。一方,3-4歳児は自分自身の持つ対象に関する知識に縛られてしまうために,他者の知識に基づいて他者のふりを推測することができないことが示唆された。
【キー・ワード】幼児,ふり,心的表象,知識,行為

19巻の目次に戻る


食事場面における1〜3歳児と母親の相互交渉:文化的な活動としての食事の成立(外山 紀子)

1〜3歳児とその母親44組を家庭訪問し,食事場面を観察した。内訳は1歳児15名,2歳児15名,3歳児14名であった。すべての発話を転記し,カテゴリー分類を行い,母子の相互交渉を検討した。食具を使って食べる技能は,加齢とともに発達していった。1歳児はほとんど母親に食べさせてもらっていたが,3歳児はほぼ自分で食具を使って食べていた。1歳児では,子どもが食物を食べることにあわせた定型的なやりとり(ルーティン)が頻繁に認められた。母子の相互交渉は,子どもの食欲の有無によっても相違があった。子どもが咀嚼していない時には,母親は子どもの“おしゃべり”に応答せず,摂食へと注意を促すことが多かった。母親は子どもが咀嚼しているかどうかによって,モノの構成と配置を調整することも認められた。子どもが咀嚼している時には,子どもの前に食物や食具を置き,子どもの自由になる領域を拡大させたが,子どもが咀嚼していないときには,その領域を縮小させることが多かった。
【キー・ワード】食事,社会文化的アプローチ,食行動,幼児期,母子の相互交渉

19巻の目次に戻る


アナロジーによる幼児の比率理解:図形の形状が及ぼす効果(糸井 尚子)

本研究の目的は,ピザとチョコレートのアナロジー課題を使用して,幼児の図形比率において円形と四角形の形状の影響を明らかにすることである。4〜6歳児100人を対象児として,円形のピザと四角形のチョコレートの図版を用いてアナロジー課題を実施した。どちらの図版も分割線がはっきりしている状態で提示された。提示図版のピザ1枚全体からある比率の部分を取り除くことを示して,対象児に選択図版のピザ1枚あるいはチョコレート1枚または粒チョコ4個から同じ比率だけ取り去ることを求めた。実験者の提示図版であるピザまたは、チョコは8分割であり,2/8, 4/8, 6/8の比率を取り去り,対象児の選択図版のピザまたはチョコは4分割であり1/4, 2/4, 4/4取り去ることが求められた。選択図版は,これらに加えて分離した単位量として粒チョコ4個の課題も実施した。実験者,対象児の間でピザーピザ,チョコーチョコ,ピザーチョコ,チョコーピザ,および,ピザとチョコレートからそれぞれ粒チョコへのアナロジー課題の6課題が実施された。その結果,このアナロジー課題において4〜6歳児が比率を理解していることが示された。また,円形で8分割のピザが提示された場合は他の課題に比べて正答率が低いことが明らかになった。この結果から,図形の形状がアナロジーによる比率理解に影響を及ぼし,同じ8分割でも四角形か円形かによって比率の理解が異なることが示された。
【キー・ワード】比率の理解,幼児,アナロジー

19巻の目次に戻る


幼稚園への巡回相談による支援の機能と構造:X市における発達臨床コンサルテーションの分析(芦沢 清音・浜谷 直人・田中 浩司)

本研究は,ある自治体における発達臨床コンサルテーション理論(浜谷, 2005)に基づいて行った巡回相談を対象として,幼稚園への巡回相談の支援機能と構造を明らかにし,支援モデルを提示することを目的とした。その際,保育園への巡回相談を参照しながら,幼稚園と保育園の支援ニーズの違いによって,支援機能にどのような違いがあるかを明らかにし,その違いによる支援のあり方を考察した。研究1で,教諭らへのインタビューによる巡回相談の評価をもとに33項目からなる質問紙を作成した。教諭等の巡回相談に対する評価を因子分析した結果(N=110),「保育方針」「関心意欲」「対象児理解」「保護者理解」「協力」の5つの支援機能が見出され,幼稚園独自の機能と保育園と共通の機能が明らかになった。研究2で,典型的な一事例に関して,担任らと園長に対して行ったグループインタビューを分析し,対象児理解に基づく関心意欲の高まり,及び,園内協力体制の形成が幼稚園巡回相談の支援構造の中核をなし,それを支援する相談員の専門性が考察された。
【キー・ワード】巡回相談,幼稚園,発達臨床コンサルテーション,支援機能,保育カウンセリング

19巻の目次に戻る


社会的制約による対処方略の違い:外的に設定された基準目標を目指す多重役割学生と単一役割学生の比較(竹村 明子・前原 武子)

本研究の目的は,目標達成基準が外的に設定された場面において,社会的制約の有無により個人の対処方略に違いがあるのかについて検討することであった。そのため,Brandtstadter & Renner(1990) のDual Processモデルを基に,看護師資格取得を目標とする学生のうち,仕事と学生役割を持つ多重役割群(n=105) と学生役割のみの単一役割群(n=142) を対象に,彼らの調整型対処(現実に合わせて自己を調整する対処)と同化型対処(環境を変えて粘り強く目標を目指す対処),心理的健康(抑うつ・生活満足感)について比較を行った。その結果,1)多重役割群は単一役割群に比べ,調整型対処が高く同化型対処に差はないこと,2)心理的健康について両群の間に差がないこと,3)両群ともに調整型対処が高いほど抑うつが低いこと,が明らかとなった。これらの結果より,社会的制約の多い個人は,そうでない者より,現実に合わせて自己を調整する対処を多く用いていること,それが彼らの抑うつを緩和していることが示唆された。さらに新たな知見として,多重役割群のみにおいて,調整型対処が高いほど同化型対処も高いこと,同化型対処が彼らの生活満足感を高めるよう働いていることが見出された。単一役割群には,このような傾向は見られなかった。
【キー・ワード】社会的制約,対処方略,心理的健康,調整型対処,同化型対処

19巻の目次に戻る


認知症高齢者の抑制機能に関する研究:抑制機能及び関連する認知機能を中心とした検討(孫  琴)

本研究では,認知症群の抑制機能の低下が健康群より大きいという視点から,Stroop課題とSRC課題を使って,認知症高齢者の同一性ベースと場所ベース抑制機能を検討し,さらに,MMSE課題とFAB課題を使って,認知症高齢者の知的機能と前頭前野機能を検討した。結果として,先行研究と同じように,認知症群は,健康群と比べて,抑制機能,知的機能及び前頭前野機能が全般的に低いことが明らかになった。また,同一性ベースと場所ベース抑制機能に関して,健康群と認知症群の間に異なる結果が示された。次に,認知機能の下位項目について,差がある項目と差がない項目が確認された。そして,前頭前野機能の下位項目について,依存性以外の項目は,すべて有意に低いことが示された。これらの結果を同一性と場所ベース抑制の相違点及び発達的観点から考察した。認知症を患っている高齢者は,抑制,記憶,概念化などといったさまざまな認知機能が,健康な高齢者に比べて全体として低下が著しいと思われる。
【キー・ワード】抑制,ミニメンタルステート検査,前頭葉機能検査,高齢者,認知症

19巻の目次に戻る


妊娠期から産後1年までの抑うつとその変化:縦断研究による関連要因の検討(安藤 智子・無藤 隆)

産後抑うつは,産後自然に回復するとの見解もあるが,長びくと母子相互作用や子どもの発達に影響を与える。そこで,産後の抑うつはいつ始まり,どの程度が産後1年まで継続するか,その推移を探ること,また,産後抑うつに関する要因の推移および,回復に寄与する要因を探ることを目的として妊娠中,産後5週,産後3カ月,産後6カ月,産後1年の5回,郵送にて追跡調査を行った。産後1年時に抑うつの続いている者は,すべて妊娠期か産後5週に抑うつであった。5つの時期のEPDS得点に寄与する変数は,時期により異なり,抑うつの脆弱性を測定する自己没入が,産後5週,産後3カ月では抑うつに寄与しなかった。このことから,産後の早い時期の抑うつには,生理的な要因の寄与が推測された。潜在成長曲線モデルを用いて検討した抑うつの推移に寄与する要因は,愛着,自尊感情,妊娠期のEPDS得点,3カ月の養育態度と対児否定感であった。産後1年まで抑うつが続く者は,妊娠中,産後5週といった,早い時期に抑うつになっており,また,産後3カ月が抑うつ回復のターニングポイントになることから,妊娠中からのスクリーニングや早期の介入が必要であることが示唆された。
【キー・ワード】産後抑うつ,抑うつ脆弱性, 愛着,縦断研究,潜在成長曲線モデル

19巻の目次に戻る


両親の夫婦関係が青年の結婚観に及ぼす影響:青年自身の恋愛関係を媒介変数として(山内 星子・伊藤 大幸)

両親の夫婦関係が青年の結婚観に影響を与える過程として,連合学習のようなシンプルなメカニズムによって直接的に影響する「直接ルート」と,青年自身の恋愛関係を媒介して間接的に影響する「モデリングルート」とを想定し,実証的に検討した。さらに,モデリングルートのうち,親の夫婦関係から青年の恋愛関係への影響については,親の夫婦関係に対する青年の主観的評価が調整変数として機能するという仮説を立て,検証を行った。大学生213名(男性95名,女性112名,不明6名)から得られたデータに対して共分散構造分析を行った結果,親の夫婦関係に対する青年の主観的評価が高い群においては,親の夫婦関係が直接に青年の結婚観に影響を与え,また,青年自身の恋愛関係を媒介して間接的にも影響を及ぼしていた。一方,親の夫婦関係への評価が低い群では,親の夫婦関係から青年の恋愛関係への影響は見られず,親の夫婦関係と青年の恋愛関係が独立に青年の結婚観に影響を与えていた。これらの結果は,直接ルートが親の夫婦関係への青年の評価にかかわらず成立するのに対し,モデリングルートは評価が高いときにのみ成立することを示している。
【キー・ワード】結婚観,両親の夫婦関係,恋愛関係,モデリング,共分散構造分析

19巻の目次に戻る


中年期のアイデンティティ発達研究:アイデンティティ・ステイタス研究の限界と今後の展望(清水 紀子)

中年期のアイデンティティ発達研究の多くは,青年期のアイデンティティが中年期に再構成されるという発達観にもとづき,青年期用に開発されたアイデンティティ・ステイタスを用いた検討を行っている。本論文は,それらの研究の成果をまとめると共に,アイデンティティ・ステイタスの限界を示唆する新しい研究の論点を整理し,今後の中年期研究の展望を論じることを目的とした。最初に,アイデンティティ・ステイタスによる研究を概観し,これらの研究の中にも,中年期は青年期の単なる繰り返しではなく独自のプロセスや内容があるとする知見が提出され始めていることを指摘した。次に,アイデンティティ・ステイタスでは捉えきれない新しい側面からの中年期研究として,再構成の過程をさらに細かなメカニズムまで理解しようとする研究と,中年期特有のアイデンティティ課題を定義しようとする研究を取り上げ,それらが示唆するアイデンティティ・ステイタスの方法上の限界を整理し,論点を比較した。その結果,個々の概念の定義や観点にはいくつかの共通点が見出された。最後に,中年期特有のアイデンティティ課題を定義しようとする研究への動向における理論的示唆として,再構成という発達観からの脱却と対人関係性や状況の変化に応じられるアイデンティティ概念の新たな定義の必要性を指摘した。
【キー・ワード】アイデンティティ発達,中年期,アイデンティティ・ステイタスの限界

19巻の目次に戻る


幼児の「心の理論」の発達に対するきょうだいおよび異年齢保育の影響(松永 恵美・郷式 徹)

本研究は,3〜5歳の幼児を対象に異年齢の子どもとの接触経験による「心の理論」の発達への影響を検討した。Perner, Ruffman, & Leekam(1994) の「きょうだい間感染説」では,きょうだいの存在が「心の理論」の発達を促進するとされている。しかし,子どもの他児との接触経験はきょうだいに限らない。そこで本研究では,異年齢保育実施の保育園に通うきょうだいのいない子ども(一人っ子)17人,いる子ども40人,同年齢保育実施の保育園に通うきょうだいのいない子ども29人,いる子ども39人を対象に,誤信念課題3問(サリーとアンの課題と同型2問,スマーティー課題と同型1問),写真課題などを実施した。その結果,サリーとアンの課題と同型の誤信念課題ではきょうだいの有無と保育形態の交互作用が見られ,同年齢保育を受けていてきょうだいのいない子どもだけが他の群よりも課題通過率が低かった。一方,スマーティー課題と同型の誤信念課題と写真課題ではきょうだいの有無と保育形態の影響は見られなかった。これらの結果は,3〜5歳の幼児にとっては異年齢の子どもとの接触は,それがきょうだいでなくともサリーとアンの課題と同型の誤信念課題で測定されるような特定の「心の理論」の獲得に一定の促進的な影響を与える一方,物的表象を含むような表象操作全般に影響は及ばないと解釈された。
【キー・ワード】幼児,心の理論,誤信念課題,異年齢児,きょうだい間感染説

19巻の目次に戻る


19巻4号


12ヶ月時から24ヶ月時における子どもの行為制御の発達:親子間の事物をめぐる葛藤の変化に注目して(塚田−城みちる)

子どもの行為制御の発達過程における自他理解と内化の関連を,親子の事物を介する関わりを通して検討した。3組の母子に協力を得て,事物を介した遊び場面を生後12ヶ月時から24ヶ月時まで縦断的に観察した。分析は,親の注意を誘導する子どもの指さし(誘導的指さし)と行為制御出現の関連,および,事物を介した子どもの行為を親が制止する葛藤の変化に注目して行った。分析の結果,子どもに誘導的指さしが初出する時期に,親に注意を向けた行為制御が出現した。やがて親に注意を向けずとも行為制御ができるようになり,24ヶ月時に制止をめぐる発話を伴った行為制御が見られた。また葛藤においては,親が介入すると,子どもが不快情動を伴って抵抗するようになった。そこで親は介入するけれども遊んであげるようになり,それが子どものふざけ行為と呼応した。やがて24ヶ月時に近づくと,言葉を介して交渉することが見られた。以上のことから,行為制御の発達過程は,誘導的指さしが出現する時期に応答主体としての他者意識と見られている自分の意識が向上すること,子どもの抵抗に応じるかたちで親が介入的遊びを生じさせること,その関わりを子どもが取り込んで親が介入的に遊んでくれると予期できることに支えられて内化が進むことによると考えられた。
【キー・ワード】1歳児,縦断的研究,事物を介した関わり,自他理解,子どものふざけ行為

19巻の目次に戻る


30ヶ月児の親子三者間相互行為への参加と親から提供される言語環境(上村 佳世子・加須屋 裕子)

本研究では,幼児が親および兄との親子三者間相互行為に参加し,どのように他の参加者と発話を交換するのかを検討することを目的とした。30ヶ月齢の男児を対象として20組の家族のおもちゃを介した自由遊びの相互行為の家庭観察をおこなった。母親と父親にそれぞれ交代して2名の子どもと遊んでもらい,母親場面および父親場面における親の対象児への発話数やその発話形式を比較するとともに,対象児の会話への参入ときょうだい間の様々な形式の発話の頻度を調べた。その結果,母親参加時と父親参加時における子どもの行為にも,両親の2人の子どもへの発話行為にも差異が示された。母親は対象児に優先的に発話を向けたほか,母親場面では2人のきょうだい間の発話の頻度も高かった。父親は対象児の発話への応答性が低く,父親参加場面では対象児が自発的に会話に参入しようとしたり親に対して長い文節の発話を向けたりした。この結果は,両親のことばかけや応答性が,幼児に質の異なる言語環境を提供していることを示唆していた。家庭内での異なる知識や意図をもつ複数の他者との相互行為への参加は,子どもにとってコミュニケーションの訓練の機会となるものと考えられる。
【キー・ワード】三者間相互行為,親子,言語環境,幼児

19巻の目次に戻る


児童自立支援施設入所児童の行動特徴と被虐待経験の関係(大原 天青・楡木 満生)

本研究の目的は,児童自立支援施設入所児童の情緒と行動の特徴と虐待の有無や種類との関係を明らかにすることであった。全国の児童自立支援施設4カ所,78名の児童の担当職員(29名)と統制群として一般中高生88名のクラス担任(22名)にChild Behavior Checklist/4-18(子どもの行動チェックリスト,以下CBCLと示す)を中心とした質問紙に記入を依頼した。その結果,@施設群は「引きこもり」や「不安・抑うつ」・「非行的行動」・「攻撃的行動」など,「身体的訴え」を除くすべてのCBCL尺度で統制群よりも高得点を示した。施設群の各特徴としてはA中学生全体として外向尺度に大きな問題を抱えていた。虐待の有無による分析では,B虐待のない男子群で被虐待群・統制群より「非行的行動」,「攻撃的行動」,外向尺度で高く,「思考の問題」も抱えていることが明らかになった。虐待種別ではC身体的虐待の特徴に「不安・抑うつ」が見られた。しかし,自立支援施設入所児童のように問題行動の高い場合には虐待群間の特徴が鮮明にはならず,その特徴が背後に隠れてしまう可能性が指摘された。従って,その点を十分考慮した生活場面での支援と心理的援助の必要性が指摘される結果となった。
【キー・ワード】子ども虐待,児童自立支援施設,非行,情緒と行動,治療的養育

19巻の目次に戻る


間接圧力による中学生の同調:規範的および情報的影響と課題重要性の効果(宮島 裕嗣・内藤 美加)

課題重要性と社会的影響が中学生の同調にどのような効果を及ぼし,かつ偏向した意見が持続するか否かを検討した。同調の喚起を意図した課題を用い,218人の中学生に回答を選択してもらう質問紙上の思考実験を行った。実験1では意見課題を作成し,規範的影響下の同調を検討した。実験2では,正確な判断が求められる課題を用いて情報的影響下での変化を調べた。両実験とも第1セッションでは課題重要性を操作し,実験群には各課題の回答肢に仮想集団の選択傾向を呈示する集団状況で回答を求め,集団圧力による偏向のない統制群の回答と比較した。1週間後の第2セッションでは仮想集団の圧力を取り除いた個人状況で実験群に再回答を求め,偏向を受けた意見が持続するか否かを検討した。その結果,中学生では特に集団から受容されたいという動機に基づく規範的影響下で,重要性の低い課題だけでなく個人的関与の高い重要な課題でも同調を示し,それが長期間持続する私的な受容であること,また女子の方が男子に比べそうした同調を示しやすいことが明らかになった。これらの結果は,自己カテゴリー化の枠組みから論じられた。
【キー・ワード】同調,社会的影響,課題重要性,中学生,自己カテゴリー化

19巻の目次に戻る


家庭での自然観察によるつかまり歩きの縦断的発達研究(白神 敬介・根ヶ山 光一)

本研究の目的は,これまで歩行発達研究において取り上げられることのなかったつかまり歩きの分析を行い,つかまり歩きの構造を探索的に検討することである。4人の乳児を観察対象とし,家庭での自然観察によりビデオ撮影を行った。つかまり歩きの分析指標として,把持形態,体向,動作時間と動作回数を用いた。つかまり歩き形態の発達プロセスの検討から,把持形態においては重力方向への荷重に対応する四足歩行型から前部方向への荷重とモノの操作に対応する二足歩行型への推移が示され,つかまり歩きには這行寄りの形態と独立歩行寄りの形態があることが確認された。また,体向においては探索行為との関連による推移が見られた。さらに,つかまり歩きの動作には左右差が見られ,上肢と下肢の協調がつかまり歩きの習熟に大きな役割を果たしていることが示唆された。つかまり歩きは環境によって異なる形態を見せることが示され,生態心理学的に移動運動発達を捉える意義について議論された。
【キー・ワード】歩行発達,縦断的研究,自然観察,アフォーダンス,協調

19巻の目次に戻る


葛藤する空間情報の使用における幼児の言語的/空間的反応(小津 草太郎・杉村 伸一郎)

5歳から6歳までの19名の参加者に対して,対象物を正面の机の上に呈示した。次に,呈示対象物を箱で覆い隠してから,参加者を右回りに,机の横あるいは反対側の位置まで移動させた。そして,それらの新しい立ち位置から,移動前および移動後の対象物の布置の見えについて言語的様式と空間的様式による反応をおこなわせた。その結果,移動後の見えについては,いずれの様式によっても高い成績が示されたが,移動前の見えについては,言語的様式で高い成績が示されたのにもかかわらず,空間的様式による反応には,移動後の見えに一致するような誤答が多くみられた。さらに6ヶ月後,同じ参加者に同様の課題をおこなわせたところ,移動前の見えについて,言語的様式の成績は上昇したのにもかかわらず,空間的様式では移動後の見えに一致する誤答がよりに多くなった。これらの結果から,幼児にとって空間的課題が困難であることには,対象の見えを自己視点以外の視点に結びつけて理解できないということよりも,そのような見えを,実在する空間の中に具体物として表現する際に伴われる空間的葛藤が関係していることが示唆された。
【キー・ワード】視点取得,空間認知,認知発達,身体性,幼児

19巻の目次に戻る


他者とのやりとりの有無によって幼児の比喩理解がいかに異なるか(宮里 香・丸野 俊一)

本研究では「実験室的研究では幼児に理解困難とされる抽象的比喩の理解や生成が,参与観察場面で見られることがあるのはなぜか。」という問いから出発し,比喩が提示される場面の特徴により幼児の比喩理解が異なるかを検討した。実験協力者は年中児,年長児各15名であり,同一の実験協力者に以下の3つの条件でそれぞれ提示された比喩の意味について回答を求めた。他者とのやりとりがあり非言語的情報が理解の手がかりとなる「ごっこ遊び条件」と従来の実験室的方法を踏襲した2条件,すなわち,先行する物語が言語的な手がかりとなる「文脈条件」,および比喩文のみが提示される「1文条件」である。実験の結果,ごっこ遊び条件では他の条件よりも抽象的比喩が適切に理解された。さらに非言語的指標を用いた分析から,ごっこ遊び条件では文脈条件よりも幼児が高い情動反応を示しており,情動反応が大きいほどまた課題取り組みへの積極性が高いほど,抽象的比喩が適切に理解されたことが示唆された。
【キー・ワード】比喩理解,幼児,ごっこ遊び,情動,やりとり

19巻の目次に戻る