ー 刊行物 ー
発達心理学研究では、2022年8月より、「インパクト中心主義」の発展的継承を企図して審査・編集方針の改正を行うことになりました。以下に改正の経緯と概要を記します。
本誌では 2008 年 4 月よりインパクト中心主義に基づく審査を実施してきました。論文の欠点よりも価値や影響力(インパクト)を積極的に評価するとともに、「修正再審査」の判定を行わず、審査を迅速化しようというねらいがありました。それ以前の本誌の審査では、しばしば「修正再審査」の判定が繰り返され、審査が長期化するだけではなく、投稿論文が著者の論文というより審査者の論文に変質したかのように見受けられるケースも少なくありませんでした。審査者も一人の研究者である以上、自身の立場や慣習から離れることは難しく、審査の過程で「無欠点」や「完全」を目指そうとすれば、そこにはおのずと審査者の主観やこだわりが入り込むことになります。それは、かえって論文の独自性や面白みを損なわせ、著者の研究意欲を削ぐことにもなりかねません。こうした問題を防ぐには、完全性に固執しすぎることなく、発達研究としての価値や影響力があれば積極的に受け入れ、時には学会員や後続の研究者に評価を委ねるという寛容な姿勢で審査を行うことが必要だと思われます。インパクト中心主義は、このような考えに基づいて導入された審査方針です。
しかし、インパクト中心主義の導入から 10 年以上が経過し、いくつかの新たな問題が顕在化してきました。一つは、「インパクト」という言葉が独り歩きし、投稿者や審査者を含む会員の間に、本誌の審査方針に関する誤った認識が広がってきたことです。とりわけ多く見られるのは、「突出したインパクトを持つ論文でなければ採択されない(採択してはいけない)」という誤解です。これは、個々の論文の持っている独自の良さを積極的に認め、できる限り多様な論文の掲載を目指すという本来のインパクト中心主義の理念とは正反対の誤った理解です。
もう一つの問題は、迅速な審査のために「修正再審査」を廃止し、初回の審査で採否を決定せざるを得なくなったことで、保守的に「掲載不可」の判定が行われる割合が増加したことです。審査時に論文のインパクトの評価に関わる重大な問題や疑問点が見いだされた場合、著者がそれらに対応可能であるか否かについて、著者の見解を聞かなければ判断が難しいケースが多くあるにもかかわらず、それを行うことができないため、結果的に「掲載不可」の割合が増えてしまったのです。
これらの問題により、本来、より多様な論文の掲載を目指したインパクト中心主義の導入が、反対に審査の厳格化を招いてしまう結果となりました。こうした問題は、2016 年の第7回社員総会で設置された編集ワーキンググループ(2018 年に解散)および 2021 年 3 月に行われた発達心理学会第 32 回大会での大会委員会企画ラウンドテーブル(企画に際して実施された会員アンケートの結果は こちら を参照)において指摘され、それらを受け、杉村伸一郎氏を委員長とする編集委員会で新たにワーキンググループを設置し、解決のための方策を議論してきました。その結果、インパクト中心主義の発展的継承を企図し、以下の3点を柱とする審査・編集方針の改正を行うことが決まりました。
第一に、インパクトの評価の観点を明確化し、編集委員・審査者・投稿者への周知を図ります。すなわち、研究のインパクトには、オリジナリティ、クオリティ、社会的意義などの多様な側面があること、また、必ずしも個々の論文がこれら全ての要素を高いレベルで兼ね備えている必要はないこと(例えば、基礎研究であれば社会的意義、応用研究であればオリジナリティが高い水準になくても掲載に値しうる)を、審査ガイドラインや学会ホームページに明記します。また、各審査者の判定プロセスを標準化するため、Web 上の審査システムを整備します。併せて、著者にも研究のインパクトをアブストラクトの下部に記載していただき、それを審査の材料として利用します。
第二に、より多様な論文を受け入れるため、「実践論文」および「報告論文」という2つの新しい論文種別を設けるとともに、論文の分量制限を緩和します。「実践論文」は、保育・教育、心理臨床、療育・発達支援、高齢者福祉、コンサルテーションなど、多様な領域での実践をともなう研究の報告であり、学術的な意義(オリジナリティ、クオリティ)よりも実践的な意義を重視して審査を行います。研究と実践の発展に寄与するという本学会の目的を達成する上で、両者をつなぐ実践的研究の知見を報告できる場を設けることは大きな意味を持ちます。また、研究成果の国際的な発信が求められる中での和文誌の役割を改めて考えたとき、国内での実践活動に直接活用できる知見を掲載することの重要性はますます高まっていくと考えられます。「報告論文」は、実証的な研究知見の簡潔な報告(原則 8 ページ以内)であり、独自性の高い発想や方法に基づく萌芽的研究、または、先行研究の知見に関する追証的研究の報告などを含みます。分量制限は、現在の 10 ページから 12 ページ(原著論文および実践論文)まで緩和するとともに、それを超えた場合も個々の論文の性質に応じて柔軟に対応する方針を編集規則などに明記します。これは科学研究の再現性に関する問題が顕在化する中で、方法や結果に関して以前よりも多くの記述が求められるようになってきたことへの対応でもあります。
第三に、著者とのコミュニケーションの機会を確保するため、限定的に「修正再審査」を復活させます。初回の審査に限り「修正再審査」を認めることで、保守的な「掲載不可」の判定を減らすとともに、著者にも弁明や反論の機会を提供し、より妥当で公正な審査の実現を目指します。ただし、審査の迅速性の維持のため、「修正再審査」の判定は1回に限定するとともに、再審査は審査者に戻さず、担当編集委員のみが行います。
これらの改正により、インパクト中心主義の本来の理念が実現され、基礎研究から応用研究、探索的研究から確証的研究、質的研究から量的研究、事例研究から大規模研究まで、発達の理解に寄与する多様な論文が本誌に掲載される状況になることを望みます。新しい審査方針の詳細については、「発達心理学研究 審査の基本方針」をご参照ください。
なお、審査・編集方針の改正に際する、編集規則や内規、投稿規則や手引き等の文言、また本ホームページ上の説明の文言は、2021 年 5 月に設置された発達心理学研究審査基準等ワーキンググループ(審査基準等 WG)による度重なる議論と修正を経てまとめられ、編集委員会の審議を経て理事会で承認されました。この過程で、代表理事の氏家達夫氏、事務局長の岩立志津夫氏、理事の成田健一氏からも助言を賜りました。審査基準等 WG メンバーと当時の役職等は、仲真紀子氏(担当理事)、杉村伸一郎氏(編集委員長)、伊藤大幸氏(副委員長、作業チーム)、池田幸恭氏(編集委員、作業チーム)、中川威氏(編集委員、作業チーム)、上原泉(副委員長[2022 年現在編集委員長])で、2022 年 1 月から同 WG は発達心理学研究改革実行 WG と改称され、新副委員長の金政祐司氏もメンバーに加わりました。
発達心理学研究 編集委員会