3巻1号
幼稚園の中のものをめぐる子ども同士のいざこざ-いざこざで使用される方略と子ども同士の関係
(倉持清美:お茶の水女子大学人間文化研究科)
幼稚園の自由遊び時間に生じた子ども達のいざこざを観察し,いざこざの中で使用される方略が,いざこざ当事者の子ども達の関係によって異なるかどうかを検討した。子ども同士の関係は,同じ遊び集団に所属しているのか,あるいは異なる遊び集団に所属しているのかどうかで分類した。幼稚園の年長2クラスの5歳から6歳までの42人の子ども達について,4月から10月までの自由遊び時間にテープレコーダーとフィールドノートを使って週に2〜3回観察して,37の事例を収集した。同じ遊び集団に属する子ども達の間では,主に,物を先取りしていることを主張する方略と,その物を所有することが展開されている遊びにとって必要であること,例えばお母さん役の子どもが所有することが妥当であることを示す方略を使用した。異なる遊び集団に属する子ども達は,貸すための条件を示す方略と借りる限度を示す方略を使用した。この結果は,子ども達がいざこざの中で使用する方略が子ども達同士の関係の違いによって選択されていることを示した。
100歳老人の認知機能−東京都100歳老人からの検討−
(中里見治・下仲順子・本間昭:東京都老人総合研究所)
本研究の目的は,100歳老人の認知機能の特徴を明らかにすることであり,東京都に在住している100歳以上の老人男女174名を対象とし,より若年の正常老人および大学病院の外来痴呆患者と比較した。
認知機能の測定は長谷川の痴呆診査スケールを用いた。教育要因を統制しても,女性での認知機能の低下は男性での低下よりも急速であり,これが年齢が高くなるほど認知機能の性差を大きくしている。教育要因も認知機能に有意に影響を及ぼしており,教育が高いほど高齢になっても認知機能はよく保たれていた。100歳老人の中の痴呆老人の方が外来痴呆患者よりも認知機能の障害が大きかった。長谷川スケールの項目についての分析の結果,項目により100歳の痴呆老人と外来痴呆患者の問で低下の仕方が異なっており,両群の認知機能の低下に質的にも差が認められた。以上の結果は100歳老人の認知機能の低下は正常老化と異常老化の双方が関与していることを示唆している。
チンパンジー乳児における愛着の研究−Strange
Situationにおける行動と心拍変化−
(井上徳子・日上耕司:関西学院大学文学研究科・松沢哲郎:京都大学霊長類研究所)
チンパンジー乳児の愛着をStrange Situation法によって調べた。ビデオ録画による行動観察に加えて,チンパンジーの情動的反応を数量化するために心拍テレメトリーを使用した。被験体は生後2カ月目より人工哺育で育てられたメスのチンパンジー1頭であった。母親役は被験体と毎日1〜2時間の接触のあった男性(ヒト)であった。またストレンジャー役は,被験体にとってまったく未知の人物(女性4名と男性3名)がおこなった。Strange
Situation法は1週間間隔で7試行おこなわれた。母子分離前においては身体的移動.対象操作などの探索行動が,母子分離場面においては,発声やロッキングなどの母親との接触を要求する愛着行動が,また母親との再会場面では母親との接触を維持する愛着行動が多くみられた。被験体は母親を安全基地として探索行動を続けることができた。また瞬時心拍数については,母子が分離される際には急激に増加,母親のいる場面では比較的低く安定するなど,各エピソードとの間に明瞭な対応関係が見られた。これらの結果よりStrange
Situationにおけるチンパンジー乳児の愛着はヒト乳児のそれと極めて類似していることが明らかにされた。
モデルの示す援助コストが児童の寄付行動に及ぼす効果
(鈴木伸子:服部病院・松田文子:鳴門教育大学)
本研究の目的は,低コスト,中コスト,高コストという3つのタイプの寄付行動を示す3種類のモデルが2年生,3年生児童の寄付行動に及ぼす効果を検討することであった。また別に統制群として寄付行動を示さないモデルが用意された。最初,被験児は,VTRに録画されたこれら4つの種類のモデルの中の1つを観察した。その後,被験児はひとつのゲームをし,5枚のコインを獲得した。最後に,被験児は自分のコインをかわいそうな子どもたちのために寄付するよう求められた。次に主な結果を示す。(a)高コストモデルの観察は,もっとも強く被験児の寄付を促進させたが,このように非常に高い自己犠牲的な行動を模倣することは何人かの被験児にとってかなり困難であるように思われた。(b)中コストモデルは被験児に模倣されやすかった。(c)低コストモデルもまた模倣されやすかった。しかし,コインの平均寄付枚数は統制群のそれよりもわずかに少なかった。(d)被験児はモデルからモデルの寄付行動の原理を学習をしたと思われた。
幼稚園児のかな文字の読みと自分の名前の読みとの関連
(無藤隆・遠藤めぐみ・坂田理恵:お茶の水女子大学家政学部・武重仁子:田園調布雙葉小学校付属幼稚園)
本研究では,幼児における自分の名前および友だちの名前とかな文字の読みの獲得の関係を調べた。60人の3・4歳児が,自分の名前,クラスの友だちの名前,およびかな文字の読みを,8カ月の間隔を開けて縦断的に2回テストされた。その結果,名前の読みとかなの読みの獲得の関係には個人差があり,以下の3つの特徴的なタイプがあることが見いだされた。第1に,個々のかな文字は読めても,読めるかなからなる自分の名前が読めない子どもがわずかにいた。第2に,名前を構成するかな文字をすべては読めなくても,自分の名前は読める子どもがいた。第3に,自分の名前を姓から続けて読み,しかも友だちの名前についてはそうしない子どもがいた。このタイプは,個々のかな文字の読みを獲得する以前に,自分の名前を自分を指す一まとまりの記号として同定することを学んだと思われる。
3巻2号
妊娠体験者の子どもを持つことにおける意識−子どもを<授かる>・<つくる>意識を中心に−
(中山まき子:目白学園女子教育研究所)
本稿では既婚女性15名の妊娠・出産に関する予定質問を含む自由会話方式の聞き取り調査(1987−90)−特に初めての妊娠体験の語り−に基づき,現代目本社会における,子どもを持つことに関する意識を探る。具体的には,子どもを<授かる>・<つくる>という語彙の用いられ方,意識の存否,およびそれらの内容のあり方を明らかにすることを目的とした。その結果@自分の妊娠に関して語る際の日常的表現としては<つくる>という語彙が頻繁に用いられ,<授かる>は用いられることが少ない。Aしかし妊娠状況の意識を語る手段としては<授かる>が現在も用いられる。Bその際の<授かる>という語彙は様々な意味で使用されている。例えば,子どもを<つくろう>と計画していた女性たちの喜びの表現として/子どもを(まだ)<つくらない>と計画していた女性たちが妊娠した際の落胆を緩和する表現として/生殖技術を用いた妊娠に対して生殖技術を用いないで妊娠した自分の状況を語る表現としてなどの意味をみいだすことができる。総じて今日の子どもを<授かる>という意識表現はコンテクストに依存して変化し,多義的意味を包含する。よってこの意識は子どもを<つくる>という意識とは「位相が異なる」ものであった。従って両者は対立することなく複合的に存在する場合があることを示した。この結果を基に,日本人の生命誕生に関する認識とその時代的変化を考察した。
乳児期の見知らぬ他者への恐れ−生後6・12・18カ月の縦断的関連−
(菅原ますみ:湘北短期大学・佐藤達哉:東京都立大学・島悟:東京経済大学・戸田まり:北海道教育大学・北村俊則:国立精神・神経センター精神保健研究所)
乳児期における見知らぬ他者への恐れについて縦断的に検討をおこなった。生後6カ月(817名)および生後12カ月(722名)では、見知らぬ他者に対する乳児の反応についての質問紙を用いて測定を行なった。生後18カ月には、生後6カ月時および12カ月時の調査を受けた被験児のうち33名がThompsonとLamb(1982)による手続きを用いて実験的状況で測定された。18カ月時の見知らぬ他者への恐れ得点と6カ月時および12カ月時の得点間に有意な正の相関が見られた。この結果は、見知らぬ他者への恐れにみられる個人差は乳児期の1年間にわたって比較的安定していることを示唆している。3時期で性差が見られた:女児の方が男児より見知らぬ他者に対して恐れる傾向が強かった。
3つ組課題における概念的体制化の発達的研究−体制化に及ぼす課題のタイプとラベリングの効果−
(杉村智子:広島大学)
年長児,3年生,成人に対して,3タイプの3つ組み課題を3つの条件下で実施した。等位概念課題は,標本刺激と分類学的選択刺激の間に等位概念名が存在し(例えばリンゴとブドウであれば,果物という等位概念名が存在する),上位概念課題は標本刺激と分類学的選択刺激の間に上位概念名が存在する(例えばリンゴとニンジンであれば食べ物という上位概念名が存在する)。また,機能一連関概念課題では標本刺激と分類学的選択刺激の間に概念名は存在しないが,共通の機能をもつという関係にある(例えば手と足は両方とも体の一部である)。
条件については次のようである。概念名・関連語条件では標本刺激に対して標本刺激と分類学的選択刺激の概念名または関連語(例えば,“果物”,“体の一部”)が教示される。事例名条件では標本刺激に対して事例名(例えば,“リンゴ”,“足”)が教示される。ラベルなし条件では,教示の際にラベリングは行なわれない。主な結果は次の通りである:(1)年長児と3年生では,成人よりも事例名によるラベリングが分類学的反応を促進した,(2)3年生と成人では,年長児よりも,上位概念課題と機能一連関概念課題において,概念名・関連語によるラベリングが分類学的反応を促進した。以上の結果から,主に,分類学的体制化における概念名の利用という点で発達差が考察された。
年齢規範の観点からみた青年の将来展望に関する研究−予期された標準的なライフサイクルと職業生活設計をめぐって−
(望月葉子:宇都宮大学教育学部・中島史明:日本労働研究機構・大根田充男:宇都宮大学教育学部)
本研究は,年齢規範の観点から青年の将来展望を明らかにしようとするものである。年齢規範に関する調査は,高校生4999名,大学生701名を対象として行われた。設定した規範項目は,次の10項目;「精神的に自立する」「経済的に自立する」「就職する」「職業人らしさを身につける」「転職する」「結婚する」「子どものしつけに責任を持つ」「地位や肩書を持つ」「余暇をうまく過ごす」「老後の準備をする」である。見いだされた知見は次のとおりである;@今回取り上げた項目の多くは,規範として承認されている。A高校生・大学生の男女に予期された標準的なライフサイクルは同一であり,職業生活設計を規定している。B規範を承認する者の予定は,承認しない者よりも予期された標準的なライフサイクルに近い。その他,年齢規範としての機能の弱い項目が検討された。
小中学生の読書行動に家庭環境が及ぼす影響
(秋田喜代美:東京大学教育学部)
本研究は,子の読書への参加と熟達化に家庭が果たす役割という観点から,読書に関する家庭環境を,@家に本を置くという物理的環境準備者としての役割,A親自身が読書を行い,読書熟達者のモデルを子に示す役割,B子に本を読むよう勧めたり,本を買い与えたり,本屋や図書館へ連れていくなど直接的な動機付けを行う役割,C親が子どもに本を読んでやることによって直接読み方を教授したり,子どもが本を理解できるよう援助したりする役割の4種類に整理し,各役割が子の読書に与える影響を検討したものである。小3,小5,中2,計506名を対象に質問紙調査を行った結果,次の4点が明らかとなった。第1に,親が読書好きであることが,子に対する様々な行動の量に影響を与えること,第2に親が読み門かせをしたり図書館や本屋に連れて行くなど,読書に関して子どもと直接関わることの方が蔵書量や親自身の行動よりも子の感情に与える影響が大きいこと,第3に親の役割内容には子の感情と関連のある役割と読書量と関連のある役割があること,第4に役割には子の学年と共に影響が弱くなる役割と学年によらず影響を与える役割があることである。