発達心理学研究 第35巻(2024年刊行予定)


35巻1号


◆石崎 一郎・大川 一郎:家事・育児への継続的関与を通して夫がジェンダー役割の囚われから脱却するプロセス:「主夫」の意識変容に着目して

本研究では,長期にわたる夫の家事・育児への継続的関与を通して,「主夫」である夫が,ジェンダー・ステレオタイプを克服し,ジェンダー役割の囚われから脱却するプロセスを明らかにすることを目的とした。3〜20年にわたり主夫をする夫16名にインタビューを実施し,M-GTAにより分析した結果, 夫と妻がジェンダー役割に囚われる要因として,それぞれの潜在意識,組織・学校・地域社会に内在する「無意識の思い込み」が大きな要因となっていることが明らかになった。加えて,夫が家事・育児への関与を深め,ジェンダー役割から脱却するためには,(1)夫と妻の間での情報の齟齬をなくし,情報共有の質と量を高めること,(2)夫が孤独な育児と苦悩を体験し,ジェンダーの囚われと葛藤する中で,社会に遍在する無意識の思い込みに自ら気づくこと,(3)地域社会との関係を試行錯誤し,主夫コミュニティなどを通じて,新たなソーシャルサポートを獲得すること,(4)ジェンダーに対する認知の「パラダイムシフト」が必要であることが推測された。さらに,夫の家事・育児に対する認知が,家庭内役割への継続的関与により「仕事」として価値転換され,それにより多様性の理解と柔軟な思考を促進させることが示唆された。
【インパクト】
夫の家事・育児への参加を促進する条件が整いつつあるにもかかわらず,なぜ日本では夫の家事・育児への関与が遅々として進展しないのか。この問いに対して,本研究の結果からは,夫と妻双方の「ジェンダーの囚われ」という解が見出された。従来の成人期男性の発達研究にはなかった視点から,仕事と家庭の狭間で葛藤する男性の心理に関する知見を得ることができた。



【キーワード】主夫,ジェンダー役割,ジェンダー・ステレオタイプ,囚われ,M-GTA

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◆田口 恵也・溝川 藍:青年期における向社会的な嘘の使用傾向と抑うつの関連の発達的変化:横断的調査による検討

嘘は対人葛藤を回避し,円滑な対人関係を維持する上で役立つとされる反面,近年ではその使用が抑うつを高めることも指摘されている。本研究では,他者のためにつく向社会的な嘘の使用傾向と抑うつの関連について,1034名 (中学生126名,高校生540名,大学生368名) を対象に検討した。その結果,いずれの学校段階においても向社会的な嘘の使用傾向が高いほど抑うつが高いこと,中学生においては向社会的な嘘の使用傾向が友人関係の良好さと負に,大学生においては向社会的な嘘の使用傾向が友人関係の良好さと正に関連すること,中学生や高校生では向社会的な嘘の使用傾向と抑うつの間に対人疲労感が介在していることが明らかになった。また,大学生の向社会的な嘘の使用傾向は,中学生および高校生に比べて高かった。本研究の知見から,青年期において向社会的な嘘の使用傾向と抑うつの間には一貫して関連が見られるものの,関連する過程や向社会的な嘘の使用傾向には学校段階による違いがあることが示された。
【インパクト】
本研究によって,向社会的な嘘の使用傾向と抑うつの関連が青年期(中学生・高校生・大学生)において一貫して見られることが明らかになった。また,学校段階が上がるにつれて,向社会的な嘘を使用するほど友人関係は良好になり,対人疲労感も生じにくくなることが示された。これらの知見から,同じ青年期の中でも,対人関係の構造の違いやコミュニケーションスキルの発達に伴って向社会的な嘘の効用が変化することが示唆された。



【キーワード】向社会的な嘘,抑うつ,友人関係,対人疲労感,青年期

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◆加藤 道代・神谷 哲司:母親の認知する父親の感応的協働性尺度の作成:コペアレンティングにおいて母親が父親に対して抱く「察してほしい」思いに着目して

本研究の目的は,父親が子育てと家事のニーズを感知し,感受性と応答性をもって自ら関与しようとする姿勢(感応的協働性)に対する母親の認知を測定する尺度(母親の認知する父親の感応的協働性尺度)を作成し,その信頼性と妥当性を検討することであった。6歳未満の子どもを持つ母親497名(調査1)と母親499名(調査2)がウェブ調査に参加した。調査1では,母親の認知する父親の感応的協働性尺度10項目について探索的因子分析により1次元性と高い内的整合性(α=.95)が得られた。調査2では主成分分析により1次元性を再確認した。他の変数との相関では,母親の認知する父親の感応的協働性の高さは,母親による父親の育児行動への促進の高さと批判の低さ,夫婦関係満足感の高さ,母親の認知する父親の共感性(他者指向的反応と視点取得)の高さと有意に関連した。また,母親の認知する父親の感応的協働性は日本語版コペアレンティング関係尺度(CRS-J)の5下位尺度と有意な正の関連を認め,母親の認知する父親の感応的協働性が高いほどコペアレンティングがうまくいっていることが示された。加えて,夫婦で子育てのことを話し合える信頼感の高さとも有意な関連がみられた。以上により,母親の認知する父親の感応的協働性尺度は,高い内的整合性をもち,調和的コペアレンティングとして先行研究が示す構成概念を備えた尺度として妥当性を有することが示された。
【インパクト】
本研究は,パートナー(本研究では父親)が子育てと家事のニーズに,感受性と応答性をもって自ら関与しようとする姿勢を父親の感応的協働性と定義し,主要な育児担当者(母親)の認知するパートナーの感応的協働性を測定することにより,調和的コペアレンティングの評価を可能にした。コペアレンティングにおける「察する」関係の重要性に着目した本尺度は,今後のコペアレンティング研究の展開に大きく寄与することが期待できる。



【キーワード】夫婦,子育て,コペアレンティング,感受性,応答性

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◆向井 隆代・小山 直子・石井 礼花・コ田 若奈・森 千夏:児童期における愛着の測定:Child Attachment Interview の妥当性の検討

児童期中期から青年期の愛着を評価する測定方法は確立されていなかった。Child Attachment Interview(CAI)は,児童期中期以降の愛着を評価するために開発された半構造化面接法であり,愛着を次元およびカテゴリーで評価する。本研究では,CAIプロトコルの日本語版を作成し,日本人児童における実施可能性と妥当性を検討した。93名(平均年齢9.8歳,男児46名)の児童に対し,CAI,Kerns Security Scale(KSS),およびWISCの下位検査を実施した。保護者は児童の気質に関するEarly Adolescent Temperament Questionnaireを記入した。 本研究の結果は,先行研究の結果をほぼ追認するものであり,CAIによる愛着分類(安定型,軽視型,とらわれ型,非組織化型)の分布は,海外の報告とほぼ同様であった。性別や母親の就業状況による愛着分類への影響は見られなかった。母分類,父分類のそれぞれで,安定型の児童は不安定型の児童に比べて対応するKSS得点が高く,CAIによる愛着分類の妥当性が確認された。CAI尺度得点は,KSSと予想された相関を示し,気質とは相関がみられなかったことから,CAI尺度の妥当性も確認された。しかし,母分類で安定型の児童は不安定型の児童に比べ,WISC「単語」の得点が有意に高く,語彙力とCAIの関連についてはさらに検討が必要である。
【インパクト】
本研究は,日本人児童を対象に半構造化面接によって愛着を評価する初めての試みであり,新奇性がある。これまで愛着を測定することが不可能であった年齢層の児童の愛着測定方法として,海外では学術研究のみならず臨床・福祉領域でも活用されているCAIを,日本でも使用することが可能になることの社会的意義は大きい。イギリスで開発された質問項目や評価の手続きを日本人児童に実施可能かどうかを確認し,妥当性の検討を行った。



【キーワード】愛着,児童期中期,Child Attachment Interview,半構造化面接,妥当性

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35巻2号


◆板川 知央・佐々木 銀河:療育者の困難感尺度作成の試み:信頼性および妥当性の検討

本研究の目的は@療育者の困難感尺度を開発し,その信頼性および妥当性を検証すること,A療育者の困難感尺度と回答者の属性の関係性を検討することの2点であった。全国児童発達支援協議会に加盟する532団体のうち,児童発達支援事業所,放課後等デイサービス,児童発達支援センターを運営する100団体に勤務する職員計324名を対象として調査を行った。因子分析の結果,療育者の困難感尺度は“子どもとの関わり”,“他の職員との関わり”,“事務・労働環境”,“外部機関との情報共有”,“保護者との関わり”の5因子構造であることが考えられた。また,療育者の困難感尺度は内的一貫性の側面において信頼性が高いこと,基準関連妥当性の側面において一定程度の妥当性があることが確認された。さらに,療育者の困難感尺度と回答者の属性との関係性について分析を行った結果,“事務・労働環境”と療育の経験年数および“外部機関との情報共有”と職位において有意差が確認された。
【インパクト】
療育者の困難感尺度の開発によって,1)療育者の困難感を定量的に測定できるようになった。さらに,2)この尺度を利用することによって現場で働く療育者が現在どのような困難を抱えているか明らかにすることができ,彼らを取り巻く環境の整備やサポートに役立てることができるようになった。また,3)本尺度の開発により,療育者の困難感とメンタルヘルスの関連性など療育者を対象とした様々な研究に繋げることができる。



【キーワード】療育者,困難感,尺度開発,職場環境

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◆田中 駿・清水 寛之・清水 里美・足立 絵美・郷間 英世:人間の精神発達曲線への多項式のあてはめ:新版K式発達検査2020の標準化資料の分析から

新版K式発達検査2020の標準化資料を利用して, 全般的な発達検査の結果に関する発達曲線を多項式で表すことを検討し, その結果から人間の一生涯にわたる精神発達の概観を試みた。最小二乗法により1次式から6次式までの式を算出し, 決定係数(R2)を求めた。求められた式を用いて, 全ての年齢区分(51区分)の測定値との一致率を算出した。その結果, 決定係数に着目すると2〜6次式で, 一致率に着目すると3〜6次式で, 式のあてはまりが良かった。このことから, 3次式によるあてはめが適当であると考えられた。次に, 3次式を用いて人間の精神発達の概観を捉えると, 3次式の極大値から, 19歳6か月頃に発達のピークをむかえることが推定された。また, 0歳から20歳まで直線的に一定のペースで発達するわけではなく, 年齢が高くなるにつれて徐々に発達の速度が緩やかになることも推定された。特に, 最初の0%から10%の得点になるまでは10か月かかるものが, 90%から100%になるまでに7年が必要になり, 精神発達が単純にスムーズに進んでいかないことが示唆された。
【インパクト】
新版K式発達検査は0歳児から高齢者までの人たちに使用可能な標準化された検査である。本研究では新版K式発達検査2020の標準化のために集められた, 0歳〜70歳台の人たちを対象とした資料を使用した。人間の全般的な精神発達曲線を多項式で表し, 精神発達の概観を試みる研究は, 発達の理論やモデルに関する議論が促進されることが期待され, さまざまな人たちの健やかな発達を表すための一つの指標となり得る。
【キーワード】精神発達曲線,最小二乗法,多項式,新版K式発達検査2020

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◆本田 真大・本田 泰代:幼児を育てる母親の抑うつ症状と子育てに関する援助要請抵抗感の関連

本研究の目的は母親の抑うつ症状と援助要請抵抗感の関連を検討することである。検討にあたって援助要請抵抗感尺度を作成し,信頼性を内的整合性,妥当性を内容的妥当性と構成概念妥当性(ソーシャルサポート,抑うつとの関連の仮説検証)の点から検討した。幼児を育てる母親315名のデータより,夫,実母,友人,保育者それぞれに対する1因子構造の援助要請抵抗感尺度が作成された。4つの尺度の内的整合性はα= .82〜.83であり,十分高かった。夫,実母,友人に対する尺度は知覚されたサポートとの間に負の単相関係数が得られ(r = -.35〜-.56),4つの尺度とCES-Dの間に正の単相関係数が得られた(r = .26〜.34)。よって,本尺度の構成概念妥当性が支持された。さらに抑うつ群と非抑うつ群の母親を比較した結果,抑うつ群の母親の方が悩みの経験が多いことに加えて知覚されたサポートが低く,援助要請抵抗感が高いことが明らかになった。抑うつ症状と援助要請の負の関連は幼児を育てる母親においても追証された。
【インパクト】
子育てに悩みは尽きない。悩み苦しみながらも誰にも相談できない保護者の心理を明らかにすることは,よりよい子育て支援サービスの構築にも貢献するであろう。本研究から幼児期の子育てをする母親の悩みの相談(援助要請)の抵抗感が明らかにされ,抑うつ症状の強い母親は相談もしづらいことが示された。メンタルヘルスの不調による子育ての困難さに相談できない困難さも重なっていると言えよう。
【キーワード】援助要請,保護者,子育て,抑うつ

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◆新井 雅:小学生を対象としたSOSの出し方・受け止め方に関する教育の実践:被援助志向性,援助・被援助のスキル,抑うつ症状に及ぼす効果の検討

本研究では,自殺予防教育の一環として,小学6年生を対象にSOS の出し方・受け止め方に関する心理教育プログラムを実践し,その効果を検討することを目的とした。効果検討にあたって,プログラムを実施する実践群と,効果測定終了後に同一のプログラムを実施する待機群を設定した。計2回のセッション(各45分)から構成されるプログラムを学級単位で実施し,友人・教師に対する被援助志向性,援助要請スキル,友人に対する援助スキルのほか,自殺の危険因子である抑うつ症状を測定する自己評定式の尺度を効果指標として用いた。実践群54名と待機群64名の児童のデータを用いて解析を行った結果,待機群と比べて,実践群の女子児童において,プログラム実施前後で援助要請スキルが有意に向上し,抑うつ症状が低減していた。また,実践群を対象に,実施前から約2か月後のフォローアップ調査にかけての尺度得点の変化を分析した結果,女子児童において援助要請スキルと抑うつ症状に有意に肯定的な変化が生じていた。そして,実践群に関して,プログラム実施前からフォローアップにかけての尺度得点の変化量に基づく相関分析を行った結果,男女共に援助要請スキルと抑うつ症状の変化に有意な負の関連が示された。最後に,本研究の限界や課題と共に,今後の小学生を対象とした自殺予防教育に関する実践および研究の発展可能性について考察した。
【インパクト】
小学生に対する自殺予防教育の効果研究が十分に蓄積していない現状の中で,本研究は,SOSの出し方・受け止め方に関する教育を実践し,待機群との比較と共にフォローアップ・データも含めて効果を検討した。男子児童への効果の確認には課題が残ったものの,女子児童において,援助要請スキルや自殺の危険因子である抑うつ症状への効果が認められ,今後の自殺予防教育の発展につなげるための基盤となる知見を示すことができた。
【キーワード】小学生,自殺予防教育,被援助志向性,援助要請スキル,抑うつ

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