発達心理学研究  8巻第3号  1997年12月



幼児期における感情を表現した比喩の理解

松尾浩一郎(広島大学)

 本研究の目的は、感情を表現した比喩の理解が幼児期においてどのように発達するのかを明らかにすることであった。本研究では、喜び、悲しみ、怒りという3種類の感情を表現する直喩を作成し、4歳児、5歳児、6歳児における理解を調べた。被験者児は、実験者の口頭で読まれた比喩文に対して、4枚のカード(喜び、悲しみ、怒りの表現を示したカードおよび白紙のカード)の中から1つを選ぶというやり方で、比喩文が表現する感情について答えた。白紙のカードは、比喩分が表現する感情がわからない場合、または比喩分が喜び、悲しみ、怒り以外の感情を表現していると思われる場合に選択するように教示された。主な結果は次のとおりであった。1)感情の種類によって比喩理解の発達の様相が異なっていることが示唆された。2)4歳児の正答率はチャンスレベルをこえたが、比喩の理解が成人に類似した形で安定するのは5歳になってからであった。3)熱い液体に関わる語句によって怒りが表現された場合に悲しみの表現と判断しやすいなど、用字の誤答には一定の傾向が認められた。

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中学生における2つの動体の時間と距離の比較判断

Lan Woei-Chen・松田文子(広島大学)

 2つの動体が同方向に、それぞれある時間、ある距離(従って、ある速さで)運動するときの、走行時間や走行距離の比較判断は、子どもにおいて前者が後者より難しいという結果が従来得られており、空間概念の発達が時間概念の発達に先行すると言われている。しかし、従来の諸研究では、時間半団課題と距離判断課題の等価性(ここでは課題の対称性と呼ぶ)についてはほとんど考慮されていない。本研究では、第2著者の幼児と小学生を用いた先行研究と同様に、形式的に対称菜時間判断課題と距離判断課題をCRTディスプレイ上に提示する。前回は、自動車が現れると同時に走り止まると同時に消える画面を作り、出発・到着地点の目立ちの効果を明らかにしたが、今回は走路など、空間的手がかりをできるだけ少くし、時間判断課題と距離判断課題の対称性をさらに高めた課題を用意して、これまでほとんど研究されていない中学生を対象に実験を行った。その結果、実験事態の中に空間的手がかりがほとんどないとき、時間判断と距離判断は同程度に難しかった。したがって従来の距離判断が時間判断よりも易しいという結果は、概念発達の差というよりも、一般に実験事態の中に空間的手が かりが多く、かつ目立っていたことが原因と思われる。また中学生でも正答率が7割前後の課題がいくつかあり、まだほぼ完全な正当を行う大学生のレベルには達していなかった。

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老人病院入院高齢者の家族の退院意向および退院に影響する要因分析

石井京子(藍野学院短期大学)

高齢者の老人病院への入院により、家族がその後の高齢者介護に対しどのような意識を持つのかを明らかにすることを目的に、家族に郵送質問紙調査と医療者による高齢者実態調査を行った。さらに、同対象の2年後の追跡調査を行い、実施の退院に関与した要因の分析を行った。分析は老人病院に入院中の高齢者の家族のうち、家族調査と医療者側の患者状態調査が揃っている561名について行った。結果は次のとおりである。高齢者の平均年齢は79.0歳で、75歳以上では女性が多い。入院中の家族は37.8%が高齢者の退院後の生活場所として家庭を考えているが、医師・看護婦の在宅可能者の判断と一致しなかった。家族の家庭意向に影響する要因は今回以前の入院経験と入院期間、住居に段差問題がない、福祉サービスの利用経験、今回の入院期間の長さ、現在の痴呆度、家族の面会頻度などである。2年後の追跡調査の結果、自宅への退院は5.7%であった。退院に関与する要因は入院期間が6ケ月以内である、現在の痴呆が軽度、入院時の家族の意向が在宅介護、医師・看護婦が在宅可能の判断などであった。このように入院中の在宅介護意向と実際の退院へ影響する要因は類似している。今後は在宅介 護の意向を持っている家族が、入院期間が長期になるとその意欲を失っていくことを防ぐために、家族への頻繁な面接や退院に向けての家屋の改造などの専門的援助が、入院時から継続して行われることの必要性が明らかになった。

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幼児における植物の成長プロセスと生命に関する認識の変化:エダマメの栽培経験の効果

日下正一(福島大学)・長谷川孝子(長野県短期大学付属幼稚園)・風間節子(〃)

 本研究の目的は、幼稚園でのエダマメの栽培経験が幼児における「植物の生長プロセス」と「植物の生命の認識」にどのような効果をもつかを明らかにしようとするものであった。59名の幼稚園児(5歳児)が約3か月にわたってエダマメ栽培、すなわち、畑の耕作、種蒔き、根や芽、葉、蕾、花、実の観察、水やり、草取り、収穫を経験した。これらの幼児に対して、エダマメの栽培経験の前後およびその過程でエダマメの成長プロセスと職部(エダマメ、ヒマワリ、草、木)の生命認識について個別に面接調査が実施された(成長プロセスについては、成長の段階を描画する方法が用いられた)。その結果、次のことが明らかとなった。(1)エダマメの栽培経験は、「エダマメの成長プロセスの認識」、とくに葉と花の生長段階を表象することに対してかなりの効果があった。(2)エダマメの栽培経験は、約4割強の子どもの「エダマメの生命認識」に変化をもたらし、とりわけエダマメを生きていないと考えていた子どもに対してエダマメの成長の比較的初期の成長段階の観察、つまり値や双葉の発生についての観察が幼児の「エダマメの生命認識」に影響を与えた。また、草を除くヒマワリと木に ついても「生命認識」の変化が生じたが、それらの多くはエダマメの栽培経験が契機となって生じた可能性が高いと考えられた。

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青年後期から成人期初期の内的作業モデル:縦断的研究

山岸明子(順天堂医療短期大学)

 就職や結婚、出産など対人的環境が大きく変わる青年後期から成人期初期にかけて、Bowlbyの内的作業モデル(IWM)や過去から現在の対人的経験のとらえ方がどう変化するか(しないか)を縦断的データに基づいて検討した。被験者は看護専門学校の卒業生で、在学中に生育史のレポートを書き、卒後4ケ月時に質問紙に回答した者の内、その4年後にも回答した31名である。主な結果は次の通り:1)IWM、各時期の適応感、エゴグラム、両親の養育態度の認知とも、青年後期と成人期初期の2時点間の相関計数は .5から .8台が多く、4年間を経ても安定性はかなり高い。2)しかしIWMとの関連の仕方は2時点で必ずしも同じではなく、全体的に青年後期はアンビバレントな傾向とのマイナスの相関が高かったのに対し、成人期初期は回避傾向との相関が高くなる傾向が見られる。3)IWMの安定−不安定さは4年を経ても変化がない場合が多く(特に中程度から不安定な場合)、順位の変化も少ないが、変化する場合もある。変化があったケースと変わらないケースを個々に検討したところ、仕事や私生活の好調さ、現在の適応感、エゴグラムの現実性などとの関連が見られた。信仰をもったことなどにより安定性得点が大きく上がった者がある一方、青年後期に不安定であった者は(結婚したり、親との関係が少しよくなった場合も)成人期初期においても不安定さに変わりはなかった。

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幼児における日本語表記体系の理解:読字数との関連

齋藤瑞恵(お茶の水女子大学)

 本研究は、知識領域としての日本語表記体系(ひらがな・カタカナ・漢字・数字)について、用字の理解を検討したものである。表記体系についての知識には、指示伝達の機能に関する側面と、知覚的形式的特徴に関する側面とがあると考えられる。これらのうち、本研究では形式的側面を、読字数との関連において検討した。実験Tでは、幼稚園年長児・年中児各20名を対象に、4体系毎に書く表記体系の負事例を選択する分類課題を実施した結果、次の4点が明らかになった。第1に、日本の子どもは知識領域として4表記体系を区別していた。第2に、表記体系についての知識は、加齢と共に現実の大人の理解に近づくという発達的変化が見られた。第3に、4体系の読字数合計と表記体系についての知識の発達とは関連をもっていた。第4に、特定の体系の読字数が多いほど、その表記体系についての知識も発達しているというような単純な対応関係はないが、体系によって知識発達の程度が異なった。実験Uでは幼稚園年長児・年中児各36名を3条件に分け、3分の2の被験児に、分類課題の前に表記体系についての知識の発達を促す訓練を実施した。その結果、読字数の増加が先行し、それを基礎 にして表記体系についての知識が発達するような因果関係が存在することが示唆された。

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