発達心理学研究第5巻(1994年) 


5巻1号

高齢者の回想と適応に関する研究

(長田由紀子:聖徳大学短期大学部・長田久雄:東京都立医療技術短期大学)

本研究の目的は,高齢者の回想の特徴および回想と適応との関係を若年者と比較し,老年期における回想の意味を検討することである。われわれは,日常生活において自然に起こる回想の量を測定するために,8項目からなる回想尺度を作成し,質問紙を用いて個人の回想の量の測定を行なった。対象者は18〜24歳の132名(学生群),40〜64歳の97名(壮年群),65〜95歳の133名(老年群)であった。回想の量についで3群の差を検討した結果,他の2群に比べて学生群の回想の量が多いことが示された。老年群でよく回想をする者は現在満足度が低く,死について意識することが強く,死の不安が強い傾向が示されたが,回想に対して「気分転換」や「重荷から解放される」
という効果を感じていた。結果から,青年期における回想は自我同一性の確立を反映している可能性が示唆された。
また,老年期において回想を行なうことが,死を意識することと関係があることが示された。老年期における回想の高頻度と,満足度の低さとの間に関係が示されたが,この結果は,回想による人生の統合が失敗に至ったことを示唆するとともに,不適応状態への対処として回想が用いられる可能性を示唆するものであった。

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幼児による特徴の帰属と帰納的推論:上位カテゴリーの役割

(湯沢正通:鳴門教育大学学校教育学部)

 本研究では,上位カテゴリーが幼児による特徴の帰属や帰納的推論にどのような役割を果たしているかを検討した。
実験1では,21人の5歳児と19人の6歳児に,動物,虫,野菜それぞれの12の正負事例を提示し,各カテゴリーの特徴を持つ事例を選択させた。その結果,動物,虫,野菜として選ばれた正事例が選ばれなかった正事例よりも特徴を持つものとして高い比率で選択された。実験2では,21人の5歳児と18人の6歳児に,動物,虫,野菜として選ばれた1つの事例が実験lと同様の特徴を持つことを教示したうえで,12の正負事例からその特徴を持つ事例を選択させた。すると,動物,虫,野菜として選ばれた正事例が特徴を持つものとされる選択比率が,実験1の場合よりも有意に増大したが,動物,虫,野菜として選ばれなかった正事例では,選択比率が実験1と変わりがなかった。これらの結果から,幼児が上位カテゴリーに基づいて特徴を帰属したり,帰納的推論を行うことが示唆された。

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大学生と高齢者における可能自己と達成関連動機との関係について

(宮本美沙子:日本女子大学家政学部・中田美子:埼玉県高齢者生きがい振興財団・堀野緑:十文字学園女子短期大学教養学科)

 Markus,& Nulius(1986)が,可能自己の研究に用いた自己概念の調査項目を援用し,青年と高齢者の,現在の自己認知,将来の可能自己を調ベ,それと自尊感情,達成関連動機などとの関係を究明することを目的とした。青年(大学生,18〜24歳,男子118名,女子136名)と高齢者(60〜77歳,男子118名,女子58名)を対象に,自己概念(現在の自己の認知,将来なりたい自己,なれそうな可能自己,なることの重要性),自尊感情,達成関連動機(達成動機,失敗不安動機,成功不安動機),などについて質問紙法により調査した。その結果,成功不安動機は大学生の方が得点は有意に高いが,可能自己,自尊感情,達成関連動機(成功不安動機以外の)については,高齢者の方が得点は有意に高かった。現在の自己の認知を因子分析した結果4因子が抽出され,そのうちのコンピテンスの因子および幸福感・満足感の因子は,大学生も高齢者も,可能自己と有意な相関を得た。
家族関係の因子に関しては,高齢者では可能自己と関係があったが,大学生では関係はなかった。共分散構造分析モデルにより分析した結果,自尊感情と達成関連動機(成功不安動機以外の)は,現在の自己から可能自己へのパスにおいて影響を与えていた。

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英語−日本語間で生じる言語内・言語間ストループ効果の検討:大学生と中学生の比較

(池田智子・松見法男:広島大学教育学研究科・森敏明:広島大学教育学部)

本研究の目的は,言語内・言語間ストループ,逆ストループ課題を用いて,日本人の大学生と中学生が,英語と日本語という2つの言語をどのような処理経路を経て処理しているのかを明らかにすることであった。被験者は,言語内ストループ課題では,色名単語の単語を無視して,色に対する命名を行った。また,言語内逆ストループ課題では,色名単語の色を無視して,単語に対する読み上げを行った。これらの課題においては,単語の言語と反応言語は同じ言語であった。一方,言語間ストループ課題と言語間逆ストループ課題では,単語の言語と反応言語は異なっていた。この言語内,言語間ストループ,逆ストループ課題における両被験者群の干渉のパターンは,被験者の英語学習の段階と求められた反応の種類によって,2言語の処理経路が異なることを示唆する結果であった。本実験の結果について,単語連結仮説と概念媒介仮説という2つの仮説から考察を加えた。

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未知物に関する説明が新奇なラベルの相互排他的な解釈に及ぼす効果

(針生悦子:東京大学教育学部:日本学術振興会特別研究員・大村彰道:東京大学教育学部・原ひろみ:東京大学経済学研究科)これまでの研究(針生,1991)から,3歳児は,新奇なラベルの指示対象を既知物と未知物の中から選択するよう求められると,未知物を選択しがちであることが,示されてきた。彼らは,課題文脈にふさわしいのが既知物であることを示唆されたときですら,そのような選択を行った。これはおそらく彼らが,カテゴリー名は相互に排他的だと仮定しているためである。本研究は,このようなとき幼児が,未知物も文脈にふさわしいと考えることで,相互排他性と文脈との葛藤を解決している可能性について検討した。研究1では,ラベルの指示対象は未知物だと一見,文脈に反した解釈をする子どもに,解釈内容の説明を求めると,その中に,未知物が課題文脈にふさわしいことに言及する者のいることが見いだされた。研究2では,あらかじめ未知物が文脈にふさわしくないことを告げ,上のようなかたちでの葛藤解決をできなくすると,ラベルの解釈において,4歳児は相互排他性を用いなくなるが,3歳児はそれを用い続けることが見いだされた。ここから,文脈中で提示された新奇なラベルを未知物の名称として解釈するとき,4歳児だけが,相互排他性と文脈との葛藤を解決していることが示唆された。

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チンパンジー幼児における自己鏡映像認知−縦断的研究と横断的研究−

(井上徳子:関西学院大学文学研究科)

チンパンジー幼児の自己鏡映像認知の発達過程を,縦断的観察(実験I)と横断的観察(実験U)によって検討した。実験Iの被験体は生後9週齢から人工哺育で育てられたメスのチンパンジー1頭で,実験開始時に76週齢,実験終了時に87週齢だった。ケージ内に鏡を設置し,1日1試行10分間の呈示を47試行おこなった。被験体が鏡呈示事態において示したさまざまな行動を50種の行動型として記述した。さらにこれらを社会的反応,探索反応,協応反応,自己指向性反応,複合反応の5つの行動カテゴリーに分類した。被験体は社会的反応や探索反応から,協応反応や自己指向性反応へと出現行動カテゴリーを変化させ,最終的には複合反応を示すに至った。いわゆる「自己意識」の成立の指標とされる自己指向性反応を被験体が示したのは1歳半をすぎてからだった。実験Uでは,過去に鏡に関する経験を持たない1歳4カ月から4歳11カ月のチンパンジー幼児17頭を被験対象とした。1試行40分間の鏡呈示を実施し,試行中に出現した鏡に関する行動を,実験1と同様の行動カテゴリーに分類した。40分間の試行内における鏡に関する行動は3歳半以上の被験体で特に変化した。社会的反応は最初の10分間で急減し,その後,自己指向性反応および複合反応が出現した。各行動カテゴリーの加齢に伴う出現変化も同様の傾向がみられた。年少の被験体は社会的反応を主に示し,年長の被験体は自己指向性反応や複合反応を示した。横断的観察で得られた自己鏡映像認知の発達過程は,縦断的に観察したチンパンジー幼児やヒト乳幼児の例と同様だった。だが自己指向性反応が現われ始めた時期は横断的観察では3歳半頃で,繰り返し鏡が呈示された実験Iの被験体よりも,約2年遅れていた。自己鏡映像の認知能力は,加齢に伴う成熟と,自己鏡映像に関する学習経験量によって決まることが示唆された。

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子どもの死の概念

(仲村照子:調布市教育相談所)

この研究の目的は子どもの死の概念の発達を調べるものである。3歳から13歳までの男女205名の子どもたちに個別に面接し,死に関する9の質問に答えてもらった。結果は,幼児期の子どもは大人がもつような死の意味とは違ったものとして理解している。生と死は未分化であり,現実と非現実の死の区別がなされておらず,その子ども独自の自由な死の概念を形成していると思われる。そして自分は死なないと思っている。児童期あたりから死の現実的意味である普遍性,体の機能の停止,非可逆性を理解するようになる。彼らは誰でもいつかは死ぬし,死によって体の機能は停止するし,再び生き返ることは出来ないことを理解する。これらの自覚から死は自分にも起こり得ると考えるようになり,それはやがて死後の世界への想像,願望,希望が膨らみはじめると思われる。特に年齢が高くなるにつれて人間は死んだらまた生まれかわるという「生まれかわり思想」の増加が目立った。全年齢を通して変化のないものは死はいやな感じであるという感情であった。

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「親となる」ことによる人格発達:生涯発達的視点から親を研究する試み

(柏木惠子:白百合女子大学・若松素子:東京女子大学)

「親となる」ことによって親にどのような人格的・社会的な行動や態度に変化(親の発達)が生じたかを,就学前幼児をもつ父親と母親346組を対象として比較検討を行った。加えて,子どもや育児に対する感情・態度及び性役割に関する価値観の測定も行い,母親の職業の有無,父親の子育て・家事参加度との関連で分析を行った。その結果,「親となる」ことによる発達は柔軟性,自己抑制,視野の広がり,自己の強さ,生き甲斐など多岐にわたるが,いずれの面でも父親より母親において著しいこと,子ども・育児に対して父親が肯定的な感情面だけを強く持っているのに対して,母親では肯定面と同時に否定的な感情もあわせもつアンヴィバレントなものであること,父親の育児・家事参加度の高さは母親の否定的感情の軽減につながる,同時に父親自身の子どもへの肯定的感情が強まり,母親のそれと近いものになること,父親及び母親の性役割についての価値観は,父親の育児・家事参加及び母親の有職と相互に一貫した形では対応しており“言行一致”があること,などが見出された。

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5巻2号



幼児の物語理解への物語の繰り返し構造の影響について

(高橋登:大阪教育大学教育学部・杉岡津岐子:吉備国際大学社会学部)

幼児の物語理解の発達過程を明らかにするために,2つの簡単なアニメーションの物語を自作し,子ども達に呈示した。一方の物語は類似したエピソードが繰り返されるものであったのに対し,他方はそれぞれのエピソードは類似していないという点で繰り返しの構造はあいまいなものであった。実験1では,2−4歳の被験児に対して物語を呈示し,直後再生を行わせた。その結果,類似したエピソードが繰り返される物語の方が再生率は高いこと,低い年齢の被験児では再生率は低く,そのかわり様々な謀反応が見られることが示された。こうした誤反応は,直前の場面からの誤った類推であるとか,手掛りとして示された絵からの連想によるものであると考えられた。実験2では,子どもの再生が出来事の間の因果的な関係の理解に基づいたものなのか,それとも記憶に残っている個々のエピソードを断片的に語っているに過ぎないのかを区別するため,再生の際に出来事の間の因果的な関係が正確に述べられているかどうかを判定基準として,2−5歳児に対して同様の手続きで実験を行った。
その結果,2歳児群ではいずれの物語でもこの基準を満たす再生を行った者はほとんどいなかったが,3−4歳児群では繰り返しの構造の明確な物語でこの基準を満たす再生が多かった。また,5歳児群ではいずれの物語でも正確な再生を行っていた。

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3人の母親:その適応過程についての追跡的研究

(氏家達夫:福島大学教育学部・高濱裕子:お茶の水女子大学生活科学部研究生)

本論は,3人の母親の子ども誕生後の苦悩とその解消プロセスを2年間にわたって追跡し,数回にわたる面接調査を行い記述分析したものである。彼女たちの問題は,ものごとのよくない側面に選択的に注目し,その結果問題を過大視するという悪循環の中で生み出され,問題解決はものごとのよい側面に注目するにつれポジティブで報酬的なトランザクションが生まれることでもたらされたと解釈された。ものごとの見方の変化が起こるきっかけと問題解決のプロセスはそれぞれに特異であったが,いくつかの共通性もみられた。変化のきっかけが必ずしも本人の努力の成果だったわけではなく,彼女たちの統制外のできごとであった;きっかけになったできごとの結末は意外であり報酬的であった;彼女たちは強い閉塞状態におかれていたが,それがものの見方の変化や適合のよいトランザクションがむしろ起こりやすい状況を作り出していたと解釈された。問題解消のプロセスで,夫や子どもとの相互性や親密性が高まることが示され,成人発達の例を提供すると考えられた。

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就学前児の遊び集団への仲間入り過程

(倉持清美:お茶の水女子大学人間文化研究科)

本研究では,仲間入り行動を「遊び集団への参加」と「遊び集団への統合」と二つに分けて分析した。34人の顔なじみの就学前児を仲の良い子同士で3人ずつのグループに分け,その3人の中の1人が,他の2人が遊んでいるところに仲間入りする場面をビデオにとった。その場面を前半と後半に分けて分析した。遊び集団側と仲間入り側を比較すると,前半において,遊び集団側は,情報付与が仲間入り側より多く,仲間入り側は,情報収集がより多かった。後半では立場による差はみられなかった。前半と後半を比較すると,遊び集団側では前半でより情報付与をしがちであり,仲間入り側では前半でより情報収集しがちであった。これらの結果は,仲間入りが遊び集団への参加だけで終わっているのではなく,参加後の統合過程が,遊び集団側と仲間入り側の各々の立場に応じた方法で展開していることを示す。このことから,仲間入りの成立を仲間入りの方略からだけでなく,遊び集団への統合過程からも分析する必要性について考察した。

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日常的な想像物に対する幼児の認識:サンタクロースは本当にいるのか?


(杉村智子:日本学術振興会特別研究員・原野明子:県立新潟女子短期大学・吉本史・北川宇子:広島大学教育学研究科)

4,5歳児が,サンタクロース,おばけ,アンパンマン(TVアニメのキャラクター)といっ
た日常的な想像物に対してどのような理解をしているかについて,次のような方法で調べた。“サンタクロースと会ったことがありますか”,“サンタクロースと会うことができると思いますか”などの行動感覚的基準による判断を求め,さらにその判断の基準をインタビュー形式で尋ねた。主な結果は次の通りである。(1)大部分の子どもはサンタクロースのような日常的な想像物が実在すると考えている,(2)4歳児の判断の基準が実際の経験に基づくものであるのに対して,5歳児の判断の基準は想像や推測に基づいている。

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子どもの描く想像画:その発達と教示による効果


(江尻桂子:お茶の水女子大学人文科学研究科)

「これまでにない新しいもの」とは,様々な既存知識を組み合わせることによって産み出される。では,この「知識の組み合わせ」とは,いつ頃からできるようになるのか。また,これを外的な援助によって促すことができるのか。以上の問題意識のもとに本研究は,「この世に存在しないX(人間・家)を描く」という課題を用いて,子どもの想像画の発達的変化と教示による効果について検討した。実験Iは,幼児・小3・小5,各45名を次の3条件に分けて行った。課題遂行前に「存在しないX」の例を言語的に与える〈ヒント群〉,言語的かつ視覚的に与える<見本群〉,何も与えない〈統制群〉である。分析は,まず各絵について,どのような方略を使用してXを描いているかを判定した(e.g.顔が三角形の人間→「要素の形の変化」)。そして,各方略の出現頻度を年齢,条件ごとに比較した。その結果,1.ヒント群,見本群は統制群に比ベ,高度な方略の使用が多くなること,2.これらの条件下では,幼児でも「組み合わせ」方略(異なる概念カテゴリーを組み合わせてXを描く)を使用できること,3.ただし,幼児の行う組み合わせは微細で部分的なものが多く,小3,小5のように大幅で全体的なものではないことが明らかになった。実験Uでは,こうした教示による効果が持続するかどうかを検討するため,幼児37名を対象に,教示前,教示直後,1週間後の反応を調べた。教示を与えた群は,教示直後,1週間後,いずれにおいても統制群に比べて成績が高く,効果の持続が確かめられた。

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