発達心理学研究第28巻(2017年)


28巻1号


◆ 渡邉茉奈美:妊娠期に母親が語る虐待不安の様相:育児経験による違いに着目して

本研究の目的は,妊婦の抱く虐待不安の様相を明らかにすることであった。妊婦45名(初産婦28名,経産婦17名)を対象に半構造化面接を実施し,虐待不安に該当する語りについてKJ法を参考に分類を行った。その結果,妊婦の語る虐待不安は,「I.虐待親への共感的反応」と「II.虐待をする親と思われることへの不安」,「III.虐待的な行動に関する不安」の3種類に分類できた。さらにその詳細を見てみると,Iには,『自分の育児と虐待との紙一重感』,『虐待をする気持ちがわかる』,『虐待はひとごとではない』,IIには,『加害者と思われることへの不安』と『子どもが虐待と捉えることへの不安』,IIIには,『手をあげることへの不安』や『自分の感情を制御できないことへの不安』など8種類の下位分類が含まれることがわかった。これらの結果から,従来では捉えきれなかった虐待不安の多様性が明らかになった。また,虐待不安を抱くプロセスについては,初産婦と経産婦とで違いがあることが示唆された。今後は,より詳細に虐待不安を抱くプロセスのパターンを検討し,妊婦の抱く虐待不安の様相とそのプロセスのパターンの組み合わせによる具体的な妊婦支援の提案を行っていく必要があるだろう。
【キーワード】育児不安,虐待不安,子ども虐待,育児支援,妊婦

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◆ 大谷多加志・清水 里美・郷間 英世・大久保純一郎・清水 寛之:発達評価における絵並べ課題の有用性

本研究の目的は,発達評価における絵並べ課題の有用性を検討することである。44月(3歳8ヵ月)から107月(8歳11ヵ月)の幼児および学童児349人を対象に,独自に作成した4種類の絵並べ課題を実施し,各課題の年齢区分別正答率を調べた。本研究では絵並べ課題のストーリーの内容に注目し,Baron-Cohen, Leslie, and Frith(1986)が用いた課題を参考に,4種類の絵並べ課題を作成した。課題は,ストーリーの内容によって「機械的系列」,「行動的系列」,「意図的系列」の3つのカテゴリーに分類され,最も容易な「機械的系列」の課題によって絵並べ課題の課題要求が理解可能になる年齢を調べ,次に,人の行為や意図に関する理解が必要な「行動的系列」や「意図的系列」がそれぞれ何歳頃に達成可能になるのかを調べた。本研究の結果,全ての課題において3歳から7歳までに正答率が0%から100%近くまで推移し,機械的系列は4歳半頃,行動的系列は5歳後半,意図的系列は6歳半頃に達成可能になることがわかった。また課題間には明確な難易度の差があり,絵並べ課題のストーリーの内容によって課題を解決するために必要とされる知的能力が異なることが示唆され,適切なカテゴリー設定を行うことで絵並べ課題を発達評価に利用できる可能性が示された。
【キーワード】絵並べ課題,発達評価,年少児

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◆ 田  玲玲・平石 賢二・渡邉 賢二:中学生の母子関係における親権威の概念の不一致と母子間葛藤,子どもの心理的適応との関連

本研究では青年期前期の子どもと母親における親権威の概念を分析し,母子における親権威の概念の不一致と母子間葛藤,子どもの心理的適応との関連を明らかにすることを目的とした。中学生の母子287組を対象として,母子における親権威の概念(親権威の正当性,規則への服従に対する認知),子どもの認知した母子間葛藤(葛藤の量,葛藤の激しさ)と子どもの心理的適応(抑うつ,不安,自尊感情)を調査し,分散分析と相関分析,共分散構造分析を行った。結果は以下の通りである。(1)子どもは母親より親権威の概念を低く評価し,親権威を拒否した。(2)高学年の母子は低学年の母子より親権威の概念を低く評価し,親権威を拒否した。(3)女子は男子より高いレベルの葛藤の量と激しさを報告した。(4)母子における親権威の概念の不一致は,母子間葛藤とネガティブな関連があり,さらに子どもの心理的適応とネガティブな関連があった。これらより,青年期前期の子どもと母が親権威に対する認知の不一致を理解することで,母子間葛藤の生成プロセスを明らかにすることができ,子どもの心理的適応に意義があることが示唆された。
【キーワード】親権威の概念,母子間葛藤,青年期前期,母子関係

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◆ 佐々木尚之・高濱 裕子・北村 琴美・木村 文香:歩行開始期の子をもつ親と祖父母のダイアドデータの分析:育児支援頻度および回答不一致の要因

本研究では,ダイアドデータの特性を活かしたマルチレベル・アプローチを用いることによって,祖父母から親への育児支援頻度および祖父母と親の回答が一致しない要因を検証することを目的とした。関東と関西の都市部に居住する親(G2)とその祖父母(G1)186組が回答したデータを同時にモデル化することにより,ダイアド内の相互依存性および測定誤差を考慮しつつパラメータ推定した。その結果,祖父母側ではなく親側の要因によって育児支援頻度が規定されることが明らかになった。つまり,支援する側の年齢,時間的余裕,経済状況,健康状態にかかわらず,支援される側の需要の大きさによって育児支援頻度が増加していた。具体的には,1)G2の年齢が若い,2)G2の学歴が高い,3)G2の夫婦ともにフルタイムで就労している,4)G2の主観的健康観が低い,5)G2の援助関係満足度が高い,6)G1とG2が同居もしくは歩いて15分程度の距離に居住している,7)G3が男の子もしくは男きょうだいのみの場合に,祖父母からの支援をより頻繁に受けていた。祖父母と親の回答が一致しない要因は援助関係満足度と居住距離のみ有意であった。平均的に,親にくらべて祖父母の方が支援頻度を過小評価する傾向があり,援助関係に満足するダイアドおよび近距離別居するダイアドほど支援頻度に対する回答が一致しなくなっていた。
【キーワード】子育て支援,世代間援助,世代性,ダイアドデータ,祖父母

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◆ 榊原 良太・富塚ゆり子・遠藤 利彦:子ども・保護者との関わりにおける保育士の認知的な感情労働方略と精神的健康の関連

本研究では,子ども・保護者との関わりにおける保育士の認知的な感情労働方略と精神的健康の関連,そして職務関与がそれをいかに調整するかについての検証を行った。現役の保育士を対象とした質問紙調査を実施したところ,最終的に1798名のデータが得られた。階層的重回帰分析の結果,反芻,破局的思考,園への原因帰属が,他の方略と比較して情緒的消耗感,転退職意図と強い正の関連を有すること,肯定的再評価は,効果量は小さいながらも,唯一情緒的消耗感,転退職意図の両方と有意な負の関連を有することが示された。また,反芻と破局的思考については,職務関与との間に交互作用効果が確認された。単純傾斜分析の結果,職務関与が高い場合に,反芻,破局的思考と転退職意図との正の関連が見られなくなるという,「緩衝効果」の存在が確認された。こうした職務関与の緩衝効果は,従来の理論ならびに知見とは異なる現象である。最後に,本研究から得られた示唆と本研究における限界について,議論を行った。
【キーワード】保育士,感情労働,子ども・保護者との関わり,精神的健康,職務関与

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28巻2号


◆滝吉美知香・鈴木 大輔・田中 真理:自閉スペクトラム症者における「気まずさ」の認識に関する探索的研究

 本研究は,社会性の発達において重要な指標となる「気まずさ」の認識について,典型発達(TD)者の発達段階,ならびに自閉スペクトラム症(ASD)者の特徴を明らかにすることを目的とした。TD者214名とASD者111名に「あなたが“気まずい”と感じるのはどういうときですか」と質問し回答を12のカテゴリーに分類し分析した。TD者において,小学生は自己の信念や感情が他者のそれとは異なることへの気づきにより生じる気まずさ(不都合,想定外の言動,ネガティブ感情,感情のズレ),高校生は生活空間や人間関係の広がりにより認識されやすい気まずさ(性・恋愛,他者の存在)に,それぞれ言及しやすいことが示された。ASD者においては,会話で共有される話題や雰囲気を瞬時に把握したり,自分と対照させて関係性をとらえることで引き起こされる気まずさ(雰囲気を乱す,他者の存在)について,年齢発達に伴う認識の増加が示されず,高校以上における言及率がTD者よりも少ないことが示された。また,自分が何をすべきかわからないときや対処できないときに言い出せない気まずさ(不都合)や,失敗に対する気まずさ(想定外の言動)の認識が多いことが示された。ASD者の気まずさ認識の特徴と発達について,TD者と比較検討し,ASD者の気まずさの認識に添った対人関係支援について考察した。
【キーワード】自閉スペクトラム症,「気まずさ」の認識・発達,対人関係支援

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◆工藤 英美:幼児における多義図形認知の発達:図形の解体と再構成の経験が自発的反転に与える効果

 幼児は多義図形の反転認知が困難であることが知られている。本研究では,3〜5歳児を対象に,@幼児は何歳ぐらいから多義図形の反転が可能になるか,A図形の刺激特性の違いによって反転困難度に違いが生じるか否か,B図形を一旦解体し別の対象として再体制化する過程を経験することによって,最初の見え方から別の見え方への自発的切り替えが促進されるか否か,の3点を調べることを目的として実験を行った。結果は,図形の如何にかかわらず3歳児は1つの見え方しか報告できないが,5歳児になると,図形の違いが反転の困難度に影響するものの,多義図形の2通りの見えを自発的に反転できるようになった。また,図形の再体制化の経験の効果に関しては,3,4歳児では一旦は別の見えを報告できるようになるにもかかわらず,自発的に2通りの見えを反転できるには至らなかった。但し,4歳児では以前自分が報告した見えを想起喚起させれば,2通りの見え方を報告することが可能であった。3歳児はそれでも報告できない傾向がみられた。これらの結果を踏まえて,多義図形の2通りの見えを実在そのものと異なる主観的経験としてメタ表象的に理解できるようになることが,その自発的反転を可能とする条件である可能性について議論した。
【キーワード】幼児,多義図形,表象発達,図形の再構成

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◆日原 尚吾・杉村 和美:20答法を用いた青年の否定的アイデンティティの検討:量的・質的データによる分析

 本研究の目的は,Eriksonが提唱した否定的アイデンティティの概念に基づいて,否定的アイデンティティを有する青年を抽出し,その抽出手続きが妥当かどうかを検討することであった。研究1では,否定的アイデンティティを有する青年を抽出するために,20答法の記述の分類基準を作成した。そして,大学生を対象に質問紙調査を実施し,否定的アイデンティティを有する者と有さない者で,アイデンティティ達成,罪悪感,基本的信頼感,キャリア探索,職業未決定の得点を比較した。その結果,理論的に予測された通りの得点差のパターンが示された。研究2では,研究1の調査1の対象者から抽出した大学生22名に対して半構造化面接を行い,否定的アイデンティティを有する者と有さない者で回答の内容を比較した。否定的アイデンティティを有する青年は,自己が全体的に社会的に望ましくないという感覚を持つとともに,アイデンティティの危機,罪悪感,基本的信頼感の喪失を経験していることが確認された。以上より,本研究で使用した20答法による抽出手続きによって,否定的アイデンティティを有する青年を適切に抽出できることが示された。
【キーワード】否定的アイデンティティ,アイデンティティ危機,20答法,自己概念,青年期

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◆三宅 英典・杉村伸一郎:幼児の発話と身振りの統合的理解に及ぼす指示語発話の効果

 対人コミュニケーションにおいて,私たちは話者の発話だけでなく,身振りも考慮してメッセージ理解をしている。このように,発話と身振りがそれぞれ独自に伝達する情報を組み合わせて理解をすることを統合的理解と呼ぶ。発話と身振りの統合的理解は幼児期に発達するが,幼児の日常場面において,発話には身振りを指示する指示語発話がしばしば伴うものの,先行研究では指示語発話を考慮した統合的理解の検討がなされてこなかった。そこで本研究では,指示語発話無し条件と有り条件を設定し,3歳〜6歳児210名を対象に,発話と身振りの統合的理解の発達を検討した。発話2種類と身振り2種類を組み合わせて作成した4つのメッセージを順番に提示し,4つの選択肢の中からメッセージと一致するものを選択させた。身振りとして,実験1では映像的身振りを,実験2では暗喩的身振りを提示した。その結果,発話情報と身振り情報の両方が正しい統合選択肢の選択割合が,映像的身振りと暗喩的身振りの両方で,指示語発話無し条件よりも有り条件の方が高く,指示語発話が統合的理解を促進したことが明らかになった。また,統合選択肢の割合は,映像的身振りでは加齢とともに高まったが,暗喩的身振りでは各年齢間で差がみられなかった。これらの知見をもとに,幼児期における発話と身振りの統合的理解の発達過程を考察した。
【キーワード】身振り,発話,統合的理解,指示語,幼児

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◆藤野  博・松井 智子・東條 吉邦・計野浩一郎:言語的命題化は自閉スペクトラム症児の誤信念理解を促進するか?:介入実験による検証

 自閉スペクトラム症の児童における誤信念理解への言語的命題手がかりの促進効果について検討し,言語力の観点から考察した。参加児は6歳から12歳までの54名の児童であった。介入前のベースライン条件における誤信念課題には25名が通過し,その語彙年齢(VA)の平均は9歳9カ月であった。通過しなかった29名に対し別な誤信念課題を実施した。信念質問の前に「見ることは知ること」の原理を言語的命題として提示することを介入として行った。そして介入条件を通過した8名の児童に対し,般化を確認するためのさらに別な誤信念課題を実施した。また,すべての課題で答えの理由について質問した。般化確認条件を通過した児童は4名であり,うち2名は答えの理由として知覚と知識の関係に言及していた。彼らのVAは10歳11カ月と10歳4カ月であり,他の2名は8歳10カ月と8歳7カ月であった。これらの結果は,言語的命題化はVAが9歳頃のASD児の誤信念理解を促進することを示唆する。そしてVAが10歳を超えると,言語的命題化によって誤信念の理解と般化が可能になると考えられた。
【キーワード】自閉スペクトラム症,誤信念理解,言語的命題化,介入

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28巻3号


◆今岡 多恵・庄司 一子:中学生の罪悪感機能尺度の開発および罪悪感の程度,学校適応感との関連

 本研究では,罪悪感の機能に焦点をあて,中学生の学校生活における罪悪感の程度と学校適応感との関連について明らかにすることを目的とした。まず研究1では,中学生における罪悪感機能尺度を作成し,信頼性と妥当性を検討した。因子分析の結果,罪悪感機能には“自己改善”,“自省”,“ネガティブ感情喚起”,“他者配慮”の四つの機能が存在することが明らかになった。研究2では,罪悪感機能と中学生の学校生活における罪悪感の程度,学校適応感の関連について検討を行った。その際,中学生の学校生活における罪悪感の程度は罪悪感機能の先行要因となり,また,罪悪感機能は学校適応感に影響を及ぼすという仮説を立てて検討を行った。その結果,中学生の学校生活における罪悪感の程度は罪悪感機能に正の影響を及ぼし,罪悪感機能の“自己改善”,“自省”,“他者配慮”は学校適応感に正の影響を及ぼした。その一方で,罪悪感機能の“ネガティブ感情喚起”は学校適応感に負の影響を及ぼした。これらの結果から,中学生の罪悪感機能の違いが学校適応に異なる影響をもたらすことが示唆された。
【キーワード】罪悪感機能,罪悪感の程度,学校適応感,中学生

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◆本島 優子:母親の情動認知と乳児のアタッチメント安定性:縦断的検討

 本研究では,母親の情動認知と乳児のアタッチメントとの関連性に着目し,母親の敏感性を統制したうえで,母親の情動認知が乳児のアタッチメント安定性を独自に予測するかについて,縦断データを用いて実証的検討を行った。生後2ヵ月に日本版IFEEL Picturesを用いて母親の情動認知を測定し,また母子相互作用場面における母親の敏感性について測定した。そして,生後18ヵ月に家庭での観察に基づき,アタッチメントQ.ソート法を用いて乳児のアタッチメント安定性の評定を行った。階層的重回帰分析の結果,生後2ヵ月にIFEEL Picturesを用いて評定された母親の情動認知の特性が,母親の敏感性とは独立して,生後18ヵ月の乳児のアタッチメント安定性を予測したことが認められた。すなわち,乳児表情写真において喜びや悲しみの情動をより的確に認知していた母親の乳児ほど,後のアタッチメント安定性がより高かったのである。母親の情動認知の特性が乳児のアタッチメント形成に一定の役割を果たしていることが示唆された。
【キーワード】情動認知,IFEEL Pictures,アタッチメント安定性,縦断研究

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◆石橋 優美:児童の地理学的理解に関する発達過程:産業立地に関する因果的説明に着目して

 本研究では,児童の因果的説明に着目することで,地理学的事象に関する理解は学年とともにどのように発達するのかを検討した。公立小学校3年生25名,5年生26名に対する個別実験において,3つの産業(畜産農業,耕種農業,飲食サービス業)が,特定の地域で盛んな理由を,それぞれ絵カードを提示しながら尋ねた。さらに補足の質問として,児童が回答した内容の因果関係をつなぐ要因を尋ねることに加えて,「児童が回答した要因だけで当該事象を説明できるか」を問うことで児童が回答した要因とは別の要因への着目を促した。児童の回答内容を分析した結果,(1)学年間の変化として,3年生から5年生にかけて社会的条件に着目した説明と経済的条件に着目した説明が増加する一方で,準自然的条件に着目した説明と人道的条件に着目した説明が減少したこと,(2)産業に応じた説明の選択に関しては,3年生から自然的条件に着目した説明を畜産農業と耕種農業に利用できる一方で,社会的条件に着目した説明を飲食サービス業に対して利用したのは5年生であったこと,(3)補足の質問の有効性については,5年生かつ補足の質問の前に少なくとも一つの地理学的条件に着目した説明を行った児童において,地理学的条件に着目した説明の増加がみられたこと,以上の3点が示された。
【キーワード】地理学的理解,児童期,因果的説明,素朴地理学,社会科学的事象

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◆江上 園子:キャリア志向の女性における出産前後の「母性愛」信奉傾向の変容

 本研究は,キャリア女性の出産前後にわたる「母性愛」信奉傾向の変化を量的・質的に分析・検討したものである。具体的には,研究Iでは先行研究の1,260名のデータを用いて「母性愛」信奉傾向が「女性による子育ての正当化」と「母親の愛情の神聖視」の二次元に分類される可能性を確認的因子分析にて検証し,研究IIでは初産女性10名と経産女性10名を対象にしてそれぞれの因子得点の出産前後での変化の有無と女性たちが語る内容の変容をテーマティック・アナリシスにより探ることとした。結果として,初産の女性においては産後に「母親の愛情の神聖視」得点が上昇するが,経産の女性に関しては産前産後の得点変化が見られなかった。同様に,初産の女性では産後に「母親の愛情の神聖視」にかかわる肯定的な内容が多く語られたが,経産の女性ではそのような変化も見られなかった。また,初産女性の産前産後の変容の背景には@「母性愛」信奉傾向に対する印象の変化やA母親としての自分の評価やB自分のキャリアの再定義という大きな3つのテーマが関連していることが示唆された。
【キーワード】キャリア志向,「母性愛」信奉傾向,初産女性,テーマティック・アナリシス

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28巻4号


◆竹ノ下祐二:実践共同体としてのヒト社会

 ヒト以外の霊長類社会は生存のために必要な資源を独力で環境から獲得できる個体の集合である。それに対し,ヒト社会は分業や協業によって共同して環境から資源を獲得し,それを交換と分配のネットワークを通じて成員に配分する実践共同体である。そして,ヒト以外の霊長類社会における成長,成熟とは資源獲得において他者への依存を解消してゆくプロセスであるのに対し,ヒト社会においては逆に他者への依存関係が貧弱な状態から,実践共同体への参加を通じて他者との依存関係をより深めてゆくプロセスである。したがって,ヒト社会における養育とは“能力”ではなく“関係”を肩代わりしてやることである。本シンポジウムで提供された3つの話題における「逆境」,すなわち障がいや早産,過疎といった状況は,何らかの形で社会参加の道が阻まれている状態であると理解できた。そうした「逆境」に対する支援を行う際には,能力獲得の手助けや補填ではなく,いかにして社会参加への道を開くかという観点が重要である。
【キーワード】非定型,逆境,霊長類,実践共同体,社会

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◆高塩 純一:環境支援の視座から脳性まひのある子どもたちの運動発達を再考する

 運動障害を主症状とする脳性まひのある子どもたちに対するリハビリテーションは,1950年代に台頭してきた神経発達学的アプローチを中心に学習理論等の影響を大きく受けて展開されてきたが,2001年に国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health: ICF)が世界保健機関(WHO)で採択されて以降,世界の小児リハビリテーションの流れは徐々に変化してきている。しかし,わが国では旧態依然とした方法論に基づくリハビリテーションからの脱却に苦悩している現状がある。本稿では,環境(人を含む)支援の視座から日常の臨床を再考するとともに,子どもたちの障害や運動をどのように理解すべきかを述べ,子どもたちが環境世界とよりよく出会うために現代の理学療法が取り組んでいる環境適応,姿勢制御,移動経験への支援の実際を紹介する。とりわけ,重力と折り合いつつ移動経験を積んでいくことの心身への発達的意義を指摘し,幼児期早期からの電動車椅子導入を推進するための制度整備の必要性を議論する。
【キーワード】子ども,運動障害,移動機器,環境適応,理学療法

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◆明和 政子:周産期からの発達研究の意義

 ヒトでは妊娠後期から生後1年にかけてシナプスが爆発的に形成され,脳の容積や厚みが増す。その後,生後の環境の影響を受けながら必要なシナプス結合は強められ,不要な結合は除去されることで,より機能的な神経回路が形成される(シナプス刈り込み)。こうした脳神経の可塑的変化は,ある一定の時期にのみみられる。早期産児は,脳の発達に顕著な変化が起こるこの時期に,胎内とは異なる環境に晒されて成長する。異質な環境が早期産児の脳神経系発達に与える影響を実証的に明らかにするため,私たちは出生予定日に達した早期産児および満期産新生児を対象とした研究を行ってきた。本稿では,現在までに得た実証データのいくつかを紹介し,周産期の脳神経系の成熟がとくに社会的認知の発達に関連する可能性について議論する。
【キーワード】臨界(敏感・感受性)期,シナプス刈り込み,早期産児,自律神経系機能,社会的認知

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◆道信 良子:島の子どものウェルビーイング

 本稿では,島の子どもの遊びと伝統の祭りを素材に,子どものウェルビーイングについて考えていく。「いのちの景観」という概念を使って,子どものいのちに活力を与えるものは何かということの具体を,土地と文化という2つの局面から明らかにする。本稿で取り上げる事例は,ヘルス・エスノグラフィという方法論を用いて,2011年から2016年までの6年間,北海道の離島において断続的に実施した調査の資料にもとづいている。調査の結果,島の子どもたちは豊かな自然を遊び場にしていることがわかった。島の自然や生物とのふれあいをとおして子どもたちの人間関係が育まれ,自然が緩衝材となって子どもたちを結びつけていた。島の祭りでは,舞を観て,神輿行列に参加し,集落を踊り歩く子どもの行為が,土地に伝統をつないでいた。子どもにとって祭りは,土地を知り,地域を知る,身体の経験としてある。本研究は,子どもが土地や文化とつながり,生活感覚を豊かにすることの大切さを示している。
【キーワード】子ども,ウェルビーイング,いのちの景観,離島

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◆中道 圭人:ふたり親家庭・母子家庭による幼児の社会的行動の比較

 本研究は,ふたり親家庭・母子家庭による幼児の社会的行動の違いについて検討した。ふたり親家庭の3–6歳児174名(男87,女87:M=62.04か月),母子家庭の3–6歳児201名(男107,女94:M=62.91か月)が公立の子ども園から参加し,仲間との関わりの中での社会的行動を担当保育者によって評定された。社会的行動の評定は,攻撃行動,向社会行動,被排斥,非社交行動,過活動,不安-怖がりを含んでいた。その結果,以下のことが示された:a)外在的な問題行動(攻撃行動,過活動),内在的な問題行動としての不安-怖がり,仲間関係の良好さに関わる被排斥では,ふたり親家庭・母子家庭による違いはなかった;b)母子家庭の幼児は,ふたり親家庭の幼児に比べて,仲間との関わりの中での向社会行動が少なく,非社交行動が多かったが,これらの違いはきょうだいの有無や評定者の保育経験年数に影響されていた;c)ふたり親・母子家庭のいずれにおいても,幼児の向社会行動は外在的/内在的な問題行動と負に関連し,外在的/内在的な問題行動は被排斥の多さをもたらした。これらの結果は,欧米と比べて日本では,母子家庭であることが幼児の外在的な問題行動や被排斥に及ぼす影響が小さいという可能性を示唆している。
【キーワード】就学前児,母子家庭,ひとり親,社会的行動,仲間関係

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◆久保 瑶子:青年先天性心疾患患者の心理的自立の発達

 医療の進歩に伴い,先天性心疾患(以下,CHD)のある多くの患者が成人期を迎えることが可能になった。そのため,現在では青年CHD患者の「自立」の発達やその支援に関心が集まっている。本研究では,患者の「心理的自立」の発達的特徴を明らかにするために,中学生から社会人(29歳まで)のCHD患者92名と健常者273名に質問紙調査を行い,比較した。その結果,青年前期では両群で自立意識に有意な差はなく,女性よりも男性の自立意識が高いという共通の性差が見られた。一方,青年後期では,健常男性は男性患者よりも自立意識が高く,また男性の方が自立意識が高いという性差は,統制群では見られたが患者群では見られなかった。また,疾患の重さは自立意識に影響していなかったが,疾患をどのように捉えているのかが自立意識に影響していた。医療者や親,心理士等は,患者にとっては疾患を持っている状態が「普通」であることを念頭に置き,一人一人の発達のプロセスを尊重した自立支援を行っていくことが大切である。
【キーワード】先天性心疾患,青年,心理的自立,発達

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◆堀井 順平:大学受験のとらえ方およびコーピングの組み合わせによる自己効力感の差異:特性的自己効力感とキャリア選択自己効力感に着目して

 本研究では,大学受験のとらえ方と大学受験に対するコーピングの組み合わせによる,特性的自己効力感やキャリア選択自己効力感の高さの違いについて検討した。まず,クラスター分析により,大学受験のとらえ方と大学受験に対するコーピングの組み合わせを抽出した。その結果,“肯定・積極群”,“半肯定・消極傾向群”,“否定・消極群”,“大学受験無関心群”の4群が抽出された。さらに,以上の4群を独立変数,特性的自己効力感およびキャリア選択自己効力感の下位尺度を従属変数として1要因分散分析を行ったところ,特性的自己効力感,目標選択および意思決定の主体性度において有意差が認められた。多重比較の結果,特性的自己効力感においては,“肯定・積極群”が“否定・消極群”や“大学受験無関心群”より有意に得点が高かった。また,目標選択においては,“肯定・積極群”が“否定・消極群”より有意に得点が高かった。さらに,意思決定の主体性度においては,“肯定・積極群”が“否定・消極群”より有意に得点が高く,“大学受験無関心群”が他の3群より有意に得点が低かった。以上の結果より,大学受験のとらえ方と大学受験に対するコーピングの組み合わせにより,特性的自己効力感とキャリア選択自己効力感の一部の高さが異なることが明らかとなった。そして,大学生を対象としたキャリア支援で,大学受験を視野に入れることの重要性が示唆された。
【キーワード】大学受験のとらえ方,大学受験に対するコーピング,特性的自己効力感,キャリア選択自己効力感,大学生

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◆外山 紀子:幼児期における選択的信頼の発達

 ここ10年ほどの間に,幼児の選択的信頼(あるいは選択的な社会的学習)について多くの研究が行われるようになった。選択的信頼とは情報源としての信頼性という点から他者を区別し,特定の他者から学ぼうとする傾向をいう。これらの研究は,伝統的な子ども観,すなわち子どもは他者を信じやすく(あるいは騙されやすく),たとえ自分の考えとは異なるものでも他者の言うことを信じる傾向があるという見方に異議を唱えるものである。本稿では幼児期の選択的信頼に関する研究を,他者の認識論的属性(情報の正確さや確信度,専門性など)と非認識論的属性(年齢,馴染み,話しことばの特徴,身体的魅力や社会的地位など)という点から分けて,整理を行った。これまでの研究は幼児(とりわけ3歳児)の能力をどう評価するかについて,一種の緊張状態の中にあり,幼児が他者の情報を鵜呑みにせず合理的な手がかりに基づいて情報源を選択する能力があることをアピールする研究もあれば,逆に,他者の情報に懐疑的な目を向けることがいかに困難であるかを強調した研究もある。本論文では現在までの研究の概観をふまえた上で,このまだ若い研究分野が実践的,学術的にどのような意義をもつのか,そして今後の課題について論じた。
【キーワード】選択的信頼,選択的な社会的学習,認知発達,幼児

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