発達心理学研究第26巻(2015年)


26巻1号


◆ 千島 雄太:青年期における自己変容のメリット・デメリット予期に伴う葛藤:学校段階による比較

本研究は,多くの青年が主体的に自己の変容を望んでいるにもかかわらず,変容が実現されにくい原因の一つとして,自己変容のメリット・デメリット予期に伴う葛藤を仮定し,葛藤の特徴について学校段階による比較から明らかにすることを目的とした。予備調査では,自己変容と現状維持に関するメリットとデメリットを自由記述形式で尋ね,記述を分類した。その分類結果から自己変容のメリット・デメリット予期項目を作成し,中学生,高校生,大学生・専門学校生1162名に本調査を行った。3つの学校段階と自己変容の予期得点を組み合わせた5群の連関を検討した結果,中学生では“予期低群”と“現状維持メリット予期群”,高校生では“回避-回避葛藤群”,大学生・専門学校生では“自己変容メリット予期群”と“接近-接近葛藤群”の割合が有意に多いことが明らかになった。さらに,学校段階と自己変容の予期5群を要因とした二要因分散分析を行った結果,葛藤は自尊感情や内省の発達に伴って変化することが示された。また,“自己変容メリット予期群”と“回避-回避葛藤群”で自己変容の実現得点が低く,内省を深め,現在の自分を肯定的に受け止めることが自己変容の契機になることが示唆された。
【キーワード】自己変容,予期,葛藤,学校段階,青年期

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◆ 村山 恭朗・伊藤 大幸・浜田  恵・中島 俊思・野田  航・片桐 正敏・柳 伸哉・田中 善大・辻井 正次:いじめ加害・被害と内在化/外在化問題との関連性

これまでの研究において,我が国におけるいじめ加害・被害の経験率は報告されているものの,いじめに関わる生徒が示す内在化/外在化問題の重篤さはほとんど明らかにされていない。本研究は,内在化問題として抑うつ,自傷行為,欠席傾向を,外在化問題として攻撃性と非行性を取り上げ,いじめ加害および被害と内在化/外在化問題との関連性を調査することを目的とした。小学4年生から中学3年生の4,936名を対象とし,児童・生徒本人がいじめ加害・被害の経験,抑うつ,自傷行為,攻撃性,非行性を,担任教師が児童・生徒の多欠席を評定した。分析の結果,10%前後の生徒が週1回以上の頻度でいじめ加害もしくは被害を経験し,関係的いじめと言語的いじめが多い傾向にあった。さらに,いじめ加害・被害を経験していない生徒に比べて,いじめ被害を受けている児童・生徒では抑うつが強く,自傷を行うリスクが高かった。いじめ加害を行う児童・生徒では攻撃性が強く,いじめ加害および被害の両方を経験している児童・生徒は強い非行性を示した。
【キーワード】いじめ,いじめ被害,内在化問題,外在化問題

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◆ 菅沼慎一郎:青年期において諦めることはどのように体験されるか:プロセスに着目して

「諦める」ことの精神的健康に対する機能に関しては相反する知見が存在する。これまで「諦める」ことの行動的側面が注目されてきたが,「諦める」ことをプロセスとして捉えることでその精神的健康に対する機能がより明確になる可能性がある。本研究では,青年期において「諦める」ことが体験されるプロセスとその精神的健康に対する機能を質的に検討することとした。後青年期(22〜30歳)の男女15名を対象に,過去の諦め体験に関して半構造化面接を行い,29エピソードを得た。M-GTAを用いた分析の結果,24概念が生成された。予備的な分析を行った結果,【実現欲求低下】という概念を得,これが「諦める」ことの精神的健康に対する機能と関連する可能性が示唆された。この【実現欲求低下】を軸に「諦める」プロセスを分析した上で,未練型,割り切り型,再選択型の3つに分類し,各々の型の詳細なプロセスに関するモデルを生成した。諦めることの機能に関しては,【実現欲求低下】と【達成エネルギーの転換】が重要な役割を果たしており,割り切り型と再選択型という2つのプロセスにおいては諦めることが建設的に働き,未練型においては非建設的に働くことが示唆された。最後に本研究の限界と課題について論じた。
【キーワード】諦める,質的研究,M-GTA,青年期,精神的健康

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◆ 永瀬  開・田中 真理:自閉症スペクトラム障害者におけるユーモア体験の認知処理に関する検討:構造的不適合の評価と刺激の精緻化に焦点をあてて

本稿では自閉症スペクトラム障害(ASD)児・者におけるユーモア体験の特性について,構造的不適合の評価と刺激の精緻化の視点から,思春期・青年期のASD児・者19名と定型発達児・者46名を対象に検討した。検討の結果,定型発達児・者において概念レベルの構造的不適合とスキーマレベルの構造的不適合との間でユーモア体験の強さに差が見られたのに対して,ASD児・者において概念レベルの構造的不適合とスキーマレベルの構造的不適合との間でユーモア体験の強さに差は見られないことが明らかになった。この結果の背景として,ASD児・者における弱い中枢性統合の特徴による概念レベルの構造的不適合の評価の困難さ,スキーマレベルの構造的不適合における因果関係の自発的な推測,それぞれの構造的不適合における刺激の精緻化のしやすさの影響があることが考えられた。また刺激の精緻化については,ASD児・者は定型発達児・者に比べてスキーマレベルの構造的不適合において非社会的な情報に関する推測を多く行うことが明らかになった。
【キーワード】自閉症スペクトラム障害,ユーモア,構造的不適合,刺激の精緻化

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◆ 浜名 真以・針生 悦子:幼児期における感情語の意味範囲の発達的変化

子どもは本来より広いもしくは狭い範囲でその語の意味を捉えていることがあり,徐々に大人に近づくと言われている。本研究では幼児期における感情語の意味範囲の発達的変化を検討した。2〜5歳児クラスの幼児118名を対象として,ストーリーを聞かせて主人公のキャラクターの感情を尋ねるストーリー課題と,表情写真からモデルの感情を尋ねる表情写真課題を行った。正答誤答に依らず課題を通して使用した感情語の数は2歳児クラスが3,4,5歳児クラスより少なかったものの,3〜5歳児クラスの間では差が見られなかった。ストーリー課題では2歳児クラスの子どもは呼び分けが曖昧で,3,4歳児クラスになると快不快の呼び分けがなされるようになり,5歳になると不快感情内についても呼び分けができるようになることがわかった。表情写真課題では2歳児クラスの時点で喜び,驚き刺激を呼び分けており,2歳児クラスで他の不快刺激と呼び分けていた怒り刺激を3歳児クラスになると他のネガティブ感情刺激といったん一括りに捉え,4歳児クラスになると怒り刺激と嫌悪刺激が,また,恐怖刺激と悲しみ刺激が同じ語で呼ばれるようになり,5歳になると各刺激がばらばらに呼び分けられ始めることが示された。このことから,感情語においても新しい語が使えるようになった後もレキシコンの再編成が続き,語の意味範囲が変化していくことが示された。
【キーワード】幼児,言語発達,感情,意味領域

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◆ 平井 美佳・神前 裕子・長谷川麻衣・高橋 惠子:乳幼児にとって必須な養育環境とは何か:市民の素朴信念

本研究は,わが国の未就学児に必須な養育環境とは何かについて,人々の持つ素朴信念を検討し,相対的貧困の指標とされる社会的必需品を考える一助とすることを目的とした。研究1では,先行研究を検討し,専門家および未就学児の親の意見を加味して40項目から成る「乳幼児に必須な養育環境リスト(What Children Need List:WCNリスト)」を作成した。未就学児の母親484名を協力者として,自分の子どもの養育環境の充足の程度を確認したところ,37項目で合意基準(50%以上)を超え,また,主観的経済状態を統制した上でも養育環境が充たされているほど子どもの発達が良好であるという関連が見出され,WCNリストの妥当性が確認された。研究2では,WCNリストを用いて未就学児の親503名(2a),性別と居住地域を人口動態に合わせた全国の市民1,000名(2b),および,未就学児のひとり親74名(2c)を協力者として,「現在の日本の子どもが健康に育つために必要である」と考える程度について尋ねた。その結果,合意基準を超えた項目は,2a〜2cのそれぞれで19項目,9項目,30項目とサンプルにより異なり,特に未就学児を養育している当事者である,女性である,年代が若いことが合意を促進する要因であることが明らかになった。この結果について,本研究の限界と将来の課題を論じた。
【キーワード】貧困,乳幼児,社会的必需品,素朴信念

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◆ 山本 晃輔:重要な自伝的記憶の想起がアイデンティティの達成度に及ぼす影響

本研究では,重要な自伝的記憶の想起がアイデンティティの達成度に影響するのかどうかについて検討した。実験では,231名の参加者にアイデンティティ尺度(下山,1992)を実施した後,重要度の高い(重要度高群),あるいは重要度の低い(重要度低群)自伝的記憶の想起をそれぞれに求め,その後再度アイデンティティ尺度を実施した。実験の結果,自伝的記憶想起前には,重要度高低群間のアイデンティティ尺度得点に差がみられなかったが,想起後には重要度高群の方が低群と比べてアイデンティティ尺度得点が高くなった。また,重要度の高い自伝的記憶は,それが低い自伝的記憶と比較して鮮明であり,感情喚起度が高くかつ快であり,想起頻度が多く,アイデンティティを形成する中心的な役割を果たしている可能性が示唆された。考察では重要な自伝的記憶の想起がどのようにしてアイデンティティの形成を促進させるのかについて解釈が行われるとともに,今後の課題が議論された。
【キーワード】アイデンティティ,自伝的記憶,自己

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26巻2号


◆砂川 芽吹:自閉症スペクトラム障害の女性は診断に至るまでにどのように生きてきたのか:障害を見えにくくする要因と適応過程に焦点を当てて

自閉症スペクトラム障害(ASD)の女性は,知られている有病率の少なさと,ASDの症状が分かりにくいことから,これまで焦点が当たってこず,見過ごされている可能性がある。本研究では,@ASDの女性を見えにくくする要因は何か,及び,AASDの女性は診断に至る過程のなかでどのように生きてきたのか,という2つの問いを明らかにするために,大人になって初めてASDの診断を受けた成人女性12名を対象としたインタビューを行い,GTAによって質的に分析した。その結果,【「大人しさ」のベール】,【就労状況のベール】,【家庭のベール】,【精神症状のベール】という,周囲からASDの女性を見えにくくする4つの社会環境的な要因が見いだされた。さらに,これらのベールの下で,ASDの女性が適応の【努力と失敗の繰り返し】から【社会適応のスキルを学習】することもまた,周囲がASDの女性を認識し難くなる要因となっていることが示唆された。一方で,ASDの女性は,診断に至る過程であらゆる失敗経験を<自分に原因帰属>しているために,【自尊心の低下】が起きていた。そのため,ASDの女性は表面的な社会スキルによってASDであることが周囲から見えにくくなっているが,自尊心が低く,支援が必要な状態だと考えられた。本研究を通して,ASDの女性が障害を持つことを見えにくくする要因と適応過程を見いだし,ASDの女性におけるアセスメントや支援についての示唆を得た。
【キーワード】自閉症スペクトラム障害,女性,ベール,社会適応

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◆畑野 快・原田 新:大学生のアイデンティティの変化と主体的な学習態度の変化の関連:大学新入生の前期課程に着目して

本研究の目的は,大学新入生の前期課程に着目し,アイデンティティを中核的同一性,心理社会的自己同一性に分離して捉えた上で,大学生の心理社会的自己同一性と主体的な学習態度の変化の関係を明らかにすることであった。そのために,大学1年生437名(男性221名,女性212名,性別不明4名)を対象に4月と7月の2時点で縦断調査を実施した。まず,中核的同一性,心理社会的自己同一性および主体的な学習態度の可変性について確認するため,2時点における平均値の変化をt検定によって確認したところ,全ての変数の平均値は有意に低下していた。次に,3つの変数の2時点における相関係数を算出したところ,中核的同一性では高い相関係数が得られたことに対して,心理社会的自己同一性,主体的な学習態度の相関係数は中程度であった。さらに,潜在変化モデルによって中核的同一性,心理社会的自己同一性と主体的な学習態度の変化の関係を検討したところ,中核的同一性の変化と主体的な学習態度の変化との間には有意な関連が見られなかったものの,心理社会的自己同一性の変化と主体的な学習態度の変化との間に有意な正の関連がみられた。最後に,心理社会的自己同一性を向上させるための支援の方策について議論を行った。
【キーワード】アイデンティティ,大学生,主体的な学習,大学新入生

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◆川本 哲也・小塩 真司・阿部 晋吾・坪田 祐基・平島 太郎・伊藤 大幸・谷 伊織:ビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性の年齢差と性差:大規模横断調査による検討

本研究の目的は,大規模社会調査のデータを横断的研究の観点から二次分析することによって,ビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性に及ぼす年齢と性別の影響を検討することであった。分析対象者は4,588名(男性2,112名,女性2,476名)であり,平均年齢は53.5歳(SD = 12.9, 23-79歳)であった。分析の対象とされた尺度は,日本語版Ten Item Personality Inventory (TIPI-J; 小塩・阿部・カトローニ, 2012)であった。年齢と性別,それらの交互作用項を独立変数,ビッグ・ファイブの5つの側面を従属変数とした重回帰分析を行ったところ,次のような結果が得られた。協調性と勤勉性については年齢の線形的な効果が有意であり,年齢に伴って上昇する傾向が見られた。外向性と開放性については性別の効果のみ有意であり,男性よりも女性の外向性が高く,開放性は低かった。神経症傾向については年齢の線形的効果と性別との交互作用が有意であり,若い年齢では男性よりも女性の方が高い得点を示した。
【キーワード】ビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性,年齢差,性差,横断的研究

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◆永瀬 開・田中 真理:自閉症スペクトラム障害者におけるユーモア体験の認知処理特性:分かりやすさの認知と刺激の精緻化の影響

本研究の目的は,自閉症スペクトラム障害(以下ASD)者におけるユーモア体験について,構造的不適合を説明する手がかり(手がかり情報)がユーモア体験に関わる認知処理に与える影響及び,ユーモア体験の強さに与える影響について検討を行うことであった。ASD者12名,典型発達者20名を対象に手がかり情報のある条件(手がかり有り条件),手がかり情報のない条件(手がかり無し条件)のユーモア刺激を用いて,ユーモア体験の強さに影響を与える「分かりやすさの認知」と「刺激の精緻化」の2つの認知的な処理の特性と「ユーモア体験の強さ」について比較検討を行った。その結果,主に以下の2点が認められた。1)典型発達者は手がかり有り条件において刺激を分かりやすく認知し,刺激の精緻化を多く行い,強いユーモア体験をする一方で,ASD者は手がかり情報についての条件間で差が見られなかった。2)典型発達者において,分かりやすさの認知と刺激の精緻化がユーモア体験の強さに影響を与える一方で,ASD者において刺激の精緻化のみがユーモア体験の強さに影響を与えていた。以上の結果から,典型発達者とASD者とでユーモア体験の強さに影響を与える認知的な処理の内実が異なることが示された。
【キーワード】自閉症スペクトラム障害,ユーモア体験,分かりやすさの認知,刺激の精緻化

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◆藤戸 麻美・矢藤 優子:幼児におけるうそ行動の認知的基盤の検討

本研究では,幼児を対象にうそ行動の前提要因となる認知的基盤について検討した。4〜6歳児75名を対象にうそ課題と誤信念課題,葛藤抑制課題,反事実的推論課題を実施し,うそ課題とそれぞれの課題の成績間の関連をみることで,うそ行動に必要な認知的基盤を検討した。重回帰分析の結果,誤信念課題と月齢の交互作用および反事実的推論課題の交互作用が認められた。誤信念課題との関連は,4歳児のみでみられた。誤信念の理解がうそ行動の前提要因として不可欠であるという従来の知見とは一致せず,誤信念理解はうそ行動に必要不可欠な認知的基盤であるとはいえない。また,全年齢群で反事実的推論課題との関連が認められたが,特に6歳児ではその関連がもっとも強かった。この結果は,年齢が上がるにつれて,うそ行動の前提要因としての認知的基盤が,誤信念理解から反事実的推論能力へと推移していくだろうことを示している。つまり,年齢範囲によって,うそ行動の認知的基盤が異なる可能性が明らかとなった。この可能性からは,4歳児にとってのうそ行動とは,他者のこころの状態の推測に基づいて行われる行動だと考えられる。誤信念理解ができている年齢時期だと考えられる6歳児では,現実とは異なる仮定を想定し,それに基づいて結果を推論するという反事実的推論の能力を支えとして,うそ行動を行うようになると考えられる。
【キーワード】幼児,うそ行動,誤信念理解,反事実的推論,認知的基盤

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◆川本 哲也・遠藤 利彦:青年期における非言語性知能の発達とコホート効果

本研究の目的は,東京大学教育学部附属中等教育学校で収集されたアーカイブデータを縦断的研究の観点から二次分析し,青年期の非言語性知能の発達とそれに対するコホートの効果を検討することであった。分析対象者は3,841名 (男性1,921名,女性1,920名) であり,一時点目の調査時点での平均年齢は12.21歳 (SD age = 0.49; range 12-17) であった。分析の対象とされた尺度は,新制田中B式知能検査 (田中, 1953) であった。青年の知能の構造の変化とスコアの相対的な安定性,平均値の変化について別個に検討を行った。その結果,知能の構造に関しては青年期を通じて強く一貫していること,相対的な安定性は先行研究と同様の中程度以上の安定性を保つことが示された。また平均値の変化については,知能は青年期を通じて線形的に上昇していくが,コホートもまた知能の平均値に対して有意な効果を示し,かつその変化の傾きに対してもコホートが効果を持つことが示唆された。ただしその効果の向きについては一貫しておらず,生まれ年が新しいほど,新制田中B式知能検査のうちの知覚に関連する領域では得点が上昇し,その上昇の割合も大きなものであった。その一方で事物の関連性などを把握する能力では,生まれ年が新しいほど得点が低下してきており,加齢に伴う得点の上昇の割合も緩やかになってきていることが示唆された。
【キーワード】動作性知能,青年期,コホート効果,階層線形モデリング

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◆竹島 克典・松見 淳子:児童期の抑うつと対人関係要因との関連:コーピング,ソーシャルサポート,仲間関係,対人ストレッサーに焦点をあてた前向き研究

本研究の目的は,児童の抑うつ症状と対人関係要因を縦断的に検討し,その関連を明らかにすることであった。小学4年生の児童108名(平均年齢9.94歳; 男子59名,女子49名)を対象として質問紙調査を二時点で実施した。第一時点では,自己評定による抑うつ症状,コーピングスキル,ソーシャルサポートおよびソシオメトリックテストによる仲間関係の測定を行った。約9か月後の第二時点では,自己評定による抑うつ症状と対人ストレッサーの測定を行った。その結果,第一時点の抑うつ症状を統制した上で,撤退型コーピング,母親サポート,および対人ストレッサーとコーピングスキルの交互作用が後の抑うつ症状を有意に予測することが明らかになった。交互作用効果においては,家庭ストレッサーが高い場合に,撤退型コーピング(disengagement coping)が後の抑うつ症状の高さを予測することが示された。これらの結果は,抑うつの対人モデルを部分的に支持するものであり,児童期の抑うつにおいて対人関係要因にアプローチすることの重要性が示唆された。
【キーワード】児童,抑うつ症状,対人関係,コーピングスキル

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26巻3号


◆浦上 萌・杉村伸一郎:幼児期における心的数直線の形成過程の検討

心的数直線の形成は,数量概念の発達において非常に重要であると考えられている。その過程は大別して2つの立場から捉えられてきた。一つは,対数型から直線型へという質的変化を重視する移行の立場で,もう一つは,数量を見積る方略や基準点に着目する比率判断の立場である。本研究では,これらの立場では捉えきれなかった,関数に適合する以前の数表象の実態を検討するとともに,心的数直線の質的変化と基準点の使用との関連や見積る際の方略を検討した。分析対象者は,0-20の数直線課題が4-6歳児58名,0-10の数直線課題が4-6歳児27名であった。分析の結果,関数に適合する以前の数表象として,大小型などの5つの型が見出された。また,移行と比率判断との関連や方略を検討することにより,直線型であっても数直線の両端と中点を基準点として使用し,比率的に見積っているとは限らないことなどが明らかになった。これらの知見を踏まえて,幼児期における心的数直線の形成過程を考察した。
【キーワード】見積り,数直線,表象の移行,比率判断,幼児

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◆松本 拓真:自閉症スペクトラム障害の子どもの受身性が固定化する一機序:親子の相互作用と親にもたらす苦悩

自閉症スペクトラム障害を持つ子どもの受身性は,Wing & Gould(1979)から指摘され,思春期以降のうつやカタトニアの要因として注目され始めているが,それ以前の時期では適応の良さとして軽視されがちだった。本研究では思春期以前に受身性が固定化する要因を明確にすることを目的に,自閉症スペクトラム障害の子どもを持ち,受身性を意識している親11名に半構造化面接を行った。データを修正版グラウンデッドセオリーアプローチにより分析したところ,15概念が生成され,6カテゴリーが抽出された。【支援への受身的な状態】から「意志表出主体として認められる」ようになる間に【意志か社会性かの揺れ動き】という独特の状態が介在し,受身性の固定化への影響が示唆された。このカテゴリー内には,【やるけどやらされてる感】という特殊な状態があり,親の求めに応じられるがゆえに受身的になる特徴が見られ,自己感の問題が推測された。その状態は親に強要か適切な指導かという葛藤や子どもの人生全てを背負うかのような責任感という苦悩をもたらしていた。また,受身性から脱却する変化の前に親が深刻な悲嘆や強い後悔を体験することも見いだされ,子どもの受身性により生じた親の苦悩が受身性の固定化の一因となる相互作用が示唆された。本研究で得られたモデルはサンプルの偏りなどの点で限定されたものではあるが,更なる検討により精緻化が可能だと考えられる。
【キーワード】受身性,自閉症スペクトラム障害,修正版グラウンデッドセオリーアプローチ,親子の相互作用,自己感

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◆大伴 潔・宮田 Susanne・白井 恭弘:動詞の語尾形態素の獲得過程:獲得の順序性と母親からの言語的入力との関連性

日本語を母語とする子どもにおいて動詞の多様な形が生産的に使われるようになる過程や順序性の有無については,ほとんど明らかになっていない。本研究は,子どもの発話を縦断的に分析することにより,動詞語尾レパートリーの獲得の順序性の有無を明らかにするとともに,母親が使用する動詞の表現形との関連性について検討することを目的とした。研究1では,4名の男児の自発話の縦断的データに基づき,1歳から3歳までの期間の動詞語尾レパートリーを分析し,動詞語尾形態素の獲得に順序性が存在することが認められた。順序性を規定する要因として,養育者からの言語的入力,形態素が表す意味的複雑さ,形態素の形態論的・統語論的な複雑さが考えられた。研究2では,3組の母子を対象に母親の動詞語尾形態素を分析し,子どもの形態素獲得の順序性と母親からの言語的入力との関連について検討した。その結果,子どもの形態素獲得順序が母親の形態素使用頻度およびタイプ数と相関するだけでなく,母親同士の間でも形態素使用頻度・タイプ数について有意な相関が認められた。この知見は,母親の発話が文脈に沿った形態素使用のモデル提示となっていることを示すとともに,自由遊び場面での話者の観点や発話の語用論的機能に関する一定の傾向があり,意味内容と発話機能に関するこのような傾向が子どもの形態素獲得の過程に反映する可能性が示唆された。
【キーワード】言語発達,動詞,形態素,幼児,言語的入力

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◆川本 哲也:成人形成期のアイデンティティと複数の社会的関係性の関連:養育者・友人・恋人に対するアタッチメント・スタイルの違いに注目して

本研究の目的は成人形成期の人のアイデンティティと複数の社会的関係性がいかに関連するかを検討することであった。分析対象者は385名 (男性: 210名, 女性: 175名; M = 22.4, SD = 2.4, レンジ: 18-29歳) であった。対象者のアイデンティティは多次元自我同一性尺度 (MEIS; 谷, 2001)を用いて測定され,社会的関係性は,改訂版親密な対人関係体験尺度 (ECR-R; Fraley, Waller, & Brennan, 2000; 島, 2010) を用い,養育者・友人・恋人に対するアタッチメント・スタイルを測定した。対象ごとのアタッチメント・スタイル,年齢,性別を独立変数とし,アイデンティティの各側面を従属変数とした重回帰モデルを用いた共分散構造分析を行い,以下の結果を得た。「自己斉一性・連続性」は養育者に対するアタッチメント・スタイルからの効果が有意となった。「対自的同一性」は年齢からの効果が有意であり,「対他的同一性」は友人と恋人に対するアタッチメント・スタイルからの効果が有意となった。「心理社会的同一性」は年齢と,友人に対するアタッチメント・スタイルからの効果が有意となった。この結果から,主観的なアイデンティティの側面は養育者との関係性と関連し,社会的なアイデンティティに関しては友人や恋人との間の関係性が関連することが示唆された。
【キーワード】アイデンティティ,社会的関係性,アタッチメント・スタイル,成人形成期,横断調査

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◆坂 康雅・小塩 真司:恋愛様相尺度の作成と信頼性・妥当性の検討

本研究の目的は,坂(2011)が提示した青年期における恋愛様相モデルにもとづいた恋愛様相尺度を作成し,信頼性・妥当性を検証することであった。18〜34歳の未婚異性愛者750名を対象に,恋愛様相尺度暫定項目,アイデンティティ,親密性,恋愛関係満足度,結婚願望,恋愛関係の影響などについて,インターネット調査を実施し,回答を求めた。高次因子分析モデルによる確証的因子分析を行ったところ,高次因子「愛」から「相対性―絶対性」因子,「所有性―開放性」因子,「埋没性―飛躍性」因子にパスを引き,各因子から該当する項目へのパスを引いたモデルで,許容できる範囲の適合度が得られた。また,ある程度の内的一貫性も確認された。「愛」得点について,アイデンティティや親密性,恋愛関係満足度,結婚願望,恋愛関係のポジティブな影響と正の相関が,恋愛関係のネガティブな影響と負の相関が確認され,また年齢や交際期間とは有意な相関がみられなかった。これらの結果はこれまでの論究からの推測と一致し,妥当性が検証された。また,3下位尺度得点には,それぞれ関連する特性が異なることも示唆された。
【キーワード】恋愛様相モデル,尺度作成,アイデンティティ,恋愛関係満足度,恋愛関係の影響

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◆垣花真一郎:幼児の仮名文字の読み習得に影響する文字側の諸要因

幼児の仮名文字の読みの正答率に影響する文字側の諸要因を検討した。清音文字,濁音文字,半濁音文字の正答率のデータは3-5歳の183名のデータを用い,拗音表記の正答率のデータは3-6歳の277名のデータを用いた。検討した要因は,(1)文字別の出現頻度,(2)字形の複雑さ,(3)五十音図の掲載順,(4)母音,(5)類似文字の有無,(6)濁音規則の例外,であった。文字種ごとに,文字別の正答率を目的変数,各要因を説明変数とした重回帰分析を行った。清音文字については,(6)を除く要因を検討した結果,五十音図の掲載順要因が有意であり,出現頻度,類似文字の有無が有意傾向であった。濁音文字については,(1)〜(6)を検討し,出現頻度が有意であり,五十音図の掲載順,類似文字の有無が有意傾向であった。拗音表記については,(1),(2)のみを検討したが,出現頻度のみが有意であった。本研究の結果は,仮名文字の習得過程には,文字の形態を識別する視知覚の発達といった言語普遍的な側面だけでなく,文字別の頻度や五十音図といった言語・文化固有の側面が関与していることを示唆している。
【キーワード】読み習得,仮名文字,絵本,言語発達

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◆木下 孝司:幼児期における教示行為の発達:学習者の熟達を意図した教え方に注目して

本研究は,幼児が,言語だけでは伝えにくい技能を,他者の熟達が進むようにいかに教示するのかを検討した。34名の幼児を対象に,折り紙を使ったかぶとの作り方を,「折り紙がうまく作れず,一人で上手に作れるようになりたい」と紹介された学習者に教えるように求めた。あわせて,心の理論課題と,技能の学習プロセスを内省する課題も実施した。その結果,以下のことが明らかになった。1)年中児も年長児もともに,実演が中心であったが,年長児は教え始める際に,学習者の注意を自分に向けさせる発話が多かった。2)年中児は学習者の失敗を直接修正して代行することが多いのに対して,年長児は学習者自身が折ることを促す間接的な教え方をする傾向が認められた。3)心の理論課題の得点と,教示中に学習者の様子をモニタリングすることの間に有意な相関があった。また,自身の学習プロセスを自覚することと,学習者を主体にした間接的な教え方をする傾向の間にも有意な相関が認められた。以上ことから,年長児以降,他者の技能を向上させることを意図した教示が可能になることが示唆された。
【キーワード】教示行為,幼児,教示意図,心の理論,学習プロセスの自覚

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26巻4号


◆浅野 良輔:時系列と階層性の視座に基づく親密な関係研究:発達心理学と社会心理学による統合的アプローチ

個人の成長や発達,心理的適応に対して大きな役割を果たす親密な関係は,重要な研究テーマである。本論文では,親密な関係が人々の行動傾向や心理プロセスに与える影響をより包括的に理解することを目指し,発達心理学でみられる個人の発達に関する時系列的視点と,社会心理学における個人と二者関係(ダイアド)の階層的視点を統合した新たなアプローチを提案する。まず,成人の愛着理論に基づいた研究を通じて,親密な関係にまつわる発達心理学的研究と社会心理学的研究の相違を指摘する。つぎに,年齢差や発達軌跡に注目して愛着スタイルの発達過程を明らかにする時系列的視点,ならびに相互作用構造や共有された関係効力性など,個人レベルの影響プロセスとダイアドレベルの影響プロセスに注目する階層的視点の観点から,これまでの親密な関係研究を改めて概観した上で,発達心理学と社会心理学による統合的アプローチの可能性を探る。そして,時系列的視点と階層的視点の両面から親密な関係について検討するアプローチを実証研究の俎上に載せるため,データ収集の段階で直面しうる問題,交差遅延モデルや潜在成長曲線モデルといった縦断データに対する分析法,ペアワイズ相関分析や共通運命モデル,マルチレベル構造方程式モデリングといったダイアドデータに対する分析法について議論する。結語として,発達心理学と社会心理学が結びついた親密な関係研究の方向性を展望する。
【キーワード】親密な関係,成人の愛着理論,個人―関係のダイナミックス,縦断研究,ダイアドデータ

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◆伊藤 裕子:夫婦関係における親密性の様相

本稿では,夫婦の親密性をコミットメントと愛情という側面からとらえた。さらに,夫婦関係における親密性の揺らぎを,子育て,離婚,個人化・個別化,定年退職の4つの事象から論じ,そこにおける妻と夫の意識のずれを明らかにした。日本の夫婦では,家族や家庭を維持していくために夫婦の親密性を諦める場合があり,また,結婚が親密性からのみ成り立つわけではなく,機能性,さらに社会的関係から維持されており,恋愛関係と異なる親密性のあり方が論じられた。発達研究としての今後の課題から,以下の三点が指摘された。第一に,夫婦としてある期間は長期にわたるため,結婚満足度以外では同一指標による比較は困難である。そのため,どのライフステージかを明確にさせながら,時期を重ねて変化をみるという方法が可能である。第二に,ライフイベント前後での短期縦断研究がさらに望まれる。第三に,夫婦関係には,その社会の制度・価値観,性別分業のあり方など文化の違いが色濃く反映するので,それらを十分考慮して研究する必要があることが指摘された。
【キーワード】夫婦関係,親密性,ライフステージ,ジェンダー,縦断研究

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◆赤澤 淳子:親密な二者関係のダークサイドとしてのデートDV

本論文は,男女交際のダークサイドであるデートDVに焦点をあて,親密な二者関係の様々な側面と暴力との関係をいくつかの理論から考察し,さらにデートDVにまつわる神話を検証した上で,今後の研究課題を提示するものである。親密性に関するいくつかの理論は,暴力は二者の関係への過剰な集中と発達期における親との関係を端緒とし,それらの特性は葛藤方略として暴力を使用する可能性を高めることを示している。「男性が加害者で女性が被害者」,「愛と暴力は対極にあるもの」,「身体的暴力がもっとも悲惨」というデートDVの神話はいずれも誤謬であり,暴力は双方向的であり,愛は暴力を引き起こす要因になることがあり,精神的な暴力は身体的暴力より長期化し,被害を大きくする傾向があることが,これまでの研究から確認された。これらの議論から,葛藤方略の予防教育によるデートDV抑止効果の研究や,生涯発達的な視点と社会文化的な視点からのデートDV研究が必要であるといえる。
【キーワード】デートDV,ジェンダー,関係性,葛藤解決方略,生涯発達的視点

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◆西田 麻野:主観的感情体験の発話内容分析から捉えた一般大学生の自閉的傾向とアレキシサイミア傾向の関連性の検討

本研究では,自閉的な傾向の高い一般大学生のアレキシサイミア傾向を中心とした感情面の特徴を関係的視点から記述を行い,こうした大学生の他者との関わりにおける様々な課題や困難に対応するための手掛かりを得ることを目的とした。その際,一般の大学生20名を対象に質問紙調査と主観的感情体験についてのインタビューを行い,その発話内容分析を行った。アレキシサイミア傾向を測定するTAS-20,自閉的傾向を測定するAQと,発話内容分析によって得られた“感情言語化数”との間の相関分析の結果,これらの尺度得点と“感情言語化数”との間で負の相関が示され,一般大学生の自閉的傾向の高さとアレキシサイミアに関係する感情言語化の少なさには関連があることが示された。さらに“感情面”と“関係性”に関する発話内容の特徴を捉えるために,発話内容分析のデータに基づき多次元尺度構成法(MDS)を行った。その結果,発話上でアレキシサイミアを中心とした感情的な困難が示された二つの群には,それぞれ異なる状態像があることが示された。一つ目の群には,自他関係に積極的に関わってはいるものの,感情の表現に困難がある特徴が示され,二つ目の群では自他の内面や関係性に関わろうとせず,関係的に孤立した特徴が示された。これら発話上の特徴から,自閉的傾向のある大学生のアレキシサイミア傾向には異なるタイプがあり,それらに応じた対応の必要性が示された。
【キーワード】主観的感情体験,発話内容分析,自閉的傾向,アレキシサミア,大学生

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◆上野 萌子・内山伊知郎・Campos, Joseph J. ・Dahl, Audun・Anderson, David I.:バーチャルムービングルーム内の下り斜め方向の動きに対する乳児の反応

視覚情報に基づく自己運動の知覚は,乳児の姿勢制御や移動にとって不可欠である。生後1年目の後半において,自己運動と同様の情報を提供する周辺視における光学的流動に対して,乳児はよく反応するようになる。周辺視における光学的流動に対する乳児の反応についての先行研究では,水平方向および下り斜め方向といった動きの方向が異なる光学的流動に対する姿勢補償の比較に限られていた。本研究では,乳児が下り斜め方向の動きの角度の違いによって,異なる姿勢補償および心拍反応を示すかどうかを検討することを目的とした。そこで,生後9ヵ月児27名を対象に,バーチャルムービングルームを用いて,水平方向,下り10°斜め方向,および下り30°斜め方向の動きを特定する光学的流動を提示した。9ヵ月児は,角度に応じた適切な姿勢補償を示すと共に,下り30°斜め方向の動きに対してより心拍数の上昇を示した。これらの結果から,周辺視における光学的流動に対する乳児の反応が,知覚した動きの角度に応じて生じることが示された。
【キーワード】乳児,下り斜面,姿勢補償,心拍反応,視知覚

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◆田仲 由佳:中年期女性の更年期症状に対する対処と心理的適応の関連

本研究は中年期女性を対象とした質問紙調査より,更年期症状に対する対処と心理的適応の関連を検討することを目的として行った。調査内容は,月経状況,更年期症状,更年期症状に対する対処,主観的幸福感,生活満足感であり,40歳から60歳の女性395名を分析対象とした。主な結果は以下の通りである。因子分析の結果,更年期症状に対する対処では,“症状の受け入れ”“身体へのいたわり”“プラス思考”“活動優先”“とらえなおし”“相談”の6因子が抽出された。閉経段階および症状の高低ごとに症状対処を検討したところ,すべての閉経段階において症状低群より症状高群の方がプラス思考が低かった。症状対処と心理的適応との関連では,症状低群ではすべての閉経段階で身体へのいたわりが心理的適応に正の影響をもたらしていた。一方,症状高群ではすべての閉経段階でプラス思考が心理的適応の高さと関連するとともに,閉経前と閉経後ではとらえなおし,閉経中では症状の受け入れが心理的適応を高めていた。加えて閉経後の女性では,症状にかかわらず活動優先傾向が心理的適応を高めていた。以上より,閉経段階や症状によって有効となる対処に違いが見られることが示唆された。
【キーワード】中年期女性,閉経,更年期症状,対処

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◆田中 善大・伊藤 大幸・村山 恭朗・野田  航・中島 俊思・浜田  恵・片桐 正敏・柳 伸哉・辻井 正次:保育所・小中学校におけるASD傾向及びADHD傾向といじめ被害及び加害との関連

本研究では,単一市内の全保育所・公立小中学校の児童生徒の保護者を対象に調査を実施し,ASD傾向及びADHD傾向といじめ被害及び加害との関連を検討した。ASSQによってASD傾向を,ADHD-RSによってADHD傾向を測定した。いじめ被害及び加害は,関係的いじめ,言語的いじめ,身体的いじめのそれぞれのいじめについて測定した。保育所年少から中学3年生までの計8396名の幼児児童生徒のデータに対する順序ロジスティック回帰分析の結果,他の独立変数の効果を調整しない場合には,いじめ被害及び加害ともに,いずれのいじめに対してもASD傾向とADHD傾向の効果が示された。これに対して,他の独立変数の効果を調整した場合には,2つの発達障害傾向のいじめに対する影響は異なるものであった。いじめ被害では,全てのいじめでASD傾向の主効果が確認されたが,ADHD傾向の主効果が確認されたのは関係的いじめと言語的いじめのみであり,オッズ比もASD傾向より小さかった。いじめ加害では,全てのいじめでADHD傾向の主効果が確認されたが,ASD傾向ではいずれのいじめにおいても主効果は確認されなかった。これに加えて,学年段階や性別との交互作用についてもASD傾向とADHD傾向で違いが見られた。
【キーワード】いじめ加害・被害,発達障害傾向,自閉症スペクトラム障害,注意欠如多動性障害,保護者評定

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◆豊田  香:専門職大学院ビジネススクール修了生による生涯学習型職業的アイデンティティの形成:TEA分析と状況的学習論による検討

本研究は,専門職大学院ビジネススクール(以下,BS)の学びが,職業的アイデンティティ(以下,職業的ID)に与える変容とそのプロセスを,質的研究法TEAの分析枠組みを用いて可視化し,その結果を状況的学習論の視点から検討することで,個人と企業の共生の在り方の示唆を得ようと試みたものである。分析の結果,職業的IDの変容プロセスは5つの時期区分(第1期:職業的IDの獲得・確立期,第2期:職業的IDの展開/動揺期,第3期:職業的IDの解放期,第4期:職業的IDの拡張期,第5期:職業的IDの創造期)に分類でき,仕事観と仕事に対する信念の変容に伴い,企業組織の正統な職業実践者という職業的IDの確立から始まり,最終的に,社会科学を継続的に学び,それを企業組織に還元する生涯学習者という職業的IDが加わる生涯学習型職業的IDが確立されていることが確認できた。世界標準としての理論を学び続け,それを軸として,自らの職業実践そのものの道筋と,組織の発達の道筋の両方を積極的に創るという,創造性を特徴とするこの生涯学習型職業的IDの形成支援が,個人と企業の共生に有効であると結論づけた。具体的には,@BSなど学術界の「境界領域トラジェクトリー」の形成支援と,ABSなど学術界の境界領域から,企業組織の「内部トラジェクトリー」への往復に正統性を与える境界領域双方向性の「内部トラジェクトリー」と呼べるものの形成支援である。
【キーワード】専門職大学院ビジネススクール,職業的アイデンティティ,TEA(TEM/TLMG/HSI),生涯学習,状況的学習論

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◆小野田亮介:討論活動における児童の聴き方と発話内容の関連:賛成論と反論に対する聴き方の偏りに着目して

本研究の目的は,賛成論と反論に対する児童の聴き方の偏りに着目し,聴き方と反対立場に対する発話内容との関連を明らかにすることである。対象は小学校3年生の1学級で行われた4回の討論活動とした。賛成論と反論に対する聴き方の偏りは,討論活動後に行った直後再生課題における再生数の違いとして近似的に捉えた。そして,討論活動ごとに「賛成論再生数―反論再生数」で求められる聴き方のマイサイドバイアス指数(聴き方のMB指数)を算出し,発話内容との関連について検討した。その結果,聴き方のMB指数が高い児童(賛成論をより多く再生する児童)に比べ,聴き方のMB指数が低い児童(反論をより多く再生する児童)ほど,反論に対する再反論を多く発話する傾向が認められた。また,聴き方の偏りと発話方法との関連について探索的に検討した結果,聴き方のMB指数が高い児童は自分と同じ立場の他児童の発話を繰り返す反復発話を行っており,それが既出発話に対する再評価の契機となることが示された。一方,聴き方のMB指数が低い児童は反対立場への質問を多く行う傾向にあることが確認された。以上の結果から,聴き方の偏りは発話内容と関連しており,特に再反論を促進する上では,反論に注意を向けて聴くように促すことが重要な指導となる可能性が示された。
【キーワード】聴き方,マイサイドバイアス,反論への再反論,討論,児童

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