発達心理学研究第24巻(2013年)   


24巻1号

◆ 尾山 智子・仲 真紀子:幼児によるポジティブ,ネガティブな出来事の語り:親が出来事を選定した場合と子どもが出来事を選定した場合

本研究では,幼児が感情を伴う出来事をどのように自律的に語るようになるのかを検討するため,5-6歳の幼児50名(年中児28名,年長児22名)とその保護者を対象とした調査を行った。保護者には,幼児にとってのポジティブな出来事とネガティブな出来事をそれぞれ2つずつと,日常的ルーチンを1つ挙げてもらい,その内容について調査票に回答してもらった。次に,幼児と約20分の個別面接を行った。面接では,幼児に,親が挙げた日常的なルーチンを1つ,親が挙げたポジティブな出来事とネガティブな出来事,幼児に挙げてもらったポジティブな出来事とネガティブな出来事を1つずつ,計5つについて自由報告するよう求めた。親が選定した出来事やポジティブな出来事は特別で特徴的なエピソードを含むものが多く,一方,幼児が選定した出来事やネガティブな出来事には日常的なエピソードが多かった。報告には年齢差,課題差があり,年長児は年中児よりも出来事についてより多くの情報を報告した。また,幼児はポジティブな出来事や親が選定した出来事について多く語り,特にポジティブな出来事については,時間,場所,人物,活動の報告が多かった。感情語の使用については,ネガティブな感情語よりもポジティブな感情語を用いて出来事を語ることが多く,事物にコメントするために感情語が多く用いられた。
【キーワード】幼児,感情的な出来事,自由報告

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◆ 平林 ルミ・河野 俊寛・中邑 賢龍:デジタルペンを用いた小学生の書字パターンの発達的変化の検討

従来の書かれた文字を分析する書字評価手法では,そのプロセスや連続性を明らかにできなかった。そこで,本研究では小学1〜6年生の615名にデジタルペンを用いて文章の書き写し(視写)を行い,その書字行動を記録した。書字行動の停留時間を抽出して測定し,文字間停留と文節間停留の差を個人内で比較することで,意味のまとまりである文節を視写に利用しているかを検討した。両者に差がある児童を文節利用群,差がない児童を非利用群とし,各群に含まれる児童の割合を学年ごとに算出し,カテゴリー間の差を検定した。その結果,2〜5年では文節利用群が多く,1・6年では非利用群が多かったことから,1・2年生の段階で意味のまとまりを活用して情報入力を行うようになると考えられた。また,停留時間から書字動作のまとまりを検討し,それに基づいて書字パターンを1文字ずつ書き写す「粒書きパターン」,ある程度のまとまりで書き写す「まとまり書きパターン」,連続して書く連続書きパターンに分類した。その結果,1〜3年生では粒書き・まとまり書きパターンの児童が主流であったが,4〜6年生では連続書きパターンの割合が高かった。したがって,6年生では連続して書くことができるために,意味のまとまりで停留しないと考えられた。また,6年生でも粒書きパターンの児童が5.6%存在し,この児童に関して書字困難との関連を検討する必要性が示唆された。
【キーワード】書字行動,停留時間,書字技能,書字発達,小学生

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◆ 大島 聖美:中年期母親の子育て体験による成長の構造:成功と失敗の主観的語りから

本研究では成人初期の子どもを持つ中年期の母親22名に半構造化面接を行い,母親の子育てに関する主観的体験を,グラウンデッド・セオリーの手法を援用し,検討した。母親はこれまでの経験の中で作り上げられてきた【理想の母親像】を基礎に,子に良かれと思いながら子育てを開始するため,【子本位の関わり】が多くなるが,時に【子育ての義務感】を感じ,【気づけば自分本位の関わり】をしてしまう時もある。そのような時も,【身近な人からの子育て協力】を得ることとにより,【子から学ぶ】という体験を通して,子どもと一緒に成長していく自分を感じ,【離れて見守れる】するようになり,【心理的ゆとり】を獲得し,視野が家庭内から家庭外へと広がり,自分の生き方を模索しはじめる。以上の結果から,次のようないくつかの示唆が得られた。@母親はどんなに子に良かれと思って子に関わっていても失敗することがあり,その失敗の背景には【子育てへの義務感】がある場合が多いこと,Aこのような失敗を乗り越え,母親の成長を促進する上で,【子から学ぶ】体験が重要な役割を果たしていること,B【心理的ゆとり】だけではなく,【離れて見守れる】できるようになることも,母親としての成長であるということが示唆された。
【キーワード】中年期の母親,子育て,成長

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◆ 坂 康雅:大学生におけるアイデンティティと恋愛関係との因果関係の推定:恋人のいる大学生に対する3波パネル調査

本研究の目的は,恋人のいる大学生を対象とした3波のパネル調査によって,アイデンティティと恋愛関係との間の因果関係を推定することであった。恋人のいる大学生126名を対象に,多次元自我同一性尺度(谷,2001)と恋愛関係の影響項目(坂,2010)への回答を求めた。得られた回答について,交差遅れ効果モデルに基づいた共分散構造分析を行った。その結果,恋愛関係からアイデンティティに対しては,Time1及びTime2の「関係不安」得点がTime2及びTime3のアイデンティティ得点にそれぞれ影響を及ぼしていることが明らかとなった。一方,アイデンティティから恋愛関係に対しては有意な影響は見られなかった。これらの結果から,アイデンティティ確立の程度は恋愛関係のあり方にあまり影響を及ぼさないとする坂(2010)の結果を支持するとともに,Erikson(1950/1977)の理論や大野(1995)の「アイデンティティのための恋愛」に関する言及を支持するものであり,青年が恋愛関係をもつ人格発達的な意義を示すことができたと考えられる。
【キーワード】アイデンティティ,恋愛関係の影響,青年期,パネル調査

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◆ 田中あかり:幼児の自律的な情動の調整を助ける幼稚園教師の行動:幼稚園3歳児学年のつまずき場面に注目して

本研究は,幼児が幼稚園生活の中で遭遇する葛藤や小さな混乱の場面を「つまずき」場面として,幼児にとっての情動的な場面で教師がどのように関わっているのかに注目し,幼児期の子どもの情動調整の発達を促す大人の行動を探索的に明らかにしたものである。幼稚園の3歳児学年1クラス26名の子どもたちと教師2名のやりとりを縦断的に観察し,観察記録とその観察場面についての教師へのインタビュー記録の2つのデータについて心理学的エスノグラフィーの手法を採用して分析を進めた。また分析の過程では教師の行動の機能的分析を実施した。その結果,幼児の「つまずき」場面における教師の関わりの中には幼児を肯定したり情動を立て直すまでの全プロセスに関わったりするような関わり以外に幼児を突き放す行動があることが見えてきた。さらにその中でも本来の行動や言葉が意味することとは異なることにその行動の目的があると推測される教師の「突き放す行動」に注目し,これらの行動の機能的分析を実施した。その結果これらの行動は幼児に“混乱の落ち着き”“悲しみ・悔しさの助長”“情動の出し方の転換”という変化をもたらしていたことが明らかになった。これらの結果から教師の「突き放す行動」の機能として,幼児の喚起された情動を瞬間的に弱め,幼児自身がその問題に向き合い自律的に情動を調整するきっかけを作る働きがあることが示唆された。
【キーワード】観察,情動調整,幼稚園教師,エスノグラフィー,3歳児学年

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◆ 大島 聖美:夫婦間の信頼感と両親からの支持的関わりが若者の心理的健康に与える影響の男女差

両親の夫婦関係が子の心理的健康に影響することはよく知られているが,親子の性別による影響の受け方の違いに関する研究は少ない。本研究の目的は,両親の夫婦関係(夫婦間の信頼感)と両親から子への支持的関わりの両者が青年期後半の息子及び娘の心理的健康に与える影響の男女差を検討することである。そのため,父親用,母親用,若者用の質問紙を作成し,若者(男性140名,女性153名:平均年齢22.4歳)とその両親293組を対象に質問紙調査を実施した。分析の結果,両親の夫婦間の信頼感は相互に影響しあいながら,母親・父親それぞれの子への関わりに影響を与えていることが示された。息子の場合,父母から子への支持的関わりが多いほど,息子も父母から多くの支持的関わりを受けたと認識する傾向が見られた。一方で娘の場合,夫への信頼感が高い母親の娘ほど,父母から支持的な関わりを多く受けていると認識していることが示唆された。また,息子・娘ともに両親から支持的な関わりを受けていると認識しているほど,抑うつは低く,幸福感は高くなることが示された。
【キーワード】夫婦間信頼感,支持的関わり,若者,心理的健康

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◆ 黒澤  泰・加藤 道代:夫婦間ストレス場面における関係焦点型コーピング尺度作成の試み

117名の子育てをする親を対象に,質問紙調査を行い,夫婦間のストレス場面における関係焦点型コーピング尺度を作成し,妥当性と信頼性を検証した。関係焦点型コーピング尺度は,「回避的関係維持」「積極的関係維持」「我慢・譲歩的関係維持」の3因子に分かれた。回避的関係維持の頻度は結婚満足度と負の相関を示した。積極的関係維持の頻度は共感性,結婚満足度,精神的健康と正の相関を示し,年齢と負の相関を示した。しかし,我慢・譲歩的関係維持と有意な相関を示した変数はなかった。補足的に行った判別分析の結果,関係焦点型コーピングの3側面は有意にWHO-5の健常群と精神的健康悪化群を判別していた。回避的関係維持の頻度の少なさ,積極的関係維持と我慢・譲歩的関係維持の頻度の多さが健常群の判別につながっていた。これらの結果から,夫婦間で,関係維持のために回避的に関わることの不適応性と積極的に関わることの適応性が示され,子育て期の夫婦における関係焦点型コーピングの妥当性が示された。
【キーワード】関係焦点型コーピング,結婚満足度,精神的健康,共感性

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◆ 倉屋 香里:児童期における情動を表す比喩の印象的伝達機能の理解の発達

本研究では,児童期の子どもがいつ,どのように情動を表す比喩の持つ印象的伝達機能を理解するかについて検討した。調査1では大学生に質問紙調査を行い,大学生が情動を表す比喩の印象的伝達機能を理解していることを確認した。調査2では,小学校2,4,6年生の児童265名を対象に質問紙調査を行い,比喩機能理解力の発達的変化および,比喩機能理解力と語感理解力との関連を検討した。物語の主人公が喜び・悲しみ・怒りのいずれかの情動を他者に伝える際に用いる言葉として,適切な比喩文・情動語を用いた字義通り文・不適切な比喩文の3種類の文を提示し,主人公の言葉に最もあてはまると思うものを1つ選択するという方法を用いた。参加児は,主人公が自分の気持ちを「より相手の心に残るようにわかりやすく伝えようとしている」という条件文のある伝達条件明示群と,条件文のない非明示群に分けられた。その結果,群間で適切な比喩文の選択率に差はなく,どちらの群でも2年生よりも4年生,6年生の方が比喩文を選択する人数が多かった。さらに,語感理解力の高い子どもほど伝達意図が明示されていなくても適切な比喩文を選択する傾向が見られた。これらの結果より,小学校4年生ごろから情動を他者に伝える際に比喩文を用いることが選択肢として加わり,比喩機能理解力が語感理解力のような,コミュニケーションにおける言葉の選択にかかわる能力と関連している可能性が示唆された。
【キーワード】比喩機能の理解,児童期,情動,印象的伝達

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◆ 長橋  聡:子どものごっこ遊びにおける意味の生成と遊び空間の構成

本研究ではVygotskyのごっこ遊び論をもとに,そこに空間構成という観点を加えて,幼児のごっこ遊びを分析した。S市内の保育施設をフィールドとして観察を行い,そこで2か月にわたって行われた協同的なごっこ遊び「病院ごっこ」の生成過程を検討した。同時に,子どもたちが「病院ごっこ」の遊びのために遊び空間を積木などで作っていく過程も微視的に分析した。初期の「病院ごっこ」には役の分担やストーリー性はみられなかったが,子どもたちが遊びの中で新しいモノを加えたり,「病院」内の空間構成を作り変えていったことによって,「病院ごっこ」での活動は複雑でストーリー性を伴ったものになっていき,子どもたちは「病院ごっこ」の遊びのシナリオのための役を演じるようになっていった。このことから,子どもたちが協同的な遊びでストーリー性のある行為展開をすることと,道具を使って「病院」としての遊び空間を作っていくこととは相互規定的な関係になっていることを議論した。
【キーワード】協同遊び,能動的な意味生成,遊び空間,遊びの構造化

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◆ 齋藤  信・亀田  研・杉本 英晴・平石 賢二:Keganの構造発達理論に基づく青年期後期・成人期前期における自己の発達:Eriksonの心理社会的危機との関連

本研究は,青年期後期から成人期前期における自己の発達の特徴を,Keganの構造発達理論に基づいて検討することを目的とした。青年期後期40名,成人期前期(25-35歳)40名の参加者に,日本語版の主体−客体面接とエリクソン心理社会的段階目録検査を実施した。まず参加者の大部分は,Keganの構造発達段階における第3段階から第4段階の間の移行とされる段階にあることが示された。そして,年齢とKeganの構造発達段階の間に,正の関連が見受けられた。次に本研究では,Keganの構造発達段階とEriksonの心理社会的危機の関連について検討した。その結果,Keganの構造発達段階とEriksonの勤勉性,アイデンティティの心理社会的危機が解決されている感覚,および全体的なアイデンティティの感覚の間に,正の関連があることが示された。これらの結果について本研究では,青年期後期から成人期前期における,Keganに依拠した自己の発達およびEriksonに依拠したアイデンティティの発達の観点から考察を行った。
【キーワード】自己,青年期後期,成人期前期,Kegan,Erikson

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24巻2号

◆ 上野 将紀・奥住 秀之:リーチングにおけるつかめる最大距離の判断と最適距離の発達的変化

本研究は,幼児,学童,成人を対象に,前方に提示された目標物を「つかめる」と判断する臨界距離と,つかんでいる事物を最も置きやすい位置という最適距離の年齢発達的変化について,身体スケールとの関係性から検討することを目的とした。対象者は,4〜15歳児109名と成人25名である。対象者に判断課題と最適課題を実施した。判断課題では,正面にある机上の目標物を提示された距離ごとに肩や腰を動かさずに腕だけで「つかめる」か「つかめない」かの回答を口頭で求め,つかめると判断した最大距離を判断距離とした。実際に目標物をできるだけ遠方まで置くことができる距離を最高到達距離とした。最適課題では,対象者に目標物を利き手で握らせ,最も行いやすい位置に置くことを求め最適距離とした。その結果,どの年齢群においても判断距離が最高到達距離を上回ること,判断距離と最高到達距離の誤差は13歳以降の年齢で小さくなること,最高到達距離に占める最適距離の割合は年齢とともに小さくなり成人で6割程度になることが明らかとなった。つかめると判断する臨界距離は腕の長さよりも過大評価されること,低年齢児はリスクを冒す特性などから過大評価の傾向が強く,成人に近づくにつれて腕の長さと同じ距離をほぼ正確に知覚できるようになることなどが示唆された。
【キーワード】リーチング,身体スケール知覚,発達的変化,臨界距離,最適性

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◆ 風間みどり・平林 秀美・唐澤 眞弓・TARDIF, Twila・OLSON, Sheryl:日本の母親のあいまいな養育態度と4歳の子どもの他者理解:日米比較からの検討

本研究では,日本の母親のあいまいな養育態度と4歳の子どもの他者理解との関連について,日米比較から検討した。あいまいな養育態度とは,親が子どもに対して一時的に言語による指示を控えたり,親の意図が子どもに明確には伝わりにくいと考えられる態度である。日本の幼児とその母親105組,米国の幼児とその母親58組を対象に,幼児には心の理論,他者感情理解,実行機能抑制制御,言語課題の実験を実施,母親には養育態度についてSOMAを用い質問紙調査を実施した。日本の母親はアメリカの母親に比べて,あいまいな養育態度の頻度が高いことが示された。子どもの月齢と言語能力,母親の学歴,SOMAの他の4変数を統制して偏相関を算出すると,日本では,母親のあいまいな養育態度と,子どもの心の理論及び他者感情理解の成績との間には負の相関,励ます養育態度と,子どもの心の理論の成績との間には正の相関が見られた。一方アメリカでは,母親の養育態度と子どもの他者理解との間に関連が見られなかった。子どもの実行機能抑制制御については,日米とも,母親の5つの養育態度との間に関連が見出されなかった。これらの結果から,日本の母親が,子どもが理解できる視点や言葉による明確な働きかけが少ないあいまいな養育態度をとることは,4歳の子どもの他者理解の発達を促進し難い可能性があると示唆された。
【キーワード】あいまいな養育態度,日米比較,心の理論,他者感情理解,実行機能抑制制御

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◆ 野澤 祥子:歩行開始期の仲間同士における主張的やりとりの発達過程:保育所1歳児クラスにおける縦断的観察による検討

本研究は,子ども同士が互いに自己主張し合うやりとりの発達過程を明らかにすることを目的とし,主に2歳代の変化を検討するため,保育所の1歳児クラスで年度前半に2歳になった子ども5 名の縦断的観察データを分析した。分析にあたっては,特に,強い不快情動の表出を伴わない平静な声調の発話によるやりとりの成立過程に焦点を当てた。その結果,T期(5〜8月)には,平静な声調の発話を含まず,物の取り合いや攻撃,不快情動の表出を伴う発話などによって葛藤がエスカレートするパターンが優勢であった。U期(9〜12月)になると,平静な声調の発話も含むやりとりが増加した。一方の子どもの,相手の意図を考慮する発話が,相手の不快情動や行動の調整,その後の交渉の展開を促す場合もみられた。さらにV期(1〜3月)には,平静な声調の発話のみによるやりとりの割合が増加した。所有の順番や遊びについて言葉で交渉して相互理解を形成し,相互理解のもとでより複雑な意図調整が展開される場合も出現した。以上の結果から,保育所における2歳代の子ども同士の主張的やりとりは,情動や行動の相互調整の過程を含みつつ再組織化され,強い不快情動を表出せずに言葉でやりとりするパターンが成立してくることが示唆された。
【キーワード】仲間関係,自己主張,情動調整,相互調整,力動的システム

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◆ 齋藤 有・内田 伸子:幼児期の絵本の読み聞かせに母親の養育態度が与える影響:「共有型」と「強制型」の横断的比較

本研究では,子ども中心で子どもとの体験を享受する「共有型」養育態度と,子どもにトップダウンに関わり,罰を与えることも厭わない「強制型」養育態度の,絵本の読み聞かせ場面(絵本場面)における母子相互作用の比較検討を行った。対象は3-6歳児とその母親29組で,母子にとって新奇な絵本場面を録画観察した。結果,養育態度による絵本場面の相互作用の違いは,母親のことばかけの認知的な水準ではなく,絵本場面を取り巻く情緒的雰囲気に現れた。また,子どもの年齢にかかわらず「共有型」養育態度の母親は子どもに共感的で,子ども自身に考える余地を与えるような関わりが多い一方で,「強制型」養育態度の母親は,指示的で,子ども自身に考える余地を与えないトップダウンの説明の多い傾向があった。さらに,それぞれの関わりのもとで子どもの絵本に対する関わり方にも違いがあり,「共有型」養育態度のもとで,子どもはより主体的に絵本に関わっていることが明らかになった。
【キーワード】母子相互作用,絵本場面,養育態度,情緒的雰囲気,子どもの主体性

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◆ 竹村 明子・仲 真紀子:身体や健康の衰退に調和するための高齢者の対処:二次的コントロール理論を基に

本研究の目的は,高齢期に直面する身体や健康の衰退などを“統制困難な出来事”と定義し,70〜74歳高齢者の統制困難な出来事に対する対処方略について,調和焦点型二次的コントロール(SC)概念を用いて明らかにすることである。調査に参加した高齢者のうち,本人が病気である,または家族の介護をしている24名のインタビュー・データについて,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて対処方略に関する概念を生成し,概念間の関係に基づきカテゴリーに統合した。その結果,4つのカテゴリーと12の概念が生成された。そして,SCの高い高齢者は,(1)体力や健康などの自己資源が低下し自分の望みとのバランスが崩れたことを自覚すること,(2)多様な生き方に対する知識や理解があると,身体や健康の衰退を自律的に受容できること,(3)残された自己資源を現実的に査定することが大切だという知識や理解があると,現在の目標や認知,行動を身体の衰退に合わせて調整できること,(4)老いの受容や自己を調整することを維持するために,身近な人と交流し,気晴らしをして,忍耐強く統制困難な出来事とつきあっていること,が示された。
【キーワード】加齢,調和焦点型二次的コントロール,受容,自己調整,修正版グラウンデッド・セオリー

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◆ 水口 啓吾・湯澤 正通・李 思嫻:日本語母語幼児における英単語音声分節化傾向:英単語記憶スパンを用いての中国語母語幼児との比較による検討

本研究では,日本語母語幼児39名,中国語母語幼児22名に,音韻構造の異なる5つの英単語(CV,CVC,CVCV,CVCC,CVCVC)を用いた記憶スパン課題を実施して,英単語音声分節化傾向を検討した。 その結果以下の点が明らかとなった。第1に,記憶スパンのパターンにおいて,日本語母語幼児はモーラのリズムのパターンと一致している一方で,中国語母語幼児は音節のリズムのパターンとは異なっていた。また,CVCCとCVCVCの英単語において,中国語母語幼児の方が日本語母語幼児よりもスパン成績が高かった。第2に,日本語母語幼児の反復音声持続時間は,中国語母語幼児のそれよりも長くなる傾向が見られた。第3に,日本語母語幼児の記憶スパンでは,中国語母語幼児のそれよりも,モーラのリズムによる分節化と一致するパターンが多く見られた。このことから,日本語母語幼児は,既に英語の音声知覚において,日本語のモーラのリズムの影響を受けているのに対して,中国語母語幼児は,音素数や音節数に関わりなく,英単語を1 つのまとまりとして知覚している可能性があることが示唆された。
【キーワード】英語,幼児,音声知覚,分節,音韻的短期記憶

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◆ 小澤 義雄:老年期における世代間継承の認識を伴う自己物語の構造

本研究は,健常な高齢者31名に家族についての語りを収集するインタビュー調査を実施し,正の遺産を受け渡す世代間継承と負の継承を分断する世代間緩衝の認識を伴う自己物語を表出した9名を対象に,その語りの類型化と各類型における世代間関係の秩序化の構造の分析を実施した。その結果,類型として「世代間継承成立型」,「世代間継承半成立型」,「世代間緩衝半成立型」の3つが抽出された。世代間継承の自己物語には,正の遺産の継承が成立した次世代やその一側面を称賛し,継承が成立しない次世代やその一側面を退ける対比構造が観察された。そこから,世代間継承の語りが自己経験に秩序をもたらす営みであることを指摘した。世代間緩衝の自己物語には,前世代との間に生じた苦難とその苦難を分断して育んだ次世代とを対比の中に,前世代との関係性に対する新たな発見や,断ち切ったはずの負の遺産の継承を次世代の中に発見することが観察された。そこから,負の遺産の分断を語ることが,自身の不運な幼少期の意味を塗り替える能動的側面と,不意に次世代の中に自身の負の遺産を発見するという受動的側面を併せ持つ営みであることを指摘した。
【キーワード】世代継承性,世代間継承,世代間緩衝,老年期,ナラティブ・アプローチ

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◆ 大杉 佳美・内山伊知郎:3歳児から5歳児における固体性の認識に関する探索行動の発達的変化

本研究では,物理的概念のひとつである固体性の認識に関する課題において,3歳児から5歳児の探索行動が発達的にどのように変化するかを検討した。探索課題を達成するためには,装置に挿入されたボールの動きを止める板は一枚のつながった板であると判断し(対象物の単一性),ボールは板を突き抜けないという固体性の知識に基づいて探索すること,あるいは,板の形状を表象することが求められる。そこで本研究では,ボールの動きを遮る板に穴をあけ,ボールはその穴を通過して落下するが,あたかもその板がつながっているように見えるという探索課題を実施した。その結果,3歳児は,対象物の単一性と固体性の知識を用いてボールを見つけているが,表象しながら探索することが難しかったのに対し,4歳以降の子どもは,対象物の単一性と固体性の知識を用いることができるだけでなく,装置に挿入された板の形状を表象しながら探索することもできることが明らかとなった。つまり,板の形状を表象しながら探索することができるようになるのは,3歳から4歳にかけてであること,また,表象しながら探索するというスキルは,スクリーンの両端から見えている板に注目してボールを見つけることができるようになれば,獲得されるスキルである可能性が示唆された。
【キーワード】固体性,幼児,表象,探索行動

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◆ 山本 晃輔:アイデンティティ確立の個人差が意図的および無意図的に想起された自伝的記憶に及ぼす影響

本研究では,アイデンティティ確立の個人差要因が自伝的記憶の想起に及ぼす影響を意図的および無意図的想起の両事態から検討した。研究1 では,313名を対象にアイデンティティ尺度(下山, 1992)を実施するとともに,日誌法によって無意図的に想起される自伝的記憶の特性を評価させた。その結果,アイデンティティ確立高群では,低群よりも重要でかつ感情喚起度が高く,鮮明な自伝的記憶が頻繁に想起されることがわかった。研究2では,114名を対象に研究1と同様のアイデンティティ尺度を用いて,意図的想起事態における実験を行った。その結果,研究1と同様の結果が示された。また,補足的な分析として,研究1と研究2を比較すると,意図的に想起された自伝的記憶は無意図に想起された自伝的記憶よりも鮮明でかつ重要であることが示された。これら一連の結果は,アイデンティティ確立度の個人差が自伝的記憶の想起に影響を及ぼす可能性を示唆している。全体的考察では,Conway & Pleydell-Pearce(2000)による自己−記憶システム(Self-memory system)による解釈が行われ,今後の課題について議論された。
【キーワード】アイデンティティ,自伝的記憶,無意図的想起,自己−記憶システム

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◆ 伊藤 大幸・望月 直人・中島 俊思・瀬野 由衣・藤田知加子・高柳 伸哉・大西 将史・大嶽さと子・岡田  涼・辻井 正次:保育記録による発達尺度(NDSC)の構成概念妥当性:尺度構造の検討と月齢および不適応問題との関連

本研究では,保育士が日常の保育業務の中で作成する「保育の記録」を心理学的・精神医学的観点から体系化した「保育記録による発達尺度(NDSC)」(中島ほか,2010)の構成概念妥当性について検証を行った。4年間にわたる単一市内全園調査によって,年少から年長まで,延べ9,074名の園児についてのデータを得た。主成分分析を行ったところ,9つの下位尺度が見出され,いずれも十分な内的整合性を持つことが示された。9尺度のうち,「落ち着き」,「注意力」,「社会性」,「順応性」の4尺度は月齢との関連が弱く,子どもの行動的・情緒的問題のスクリーニングツールであるStrengths and Difficulties Questionnaire(SDQ)との関連が強いことから,生来の発達障害様特性や不適切な養育環境による不適応問題を反映する尺度であることが示唆された。逆に,「好奇心」,「身辺自立」,「微細運動」,「粗大運動」の4尺度は,月齢との関連が強く,SDQとの関連が弱いことから,子どもの適応行動の発達状況を反映する尺度であることが示唆された。このようなバランスのとれた下位尺度構成によって,NDSCは,配慮が必要な子どもの検出と早期対処を実現するとともに,現在の子どもの発達状況に適合した保育計画の策定に貢献するツールとして有効性を発揮することが期待される。
【キーワード】保育の記録,発達障害,適応行動,不適応問題

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24巻3号

◆ 笠田  舞:知的障がい者のきょうだいのライフコース選択プロセス:中年期きょうだいにとって,葛藤の解決及び維持につながった要因

本研究では知的障がい者(以下,同胞)の兄弟姉妹(以下,きょうだい)であることがきょうだいのライフコース選択をどのようなプロセスで導いていくか,また選択の際に葛藤の解決や維持に影響を及ぼしている要因について明らかにすることを目的とした。中年期のきょうだい男女14名を対象として個別に半構造化面接によるインタビュー調査を行い,時間を捨象せず人間の多様性や複雑性を扱うための方法論(サトウ,2009)である複線径路・等至性モデルを援用し分析を行った。進路・職業選択の時期は原家族に対する役割の転換期であり葛藤的体験となりやすいが,親からの働きかけによって主体的なライフコース選択に広がることが示された。一方で孤独感により成人期以降も葛藤的体験は維持されるが,同胞の養育の中心的存在である母親が親役割を降り始めることを契機にあくまでも自己の人生を主軸に親亡き後の現実に対処していこうとする,きょうだいが主体的に選択したケア役割の取り方に変容する。親はきょうだいにとって同胞のケア提供者以外の方向へ選択肢を広げそこへ導く存在でもあるが,ケア提供者に根強く束縛する存在でもあり,ライフステージを越えたキーパーソンの役割を果たす。また同胞ときょうだいが兄弟姉妹の関係で在り続けるためには,同胞に必要とされるサポートの在り方についてきょうだい同士で情報交換でき,きょうだい自身がサポートされる機会の拡充が必要である。
【キーワード】知的障がい者の家族,きょうだい,中年期,ライフコース選択

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◆ 神谷 哲司:育児期夫婦のペア・データによる家庭内役割観タイプの検討:役割観の異同の類型化と夫婦の関係性の視点から

本研究は育児期夫婦における家庭内の役割に着目し,その類型化を元に,家庭内役割観が相互に調整されていない(異なる)夫婦の関係性を明らかにす婦をペアとした家庭内役割観タイプを抽出し,夫婦関係満足度や情緒的なかかわりとの関連を検討した。質問紙による183組の夫婦のペアデータが分析された結果,家庭内役割観タイプとして,夫婦双方ともにすべての役割を重要であると認識する相互役割高群,反対に重要ではないとする相互役割低群と,役割観が異なるタイプとして,妻が夫を重要だと認識する一方で夫は自分もパートナーも重要でないと認識する視点格差群が抽出された。この視点格差群は相互役割高群と同様,妻の夫婦関係満足が高く,また情緒的なかかわりが夫婦ともに相互役割低群よりも高かった。これらの結果から,視点格差群について先行研究との関連で討議され,家庭内役割観のギャップを夫からの情緒的なかかわりによって補償している可能性が示唆された。
【キーワード】家庭内役割,夫婦,夫婦関係満足,コミュニケーション,育児期

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◆ 松田なつみ:トゥレット症候群のチックへの自己対処の機能と対処の生じる文脈:半随意的な症状にいかに対処していくのか

児童期発症の慢性チック障害であるトゥレット症候群(TS)は,成人に従い軽症化し,症状の変動を伴う発達障害の一つである。TSのチックは短時間ならおさえられる等,ある程度はコントロールできるが対処しきれない性質を持つ。このようなチックの性質と経過からTSを有する者が普段から自己対処を行っている可能性が高いが,自己対処の負の影響も示唆されている。本研究では,チックへの自己対処が有効に働くにはどのような要因が重要なのか探るため,自己対処の機能や自己対処の生じる文脈を明らかにすることを目的とした。TSを有する本人16名(男性13名,女性3名,平均年齢25.5歳)に半構造化面接を行い,Grounded Theory Approachによって分析した。その結果,チックへの自己対処を行う際,「対処への圧力」と「対処の限界」が常にせめぎあっており,「部分的な対処」がその間に折り合いをつける機能を担っていることが示唆された。その上で,「対処への圧力」と「対処の限界」の両方が高く折り合いがつけられない状態(「対処の悪循環」)と,その両者の間に「部分的な対処」で折り合いをつけながら,「コントロール感」を得ていく状態(「チックと上手くつき合う」)を比較し,自己対処が上手く機能する文脈や関連する認識について考察した。
【キーワード】トゥレット症候群,チック,自己対処,半随意性,コントロール感

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◆ 飯塚 有紀:NICUへの入院を経験した低出生体重児の母親にとっての母子分離と母子再統合という体験

本研究は,低出生体重等の理由で子どもが保育器に入ることによって母子分離を経験した8名の母親の心理・情緒的経験,葛藤を丁寧に描くことを目的とした。語られたインタビューの内容については,現象学的分析を用いて検討した。その結果,NICUへの入院を経験した低出生体重児の母親は,妊娠・分娩・出産のトラウマティックな傷つき体験と早産に関する自責の念を背景としながら,最初期の母子関係の構築を始めることが明らかとなった。保育器に子どもが入ることになり母子分離が起こると,子どもとの間に心理的な距離が発生し,母子関係構築のための貴重な時期に危機的状態が発生することが確認された。しかし,自由に抱っこができる状況,すなわち母子再統合がなされるとこの母子間の心理的な距離は一気に解消される。母子再統合によって,母親は,母親としての実感を抱くようになった。一時的な母子分離は,抱っこやそれに付随する授乳などによって容易に克服できる可能性が示された。しかし,妊娠・分娩・出産に伴うトラウマティックな傷つき体験と自責の念は,ことあるごとに繰り返しよみがえってくるようであった。カンガルーケア等の母子関係構築の初期における母子の接触を積極的に行うことが必要であろうし,また,このような母親の心性を医療スタッフが理解しておくことも重要である。
【キーワード】現象学的分析,抱っこ,母子関係

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◆ 榊原 久直:自閉症児と特定の他者とのあいだにおける関係障碍の発達的変容(2):主体的能力・障碍特性の変容と特定の他者との関連

生得的な障碍を持つ者は,対人関係の中で後天的に更なる障碍を形成するリスクを有する。自閉症児はその最たる例であるが,それゆえに自閉症児への関係支援は対人関係の障碍の軽減や他機能の発達だけでなく,障碍特性そのものの軽減にも有効であると考えられる。本研究では対人関係の障碍の顕著な自閉症児A児(CA10:5〜11:11)に対し,関係支援の基盤となるべく,養育者以外の他者(関与者)が特定二者となることを目指して関与を行い,両者の関係性の変容に伴う,主体的能力の発達や障碍特性の変容の関連及び特定の他者の影響を考察した。結果は以下の通りである。@他者認知の発達や原叙述の指差しや提示行動の表出に見られる象徴的思考の発達が観察された。A障碍特性の1つであるこだわりは,その強度及び頻度が低減し,質的な変容も観察された。B他者(児)との関わりは,快の情動が付随した対人経験の積み重ね,他者の配慮性,特別な他者の存在によって,関われる時間が延び,快の情動を必ずしも前提としない関わりを持つことが可能となっていった。これらのことから,自閉症児と特定の他者との関係の発達は,関係だけが発達するものではなく,その中で個の能力の発達や障碍特性の変容が生じるものであることが明らかとなった。加えて,これらの変化を支える者として,C関与者は「愛着対象」,「移行対象」,「自閉対象」という多重な意味を持つことが示唆された。
【キーワード】自閉症,関係発達,愛着,移行対象,自閉対象

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◆ 坂 康雅:青年期における“恋人を欲しいと思わない”理由と自我発達との関連

本研究の目的は,“恋人を欲しいと思わない”青年(恋愛不要群)がもつ“恋人を欲しいと思わない”理由(恋愛不要理由)を分析し,その理由によって恋愛不要群を分類し,さらに,恋愛不要理由による分類によって自我発達の違いを検討することであった。大学生1532名を対象に,現在の恋愛状況を尋ねたところ,307名が恋人を欲しいと思っていなかった。次に,恋愛不要理由項目45項目について因子分析を行ったところ,「恋愛による負担の回避」,「恋愛に対する自信のなさ」,「充実した現実生活」,「恋愛の意義のわからなさ」,「過去の恋愛のひきずり」,「楽観的恋愛予期」の6因子が抽出された。さらに,恋愛不要理由6 得点によるクラスター分析を行ったところ,恋愛不要群は恋愛拒否群,理由なし群,ひきずり群,自信なし群,楽観予期群に分類された。5つの群について自我発達を比較したところ,恋愛拒否群や自信なし群は自我発達の程度が低く,楽観予期群は自我発達の程度が高いことが明らかとなった。
【キーワード】恋愛関係,大学生,恋人を欲しいと思わない理由,アイデンティティ,自我発達

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◆ 狗巻 修司:保育者のはたらきかけと自閉症幼児の反応の縦断的検討:共同注意の発達との関連から

乳幼児期の子どもとの相互交渉では他者からのはたらきかけが重要な役割を果たす。それは対人的相互交渉に質的な障害を示す自閉症幼児にとっても同じであるといえる。本研究では保育場面の縦断的観察を行い,対象となる自閉症幼児の共同注意の発達により観察時期を3つに区分したうえで,それぞれの時期における保育者からのはたらきかけとそれに対する対象児の反応についての分析を行った。その結果,3つの時期を通じて対象児の興味・関心に寄り添う形での遊び道具の操作や身体的な接触といった保育者のはたらきかけに対して「受容」の反応を示すこと,逆に対象児の注意を無関係なモノへと定位するはたらきかけに対して無視や拒否など「受容以外」の反応を示すことが明らかとなった。一方,3つの時期により保育者からのはたらきかけの回数に差がみられること,そして,それぞれの時期で保育者からのはたらきかけに対する反応が異なるなど,共同注意スキルの発達によりはたらきかけと反応との関係に質的な差異がみられた。これらより,自閉症幼児へのはたらきかけとして,子どもが示す興味や関心に寄り添うことと同時に,子どもの発達的なレベルに応じて寄り添いの質を変化させていく重要性が示唆された。
【キーワード】自閉症幼児,共同注意,保育者のはたらきかけ,指さし行動,相互交渉の質

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◆ 古見 文一:ロールプレイ体験がマインドリーディングの活性化に及ぼす効果の発達的研究

本研究は古見・子安(2012)において,成人で確認されたロールプレイがマインドリーディングに及ぼす効果について,マインドリーディングの発達過程にあると考えられる児童期でも同様の効果が表れるかを検討した。また,Keysar, Barr, Balin, & Brauner (2000)以降用いられている“コミュニケーション課題”と従来の心の理論課題をはじめとする他者の心の理解課題との関連についても確認した。46名の小学3年生から小学5年生の児童は,心の理解課題に回答した後,ロールプレイ群とロールプレイなし群に分けられ,コミュニケーション課題を行った。その結果,ロールプレイ群のほうがロールプレイなし群よりも誤答率が低く,また心の理解課題の得点が満点であった参加児は,そうでなかった参加児よりも誤答率が低かった。さらに,心の理解得点が低い参加児のグループのほうが心の理解得点が満点であった参加児のグループよりもロールプレイの効果が大きく表れていた。これらの結果から,児童期においても成人と同じようにロールプレイはマインドリーディングにポジティブな影響を及ぼすことと他者の心の理解が未発達な子どものほうが,ロールプレイの効果がより強く表れるということが明らかとなった。40名の成人参加者の結果と比較すると,成人では反応時間がロールプレイによって速くなっているが,児童ではその差は見られなかった。
【キーワード】マインドリーディング,ロールプレイ,心の理論,視点取得,二次的誤信念課題

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◆ 大隅 順子・松村 京子:自閉症児・知的障害児における文字への注視を促す支援教材に関する視線分析研究

本研究は,知的障害特別支援学校で学ぶ中学生を対象に,教材中の文字部分を注視させる際の支援方法として,特別支援学校の現場で一般的に使用されている,文字を指し示す指示棒,アンダーライン,音声を用いたときの効果の違いについて明らかにした。自閉症児23名,知的障害児12名に対して,文字部分への視線停留時間,視線停留回数, 最初の視線停留継続時間をアイトラッカーを用いて測定した。文字部分への注視の支援に指示棒やアンダーラインを用いたときに,視線停留時間,視線停留回数,最初の視線停留継続時間での主効果が有意であり,効果が認められた。音声を用いたときには,そのまま文字部分に視線を停留させる効果は認められなかった。今回の支援教材に関してはいずれも教材中の挿絵の影響はなかった。本研究の結果は指示棒やアンダーラインを使って見るべき箇所に視線を誘導する支援教材が有効であることを示唆している。いずれの方法も障害による効果の差はみられなかった。
【キーワード】視線分析,自閉症,知的障害,読字の支援教材,注意喚起

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◆ 石島このみ・根ヶ山光一:乳児と母親のくすぐり遊びにおける相互作用:文脈の共有を通じた意図の読みとり

本研究では,乳児と母親のくすぐり遊びにおいて,いかに相互作用がなされているのかを明らかにし,そこにおいて意図理解がなされている可能性とその発達について検討した。観察開始時生後5ヶ月の母子1組を対象とし,3ヶ月間,家庭での自然観察を縦断的に行った。その結果,生後6ヶ月半の時点で,くすぐり刺激源(母親の手)と母親の顔との間で交互注視が起こり,その生起頻度は発達的に増加していた。さらに生後6ヶ月半頃のくすぐり遊びの行動連鎖について検討したところ,くすぐったがり反応が生じた事例では,身体に触れずにくすぐり行動を顔の前に提示する「くすぐりの焦らし」がなされた後に乳児がくすぐり刺激源を見る,くすぐり刺激源と母親の顔に視線を配分させる,「くすぐりの焦らし」において予期的にくすぐったがる,といったパターンが生起していた。このことから,生後6ヶ月半の時点で,乳児は母親とくすぐりの文脈を共有し,母親の意図を読みとりながら能動的に相互作用を楽しんでいることが示唆された。くすぐりの場は,身体部位を対象化することで成り立つ「原三項関係 prototriadic relationship」(Negayama,2011)の一例であると言える。そのような母子の身体を媒介項とした自然な相互作用における萌芽的な意図の読みとりが,三項関係における意図理解の成立への橋渡し的役割を担っている可能性が指摘された。
【キーワード】くすぐり・くすぐったがり反応,意図理解,身体接触,母子相互作用,縦断的研究

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◆ キンイクン・大野  久:母子間の漸成発達主題獲得の関連性が青年のアイデンティティ達成に及ぼす影響

本研究では,漸成発達における主題の母子間の関連性と母親の主題の獲得状況と青年の「アイデンティティ達成」への影響を検討するために,104組の大学生(男性21名,女性83名)と母親を対象として,相関分析,共分散構造分析を行った。この結果,特に以下の点が明らかになった。1)母親と青年の両方においても漸成発達の各主題が互いに有意な関連があること,2)「基本的信頼感」と「自律性」において母子間に有意な正の相関があること,3)母親の「基本的信頼感」及び「自律性」の獲得は青年の「アイデンティティ達成」との間に有意な正の相関があること,4)さらに青年の「基本的信頼感」及び「自律性」はこの関連において媒介変数として機能していること。本研究の結果,青年期における「アイデンティティ達成」には,母親からの直接の影響よりも,母親の影響により獲得した青年自身の初期の人格発達の主題である「基本的信頼感」および「自律性」が影響していることが明らかになった。
【キーワード】漸成発達,母子間の関連性,アイデンティティ

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◆ 佐藤 賢輔・実藤和佳子:非合理的事象は幼児の誤信念理解を促進するか:自己の驚きを手がかりとした心的状態の推論

本研究では,明示的な言語応答を求める誤信念課題において,驚きを喚起する事象の導入が,誤信念に基づく推論を容易にするかどうかを検討した。3歳4ヶ月から5歳3ヶ月の幼児69名を対象に,非合理的事象(物体消失・出現マジック)によって対象児の驚きを喚起する手続きを含んだ課題と,驚き喚起手続きを含まない2つの課題,計3種類の誤信念課題を実施した。その結果,他者の誤信念について尋ねる質問においても,自己の過去の誤信念について尋ねる質問においても,非合理的事象を含む課題の正答率は他の2つの課題の正答率よりも高かった。また,驚き喚起手続きを含む課題の正答率はチャンスレベルを有意に超えなかったものの,回答のパターンはある程度一貫しており,特に4歳児クラス(4歳4ヶ月〜5歳3ヶ月)においては,個人内の回答の一貫性は他の誤信念課題と同程度に高かった。これらの結果から,非合理的事象によって喚起された驚きが,幼児が他者や過去の自己の心的状態を推論する過程において有効な手がかりとして機能していることが示された。さらに,幼児の持つ強力なあと知恵バイアスが信念の推測過程に干渉的に作用していることが標準的な誤信念課題における失敗の一因となっていること,また,他者の信念を表象するメカニズムが標準的な誤信念課題に通過する以前から機能していることも示唆された。
【キーワード】幼児,心の理論,誤信念,あと知恵バイアス,驚き

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◆ 山本 尚樹:成人男性を対象とした寝返り動作における微視的発生プロセスの検討:乳児の初期寝返り動作との発達的関連から

本研究は,発達の多重時間スケールの議論を土台として,乳児の寝返り動作の発達研究の延長線上に成人の寝返り動作の多様性を位置づけることを目的とした。そのため,スタティックな観点から捉えられていた成人の寝返り動作の個人間の多様性を,固有のダイナミクスとして捉え,教示により動作の制約を加えることで実験中に生じる微視的発生プロセスの分析を行った。実験には健常な成人男性26名が参加した。1セット目では特に動作の指定を行わず,実験参加者が楽なように寝返りをしてもらい,2〜4セット目では教示により,腕を振り出す動作,膝を立て床を蹴る動作,脚を振り出す動作,それぞれが先行するように動作を制約した。5セット目では動作を指定せず,改めて実験参加者が楽なように寝返りを行ってもらった。結果,次のことが示された。a)1セットのパフォーマンスと2〜4セットパフォーマンスの相関は教示によって異なること,b)実験参加者の多くは1セットと5セットの間に有意なパフォーマンスの変化が認められたが,有意な変化のない実験参加者もいた。ここから次のことが示唆された。a)それぞれの固有のダイナミクスに応じた運動の調整は,動作の制約により異なること,b)固有のダイナミクスの安定性にはそれぞれ違いがある。最後に,以上の結果と先行研究の知見を総合し,乳児期から成人までの寝返り動作の発達プロセスの大筋の素描を試みた。
【キーワード】多重時間スケール,微視的発生,寝返り動作,固有のダイナミクス

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◆ 原田  新:青年期から成人期における自己愛と対人関係との関連性の変化

本研究は,青年期から成人期の対人関係の発達に関わる変数として友人関係と親密性とを取り上げ,両発達段階間での自己愛と友人関係,自己愛と親密性とのそれぞれの関連性の差異について検討することを目的とした。まず仮説として,自己愛と友人関係の指標としての「友人への信頼」とは両発達段階間で関連性に差異は見られない一方,自己愛と「親密性」とは青年期よりも成人期でより強い負の関連が見られることが想定された。青年期として18歳〜25歳の大学生,大学院生の247名,成人期として26歳〜35歳の352名に対して,自己愛,「友人への信頼」,「親密性」の尺度を含む質問紙調査を実施した。得られたデータに対し,発達段階ごとに相関分析を行った上で,発達段階間での相関係数の差の検定を実施した。その結果,全6側面の自己愛と「友人への信頼」との関連については発達段階間で有意差は見られない一方,「親密性」とは自己愛の中でも「注目・賞賛欲求」,「自己愛的憤怒」,「自己愛性抑うつ」,「共感性の欠如」の4側面が成人期において有意に強い負の関連を持つという発達段階間での関連性の差異が示された。この結果から,自己愛は成人期になるにつれて対人関係の発達全般に関わるようになるのではなく,特に相互性に基づく親密性の形成に対して負の関わりを持つようになるということが示唆された。
【キーワード】自己愛,親密性,友人関係,青年期,成人期

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◆ 湯澤 正通・渡辺 大介・水口 啓吾・森田 愛子・湯澤 美紀:クラスでワーキングメモリの相対的に小さい児童の授業態度と学習支援

本研究では,小学校1年のクラスでワーキングメモリの相対的に小さい児童の授業観察を行い,そのような観察対象児の授業中における態度の特徴を調べ,その教育的,発達的意味,および授業参加の支援方法についての考察を行った。小学校1年生2クラスを対象にコンピュータベースのワーキングメモリテストを行い,テスト成績の最下位の児童をそれぞれのクラスで3名ずつ選び,国語と算数の授業37時間で観察を行った。ワーキングメモリの小さい児童の授業態度は,個人によって違いが見られたが,挙手をほとんどしない児童が含まれ,全般に,課題や教材についての教師の説明や,他児の発言を聞くことが容易でないことが示唆された。挙手をほとんどしない観察対象児が挙手する場面を検討したところ,a)発問の前に児童に考える時間を与えてから発問する,b)発問をもう一度繰り返す,c)いくつかの具体的な選択肢を教師が提示した上で発問するといった場面で,他の場面よりも挙手率が有意に高かった。ワーキングメモリに発達的な個人差がある中で,ワーキングメモリの相対的に小さい児童にとって授業への参加は不利になること,そのため,教師は,ワーキングメモリの小さい児童を意識した支援方法を意図的に用いる必要があることが考察された。
【キーワード】ワーキングメモリ,児童,発達的個人差,学習支援,授業

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24巻4号

◆ 無藤  隆:実践現場における発達研究の役割: 実践的研究者と研究的実践者を目指して

本論文は,発達心理学が実践現場に役立つ可能性を,保育を例として検討する。特に,その問題を,研究が実践にどう役立つのかというより大きな問題の一部としてとらえる。発達心理学を含めた研究の進展が,実践と研究の関連を変えてきている。その中で,エビデンスベーストのアプローチがその新たな関連を作り出した。また,実践研究の積み上げを工夫する必要がある。実践を対象とする研究として,実践者自身によるものと,実践者と研究者の協働によるアクションリサーチ,そして研究者が実践を観察し分析するものが分けられた。さらに,関連する研究として,子ども研究全般,カリキュラムや指導法に示唆を与える研究,社会的問題に取り組む研究,エビデンスを提供する研究,理論枠組みを変える基礎研究,政策へ示唆を与える研究などに分けて,各々の特質を検討した。実践現場から研究を立ち上げることが重要だと指摘した。最後に,研究的実践者と実践的研究者の育成を目指すことが提言された。
【キーワード】発達心理学,実践,研究,エビデンス,実践研究

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◆ 本郷 一夫:臨床発達心理士の専門性と果たすべき役割:「実践」と「基礎」との双方向性を通した発達心理学の発展
本稿では,臨床発達心理士の専門性と役割について,大きく3つの観点から論じた。第1に,臨床発達心理士認定運営機構の歴史を振り返ることによって,臨床発達心理学における「臨床」の意味について検討した。第2に,臨床発達心理士の専門性の中核を成す「発達的観点」の意味について,発達アセスメントと発達支援の観点から検討した。第3に,東日本大震災後の支援を通して,東日本大震災の支援における臨床発達心理学と発達心理学の役割について考察した。また,発達心理学と臨床発達心理学における「基礎」と「実践」の循環性について考察した。これらの議論を通して,今後の発達心理学研究の方向性について提案した。
【キーワード】臨床発達心理学,発達心理学,発達的観点,基礎と実践の循環性,組織的縦断研究

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◆ 藤野  博:発達障害における基礎研究と臨床への適用:自閉症スペクトラム障害と心の理論の視点から
心の理論(ToM)の発達に関する基礎研究は発達障害の臨床研究と実践に影響を与え,また臨床事例を対象とした研究はToMの発達基盤の解明に向けられた基礎研究の進展に貢献してきた。本論文では最初に,メタ表象操作に関わるToMの概念が自閉症スペクトラム障害(ASD)の社会性やコミュニケーションの問題を認知的な視点から説明できる可能性への期待が発達障害の臨床研究に与えた影響について展望するとともに,この概念が適用できる範囲について問題提起した。次いで,ToMのアセスメント・ツールとして藤野(2002,2005b)が開発した「アニメーション版心の理論課題」の妥当性について示し,これを適用して収集したデータに基づいて,学齢期のASD児におけるToMの発達過程,ToMの獲得と言語力の関係,ToMの問題に対する発達支援における2つのアプローチの有効性と限界,ToMの獲得と精神的健康の問題について論じた。そして最後に,ASD者の側から見たToM研究の問題点について批判的に検討した。
【キーワード】自閉症スペクトラム障害,心の理論,基礎研究,臨床実践

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◆ 北川  恵:アタッチメント理論に基づく親子関係支援の基礎と臨床の橋渡し
本稿では,アタッチメント理論に基づく親子関係支援の基礎と臨床の橋渡しについて,欧米の先行研究を概観したうえで,日本での今後の課題を考察した。親の内的作業モデル,敏感性,内省機能といった特徴が子どものアタッチメントの質に影響するという基礎研究知見に基づいて,それらを改善することを目的とした介入プログラムが開発された。介入効果が実証されているものとして,敏感性のみに焦点づけた短期間の介入(VIPP),内省機能に焦点づけた長期間で密度の高い介入(MTB),敏感性と内的作業モデルに焦点づけた比較的短期間の介入(COS)について概観した。介入とその効果についての報告が蓄積されたことから,有効な介入の特徴(焦点,頻度,期間)や,介入の要素(安心の基地,心理教育,ビデオ振り返り)についての議論が起こり,また,臨床群の評価に適切な測定方法開発の必要性が高まった。日本での今後の課題として,欧米の知見を日本に応用する際に,アタッチメントの普遍性と文化についての検討が必要であること,支援の場に安心の基地を実現する臨床的工夫を行いながら,アタッチメントの変化に関わる要因について実践に基づく仮説を生成することが必要であると論じた。
【キーワード】親子関係支援,アタッチメント,基礎研究,臨床実践

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◆ 松嶋 秀明:非行少年にかかわる実践研究と臨床実践のインターフェース
わが国の発達心理学研究と,発達にかかわる臨床実践の双方がよりよい結びつき方になることを模索するために,著者自身が非行少年の更生をテーマとしておこなってきた2つの研究(松嶋,2005, 2012)を素材として紹介しつつ,それらが臨床実践に対してどのように寄与すると考えられるのかについて論じた。非行へのリスク因子として発達障害や被虐待体験に注目したこれまでの諸研究の流れをふまえながら紹介された2研究は,それぞれに共通する特徴として,(1)特別な治療的セッティングではなく,生活をともにすることで営まれている臨床実践であること,(2) 少年の「問題」を自明なものとせず,周囲との関係のなかでいかにそれが見いだされているのかを検討したものであることが挙げられた。これらの研究は,(1)質的研究の方法論をいかして実践を詳述することにより,実践者を疲弊させがちな「問題」状況の相対化をはかれること,(2) 協働性の基盤として機能しえる記述がえられることを寄与として 挙げて考察した。
【キーワード】親子関係支援,アタッチメント,基礎研究,臨床実践

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◆ 戸田 有一:いじめ研究と学校における予防実践支援
本論では,筆者が様々な学校に関わる際に,①自分自身の研究関心が実践支援にどのような影響を与えているのか,及び②自分自身の実践支援が研究関心にどのような影響を与えているのかについて,論じていく。筆者の学校に関する研究関心は,いじめの本質理解についてであり,実践支援は,いじめ対策としてのピア・サポート実践などである。まず,問題を把握するための現場の用語での枠組みと研究用語による枠組みのズレの問題について述べる。次に,いじめ研究を中心とした筆者の研究関心と実践支援の相互の影響について述べる。その際に,いじめなどの関係内攻撃に関する見方,いじめのプロセスモデル,いじめ状況のアセスメントに関する提案をする。そのうえで,実践支援の中心となるいじめ対策プログラム導入のコンサルテーション活動を巡って考えてきたことをまとめ,最後に,いじめ研究の今後の課題について論じる。
【キーワード】いじめ,プロセスモデル,ピア・サポート,アセスメント,ネットいじめ

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◆ 小野寺敦子:家族・親子に関する基礎研究と実践活動とのインターフェース
本研究の目的は,家族とりわけ親子関係の基礎的研究と実践活動とのインターフェース(相互の連携)について検討することであった。まず,発達心理学の先駆的研究であるLevyの「過保護」の概念とSymondsの母親の養育態度の研究が,アメリカ社会のどのようなニーズから着想されたかを記述した。次にBowlbyの愛着理論とAinsworthのSSPが,「IWM の研究」「Dタイプの研究」「情動応答性の研究」「父子間の愛着研究」という4方向に分化・発展し,今日の臨床場面での実践活動とどのようなインターフェースな関係にあるかを概観した。さらに筆者のこれまでに行った基礎的研究と実践活動とのインターフェースの事例を示した。例えば,父娘研究や親意識の形成過程に関する縦断的研究の成果を育児や教育の雑誌を媒介として子育てに悩む親に伝え,特別支援教育巡回指導の中で保護者や先生方への支援活動で活用していることについて述べた。また,日本社会の高齢化にともない,親子である期間が伸長してきているため,両者の関係性の変化や葛藤を扱った新しい研究の必要性について言及した。今後,研究者は自らの着想のもとにオリジナリティある研究をし,その研究成果を平易な表現と的確な媒体(例:雑誌・書籍・講演・インターネット)を使って実践現場に積極的に伝達し,一方で現場の実践者たちは新しい研究知見を自ら学び吸収しようとする姿勢をもつことにより相互のインターフェースな関係は強固なものになるはずである。
【キーワード】親子関係,基礎的研究,実践活動,インターフェース

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◆ 浜谷 直人:保育実践と発達支援専門職の関係から発達心理学の研究課題を考える:子どもの生きづらさと育てにくさに焦点を当てて
巡回相談員として保育実践に関わってきた経験から,最近,保育現場では,子どもの生きづらさと育てにくさへの支援ニーズが高くなり,それに応じて,支援対象児個人の行動レベルから,関係性と意味レベルを志向する支援の必要性が高くなり,それに応えうる研究課題に取り組むことと,支援実践の必要性を指摘した。巡回相談における主訴から研究課題を立ち上げる例として,「場面の切り替えが難しい」を取り上げ,その構造を分析して仮説的なモデルを提示した。このモデルにおいて,子どもが遊びなどの活動の終了時点で気持ちに区切りが入ることが切り替えにおいて決定的に重要な点であり,単に行動レベルで行動を移行するような保育への支援に疑問を呈した。場面の切り替えの原型は,3項関係にあり,子どもが対象に出会った時の私的な認識や感情体験を対象化して,それを他者と共有することとして理解する必要があることを指摘した。その際,保育者から子どもへの言葉かけが,子どもの時間に区切りを入れて,物語を創りだす。また,保育支援においては,発達において何を価値とするかが問われ,発達心理学の研究者は,価値について自覚的に研究に取り組むことが豊かな保育実践に寄与できることを指摘した。
【キーワード】巡回相談,場面の切り替え,保育支援,3項関係,物語

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◆ 佐藤 眞一:老年心理学からのアプローチによる認知症研究の基礎と応用
従来,老年心理学には2つの立場があるといわれてきた。すなわち,心理学において老化を含む人の発達的変化を扱う生涯発達心理学の立場と,加齢に伴う諸問題を解決するための学際的研究分野である老年学における心理学の立場である。この両者の立場を踏まえた上で,本論文では,まず,認知症に関する心理学的アプローチとして認知神経心理学的アプローチ,臨床心理学的アプローチ,および発達心理学的アプローチの3つを挙げ,それぞれの研究内容について検討した。次いで,筆者らの研究グループがこれまでに行ってきた認知症にかかわる基礎と応用の研究を例として,情景画課題における視空間情報処理に関する視空間認知の研究,社会的認知機能としての他者感情の理解と認知の硬さの関連性,介護者の認知機能判断の誤りを背景とするコミュニケーションの研究,記憶の誤りとメタ記憶を研究の題材とした記憶愁訴の研究,および介護の臨床実践としてのパーソナルケア法に関する実践的研究について解説した。最後に,臨床知がもたらす新たなる基礎研究の例として,認知症の前駆症状であるMCI(軽度認知障害)における家族間コミュニケーション研究に関する課題を示した。
【キーワード】老年心理学,生涯発達心理学,老年学,加齢,認知症

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◆ 蒲谷 槙介:前言語期乳児のネガティブ情動表出に対する母親の調律的応答:母親の内的作業モデルおよび乳児の気質との関連
近年,アタッチメントの世代間伝達の枠組みの中で,母親がいかに乳児のネガティブ情動を共感的に映し出すかという調律的応答を重視する立場が台頭しつつある。本稿では,前言語期の乳児とその母親を対象とした相互作用場面の観察を実施し,母親が実際にどのような調律的応答を行うのかを検証した。回帰分析の結果,内的作業モデルが安定傾向の母親は乳児のネガティブ情動表出に対し「笑顔を伴った心境言及」を行いやすい一方,不安定傾向の母親は心境言及を行わない,もしくは心境言及を含まない応答をしやすいことが明らかとなった。また,気質的にむずかりやすい乳児と,内的作業モデルのうち回避の側面が強い母親の組合せでは,「笑顔を伴った心境言及」が特に生起しにくいことが明らかとなった。この応答はこれまでの理論的枠組みでは見逃されてきた調律的応答の一種と考えられ,子どもの社会情緒的発達を促進する一つの要因として今後着目すべきものである。
【キーワード】調律的応答,内的作業モデル,気質,母子相互作用

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◆ 伊藤 朋子・中垣  啓:子どもは本当にベイズ型推論を行っているのか:「赤鼻課題」における中学生の推論様式の分析から
本研究では,課題解決におけるコンピテンスとして確率量化操作を想定する立場(e.g., 伊藤, 2008a)から,自然頻度表記版(Zhu& Gigerenzer,2006),絶対数表記版,一部変更自然頻度表記版の3表記からなる「赤鼻課題」に対する中学生の推論様式を分析した。その結果,自然頻度表記版課題と絶対数表記版課題の正判断における推論様式は共通しており,両表記版の正判断率の間に有意な差はみられなかった。相対頻度表記が含まれている一部変更自然頻度表記版課題の正判断率は,自然頻度表記版課題や絶対数表記版課題の正判断率よりも有意に低く,相対頻度表記をあたかも絶対数表記であるかのように扱った推論様式が出現した。これらの結果から,自然頻度表記を用いれば子どもでもベイズ型推論課題が解けるというZhu & Gigerenzer(2006)の結果は,自然頻度表記版課題の構造が絶対数表記版課題の構造と区別されず,絶対数表記版課題と同じ考え方(基本的な1次的量化)に従って解答したからではないかと思われる。すなわち,ベイズ型推論課題は本来3次的量化操作を要求する課題であるにもかかわらず,自然頻度表記に書き換えることによって,基本的な1次的量化課題として解けるようになるために,見かけのうえでベイズ型推論が可能であるように見えるのではないかと思われる。これは,課題変質効果(中垣, 1989)の現れであるように思われる。
【キーワード】ベイズ型推論課題,課題の表記法,自然頻度表記,確率量化操作,課題変質効果

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◆ 李  熙馥・田中 真理:自閉症スペクトラム障害児におけるナラティブの特性:フィクショナルナラティブの構成と行為の側面に焦点を当てて
ナラティブ(Narrative,語り)には,ある出来事をどのように組織化し,意味づけるのかに関する構成の側面と,聞き手となる他者にどう伝えるのかに関する行為の側面がある。本研究は,空想のストーリーであるフィクショナルナラティブ(Fictional Narrative:以下FN)に注目し,自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:以下ASD)児の構成と行為の側面における特性について検討を行った。その結果,ASD児のFNは典型発達児と比べて,FNの組織化において登場する人や場所,時間,行動的状況に関する言及である「セッティング」や,ストーリーの結末を明確にする「結果」に関する言及が少ない,登場人物の言動と心的・情動的状態との因果関係に関する言及が少ない,言動の主体を明確にし,主人公の一貫した観点からFN を構成することが少ないことが示された。一方,行為の側面においては,参照的工夫の言及においては典型発達児との間に有意な差はなく,参照的工夫の行動においては小学生のASD児の方が小学生の典型発達児よりFN を行う際に聞き手をみる行動が多かったことが示され,ASD児は聞き手に伝えようとする意識を有していた可能性が考えられた。今後は,聞き手の状態や働きかけに対し,どのようにナラティブを調整するのかに関する検討が必要であると考えられる。
【キーワード】自閉症スペクトラム障害,ナラティブ,フィクショナルナラティブ,構成,行為

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◆ 中井 大介:中学生の親に対する信頼感と学校適応感との関連
本研究では,これまで思弁的論考が多く,同一の構造とされてきた,中学生の母親に対する信頼感と父親に対する信頼感の因子構造を明らかにし,それぞれに対する信頼感が生徒の学校適応感に及ぼす影響を検討した。中学生563名を対象に調査を実施した。第一に,中学生の母親に対する信頼感尺度(STM尺度)と父親に対する信頼感尺度(STF 尺度)を作成し,信頼性と妥当性を検討した。その結果,(1)STM尺度は「母親への役割遂行評価」「母親への安心感」「母親への不信」の3因子構造であること,(2)STF 尺度は「父親への安心・信用」「父親への不信」「父親への親近感」の3因子構造であることが明らかになった。また,中学生の母親に対する信頼感と父親に対する信頼感が生徒の学校適応感に及ぼす影響を検討したところ,(3)母親に対する信頼感,父親に対する信頼感のそれぞれが生徒の学校適応感に影響を及ぼし,その影響の様相は母親と父親の対象別,生徒の学年別・性別によって異なることが明らかになった。これらの結果から,中学生の母親に対する信頼感と父親に対する信頼感は異なる因子構造であること,それぞれに対する信頼感が学校適応感に及ぼす影響には発達差や性差が見られることが明らかになった。
【キーワード】信頼感,母親,父親,中学生,学校適応

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