発達心理学研究第18巻(2007年)   


18巻1号

幼児は「知る」という心的状態をどのように理解するようになるか?:「見ること−知ること」課題で現れる行為反応に着目して(瀬野 由衣・加藤 義信)

本研究では,「見ること−知ること」課題に含まれる実行機能的な要素に着目した。先行研究では,課題に含まれるこうした要素に着目しておらず,行為反応と行為を伴わないで正しく自分や他者の心的状態に言及する反応(自分は「知っている」,他者は「知らない」)を区別してこなかった。本研究では,この二つの反応を質的に異なる反応として区別し,後者の反応のみを正答とした。実験では,90名の3〜6歳児を対象にした。まず,参加児と他者(実験補助者)が対面し,その後,参加児は対象の隠される場面を見て,他者は後を向いて隠し場所を見なかった。参加児には,自分と他者のそれぞれが隠し場所を知っているか否かを尋ねた。その結果,(1)3〜4歳児では行為反応が多数現れるが,5〜6歳になると行為を伴わないで正しく心的状態に言及するようになること,(2)自分について「知っている」と答えることと,他者について「知らない」と答えることの間には困難さの違いはないこと,(3)隠された対象の知覚的手がかりを減少させた課題では,正答率が上昇すること,(4)「見ること−知ること」課題と心の理論課題(誤信念課題)の間には発達的関連があること,以上の4点が示された。以上から,「見ること−知ること」の関係を理解する発達的プロセスは行為反応から,行為を伴わないで正しく心的状態を言及できるようになる発達的プロセスとして描けることが示唆された。
【キー・ワード】「見ること−知ること」課題,実行機能,行為反応,心の理論,誤信念課題

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嘘を求められる場面での幼児の反応:誤信念課題との比較から(瓜生 淑子)

本研究では,70人の幼児に対して,人気のキャラクター(アンパンマン)を登場させた課題場面を構成し,アンパンマンを救うために対決場面で敵(ばいきんまん)に嘘の在処(アンパンマンを救うための大事なものが入っていない空の箱)を教えられるかを検討した。その結果,年中児は80%が,年長児は100%が正答した。誤信念課題(位置移動課題)の結果とも比較したところ,誤信念課題正答より1年以上先んじた成績であることから,年中児以上になると,「心の理論」獲得に先立って嘘をつくことが可能になってきていることがわかった。しかし,年少児では,嘘をつく課題の方が逆に正答率が30%程度と低く,嘘をつく反応への葛藤がうかがえた。回帰分析の結果,この課題では,「男児」優位が示されたことから,認知的課題である誤信念課題と違って,パーソナリティ要因の影響も示唆された。しかし,嘘をつく課題では,正答率の低い年少児も含めて良い回帰モデルが作られたことなどから,年少児の正答率の低さは,そもそも嘘をつく行為がこの時期,まだ萌芽的であることを示していると解釈され,「心の理論」獲得の時期は欧米の子どもに比べてやや遅く,年中児以降と考えられるのではないかと考えられた。
【キー・ワード】幼児,嘘をつく課題,誤信念課題,男児優位,「心の理論」獲得時期

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幼児期における願いごとに関する理解:「魔術的」に見える現象をどのように理解するのか?(塚越 奈美)

4歳児・5歳児・6歳児(各42名)計126名が本研究に参加した。願いごとをすると空の箱に対象物が出現する現象を見た後,部屋に1人きりになった場面での子どもの行動が観察された。現象の再現可能性を子どもが検証しようとしているかどうかに着目し,主に,仕方を変化させながら複数回願いごと行動をするかと,箱の仕組みやトリックを調べる行動を示すかどうかを中心に分析した。その結果,そのような行動のうち片方あるいは両方を示した子どもの人数の割合は,4歳児26%,5歳児64%,6歳児71%であった。特に,5歳児・6歳児では,仕方を変化させながら複数回願いごと行動のみを示した人数と,この行動と箱の仕組みやトリックを調べる行動の両方を示した人数が多かった。これらの行動の年齢差は,目の前で示された不思議な現象を単純に信じるのではなく,それがなぜ起きるのかを自分で確かめようとする姿勢の違いを反映した結果ではないかと議論された。
【キー・ワード】願いごと,不思議な現象,魔術的思考,幼児期,認知発達

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3歳児における父子と母子の遊びタイプの比較(加藤 邦子・近藤 清美)

本研究の目的は,父子遊びと母子遊びに行動評定を実施することにより,遊びタイプを見出し,父母比較,養育態度との関連性について検討することである。親子遊びにおける観察の指標は,「子どもの自発性の尊重」,「親の適切な構造化と限界設定」,「敏感性」(Sensitivity)を用いた。対象は72組の3歳児とその父母であった。その結果,父母比較では,行動評定値と子どもの属性との関連,遊びタイプの分布,遊びタイプと養育態度との関連において違いが明らかになった。母親の「子どもの自発性の尊重」は,子どもの月齢,きょうだい順位との間に有意な正の関連がみられた。親子遊びは,行動評定値の高低により,H-H-H,L-L-L, Limit High, Limit Lowの4タイプに分類された。父子遊びではH-H-H(41.7%), L-L-L(30.6%)が多く,母子遊びでは,Limit High?(30.6%)?が多かった。養育態度との関連性は,L-L-Lの父親は,4タイプの中で最も柔軟性が乏しく育児コミットメントも消極的で,Limit Highの母親は硬い養育態度を示した。L-L-Lタイプの父親とLimit Highタイプの母親の組み合わせをもつ3歳児と,両親がH-H-Hタイプの3歳児を比較したところ,集団場面でトラブルが起こったときに感情の統制が低いという関連がみられた。
【キー・ワード】父子遊び,母子遊び,行動評定,遊びタイプ,感情の統制

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育児期女性の就労継続・退職を規定する要因(小坂 千秋・柏木 惠子)

本稿は,育児期の夫婦1,062組を対象に,妻が就労を継続あるいは中断・断念した理由を明らかにし,その様態が夫婦の学歴・居住状況にどう関係しているか,またどの要因が就労継続・退職に影響をもたらしているのかについて検討した。主な結果は次の通りである。(1)就労継続・退職の理由として,「家庭優先」「やりがいのある仕事」「自立志向」「夫や夫の親からの就労反対」「夫の家事育児サポート」「自分の親や周囲からの育児サポート」の6要因が明らかにされた。(2)就労継続・退職の理由得点を夫婦の学歴により比較した結果,夫婦とも大学卒のほうが夫婦とも高校卒よりも妻の「家庭優先」や「夫や夫の親からの就労反対」が低く,「夫の家事育児サポート」が高いことが明らかにされた。また,居住状況による分析の結果,親と同居している女性に「やりがいのある仕事」が高く,夫の親と同居あるいは近居の場合に「夫や夫の親からの就労反対」が高いことが見出された。(3)就労継続・退職の理由が退職経験の有無に及ぼす影響を検討したところ,「夫や夫の親からの就労反対」が顕著な影響を及ぼしていることが明らかにされ,家族の要因が女性のライフコースを左右することが明らかにされた。
【キー・ワード】就労継続・退職の理由,育児期,母親,判別分析

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乳児と母親のおもちゃ遊び場面における注意の共有と母親の発話:7カ月齢と12カ月齢を比較して(矢藤 優子)

養育者と子どもの「注意の共有(joint attention)」は,子どもの言語発達をはじめとする認知発達や情緒発達に重要な役割を果たす。本研究は,母子の注意共有場面において子どもに向けられた母親の発話を詳細に分析し,注意共有パターンや子どもの月齢によってどのような違いが見られるかについて明らかにすることを目的としてなされた。23組の母子を対象として子どもが7カ月齢と12カ月齢の時に家庭訪問を行い,おもちゃ遊び場面の行動観察を行った。子どもに向けられた母親の発話を分析した結果,発話量は子どもが7カ月齢の時よりも12カ月齢の時のほうが多く,注意共有のパターン別にみた発話量にも,子どもの月齢による違いが見られた。母親は,子どもの発達的変化に応じて子どもに与える言語的情報の量や内容を変えていたことが示唆された。母親は,子どもがいずれの月齢の時でも,母子が注意を共有している対象物について言及することが最も多かったが,発話の内容を詳細に調べると,子どもが7カ月齢の時には子どもや母親の主観的な側面についての発話がより多く,12カ月齢の時には客観的情報を提供したり子どもの応答を引き出すような発話がより多く見られた。母親は,2項関係から3項関係へという子どもの発達経路に沿った形での「足場作り」を行っていたと考えられる。
【キー・ワード】注意の共有,母子相互作用,母親の発話

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幼児はロボット犬をどう理解するか:発話型ロボットと行動型ロボットの比較から(藤崎亜由子・倉田 直美・麻生 武)

近年登場したロボットという新たな存在と我々はどのようにつきあっていくのだろうか。本研究では,子どもたちがロボットをどう理解しているかを調べるために,5〜6歳児(106名)を対象に,2人1組で5分間ロボット犬と遊ぶ課題を行った。あわせて,ロボット犬に対する生命認識と心的機能の付与を調べるためにインタビュー調査を行った。ロボット犬は2種類用意した(AIBOとDOG.?COM)。DOG.?COMは人間語を話し,AIBOは電子音となめらかな動きを特徴とするロボットである。その結果,幼児は言葉をかけたりなでたりと極めてコミュニカティブにロボット犬に働きかけることが明らかになった。年齢群で比較した結果,6歳児のほうが頻繁にロボット犬に話しかけた。また,AIBOの心的状態に言及した人数も6歳児で多かった。ロボット犬の種類で比較した結果,子どもたちはDOG.?COMに対しては言葉で,AIBOに対しては動きのレベルで働きかけるというように,ロボット犬の特性に合わせてコミュニケーションを行っていた。その一方で,ロボット犬の種類によってインタビュー調査の結果に違いは見られなかった。インタビュー調査では5割の子どもたちがロボット犬を「生きている」と答え,質問によっては9割を超える子どもたちがロボット犬に心的機能を付与していた。以上の結果から,動物とも無生物とも異なる新たな存在としてのロボットの可能性を議論した。
【キー・ワード】ロボット,AIBO,幼児,生命概念,アニミズム

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社会的他者としてのロボット:自閉症児―ロボットの関係性の発展(宮本 英美・李 銘義・岡田美智男)

近年,人間とロボットの社会的関係に注目したロボットの研究開発が進められるに伴い,ロボットを用いた自閉症療育支援も提案されてきている。これまでの研究では自閉症児がロボット等の無生物対象に興味をもち社会的反応を示すことが報告されているが,ロボットが他者のような社会的主体として扱われていることを評価するのは容易ではない。本研究では,ロボットが社会的主体としてどのように関係性を自閉症児と共に発展させるかを検討した。養護学校の児童とロボットの相互作用場面を縦断的に観察し,ロボットの意図的行動に固執した二名の自閉症児のパフォーマンスを分析した。その結果,対象児はロボットの意図に対して鋭敏であり,ロボットと相互作用を続ける中で固執していた行動パターンを修正していたことが示された。以上の知見は,ロボットが自閉症児と社会的関係を発展させられると同時に,彼らの社会的反応の促進に有効である可能性を示唆している。
【キー・ワード】自閉症,社会的関係,意図,ロボット

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18巻2号

乳児期の共同注意の発達における母親の支持的行動の役割(常田 美穂)

本研究は,乳児期の対面相互交渉において子どもとの注意共有の状態を作り出すための養育者の行動に着目し,養育者の注意に関する支持的行動が二者間の共同注意の成立にいかに寄与しているのか,また二者間に成立した注意の質がいかにして共同注視から共同注意へと発達的に変化していくのかを明らかにすることを目的とした。家庭における1組の母子の対面相互交渉場面を乳児が2?9カ月の時期に渡って縦断的に観察し,母親の行動と乳児の注視パターンおよび情動表出との関係を分析した。その結果,母子の相互交渉は「顔を見る,見せる」関係から発展し,母親による全面的な調整によって共同注視が成立する段階から,母子が互いの動きに協働して注意を向け合うことで共同注視が成立する段階,一時的に共同注視から始まる相互交渉が持続しなくなる段階を経て,二者の注意の対象が外的対象から心内対象へと移行し共同注意が成立する段階へ到達するというプロセスをたどった。またこの過程において,注意に関する母親の支持的行動は子どもの姿勢運動能力の発達に応じて変化し,こうした母親の支持的行動の変化が新しい相互交渉パターンの出現を導いていることが示された。このことから,養育者の注意に関する支持的行動には,子どもの共同注意行動を形成する役割のあることが示唆された。
【キー・ワード】【キー・ワード】乳児期,共同注意,養育者の支持的行動,母子相互交渉,縦断観察

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青年期における時間的展望と出来事想起および精神的健康との関連(日潟 淳子・齊藤 誠一)

青年期は時間的展望の獲得期とされ,自己の人生に対して時間的な視野が広がるが,それと同時に現実と非現実が分化し,未来に対しては期待とともに不安も抱くことが示唆されている。本研究では高校生と大学生を対象に,過去,現在,未来に対する時間的展望の様相と精神的健康との関係をとらえ,青年が心理的に安定した状態で時間的展望の獲得を促す要因を検討することを目的とした。その結果,高校生,大学生ともに過去,現在,未来に対してポジティブな時間的展望を持つ者は精神的健康度が高かった。しかし,未来に対する時間的態度においては違いが見られ,高校生では未来のみにポジティブな態度を示している者は精神的健康度が低かったのに対して,大学生では低くはなかった。高校生と大学生では未来を志向することに対する心理的影響が異なることが示唆された。また,過去,現在,未来に対してポジティブな時間的展望をもっている者は,過去,現在,未来の出来事をバランスよく想起しており,過去の出来事へのとらえ直しや,未来の出来事に対して現実的な認知を行っている様子が見られ,青年期が心理的に安定した状態で時間的展望を抱く要因として自己の過去,現在,未来におけるライフイベントに対する関与の強さと的確な認知をしていることが示唆された。
【キー・ワード】時間的展望,精神的健康,出来事想起,青年期,青年後期

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共働き夫婦における子どもの送迎分担過程の質的研究 (柴山 真琴)

本研究では,保育園児を持つ共働き夫婦が子どもの送迎分担をどのように調整しているのかを質的に分析した。データは,私立J保育園を利用する28家族についての送迎記録表と,2001年3月から8月の間に10家族を対象に実施したインタビューによって得た。分析の結果,送迎分担には,(T)母専任型,(U)父母分担型,(V)父専任型,(W)祖母依存型(下位タイプ:(a)父母+祖母型,(b)母+祖母型),(X)ベビーシッター利用型,の5タイプがあることがわかった。この送迎分担タイプと夫婦間での調整過程(調整過程で使用される相互作用様式,送迎分担についての妻の考え,調整過程での妻の主導的役割の有無)との間には対応関係があった。父親が送迎を分担しない家族(T, W(b), X)では,妻の多くが送迎は自分の仕事と考え,夫に働きかけて話し合うこともなく,妻が送迎の方針を決めて送迎を実行していた。特に前二者のタイプでは,「暗黙の了解」「話し合いせず」「話し合い不成立」という夫婦間で調整をしない相互作用様式が使用されていた。一方,父親が送迎を分担する家族(U, V, W(a))では,妻の多くが送迎は夫婦で分担すべきであると考え,夫が送迎を分担するよう積極的に働きかけ,「話し合い」によって形成したルールに従って夫婦で送迎を分担していた。
【キー・ワード】共働き夫婦,育児分担,保育園児の送迎,調整過程,質的分析

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青年期後期における自己受容と他者受容の関連:個人志向性・社会志向性を指標として(上村 有平)

本研究の目的は,(1)青年期後期において,自己受容が高く他者受容が低い者と,自己受容が低く他者受容が高い者の特徴を記述すること,(2)自己受容と他者受容がバランスよく共存していることが,より適応的かつ成熟した状態にあることを明らかにすること,(3)自己受容と他者受容の関連を,発達心理学的観点から検討することであった。124名の大学生(平均年齢20.46歳)を対象に,自己・他者受容尺度と個人志向性・社会志向性PN尺度を実施した。自己受容および他者受容得点の高低によって調査対象者を4群に分類し,各群の特徴を検討した。その結果,自己受容が高く他者受容が低い者は,自己実現的特性が高い反面,社会適応的特性が弱いという特徴が見出された。自己受容が低く他者受容が高い者には,自己実現的特性が弱く,過剰適応的傾向が強いという特徴が見られた。また,自己受容と他者受容がともに高い者には,4群の中で最も適応的かつ成熟した特徴が見られ,青年期後期において,自己受容と他者受容がバランスよく共存していることが,より適応的かつ成熟した状態にあることが明らかにされた。
【キー・ワード】青年期,自己受容,他者受容,個人志向性,社会志向性

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協同問題解決場面での知的方略の内面化過程の検討:エラー分析を用いて(奈田 哲也・丸野 俊一)

本研究の目的は,内面化過程へ直接的にアプローチしたRatner et al.(2002)の研究を踏まえ,ソースモニタリングエラー(バイアス)の生起を内面化の指標として用い,内面化過程をより詳細にしていくことであった。そのため,小学3年生を対象に,プレテスト(単独学習),他者との協同活動セッション,ポストテスト(単独学習)という手順のもとに,最短ルートで指定された品物を購入してくる買い物課題を行わせた。また,協同活動セッションでは,課題を問題解決活動の下位活動である,プランニング活動,決定活動,実行活動の3つにわけ,それぞれの活動でソースモニタリングテストを行った。その結果,自分の考えと他者の考えをやりとりする決定活動場面で最もエラーバイアスが生じるとともに,エラーバイアスを示した実験参加者は,ポストテストでより短いルートで地図を回れるようになっていた。このことは,エラーバイアスを示した実験参加者ほど,他者とのやりとりを通して,最短ルートを発見していくのに有効な知的方略を内面化させることができ,ポストテストでその知的方略を遂行できるようになったことを示している。また,エラーバイアスを示した実験参加者は,協同活動において,自己修正方略(一度決めたルートを最終的に提案する前に,さらに良いルートはないかを,吟味・検討し直す)の有効性に気づき,それを取り入れ実行していく関わり方を示すという新たな知見が得られた。
【キー・ワード】協同問題解決,内面化プロセス,ソースモニタリングエラー

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18巻3号

幼児における時間的広がりを持った感情理解の発達:感情を抱く主体の差異と感情生起の原因となる対象の差異の観点から(麻生 良太・丸野 俊一)

本研究の目的は,現在の感情理解の発達を(@)感情を抱く主体の心の所在(自己か他者か)の広がり(参加者条件)の観点から,そして時間的広がりを持った感情理解の発達を(@)の観点と(A)感情生起の原因となる対象(人か人以外か)の広がり(対象条件)の観点という2つから検討することであった。目的(@)(A)を検討するために,実験1では3歳児15名,4歳児18名,5歳児24名を対象に,紙芝居を用いて感情の原因を推論させる課題を行った。その結果,各年齢での参加者条件,対象条件の課題通過率に差は見られなかったが,5歳児は3,4歳児よりも課題通過率が高いことが明らかになった。実験2では,実験1の問題点を改善し,目的(@)(A)の再検討を行った。4歳児69名,5歳児64名を対象に,感情生起の原因となる対象を人と物とし,また,幼児自身が参加できるように,人形劇を用いて現在の感情の原因を推論させる課題を行った。その結果,各年齢での参加者条件の課題通過率に差は見られなかったが,時間的広がりを持った感情理解において,4歳児は,感情生起の原因となる対象が人の方が,物よりも先に理解することができ,5歳児では人と物では差がないことが明らかになった。実験1・2の結果から,感情理解には自他の関与に関係なく同時に発達することや,意図を持った対象(人や動物)との相互作用の中でのみ理解される発達段階があることが示唆された。
【キー・ワード】感情理解,感情を抱く主体の違い,感情生起の原因となる対象の違い,就学前児

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幼児期における他者の偽りの悲しみ表出の理解(溝川 藍)

本研究では,幼児期の「偽りの悲しみ表出の理解の発達」について検討した。見かけの感情と本当の感情を区別する能力については,Harris et al.(1986)などの先行研究から幼児期に発達することが知られている。しかし,より直接的に欺きの理解と関連する「偽りの悲しみ表出(本当は悲しくないにもかかわらず,悲しみを表出すること)」の理解についてはこれまでほとんど扱われてきていない。調査は4歳児と6歳児を対象とし,個別に仮想場面を用いて行なった。まず,主人公が感情を偽る状況を3枚の図版で提示し,「主人公の本当の感情」,「主人公の見かけの感情」,「他の登場人物が推測する主人公の感情」について,「喜び」,「悲しみ」,「普通」の3つの表情図から1つを選択,理由づけすることを求めた。課題は,偽りの喜び表出場面4課題 (自己防衛的動機×2,向社会的動機×2),偽りの悲しみ表出場面4課題 (自己防衛的動機×2,向社会的動機×2)の計8課題であった。その結果から,6歳児は4歳児よりも感情の見かけと本当を認識しているものの,向社会的な偽りの悲しみ表出の理解は6歳児にも難しいことがわかった。本研究から,自己防衛的動機による偽りの悲しみ表出の理解が幼児期に発達することが新たに示された。また,向社会的動機による偽りの悲しみ表出の理解は児童期以降に発達するという示唆が得られた。
【キー・ワード】他者感情理解,偽りの悲しみ,見かけと本当の区別,幼児期

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養育者への重要な他者からのサポートと内的作業モデルの関連(加藤 孝士)

本研究では,可塑性の低いとされている内的業モデル(Internal Working Model:以下IWM)の更新要因を探ることを目的とし,乳幼児の養育者に注目し,IWMと重要な人物からのサポートの関係を検討した。結果,出産前に不安定なIWMを保持していたが,現在は安定型のIWMを形成していると認知している更新群の養育者は他群の養育者に比べ養育者が重要だと認識する人物からのサポートを十分に受けていること,広いサポートネットワークを保持していることが示された。更に,更新群の養育者は他群の養育者に比べ,幸福感を高く感じていることが明らかとされた。加えて,重要な人物からのサポート,サポートネットワークと養育者の幸福感が関係していることも示された。したがって,重要な人物からのサポート,サポートネットワークとIWMの関係が幸福感を介した間接的関係であることが予測されるため,現在のIWMの下位因子(見捨てられ不安・親密性の回避)を目的変数とする階層的重回帰分析を用い関係を検討した。結果,見捨てられ不安と重要な人物からのサポート,サポートネットワーク間に直接的な関係はみられなかった。しかし,親密性の回避と重要な人物からの情緒的サポート,サポートネットワーク間には,直接的な関係が示された。よって,養育者のIWMと重要な人物からのサポート,及びサポートネットワークが関係していることが示された。
【キー・ワード】内的作業モデル,更新,サポートネットワーク,幸福感

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保育者養成校に通う学生のアイデンティティと職業認知の構造(西山 修・富田 昌平・田爪 宏二)

本研究の目的は,保育者養成校に通う学生のアイデンティティと職業認知の因果構造を解明し,養成校において如何なる支援が有効か考えるための1つの資料を提示することである。アイデンティティの測定には谷(2001)の多次元自我同一性尺度(MEIS)を用い,特性論の観点から検討を試みた。対象は養成校卒業期にある学生1,083名であった。分析には主に共分散構造分析を用い,アイデンティティと職業認知に関わる諸変数の因果関係を同定することを目指した。その結果,@「同一性の感覚」が「保育職の理解」,及び「保育職の適性感」に正の影響があること,A「保育職の適性感」は「充実感・満足感の予期」,「関心・興味」,及び「保育職へのコミットメント」に正の影響があること,そして,B「関心・興味」は「保育職へのコミットメント」,及び「継続の意思・ウェイト」に正の影響をもたらすことなどが示唆された。保育者養成における自我形成の重要性と,「保育職の適性感」等の職業認知に焦点をあてた支援の必要性が示されたと言える。これらの結果について,入学期の知見(西山・田爪・富田, 2006)と比較しつつ,心理社会的な観点から若干の考察を加え,今後の研究課題を示した。
【キー・ワード】アイデンティティ,職業認知,保育者養成,短期大学生,共分散構造分析

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思春期の身体発育と摂食障害傾向(上長 然)

本研究は,思春期の身体発育の発現が摂食障害傾向に及ぼす影響について,どのような構造で関連するのか検討することを目的として実施した。中学生503名(男子252名,女子251名)を対象に,思春期の身体発育状況,思春期の身体発育に対する心理的受容度,身体満足度,体重減少行動,露出回避行動,摂食障害傾向および現在の身長・体重について測定した。その結果,男子では,思春期の身体発育は摂食障害傾向と関連せず,実際の体格が肥満傾向にある者ほど体重減少行動を行い,摂食障害傾向が高まっていた。一方,女子では,思春期の身体発育によって体重減少行動が増加することが示された。また,思春期の身体発育の経験者による検討から,実際の体格が身体満足度と関連するとともに,思春期の身体発育に対する心理的受容度が身体満足度と関連し,身体満足度の低さが体重減少行動・露出回避行動を高め,摂食障害傾向を助長するという構造が示され,思春期の身体発育の際,それをどのように受け止めるかという心理的受容度の重要性が示唆された。
【キー・ワード】思春期の身体発育,摂食障害傾向,青年,身体満足度,性差

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学級での疎外感と教師の態度が情緒的な問題行動に及ぼす影響と自己価値の役割(西野 泰代)

小学6年生〜中学3年生933名を対象に質問紙調査を行い,情緒的な問題行動の生起メカニズムについて検討を行った。「学級での疎外感」と「教師の態度」という先行要因から「情緒的な問題行動」という結果へ至る過程に「自己価値」を介在させた仮説モデルに基づき,学校段階(小学生と中学生)と性に差があるモデルと差がないモデルを設定した多母集団の共分散構造分析を実施して,探索的に検討した。その結果,検討したモデルでは性に差が認められ,また,この時期の子どもたちの「情緒的な問題行動」には「学級での疎外感」と「自己価値」が直接の影響を及ぼしていることが示された。「学級での疎外感」は「情緒的な問題行動」を促進する方向に,「自己価値」は「情緒的な問題行動」を抑制する方向に影響を及ぼしていた。「教師の態度」は「情緒的な問題行動」を引き起こす規定要因ではなかった。また,「自己価値」の緩衝効果について,重回帰分析を用いて検討した結果,学級での疎外感が,情緒的な問題行動を促進する程度は,自己価値低群に比べ自己価値高群において減じられていることがわかり,自己価値が緩衝効果をもつことが明らかになった。
【キー・ワード】思情緒的な問題行動,自己価値,学級での疎外感,教師の態度,緩衝効果

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魚釣りゲーム場面における幼児の交互交代行動:交互交代の規準と主導者に着目して(藤田 文)

本研究の目的は,魚釣りゲーム場面における幼児の交互交代行動の発達を検討することであった。4歳児(年中児)から5歳児(年長児)の同年齢のペア52組に魚釣りゲームで遊んでもらった。年中児の平均年齢は5歳0ヶ月で,年長児の平均年齢は5歳11ヶ月だった。この状況では1本の釣り竿しかゲームに使用することはできなかった。10分間のゲームの過程がビデオ録画された。ビデオ分析の結果,年中児よりも年長児の方が明確な規準で交代しており,特に年長女児でその割合が高いことが示された。また,年長女児では,釣り竿をもって実行している子どもが主導する交代が多いことも示された。これらの知見から,年長児は年中児よりもゲームの中で他者の行為を考慮していること,特に女児で男児よりもその傾向が早く発達することが示唆された。
【キー・ワード】交互交代行動,仲間関係,幼児,ゲーム場面,遊び

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プライバシーと知る権利に関する子どもの理解(外山 紀子・大林 路代)

3つの個別研究により,プライバシーと知る権利に関する子どもの理解を検討した。研究1では,小学4年生・6年生・中学2年生・大学生を対象として,同じクラスに属していれば誰もが容易に知り得る情報(公的な情報:たとえば,入っているクラブ活動の名前),容易に知り得ず,私事性の強い情報(私的な情報:たとえば,日記や小遣い帳の内容),両者の中間にあたる情報(準公的な情報:たとえば家で遊んだ友達の名前)を,学級新聞に掲載してもよいか/すべきでないか判断を求めたところ,4年生も年長者と同じように,公的な情報は掲載してもよいが私的な情報は掲載すべきでないと判断することが多かった。研究2では,小学4・6年生は,「よいこと」が書かれた日記や,「よい」動機によって電話番号を教えてほしいと頼まれた場合には情報を開示してもよいと判断し,「悪いこと」が書かれた日記や「悪い」動機によって電話番号を教えてほしいと頼まれた場合には開示すべきでないと判断する傾向が高かった。年長者は,情報内容や動機のよしあしにかかわらず,開示すべきでないと判断することが多かった。研究3では,たとえプライバシーを侵害したとしても,社会の利益となる情報は開示すべきであるという判断が,小学4年生にも一部認められたが,年長者ほど顕著ではなかった。
【キー・ワード】権利の理解,プライバシー権,知る権利,社会的判断,社会的認知

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