発達心理学研究第13巻(2002年)   


13巻1号

幼児による乳児音声の感情性情報の聴取特性(志村洋子:埼玉大学教育学部・今泉敏:広島県立保健福祉大学コミュニケーション障害学科・山室千晶:カリタス幼稚園)

幼児による乳児音声(非叫喚)の感情性に関わる情報の聴取傾向を,成人の聴取傾向と比較検討し た。成人の聴取実験に基づいて分類された2カ月齢乳児の「快対不快」音声,及び「平静対驚き」音声 を用い,2歳から6歳までの幼児を対象に,乳児の表情の絵を評定尺度として指さしによる聴取判定実 験を行った。その結果,快音声よりも不快音声の正答率は有意に高くなるものの,「快対不快」音声つ いては,年齢をおって成人の評定と同様に正答率が高くなった。一方,「平静対驚き」音声については 一致率の年齢差はみられず,音声間に評定の差は見られなかった。これらのことから,幼児の乳児音声 の感情性情報の認知は,快・不快に関連する音声については2歳児期に既に成人の轄敢判断とほぼ同様 の聴取傾向を示すものの,それ以外の感情性情報については異なった聴取傾向を持つ可能性があり,感 情性の情報による違いがあることが示唆された。
【キー・ワード】乳児音声,幼児,感情性情報,認知

13巻の目次に戻る


青年期の罪悪感と共感性および役割取得能力の関連(石川隆行:同志社大学文学研究科・内山伊知郎:同志社大学文学部)

本研究は,青年期の罪悪感と共感性および役割取得能力の関連を検討した。その際,罪悪感を感じる 場面として対人場面と規則場面を設定した。そして,444名の中学,高校,大学生を対象として,罪悪 感,共感性,役割取得能力(社会的視点取得能力)を質問紙によって測定した。その結果,罪悪感の学 年による発達的変化がみられ,対人場面の罪悪感は大学生で,規則場面の罪悪感は中学生で最も強いこ とが明らかになった。また,罪悪感と共感性,役割取得能力との関係を検証するため,男女別に相関分 析を行ったところ,男子では共感性が対人場面の罪悪感と,役割取得能力が規則場面の罪悪感と正の相 関をそれぞれ示した。一方,女子では,共感性は対人,規則両場面の罪悪感と,役割取得能力は規則場 面の罪悪感と正の相関が認められた。したがって,罪悪感には共感性と役割取得能力が重要な役割を果 たすことが支持され,また,その関係は対人場面の罪悪感では男女同様であるが,規則場面の罪悪感で は性別によって異なることが示唆された。
【キー・ワード】罪悪感,共感性,役割取得能力,社会的視取得能力,青年期

13巻の目次に戻る


◆児童の経済学的思考の発達:商品価格の決定因に関する推理(藤村宣之:埼玉大学教育学部)

本研究では児童の経済学的思考の発達を,身近な商品の価格差をもたらす要因を推理させることを通 じて検討した。公立小学校4〜6年生82名に対する個別実験において,生鮮食品,加工食品,工業製 品の価格差に関する5つの場面を絵カードにより呈示し,例えば5月のイチゴと12月のイチゴで値段 が異なる理由を推測させ,さらに補足質間により児童の回答と価格差の間に介在する要因の存在につい ても尋ねた。児童の回答内容を分析した結果,4年生から6年生にかけて,消費者側の要因(商品の利 用価値など)と価格との因果関係の推理に加えて,生産者側の要因(供給量,コスト,利益)と価格と の因果関係の推理が増加したが,利益に関する推理は6年生でも一部に限られていた。個人内の推理は 学年の進行とともに様々な要因を考慮することで多様化し,また複数の要因が組み込まれることで,推 理に含まれる因果系列のステップも高学年にかけて増加した。また4年生でも商品の特質に応じて,経 済学的に適切な要因のいくつかを適応的に選択することが可能であった。
【キー・ワード】概念発達,因果関係の推理,経済学的推理,日常的知識,適応的選択

13巻の目次に戻る

◆父親の育児かかわり及び母親の育児不安が3歳児の社会性に及ぼす影響:社会的背景の異なる2つのコホート比較から(加藤邦子:日立家庭教育研究所・石井クンツ昌子:カリフォルニア大学リバーサイド校社会学部・牧野カツコ:お茶の水女子大学人間文化研究科・土谷みち子:日立家庭教育研究所)

本研究の目的は,3歳児の集団場面における社会性の発達に及ぼす父親・母親の影響について,父親 の育児かかわり要因,母親の育児不安要因をとりあげてモデルを仮定し,パス解析によって関連を明ら かにすることである。その際,父親の生活において,最近家族とともにすごす時間が多くなったとされ ていることから,背景の異なる2つの時期の親子,つまり1997〜1998年のデータ(コホート2)と 1992〜1993年のデータ(コホート1)とを比較する。その結果,3歳児の社会性に関しては,父親の育 児かかわり要因がどちらのコホートにおいても有意な関連を持つことが明らかとなり,子どもの社会性 の発達に父親の育児かかわりが直接的な影響を与えていた。間接的要因として夫婦の会話の頻度が父親 の育児かかわりに関連を示しており,夫婦関係による影響が示唆された。
【キー・ワード】社会性,父親の育児かかわり,母親の育児不安,パス解析

13巻の目次に戻る

◆中高年のストレスおよび対人交流と抑うつとの関連:家族関係の肯定的側面と否定的側面(福川康之:国立長寿医療研究センター・坪井さとみ:国立長寿医療研究センター・新野直明:国立長寿医療研究センター・安藤富士子:国立長寿医療研究センター・小杉正太郎:早稲田大学文学部・下方治史:国立長寿医療研究センター)

本研究は,中高年者を対象として,家族との肯定的・否定的な対人交流と,ストレスおよび抑うつと の関連を検討したものである。対象は国立長寿医療研究センター"老化に関する長期縦断疫学研究" (NILS-LSA)の第一次調査に参加した40代から70代の地域住民2,010名である。階層的重回帰分析の結 果,肯定的交流による抑うつ低減効果と,否定的交流による抑うつ増大効果がそれぞれ示され,肯定的 交流の抑うつ低減効果は,否定的交流の抑うつ増大効果よりも強いことが明らかとなった。さらに,否 定的交流とストレス体験との交互作用が有意となり,否定的交流の抑うつ増大効果は,ストレスレベル が中ないし低度の場合にのみ示され,ストレスレベルが高い場合には示されなかった。これらの結果 は,家族との肯定的交流と否定的交流が,中高年者のストレスないし心理的健康とそれぞれ特徴的な関 連をもつことを示唆するものである。
【キー・ワード】中高年,ストレス,対人交流,抑うつ,家族

13巻の目次に戻る

◆自閉症児における自己/他者知識に関する状況弁別の獲得と般化(奥田健次:吉備国際大学社会福祉学部・井上雅彦:兵庫教育大学発達心理臨床研究センター)

本研究では,奥田・井上・山口(2000)の空間的視点取得課題に通過した3名の自閉症児者に対し て,認知的視点取得課題において自己および他者の「知識の有無」状況を弁別可能にするための条件に ついて検討を行った。まず,介入フェイズ1において,自己の「知識の有無」状況の弁別を獲得するた めの指導的介入を行った結果,自己質間に対して正答可能となったが,他者の「知識の有無」状況の弁 別に転移しなかった。次に,介入フェイズ2において,自己と他者とで可視/不可視が異なる条件のみ 指導的介入を行った結果,介入を行った条件での成績が向上したが,自己と他者とで可視/不可視が同 一の条件での誤答が増加した。そこで,介入フェイズ3において,自己と他者とで可視/不可視が異な る条件に加え,可視/不可視が同一の条件についても指導的介入を行った。その結果,ポストテストに おいては,3名とも自己と他者の「知識の有無」状況の弁別を獲得し,指導的介入を行わなかった他者 同士の「知識の有無」状況についても弁別することが可能となった。本実験の結果から,認知的視点取 得課題や「心の理論」課題における課題設定の問題について検討を行った。
【キー・ワード】自己/他者,知識,視点取得,「心の理論」,弁別,自閉症

13巻の目次に戻る

◆サンにおける養育行動とその発達的意義:ジムナスティック・授乳場面の特徴(高田明:日本学術振興会特別研究員/京都大学総合人間学部)

サンにおけるジムナスティックと授乳は狩猟採集に基づく生活様式と関連づけて説明されてきた。こ れらの養育行動の地域や時代による変化,日常的文脈を検討するため,サンの中でも定住化や農耕牧畜 民との交渉が進んでいるクンで調査を行った。先行研究では,サンのジムナスティックは乳児の運動発 達を促進することを目的とする養育行動として論じられてきた。調査の結果,先行研究から示唆される 予想に反してクンでも乳児に早くから頻繁にジムナスティックを行うことがわかった。これはジムナス ティックが日常場面ではしばしば「あやし」として行われること,しかも人々がその機能を認識してい ることによると考えられる。一方,狩猟採集に基づく生活での傾向と同様,クンの授乳は頻繁で持続時 間が短いことがわかった。日常場面の観察から,こうした授乳様式の成立には,母親が授乳の時間や場 所を定めない,授乳中に乳児にあまり視線を向けない,吸畷の休止期間にジグリングをあまり行わな い,吸畷が休止するとジムナスティックが行われる場合がある,といった特徴が寄与していることが示 唆された。これらは日常場面の観察の有効性,母子間相互作用の文化的多様性,養育行動を成り立たせ る文化的構造の分析の重要性を示す。
【キー・ワード】サン,乳児,ジムナスティック,授乳,ジグリング

13巻の目次に戻る

13巻2号

◆母子間の「横抱き」から「縦抱き」ヘの移行に関する縦断的研究:ダイナミックシステムズアプローチの適用(西條剛央:早稲田大学人間科学研究科・日本学術振興会特別研究員)

生後lカ月の乳児とその母親16組を対象として,lカ月時から7カ月まで1カ月おきに「抱き」の縦断的観察が行われた。そして,ダイナミックシステムズアプローチに基づき,乳児の身体発達・姿勢発達・行動発達の3側面から,「横抱き」から「縦抱き」ヘの移行に最も影響するコントロールパラメータが検討された。その結果,乳児の「横抱きに対する抵抗行動」が最も縦抱きへの移行に影響力のあるコントロールパラメータとなっていることが明らかになった。次に,縦抱きへの移行プロセスを明らかにするために,母親の言語報告と通常抱き場面における縦抱きへの移行場面を撮影した事例を質的に分析した。その結果,横抱きから縦抱きへと移行プロセスは,以下の3パターンがあることが明らかとなった。(1)乳児が抵抗を示しはじめると,母親は,緩やかな間主観的な解釈を媒介として,乳児が安定する抱き方を探索し,その結果「抵抗」の収まる縦抱きに収斂する。(2)乳児の首すわりといった身体情報が母親に縦抱きをアフォードする。(3)上記の(l)と(2)の双方が影響を与え縦抱きヘと移行する。以上のことから「抱き」という行為は,母子の相互作用を通して一定の方向へ自己組織化していく行為であることが示された。
【キー・ワード】自己組織化,ダイナミックシステムズアプローチ,間主観性,アフォーダンス,抱きの発達

13巻の目次に戻る

◆人はペット動物の「心」をどう理解するか:イヌ・ネコヘの言葉かけの分析から(藤崎亜由子:奈良女子大学大学院人間文化研究科)

飼い主がペット動物の「心」をどのように理解しているのかを調べるために,実際のやりとり場面の観察を行った。イヌの飼い主22人,ネコの飼い主19人に自分のペット動物をビデオカメラで撮影してもらい,その中に含まれる飼い主の発話及ぴ行動について分析を行った。併せて質問紙調査も行った。その結果,飼い主は動物の注意を引く為に発話を行うことが最も多く,次いで動物に対して内的状態を尋ねたり,状況を問う等の質問形式の発話が多く見られた。また,動物の内的状態への言及は,イヌ・ネコの飼い主とも「感情状態」が最も多かった。特に,飼い主が動物に内的状態を付与することが多かった場面は,飼い主の働きかけに動物が無反応であったり,回避行動をとる場面であった。イヌ・ネコの飼い主で比較した結果,人はイヌよりもネコに対してより微妙な顔の表情を読みとるなど,動物に対する飼い主の発話及び行動にはいくつかの違いが認められた。しかし,質問紙の回答からは,イヌ・ネコという全く異なる二種の動物に対する飼い主の「心」の理解には違いが無いことが示された。以上の結果は,人のペット動物に対する「心」の読みとり,関わり方には,幼い子どもに対する育児的な関わり方といくつかの共通点があるという視点から議論された。
【キー・ワード】ペット動物,内的状態への言及,「心」の読みとり,育児

13巻の目次に戻る

◆実在か非実在か:空想の存在に対する幼児・児童の認識(富田昌平:山口芸術短期大学保育学科)

空想の存在に対する幼児・児童の認識を調べるために2つの研究を行った。研究1では,4歳児301名,6歳児32名,8歳児29名に対して,4つの空想の存在(サンタクロース,おばけ,セーラームーン,オーレンジャー)について「会ったことがあるか」「会ったとすればそれは本物だったか」「どうしたら会うことができるか」を尋ねた。研究2では,その親91名に対して質問紙調査を行い,「子どもはこれまでに空想の存在の扮装物と会ったことがあるか」「まだ信じていると思うか」などを尋ねた。主な結果は次の通りである。(1)空想の存在の扮装物を“本物−偽物”の次元によって認識し,本物と偽物が未分化な状態から分化した状態へと移行するようになるのは4歳から6歳の間であることが示唆された。(2)空想の存在を“実在−非実在”の次元によって認識し,実在と非実在が未分化な状態から分化した状態へと移行するようになるのは6歳から8歳の間であることが示唆された。
【キー・ワード】空想の存在,実在性,認知発達,幼児と児童

13巻の目次に戻る

◆幼児における吹出しによる表象理解の発達(高嶌眞知子:財団法人発達科学研究教育センター)

本研究では,3歳から6歳までの就学前児を対象に,3つの課題において吹出しによる表象理解が就学前にどのように変るかを検討した。知識課題では,就学前に心的事象と吹出しに関する気づきが始まることが示された。理解課題では,吹出しによって図示された登場人物の心的事象についての説明は,3歳から5歳にかけて発達した。心的事象についての説明は,3,4歳では現実の行動についての説明より難しかったが,5歳で行動説明とほぼ同じレベルに達した。心的用語の教示は3,4歳児の心的事象説明を促す効果があった。産出課題においては,理解課題において有効であった心的用語の教示の効果が認められなかった。産出課題における空の吹出しによる他者推測状況では,加齢に伴い表現可能な人数が増加する傾向が見られた。同じ刺激による自己表現状況において,どの年齢の幼児もほとんどが表現可能であり,その理由付けとして「好き」や「欲しい」に言及した。さらに,他者推測状況では5,6歳児において「何も考えていない」と答える無の思考への言及が観察され,4歳と5歳の間に心的事象に関する理解枠組みの質的変化があることが推測された。
【キー・ワード】認知発達,就学前児,吹出し,心的用語,表象理解

13巻の目次に戻る

◆Loevingerによる自我発達理論に基づいた青年期における学年差・性差の検討(大野和男:日本女子体育大学体育学部)

本研究は,Loevingerの提唱した理論に基づき,日本の青年期における発達傾向を検討した。小学校5年生から高校3年生男女799名を対象とし,ワシントン大学文章完成テスト(WUSCT)を実施した。その結果,個人の総合評定(TPR)を累積度数分布法で算出すると,衝動的水準(E2;I−2),自己保護的水準(E3;Deha),自己保護同調的水準(Delta/3),同調的水準(E4;I−3),自己意識的水準(E5;I−3/4)が見られ,学年が上昇するごとに,自我発達水準の高い者の割合が増加した。また,同学年の男女を比較すると,中学生以上で女子の方が自我発達水準の高い者の割合が多く,自己意識的水準(E5;I−3/4)については,女子では中学2年生から存在するのに対して,男子では高校l年生まで見られなかった。個人のTPRを合計得点(ISS)で検討すると,やはり学年の上昇とともに,得点の増加が見られた。そして,どの学年においても,女子の方が男子より得点が高かった。以上のことから,日本においても,青年期において学年の上昇に伴って自我発達水準の上昇が見られ,性差があることが示唆された。
【キー・ワード】自我発達,WUSCT,青年期,Loevinger

13巻の目次に戻る

◆幼児同士の共同意思決定場面における対話の構造(礪波朋子:奈良女子大学大学院人間文化研究科・三好史:三豊総合病院心理相談室・麻生武:奈良女子大学)

本研究の目的は,幼児同士の共同意思決定場面で子ども達が実際に行った相互作用を詳細に分析し,そこで生じる対話の構造を検討することであった。幼稚園年中児28名(平均年齢5歳3カ月),年長児58名(平均年齢6歳0カ月)が同性2人組でロケット模型の中に入り,退出するという共同意思決定をするか,15分経過し実験者が迎えに来る時まで乗り続けた。ロケットから降りるか乗り続けるかを巡る子ども達の発話及び行動を分析した。その結果,両者の意見が一致しても必ずしも最終的な共同意思になるとは限らないことが明らかになった。実際の退出を巡るやりとりの中で,約60%の子ども達が1回以上意見変容していた。どちらも3回以上意見変容するペアも全体で16%存在した。また,自己の直前の意見を変えたり他者を裏切るような変容が全意見変容の24%を占めていた。以上の結果より,幼児の意思は変わり易く,他者とのやりとりの「場」の中で揺らぎながら生成されていくことが明らかになった。本研究では,幼児期の顕著な意思の揺らぎを,精神内機能がまだ十分に発達していないときに意思決定を精神間交渉に委ねていることを示すものとして捉えた。最後に,この時期に自己と他者の異なる意見を折衷したダブルボイス発話が少し見られたことは内的対話が可能になり精神内機能が発達してきた萌芽と考えられることを指摘した。
【キー・ワード】幼児,共同意思決定,揺らぎ,ダブルボイス,仲間関係

13巻の目次に戻る

◆幼児は他者の内的特性をどのようにとらえるのか(松永あけみ:群馬大学教育学部)

本研究の目的は,幼児が他者の行動から自発的に他者の行動を予測したり内的特性を推測したりするのか,また,幼児は他者の内的特性をどのように把握するのか,さらに,矛盾する行動を示す他者に対してどのように内的特性を判断するのかという3点を検討することである。幼稚園の3歳児クラスから5歳児クラスの子どもたちに二人一組で動画を視聴してもらい,視聴しながらの自由な会話の分析と動画の登場人物についての幾つかの質問を行った。その結果,幼児でも他者の行動を見ながら,自発的に他者の行動を予測したり内的特性を推測したりしていることが示された。また,他者の行動から一般的特性を抽出して,他者の一連の行動をその特性に帰属させて記憶し,それに基づいて他者の内的特性を把握しているであろうことが示唆された。さらに,矛盾する行動を示す他者については,特定のルールで他者の内的特性を判断するのではなく,状況によって判断のルールが変化するであろうことが示唆された。
【キー・ワード】幼児,社会的報知,内的特性推測,内的特性判断

13巻の目次に戻る

13巻3号

◆「私」ヘの「なぜ」という問いについて:面接法による自我体験の報告から(天谷祐子:名古屋大学大学院教育発達科学研究科)

「私はなぜ私なのか」「私はなぜ存在するのか」「私はどこから来たのか」「私はなぜ他 の時代ではなくこの時代に生まれたのか」といった問い等,純粋に「この私」,世界も身体 も剥ぎ取った純粋な「私」といった意味での「私」についての「なぜ」という問いが発せ られる現象−自我体験−を解明することか本研究の目的である。自我体験が一般の「子ど も」に見られるという仮定のもと,先行研究や哲学の存在論的問いを参考に,自我体験の 下位側面を「存在への問い」「起源・場所への問い」「存在への感覚的違和感」と仮定した。 そして中学生60名を対象として,半構造化面接法により自我体験の収集を行った結果, 38名から51体験の自我体験が得られた。そして自我体験の3つの下位側面がそれぞれ 報告され,小学校後半から中学にかけてを中心としたいわゆる「子ども」時代に初発する ことが示された。自我体験は子どもにとっては身近なものであることが示された。
【キー・ワード】「私」、「なぜ」という問い,自我体験,半構造化面接

13巻の目次に戻る

◆幼児の説明の発達:理由づけシステムにおける領域知識と推論形式の関係(内田伸子:お茶の水女子大学大学院人間文化研究科・大宮明子:お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程)

生物的・物理的な現象を説明するときには私たちはいくつかの理由づけのシステムを用 いている。本研究では説明に用いる理由づけシステムにおける領域知識の獲得と推論枠組 みの関係について検討するために2つの実験を行った。実験1では,3・4・5歳児と大 人合計120名に自然現象の条件推論の形式を翻案した4つの問からなる「説明課題」を 与えた。実験2では5歳前半児,5歳後半児と大人合計90名に実験1と同じ形式の説明 課題を与えた。これらの課題は既知文脈と未知文脈に埋め込まれている。被験者は2度の WH質問に対して詳細な理由づけを行った。実験結果は次の通りである:(1)幼児は説明 課題の解決において大人に匹敵するような推論を行った。(2)3歳児すら帰納推論だけでは なく演繹的推論を行うことが可能であった。(3)幼児は,心の理論や生物学,物理学など の分化した領域知識に基づいて柔軟で適切な説明を行うことができた。子どもの(4)領 域固有の知識を獲得するに伴い,領域一般の推論スキーマに基づく帰納的推論や演繹的推 論が活性化された。また,大人の説明は,推論を働かせた非常に洗練された説明か,機械 的記憶のあてはめによる資源節約型の説明のいずれかに二極化した。(1)と(2)の結果は, 推論枠組みは領域一般の知識であることを含意している。一方,(3)と(4)の結果は科学的知 識の増大は帰納的推論や演繹的推論を活性化するのに強い影響をもつことを示唆している.
【キー・ワード】説明の発達,理由づけシステム,領域知識の獲得,推論スキーマ,認知発達

13巻の目次に戻る

◆幼児を対象とした手の運動操作課題における復帰抑制(土田宣明:立命館大学文学部)

本研究では.反応抑制の基本的機能が形成される幼児を対象にして,幼児でも楽しめる 実験課題を用い,復帰抑制の現象を検討した。ここでいう復帰抑制とは場所弁別課題にお いて,先行して刺激が提示された側に続いて刺激が提示されたとき,反応潜時が長くなる 現象を指す。次の2点を中心に検討を加えた。1.意図的な手の運動操作課題で.幼児期 においても復帰抑制の現象が確認できるのか否か。2.復帰抑制が機能しているとしたな らば,そこにどのような発達的変化がみられるのか。対象は保育園の4歳児20名と5歳 児24名の計44名である。実験方法として.パソコンのディスプレイに提示される刺激 に対応して,左右のスイッチを押し分ける課題を用い,刺激の提示から反応までの反応潜 時を計測した。実験の結果,主として,1.意図的な手の運動操作課題で,4歳児の段階 から復帰抑制の現象が確認できたこと。2.その復帰抑制の現象は反応の困難度の影響を うけ,反応の困難度が増加するほど強く機能することの2点が確認された。今回の結果は, 行動調節機能の形成過程のかなり初期から,復帰抑制の現象が機能していること示唆して いること。さらに,自己調節系としての人間の発達にとって,潜在的なプロセスの重要性 を示唆しているものと思われた。
【キー・ワード】復帰抑制,幼児,抑制機能,行動調節

13巻の目次に戻る

◆自由遊び場面における幼児の攻撃行動の観察研究:攻撃のタイプと性・仲間グループ内地位との関連(畠山美穂:広島大学教育学研究科・山崎晃:広島大学教育学研究科)

本研究の主な目的は,以下の2点について検討することにある。第1に,攻撃する側が 攻撃を行うに至った原因(相手の行為や攻撃する側の意図)を文脈にそってタイプ別に分 類する。第2に攻撃行動のタイプと,性別,仲間内地位および,攻撃加害者の人数につい て明らかにする。本研究では,幼稚園年長児34名(男児16名・女児18名)の自然発 生的に生起する攻撃行動を1年間観察した。1年間に160の攻撃事例が観察され,観察 された幼児の攻撃行動は,直接的―道具的攻撃と直接的―脅し攻撃および,関係性攻撃の 3つのタイプに分類された。2つの直接的攻撃は女児に比べて男児に,関係性攻撃は男児 に比べて女児に多く観察された。さらに,関係性攻撃は,核児が他の地位の子どもと比較 して最も多く行っていた。また,孤立児が関係性攻撃の被害を最も多く受けていた.
【キー・ワード】攻撃行動,性別,グループ内地位,幼児,自然観察

13巻の目次に戻る

◆歩行開始期における母子の葛藤的やりとりの発達的変化:一母子における共変化過程の検討(坂上裕子:帝京大学文学部)

本研究ではK児と母親の日常生活場面を,Kが15〜27カ月齢の約1年間観察し,両 者の葛藤的やりとりの縦断的変化を検討した。母親の非難・叱責に対するKの情動反応と 母親の対応の変化に着目して分析を行った結果,3つの時期が抽出された。T期:簡潔な 言葉や情動表出を介して母親からKに行為の社会的意味(行為の是非や謝罪・修復の必要 性)が伝えられる。Kからは快情動や緊張が示されることが多く,自発的な謝罪・修復は まだみられなかった。U期:非難・叱責に対するKの反応として不快情動が多くみられた が、一方では母親の謝罪・修復の要求に対する従順さや自発的な謝罪・修復行動もみられ た。母親には,Kの行為に意図や責任を帰属させる発言がみられた。U期には母親の情動 表出や言葉の模倣を通じて,Kに行為の社会的意味が取り入れられ始めたものと推察され た。皿期:非難・叱責に対するKの情動反応に分化が認められ,怒りに関連した行動(言 語的距離化や謝罪・修復の拒否)と罪悪感に関連した行動(自発的な謝罪・修復)の両方 がみられた。母親には,Kにより理解や譲歩を求める対応(交換条件や脅し,距離化)が みられた。V期には,母親とKの間で意図や心理的・物理的距離の相互調整が始まったも のと推察された。総じるとこの時期には,子どもの情動分化と理解カの発達,母親の対応 変化の三者によって,母子のやりとりが相互調整的なものへ再組織化されることが示唆さ れた。
【キー・ワード】歩行開始期,母手相互作用,葛藤,縦断的研究,社会情動発達

13巻の目次に戻る

◆中国人親子による出来事の対話:母親と父親は幼児の出来事の語りをどのように引き出すか(金敬愛:千葉大学大学院自然科学研究科・仲真紀子:東京都立大学人文学部)

親が子どもから過去の体験や出来事をどのように引き出すかは,子どもの自伝的記憶や ナラティブスキルの形成に影響を及ぼすと考えられている。本研究では,中国人3,4, 5歳児(N =46)とその父母を対象に,過去の出来事をめぐる対話場面を収録し,以下 の2点を検討した。第1は,子どもの発達に伴い,親の発話はどのように変化するのか, 第2は,母親と父親で発話に違いがあるのか,である。親の発話を,発話量,発話の文法 的形式,発話内容,発話の機能(発話の仕方に関する発話)に分類し,分析した結果,(1) 子どもの年齢に応じて親の発話量は減少すること;(2)形式的には,子どもの年齢が低い ほど yes-no,what,復唱質問が多いこと;(3)機能的には,3,4歳児の親は[これまで 話してきた出来事についての詳細情報」を求め,また「確認」を多く行うこと:(4)全体 を通じ,父親は母親よりも発話量が多く,特に4歳児に対してはyes-no質問や復唱質間が 多いことなどが明らかになった。3歳児の親は,子どもの語りを積極的に援助し,また父親 は母親とは異なる形で援助を行っているといえる。
【キー・ワード】ナラティブ,母子対話,父子対話,中国人幼児,自伝的記憶

13巻の目次に戻る

◆乳児の泣き声に対する父親の認知(神谷哲司:東北大学大学院教育学研究科)

本研究は,リスク得点によって定義された2種の乳児の泣き声を,テープ刺激を用いて 呈示し,青年期後期から成人期初期にいたる男性が泣き声をどのように知覚し,泣き声に 対する認知的枠組みを持っているかを検討した。対象者は学生群45名,新婚群10名, 初妊夫群15名,父親群27名。その結果,すべての群において泣き声の弁別はなされる こと,泣き声に対しては学生群の方が父親群よりもネガティヴなものとして知覚すること が示された。また,泣き声の知覚は,父親群で育児行動の頻度と関連することが示され, 初妊夫群で性役割観や養育経験に関連することが示唆された。さらに,泣き声に対する認 知的枠組みを検討するために,泣き声の生起原因を類推させたところ,学生群,新婚群で は泣きの弁別と生起原因とに関連はみられなかったが,初妊夫群と父親群において痛みを 原因とする類推と泣き声の種別とが関連していた。このことから,乳児の泣き声がもつ火 急性の高低を手がかりとした認知的枠組みを父親や初妊夫が形成していることが示唆され る。以上を成人期における親発達の観点から考察すると,妊娠,育児という生活を通して, 男性においても子どもの泣きに対する認知的枠組みを形成するものと考えられ,早期の育 児に関するコンピテンスを持ち得ることが示唆された。
【キー・ワード】父親,泣きの知覚,認知的枠組み.ジェンダー,親発達

13巻の目次に戻る

◆青年期の自我発達上の葛藤から不適応状態への心理過程(長尾博:活水女子大学文学部)

本研究の目的は,青年期の自我発達上の葛藤から不適応状態への心理過程を明らかにす るものである。Cattellの自我強度尺度得点は,Barronの自我強度尺度得点とに高い相関 があり,また,Coddingtonの生活変化単位尺度得点は,日本の研究者が作成した中学生・ 高校生用の学業ストレス尺度得点とに正の相関が認められたことから,Cattellの自我強度 尺度とCoddingtonの生活変化単位尺度の併存的妥当性が検証できた。次に,202名の 中学生・高校生に対してCattellの自我強度尺度,Coddingtonの生活変化単位尺度,及び 長尾(1989)による青年期の自我発達上の危機状態尺度(ECS尺度)を実施した。 Lazarus(1999)のシステム理論にもとづいてパス解析を行った結果,ECSから不適応へ いたる過程は2通り明らかにされた。その一つとして,ライフイベントのない中学生の場 合,自我の強さがECSの葛藤内容に影響を及ぼし,その葛藤が自責という対処行動によ って増加され,その結果,不適応にいたる過程があげられた。2つ目に高校生の場合,自 我の強さとライフイベントの衝撃度とが自我発達上の葛藤に相互に働いて,自責という対 処行動も加わり,その結果,不適応にいたる過程があげられた。
【キー・ワード】青年期,不適応,人格測定,ライフイベント,自我の強さ

13巻の目次に戻る