発達心理学研究第11巻(2000年)   


11巻1号

児童期抑うつの特徴に関する一考察:攻撃性を手がかりに(武田(六角)洋子:お茶の水女子大学)

本研究では,児童期抑うつの特徴をより明確にするため,成人の抑うつに比し特異的 とされる“攻撃性”に注目し,児童(小学3〜6年生)とその保護者をペアにして調査 した。具体的には,子どもには自己報告形式の抑うつ尺度と,攻撃性の特徴を見るP- Fスタディを,保護者には(子どもの)気質尺度を実施した。次に,抑うつ尺度をもと に子どもを2群(高抑うつ傾向群と低抑うつ傾向群)に分け,各々に保護者報告により 得られた気質(内向気質か外向気質か)を付与した後,P-Fスタディで得られた各評点 因子につき分散分析を行った。気質と攻撃性については,有意な結果は得られなかっ たが,抑うつと攻撃性については興味ある結果が得られた。すなわち,抑うつ傾向の 高い児童の方が他者に対する攻撃性が高く,自己に対する攻撃性が低かったのである。 この時期の子どもにとって,抑うつの低さは内省力を促し,攻撃性も他者より自己に 向かう傾向に結びつくが,抑うつ傾向の高い子どもでは,攻撃性が未熟な形で他者に 向かい,自分自身に目が向きにくくなるという特徴が見られた。成人の抑うつが過度 の内省や罪悪感を特徴とするのに対し,児童期の抑うつは,日常場面での他者への高 い攻撃性を特徴としていることが明らかになった。

11巻の目次に戻る


聾児の手話言語獲得過程における非指示ジェスチャーの役割(武居渡:金沢大学・鳥越隆士:兵庫教育大学)

本研究は手話言語環境にある聾児の非指示ジェスチャーの特徴について明らかにし, 手話の初語との関連について検討することを目的とした。ろうの両親を持つ聾児2名 (5カ月〜15カ月)のコミュ二ケーション場面がビデオに収録され,子どもの手の運動 を記述し,分析した。その結果,非指示ジェスチャーに関して以下の4点が明らかにな った。第一に,手がコミュニケーション手段として使用される前に,非指示ジェスチャ ーが出現した。第二に,非指示ジェスチャーの多くはシラブルを構成し,リズミカルな 繰り返しがみられた。第三に,非指示ジェスチャーは,6カ月前後では「記述の困難な 単なる手の動き」として観察されたが,10カ月前後にはそれが「リズミカルな繰り返し 運動」へと変化し,1歳を過ぎると「一見サインのようなジェスチャー」が多く見られ, 発達に伴い質的に変化していった。第四に,非指示ジェスチャーと初語との間に,連続 性が確認された。これらの結果から,非指示ジェスチャーは,音声喃語の特徴と多くの 点で類似していることが明らかになり,手話言語獲得において,非指示ジェスチャーが 手話の音韻体系を作りあげ,喃語の役割を果たしていることが考えられた。

11巻の目次に戻る


絵本読み場面における1歳児の情動の表出と理解(吉屋喜美代:神奈川大学・高野久美子:文京区教育センター・伊藤良子:東京学芸大 学・市川奈緒子:うめだ・あけぼの学園)

本研究は絵本の登場人物という架空の他者について,1歳代約1年間を通して子どもが その情動を理解していく発達的変化を検討した。「泣き」と「怒り」に焦点化した絵本 2冊を材料とし,4人の子どもを対象に月に約1度の割合で1年間母子による絵本読み場 面の観察を行った。(1)「泣き絵本」ては,子どもは1歳半ば頃には泣き表情の原因と 結果としての安堵,喜びの情動を認知し,共感を示す表情変化が見られた。「怒り絵本」 では,共感の表情変化に個人差が大きく見られた。また1歳後半では,子どもは登場人 物の不快な情動より登場人物2名の間のやりとりの面白さに注目することもあった。(2) 「泣き」は子どもにそれらしい模倣が出現しやすかった。子どもは「泣き」の表現に結 びついた悲しみの情動に容易に気づくことができると考えられる。これに対し「怒り」 は形だけの模倣が多く,不快の情動より母子間でのコミュニケーションそのものが子ど もにとって関心の的となりやすかった。(3)4名中3名において,1歳半ば頃から叙述的 発話が出現した。多くは登場人物の行動や状況のコメントであるが,登場人物に対する 非難や気持ちの説明も出現した。叙述的発話は登場人物に関する子どもの認知的理解を 示すものであり,この認知的理解が登場人物の情動理解を深める可能性がある。1歳代 の子どもたちは発達にともない,登場人物の情動について単なる情動の伝染ではない、 因果的状況を踏まえた代理的情動反応を示すこと,認知的理解が進むことが示された.

11巻の目次に戻る

老年期における余暇活動の型と生活満足度・心理社会的発達の関連(山田典子:関西学院大学)

老年期の余暇活動の型と生活満足度や心理社会的発達との関係を検討した。自分史群 (精神的活動あるいは文科系活動:N=88)と登山群(身体的活動あるいは体育系活動: N=88),さらに,コントロール群(自分史を書いたこともなく登山にも参加しなかった 在宅老人:N=62)を被験者にして,サクセスフル・エイジングの指標である‘生活満足 度(LSI)’と‘エリクソン心理社会的段階目録検査(EPSI)’を施行した。この調査 でわかったことは,次の通りである。@LSIとEPSIの総得点・下位尺度全てにおいて自 分史群が他の2群より平均値が高く数項目において有意差が見られたが,登山群とコン トロール群間ではどの項目においても有意差が認められなかった。A生活満足度と心理 社会的発達課題との関係については,3群とも心理社会的発達課題のどの項目も中程度 にバランスよく生活満足度と関連していたが,信頼性や統合性といった項目にやや高い 相関が見られた。生活満足度と心理社会的発達の関係において3群とも同じようなパター ンを示しているにも関わらず,生活満足度と心理社会的発達達成度において群差が生じ たというこの結果は,余暇活動の心理的効用の差(個体の発達・創造性・自己表現を特 性とする自分史群と楽しみ・気晴らしを特性とする登山群とコントロール群)によるこ とを示唆している。

11巻の目次に戻る

幼児の単語記憶における語長効果:再認課題による検討(湯澤美紀:広島大学)

語長効果とは,長い語が短い語よりも再生されにくいという現象であり,大人や年長の 子どもの場合,作動記憶内のリハーサル活動を反映したものであると考えられている。 実験1では,直後再認課題を用いて,3,4歳児の語長効果を調ベ,幼児のリハーサル活 動の有無について検討した。条件lでは29名の3,4歳児に長い語と短い語の音声情報の みを提示し,条件2では,30名の3,4歳児に音声情報と視覚情報を同時に提示した。検索 手がかりは,音声モードでの再認を求める音声検索手がかり条件と視覚的モードでの再 認を求める視覚検索手がかり条件の2条件を設定した。その結果,条件1と条件2ともに, 音声検索手がかり条件でのみ語長効果が見られた。さらに,実験2では,19名の3,4歳児 に対して直後再認課題と遅延再認課題の両課題について音声検索手がかり条件で再認を 求めた。その結果,直後再認課題で見られた語長効果が遅延再認課題では見られなかっ た。以上のように,逐次的な再生ならびに言語出力を求めない直後再認課題で語長効果 が確認されたことから,幼児の語長効果が再生出力時の処理のみを反映したものではな く,作動記憶内のリハーサル活動を反映したものであることが示唆された。

11巻の目次に戻る

11巻2号


信念と科学的知識の食い違いを子どもはどのように理解しているか:地球の形の理解を中心に(高橋功:山陽学園大学)

「地面は平たい」という信念と「地球はまるい」という科学的知識は直感的に食い違 う。子どもは,地球の形をどのように理解しているのだろうか。「地面は平たい」と いう知識と「地球はまるい」という知識を自分なりに統合した代替モデルを構成して いるという見解(Vosniadou,&Brewer,1992)と,それぞれの知識を別々に保持したまま 統合していないという見解(中島,1995)が提出されている。本研究は,(1)子ども が地球の代替モデルを構成しているか否かを,想定される代替モデルを提示して判断 させることによりとらえ,(2)そこで選択されたモデルが様々な質問で一貫的に用 いられるか否かについて検討した。小学1,3,5年生の子どもに,地球のモデルの図 への評価と,地球に関連する様々な質問への回答を求めた。その結果,主に次の結果 が得られた。(a)多くの子どもが特定のモデルの図のみを肯定する。(b)代替モデ ルの図ではなく,科学的に正しい球体モデルの図を肯定する子どもが多い。(c)様々 な質問間で一貫的に回答する子どもは少ない。代替モデルの一貫的な使用は,それほ ど一般的な現象ではなく,別々に保持していた信念と科学的知識を次第に関連づけて 球体モデルを構成する子どもも多いと考えられた。

11巻の目次に戻る

発達障害児の療育形態とセラピストの伝達・応答行動の関係性(遠矢浩一:九州大学)

本研究の目的は,同一の発達障害児に対して行う個別形態,集団形態の遊戯療法にお いて,個々のセラピストが伝達・応答行動をどのように調整しているのかについて検 討することであった。発達障害を有する3名のクライエントとそのセラピストの個別, 集団セラピー各々20分間における発話・行動を文字転写し,5カテゴリー,11項目 に分類した。そして,それらの発話総数に対する出現率(発話率)について,セラピ 一形態との関連性から分析した。その結果,1)集団セラピーよりも個別セラピーにお いて,セラピストの発話数が多いこと;2)個別では,クライエントの発話を明確化し たり,遊びのモデルを示すなどの発話が多いが,集団では、場の状況をクライエント に説明するための発話が多いこと;3)個別で,言語能力の低いクライエントに対して 平叙形のリフレクションを主に用いたセラピストが,集団になると疑問形のリフレク ションをより多く用いるようになる一方,個別で言語能力の高いクライエントに対し て疑問形のリフレクションを多く用いたセラピストが,集団になるとそれを用いなく なること;4)個別ではYes/No質問が多用される一方,集団ではWh質問が多く用い られること,が明らかとなった。これらの結果は,セラピーの形態とセラピストの集 団活動志向性との関連から考察された。

11巻の目次に戻る

小学生は高さをどのようにとらえているのか:「日常的経験から得た高さ」と「平面図形における三角形の高さ」との関連(高垣マユミ:東京学芸大学)

本研究の目的は,図形の属性である高さを取り上げて,算数の授業で「三角形の高さ」 を教授される以前の子どもたちが,どのような高さの概念を表象しているかを調査し, この教授前から表象されている高さの概念と,教授される三角形の高さの概念との関 連性を検討することである。課題には,日常物の「木」と平面図形の「三角形」を取 り上げ,小学1年生から6年生の272名の子どもたちに対して,高さを考える際の理 由づけが求められた。その結果,a)「三角形の高さ」を未習の1〜4年生については, 高さの概念は,日常生活における自然物(木,山等)や人工物(ビル,東京タワー等) と結びつけられていること,b)高さの表現方略は,「高さは高い所の一点で示され る」という考えから,「高さは基準線からの垂直方向で示される」という考えへと, 学年進行に伴って変化がみられること,c)三角形の高さを学習した直後の5年生の 約半数は,日常的経験から得られた高さの概念と,教授された三角形の高さの概念を 互いに関連づけられない状態にあること,この状態が統き6年生になると,後者の概 念が前者の概念に取り込まれる可能性があることが示唆された。

11巻の目次に戻る

子どもにおける障害物回避行動の発達に関する実験的研究(根ケ山光一:早稲田大学)

幼児における障害物の回避行動とその機制について,歩行の妨害となる位置にあるバ ーを回避させることにより発達的変化と性差を調べた。実験Iにおいては,3歳から7 歳までの幼児が対身長比10%から70%の高さまで10%刻みのいずれかのレベルに 水平に設置されたバーを適切に回避・通過しうるか否かが観察された。その結果,バ ーへの接触は年齢とともに有意に減少したが,反応所要時間は5歳で一過的に増大し, その後減少した。また反応所要時間は5歳時点で男児より女児に大きかった。反応所 要時間や失敗の生起からみて対身長比40〜50%のレベルがもっとも判断の困難なレ ベルであった。実験Uにおいては,目の高さのバーを4歳から6歳までの子どもに電 動で接近させ,その場で身をかがめて受動的に回避させる場面と,静止したバーに子 どもが能動的に接近しくぐって回避する場面での回避行動を比べた。その結果,受動 回避の方が障害物との間に明らかに大きな距離をあけること,5歳男児において能動 ・受動的回避間で距離の取り方にとりわけ大きな落差が見られたこと,男児における 能動的回避条件下で,バーからの隔たりが小さい子どもに普段の事故傾向が大きいこ とが明らかになった。これらの結果から,障害回避行動の発達的推移とその性差が, 子どもの事故行動との関連で,とくにアフォーダンスの発達と身体を用いた環境対処 性という行動的自律の側面から考察された。
 

11巻の目次に戻る

語りから見る原風景:語りの種類と語りタイプ(呉宣児:九州大学)

本研究では,日常生活の文脈で個々人が抱く原風景はどのようなものなのかを口述の 調査方法で調べ,探っている。本研究は,原風景を説明していくための概念の産出や 概念間の関係を明らかにして構造化していく,仮説理論生成型の研究である。調査対 象者である語り手は,韓国済州道で生まれ育った41歳の男性であり,聞き手は筆者 である。主に語りの逐語録を用いて分析した結果,その叙述内容に基づいて3種類の 語りを見出し,それぞれを風景としての語り,出来事としての語り,評価としての語 りと命名し検討した。また,叙述様式として使われる5つの語りタイプを見いだし, それらを風景回想タイプ,行為叙述タイプ,説明演説タイプ,事実説明タイプ,評価 意味づけタイプに命名し検討した。さらに,これら語りの種類と語りタイプの間に一 定の関係があることを見いだし,原風景の構造化を行った。結果の考察から,1)日常 生活の中で原風景は物語りとして現れること,2)原風景の内容は風景的・出来事的・ 評価的要素で構成されること,3)原風景を語る際の場面の状況や叙述内容によって, 叙述様式(語りタイプ)が変わりうることを生成された仮説として提示した。

11巻の目次に戻る

11巻3号


子どもとの注意を共有するための母親の注意喚起行動:おもちや遊び場面の分析から(矢藤優子:大阪大学大学院人間科学研究科)

母子間における‘注意の共有(joint attention)’は,認知的発達にも情緒的発達にも重 要な役割を果たすものである。その注意の共有には,指さしや提示など母親の注意換 起行動のありかたが大きく関わっている。本研究は,20〜22カ月齢の幼児とその母 親を対象とし,数種類のおもちゃを用いた自由遊び場面における母親の注意共有方略 (応答/転換)や手段(提示/例示/手渡し/指さし),それに対する子どもの反応 を明らかにすることを目的としてなされたものである。その結果,母親は「転換」よ りも「応答」によって子どもに働きかけることが多く,「応答」と「転換」ではその 際に伴う発話や用いる手段に逮いがみられた。「応答」では‘命名’や‘使い方の教 示’などの情報提供的な発話が,「転換」では指示的な発話がより多く伴っており, 「転換」では「応答」に比べ‘提示’がより多く用いられていた。母親の「転換」は 半数が子どもの「無視・拒否」という反応を受けたが,手段別に見ると‘指さし’や ‘手渡し’という手段による母親の「転換」は子どもの反応をより多く引き出し,「言 葉のみによる転換」は子どもに拒否・無視されることが多かった。「転換」が成立し た場合も,その後の注意共有は子どもを開始者としたものよりも継続時間が短く,注 意を共有する目的としては「転換」は有効な方略ではないことが明らかとなった。

11巻の目次に戻る

「知っている」ということについての幼児の理解の発達(斎藤瑞恵:日本学術振興会特別研究員・お茶の水女子大学人間文化研究科)

本研究は3歳児,4歳児,5歳児を対象に,「知る」「知っている」ということの理解 を検討した。「知る」ということの意味として,1)真実(事実についての正しい表 象),2)適切な情報へのアクセス,3)知識に基づいた行為の成功の3つの側面を用 いた。そしてそれぞれの側面について異なる状態にある二人の登場人物によるストー リーを幼児に提示し,どちらの人物が対象を知っているか判断させた。その結果,以 下のことが示された。1)「知る」「知っている」ということの理解は加齢と共に進ん だ。2)3つの側面は判断材料としての情報の利用しやすさには逮いがないことが示 されたが,適切な情報へのアクセスの側面が他の側面に先立って4歳頃から言語報告 可能になることが示唆された。3)「知る」ということの理解と心の理論の発達の間 に関連が示唆された。4)「知る」ということの理解と理解語彙数とは関連していた。 以上の結果に基づいて,「知る」などのさまざまな心的過程について,個別に詳細に 検討していく心要性が考察された。

11巻の目次に戻る


幼児期・児童期における自己理解の発達:内容的側面と評価的側面に着目して(佐久間(保崎)路子:お茶の水女子大学大学院人間文化研究科・遠藤利彦:九州大学・無藤隆:お茶の水女子大学生活科学部)

本研究の目的は,幼児期・児童期における自己理解の発達的変化を,特に自己描出の 内容的側面および評価的側面に着目し検討することである。そのために保育園5歳児 クラス(32名),小学校2年生(37名),4年生(35名),計104名を対象に,自己評 価・自己定義・自己の関心についての質問からなる自己理解インタビューを実施し, その描出をDamon, & Hart(1988)の自己理解モデルに基づきその一部を改作した分析 枠に沿って分類した.その結果,まず第1に,年齢の増加に伴い,身体的・外的属性 に関する描出が減少し,行動および人格特性に関する描出が増加することが明らかに なった。そして第2に,協調性に関する言及が各学年て多く見られ,年齢の増加に伴 い,勤勉性や能カへの言及が増加することが示された。また人格特性に関する描出で は,年齢の増加に伴い,使用される特性語の種類が増加する傾向が見られた。第3に 評価的側面の理解に関しては,年齢の増加に伴い,肯定的側面(好き・いいところ) のみを描出するものが減少し,否定的側面(嫌い・悪いところ)を描出するものが増 加した。加えて,4年生では「好き−嫌い」質問と「いい−悪い」質問に異なる反応 を見せ,「いい−悪い」質問の方がより否定的に捉えられていることがうかがわれた。

11巻の目次に戻る




青年期から成人期に至る環境意識の発達的変化と関連諸要因の効果(渡部雅之:滋賀大学教育学部・若松養亮:滋賀大学教育学部)

青年期から成人中期に至る環境意識の発達的変化と関連諸要因の効果が検討された。 2つの調査が実施された。調査1では大学生とその母親78組が,調査2では中高生 とその母親504組が対象とされた。これに若松・渡部(1996)から抜粋した936名分 の資料を加えて分析対象とした.環境意識の測定には,10の環境問題ごとにその身 近さと関与可能性を問う,若松・渡部(1996)の質問項目が用いられた。発達差の検 討には女性の資料のみが用いられ,関連諸要因の検討には男子を含む適当な資料を要 因ごとに選別して用いた。多くの環境問題において,年齢群間で環境意識の高さの違 いが示されたことから,環境意識は加齢に伴い変化すると推測した.特に中高生群と 大学生以上の群との間で,家事関連の環境間題意識が大きく異なっていた。関連要因 の検討からは,学校での環境間題学習経験とボランティア参加経験に,環境意識を高 める効果が示された。母子間の関連や家事経験の効果は弱いものであった。これらよ り,環境意識形成には環境学習経験が重要であると結論し,効果的な環境教育の在り 方について考察した。

11巻の目次に戻る




保育者の熟達化プロセス:経験年数と事例に対する対応(高濱裕子:会津大学短期大学部)

本論は,幼稚園の教師が熟達化にともなって,保育上の問題をどのようにとらえ,そ れをいかに解決するようになるかを検討した。対象は33名の保育者であり,経験年 数によって3群(2−4年群,5−10年群,11年以上群)にわけられた。対象者の 所属する幼稚園で,個別の面接をおこなった。3人の幼児の事例を読んでもらい,対 応の難易とその理由,設定する目標,幼児の変化の予測,各事例で不足だと思う情報 などについて答えてもらった。3つの仮説の検討を通して,次のことが明らかになっ た。幼児と指導についての知識は,初心者より中堅者と経験者で多かった;中堅者と 経験者の知識量に差はないが,経験者の知識はより構造化されていた;経験によって 対応の難易の認識に差はないが,難易の認識の理由には違いがあった;初心者と経険 者の違いは,幼児をとらえる文脈とそのとらえ方に示されていた;経験者は指導の難 しい幼児に多くの推論をし,幼児の状態を具体的かつ詳細な文脈情報を使ってとらえ ていた。これらの結果から,保育者は熟達するにつれて豊富な構造化された知識をも つようになること,保育上の問題解決には,文脈と結びついた手がかりやこつが使わ れること,その手がかりやこつは幼児の個人差や発達的変化によって変わることが示 唆された。

11巻の目次に戻る




中年者及び高齢者の家族メンバーに対するパーソナル・スペースの検討(今川峰子:岐阜聖徳学園大学・譲 西賢:岐阜聖徳学園大学・齊藤善弘:岐阜聖徳学園大学)

この研究の第一の目的は,親子間,夫婦間,義理の親子間のパーソナル・スペースを 中年者と高齢者で比較し,発達的な視点から検討することにある。第二の目的は,三 世代同居が家族メンバーとのパーソナル・スペースに,どのような影響を与えるのか を検討することである。パーソナル・スペースは会話場面での相手との対人距離によ り測定した。すなわち,会話場面を想像させ気づまりにならない程度にまで接近した 位置を,被験者に求めるシミュレーション法を用いた。被験者は35歳〜59歳までの 中年世代の285名と65歳以上の高齢者世代の219名であった。対人距離は,中年者 の方が高齢者よりも,息子や娘とは接近していた。中年者と高齢者に共通して,母親 →娘の対人距離は,母親→息子,父親→娘,父親→息子よりも接近していた。特に女 性中年者では,娘との距離が近い。配偶者との距離は世代による差が認められなかっ た。中年者と高齢者は共に,義理の関係になる相手とは離れ,実の親子間は接近して いた。義理の親子間の対人距離は,同居・別居による差が認められなかったが,女性 中年者では,婿養子として同居している夫との距離が離れていた。

11巻の目次に戻る